10 や は り か
すみません、短いです。
どうも、こんにちは俺です。
今の状況を説明すると、塾で自習していると隣に男が座って、俺の横顔を穴が開くほど眺めている。しかもそれが十分近く続いている。
俺が何かしたのかってくらいガン見してくる。流石にいらっときて横に顔を向けて睨もうとするが、目が合うと柔らかく微笑まれ、毒気をすっかり抜かれてしまう。顔がなまらいいもんだから、質が悪い。
「あの~。何か用でしょうか?」
「あー、いつ見ても綺麗だなと思って」
「さいですか」
言い慣れてる感ありありだな。てかいつ見てもってさっきからガン見されてるんですが。もういいや、そう思って手元に集中しようとすると話しかけられる。
「暁さんって「何でお――私の名前知っているのですか?」
一体何故。もしかして蒼葉さんと同類? 名前知ってるだけでそれはないか。もう集中できまいと、この男と会話を続けることとした。
「同じ学年だからね。それと暁さんは美人で有名だから。勿論それだけじゃあないけど」
「同じ学年…すみません、知らなくて。あと私が美人? そんなはずは――そんな、はず、は」
謙遜しようとした千夏の頭に、思い返される手紙たち。そりゃそうか、パッとしなかったらラブレターがあんなに届くわけないよな。前の俺みたいに。やべ涙出てきそう。
虚しさに緩んだ涙腺をきっと締め、きざ男を睨む。
「というか、あなたは誰ですか」
「俺は柏木悠斗って名前。これからよろしく」
「よろしく、お願いします」
スーッと顔が青ざめていく。柏木。失礼だと思うけど確かめる他はない。鞄から携帯を取り出し、メールの件について聞いてみた。
「あの、さ。『柏木』って君じゃないよですね?」
「俺だよ。返事が貰えなくて追いかけてきたんだ。暁さん――知世さんのことが好きだから」
「え? 私あなたのことよく知らないんですけど」
連絡先も教えてませんけど、という言葉はぐっと飲み込んだ。これ以上、好きだから云々をすました顔で言われたくないからだ。
こいつ何いってんだ。追いかけてきた?
返事が貰えないだけで追いかけてくるか普通。いやこいつは普通じゃない。
思い切り表情に出して戦慄する千夏をよそに、柏木はけなげそうに笑う。
「好きになってもらえるまで頑張るから」
「え、いや、あの」
「明日から積極的にいかせてもらうよ」
そういって彼は別の席に行った。こんなときって帰るものじゃないの。そう思ってしまう俺は何かおかしいだろうか。明日が不安でたまらなくなった俺である。
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昨日の言うとおり、柏木は積極的に来た。朝から迎えに来たり、昼休みに会いに来たり、メールをくれたり。しかも毎回毎回目を輝かせて、見えない尻尾まで振って来るのだ。罪悪感が募らないはずがない。
それなら断ればいいじゃないか、そう言う人もいるだろう。だがそれは大きな間違いだ。君たちはあの深淵の目を覗いたことがあるか、あの絶対零度の空気を感じたことがあるか、有無を言わせない笑顔を見たことがあるか。それらに屈し、今まで来ている。
しかし今日こそは、きっぱり断るつもりだ。皮が美少女なだけの男に、一つの青春が捧げられていいはずがない。
「知世ちゃん、お昼食べよー!」
「は、はい。少し待ってください」
弁当を持って柏木の元へ急ぐ。そんな千夏たちを付き合っちゃえ、カップル爆発しろ、とクラスメイト達は囃し立てる。
いつも食べているのは屋上。この学校は屋上が使用でき、昼休みはたくさんの生徒たちで賑わっている。
「知世ちゃん、付き合ってください!」
「ごめんなさい」
「そっか、今日もダメか」
毎日このように告白してくるのもどうかと思う。この毎日に終止符を。
「あの! 柏木さん」
「何?」
「えーと、好きになるつもりは無いから告白するのはもうやめてくれない?」
「やめないよ、言ったでしょ頑張るって」
「いや、その、昼食も一緒に食べないでください。か、関わらないで……ください」
「……」
俺の一言に柏木は俯く。関わらないでは言い過ぎた。
しばらく経っても顔を上げない柏木におろおろしていると、彼は聞き取りにくい小さな低い声で呟く。
「何で?」
「好きにならないのに、ずるずるいくのは良くないと思ったから」
「……嫌だ」
「え?」
「何で好きになってくれないの? こんなにも好きなのに。あぁ分かった。君の目に他の男が映るから、汚れてしまったんだね。そうだよ、閉じ込めておけば君は綺麗なまま、」
「す、すみません急用があるので失礼します!!!」
目の光が消え、堕ちるとこまで堕ちている彼から逃げた。
一目惚れであんなになるもんか?
その後も柏木さんを避けて、避けて、避け続けた。本来夜型な千夏が、始業一時間前に学校に行き、嫌いな勉強に打ち込むほど本気で逃げた。やがて数週間が経ち、千夏はとうとう爆発した。
どうして俺が、男の俺が、あいつに気を遣わにゃならんのだ。
思い立ったが即行動。早速裕貴さんの元へ走る。今の俺は謎の気力に満ちていた。今なら戻れる。そう思った。
扉をバァンッ!と開ける。
「裕貴さん、薬を一錠ください!!」
「!? まあ丁度新作ができたしいいけど…どうした?」
「ちょっとありまして。じゃ、ありがとうございました!」
「ああ。……どうしたんだあいつ」
謎の気力に満ち溢れた、言うなれば徹夜明けのようになった千夏は、高笑いしながら薬を一気飲みする。
何でもできる高揚感に包まれて、千夏はベッドに倒れ込む。
今なら確実に戻れる。そう思った。




