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【新装版】オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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終末アオハル始動 ①

 六月某日。


 正直、他の収録が立て込んでいて頭の中からすっかり抜け落ちていた。


 マゾなメイド嬢アニスに、名もなきメイドA、さらには不幸体質なメイドA改め猫耳メイドのエル……。そんなメイドオンパレードの演じ分けに加え、歌唱デビューに向けた準備、おまけに私生活までドタバタが重なれば、メンタル的に病んでも無理がない。


 だが、今日という日は特別だ。


 長編アニメ映画『僕たちは終末の世界でアオハルする〜そして彼らは星になる〜』。通称「終末アオハル」の、制作スタッフやキャスト陣との初顔合わせである。


 深夜アニメ枠であれば、初収録の際に軽い挨拶を交わす程度で済むことも多い。しかし、今回は勝手が違う。本番に向けた演技指導や今後の制作進行スケジュールなど、事前の説明がみっちりと組まれているらしい。


 さすがは全国規模の劇場作品。そう思うだけで、今さらながら胃痛が──。


 で、朝から山手線を跨ぎ、例に漏れず女性アイドル声優に擬態した僕──橙華が向かうのは、とあるアニメ制作会社。数々の神アニメを世に送り出した老舗メーカー。アニオタにとっては聖地と呼べるその本社ビルを前に、緊張するなという方が無理な話だ。


 しどろもどろになりながらも受付を済ませ、広いエントランスへ踏み入れた瞬間、輝かしい不可侵領域を感じた。


 休憩スペースの椅子に腰掛けているだけで英雄の自画像を思わせるその人は、妻夫木渡さん。今作の主演を務める超人気男性声優だ。


「やあ、久しぶりだね!」


 こちらに気づいた妻夫木さんは、恐れ多くも立ち上がって僕のすぐそばまで歩み寄ると、真っ白な歯をキラリと輝かせた。どこぞの養殖イケメンとは違い、天然ものは格が違いすぎる。


「こ、こちらこそお久しぶりです、今回もどうか宜しくお願いします!」


『ゔぁるれこ』以来の共演。初対面でもないのに、どうしても緊張が隠せない。妻夫木さんは僕が声優を志す前から好きな演者だし、業界の大先輩という以上に、ファン目線になってしまう。


「はは、こっちこそまた君と共演出来て嬉しいよ。それに今日の服装もいい感じだね、とても似合ってるよ」

「えっ、あ、そんなぁ……っ」


 心の中でガッツポーズ。この日のためにア◯ゾンで厳選した──真っ白なリボンブラウスにコバルトブルーのマキシ丈フレアースカート。清楚なお嬢様風で纏めて正解だった……って、自分、ますます女装の沼にハマってね?


 そんなふうに、脳内で自問自答……というか、自己嫌悪に浸っていると。


「ふふ、妻夫木渡さん。相変わらずお盛んなことね」


 漆黒のブラウスに赤のミニタイト、ピンヒールという、仕事上の打ち合わせにしては、一度社会の常識について学ぶべき東雲綾乃嬢が、しれっと僕らの会話に割り込んできた。


 今さら説明するのも何だけど、今回も僕は東雲と同伴。これ以上の詮索はご遠慮願いたい。……まあ、本当に今さらだが。


 それと、あの後のことはどうか察して欲しい(マジで◯されるかと思った)。


 結局、剣崎翔こと宇佐美健太が何の目的で僕のアパートに来たのかは分からずじまいだったが、たぶんアレだ。同郷のよしみというやつだろう。女装してまで声優を続けている僕を、元高校のクラスメイトが案じてくれた、だけだと思われる。


 あの突然のプレゼント(オープンハート)も「女の格好で仕事をするならネックレスのひとつも必要だろ」というあいつなりの激励……ということにしておこう。


 そういえば、あれ以来、宇佐美から音沙汰がないが……ま、大丈夫だろう。


「はは……何がお盛んなのか分からないけど、東雲さんも元気そうで何より、……じゃあ橙華君、また後で、ね?」


 苦笑いを浮かべて去っていく妻夫木さんの背中を、東雲が隣で平たい胸を張りながら、未だに威圧する。


「ふ、ふふ……勝ったわ」なんて、ブツブツと一人で勝手に闇堕ちしているが、こいつは一体、何と戦っているのだろう。


 そうこうしているうちに、エントランスは参加者らしき人だかりができ始めた。普段はお目にかかれないような大御所、ベテラン勢もちらほらと伺える。


(うっ、や、やばっ、緊張で足が震えて……)


 無駄に百均コンパクトを取り出してウィッグの前髪を調整したりしてると。


「──ふっ、そろそろ時間ね、私たちも行くわよ」

「……ふへ? ああ、そう……そうだよね、じゃあ行こうか、東雲センパ……」

「〝センパイ〟では、他人行儀ではなくて? そうね、特別に綾乃《《様》》と呼ぶことを許してあげるわ」


(あーもう、この女うるせー)


 だが、そんな東雲のマイペースぶりを見ていると、一人だけ、緊張してるのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 ──で結局、ミニスカートのお尻を本能で追いかけてしまうのは、僕が(♂)だということを表す、唯一の証かもしれないが……なんか嫌だ。

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