終末アオハル始動 ②
「──えー、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
大手スタジオビルの一室。殺風景な空間に、正面の巨大モニターだけが異様な存在感を放つ会議室。対面式の長テーブルを囲む声優陣に対し、ヨレヨレのスーツに身を包んだ男性が、いかにも業界人らしい枯れた声を上げた。
「──えー、それでは早速、お手元の資料をご確認ください」
運営側の事務的な挨拶が一段落し、少々お疲れ気味な中年男性、この業界では知らぬ者はいない有名人、林田音響監督によるレクチャーが始まる。
いよいよ本格的に始動した大型プロジェクト──『僕たちは終末の世界でアオハルする 〜そして彼らは星になる〜』、通称、「終末アオハル」。
こうした事前説明会は、かなり貴重な機会だ。顔ぶれを見渡せば、文字通りのオールスター。ベテランからレジェンド級まで、よくもまあ、これだけのスケジュールを押さえたものだと、他人事ながら感心する。
中には、学校の制服をそのまま着てきたようなJK──新人アイドル声優の姿もある。……が、多様性の時代とはいえ、この場において僕──橙華ほど、異質な存在はいないだろう。
今さらながら、自分のスカート姿が後ろめたい。いっそこのまま、討伐されたスライムのごとく影に溶けて消えたい。
(──ま、ここはとことん空気に徹しよう。とりあえず大事なところをメモして……あれ、ボールペンが出ない? ああもうくそっ、これだから安物は……)
目立たぬようとした矢先。予期せぬトラブルで焦っている時だった。
「(ぁ、あの、よよ、良かったらこれを……)」
ささっと横から、可愛らしい……というか、ブサカワな猫のボールペンが差し出された。
「(あ、ありがとう……助かります)」
予防線を張りつつ、ニコリと隣の女性声優に会釈する。
どこかのアイドルグループにいそうな、黒髪ゆるかわショートボブの彼女は。
「(い、いいえ……えへ、えへ、へへへ……)」
(……ええっと、新人さんかな?)
ただならぬ不気味な空気感を感じた、その刹那。
ブスッ!
「痛えっ!」
反対側からの痛恨なボールペンでの一撃が、僕の手の甲にぶっ刺さった。ペン先が引っ込んでいたのは、せめてもの救い。それでもかなりのクリティカルヒットといえる。
そうだ、忘れてた。そういえば隣にいたんですね。東雲パイセン……。
「──後ろの方、どうかなさいましたか? 質問なら後で受け付けますので、今はお静かにお願います」
「は、はい……。すみません」
結局、お約束のような悪目立ちをかまし、僕は恥ずかしいやら、いっそここから逃げ出したい衝動を抑えて椅子に座り直した。
ちなみに元凶である東雲は涼しい顔で、やれやれとため息まで……ってかお前、絶対後で覚えとけよ?
その後も会議は滞りなく進み、制作側から各キャラクターの芝居方針について詳細な説明が始まった。そんな中、中堅どころの女性声優さんが挙手をする。
「──ミルキースマイル所属の館林佳乃です。私が演じる北条真希は生徒会長という立場上、避難生活を強いられる生徒たちをまとめる中心人物となります。そうなると台詞の語尾は強めにするのが正解でしょうか? 原作では彼女、出番が少なく、圧の加減が少々掴みづらくて……」
「そうですね、お答えします。基本的に館林さんの解釈通り、語尾に圧を持たせてください。ただしそれは、物語の前半のみでお願いします。後半では、たとえ命令調の台詞であっても、どこか弱さや揺らぎも混ぜてください。その辺りは他の登場キャラにも言えますが、常に、演じるキャラの生の感情を意識してお芝居を心掛けてください。この作品のテーマは崩れる日常──つまり、『非』日常ですので──」
非日常。
アニメーションという媒体において、非日常は切っても切れないテーマ。だからこそ、僕たち演者は、その嘘の世界をいかに現実として視聴者に信じ込ませるかが重要な課題だ。記号的なお芝居ではなく、どれだけキャラクターに血を通わせ、より深く感情移入できるかが演技に問われる。
ちなみに、この作品で僕、橙華が演じるのは、佐伯比呂というヒロイン。妻夫木渡さん演じる主人公、藤原翔太に恋焦がれる《《男の娘》》キャラ……って、冷静に考えて、どう感情移入しろと?
中身は男で、外見は美少女。しかも恋する相手は超絶イケメン。演じるの、めちゃくちゃむずいぞ、比呂ちゃん……。
「──あら、そうかしら? イケメン大好き橙華さんには、これ以上ない適役だと思うわ」
「へ?」
ふふ……と、隣で嘲笑する東雲。
ってか、コイツ、僕の頭の中と勝手にテザリングしてないか?
「ねえ、音響監督さんもそう思いません?」
不意に話を振られ、林田音響監督もこくりと頷き。
「そうですね。比呂役のキャスティングは難航しましたので」
監督が僕が座る方角見ると同時に、会議室の視線が一斉に集中砲火……じゃなくて、僕に注がれた。
事情を知っている妻夫木さんは苦笑いを浮かべているが、僕の中身を知らない他のキャスト陣は、一体何のことやらと不思議そうな顔をしていた。
「えへ、えへへ……今後、ご一緒できて……とっても嬉しいです……。うえへ、へへへ──」
なぜか、さっきペンを貸してくれた女性声優さんが、椅子ごとガタガタ音を立て、グイグイと僕に詰め寄ってきた。
近いし、目が笑っていないどころか、完全にイちゃってるし──僕に変なシンパシーでも感じちゃった、とかじゃないよな?




