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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十六話「本の中に収められた闇」
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分担しての調査

康太は大まかではあるが換気口の状態を確認して文の考えがどのようなものであるのかを模索していた。

人を通すのはほぼ不可能。本を通すのも無理だろう。ならばどのようにしてあそこから本だけを飛ばすのか。


「ビー、あんたの分解の魔術ってこういう本も分解できるの?」


「もちろんできるぞ。作り方にもよるけど本は紙の集合体だからな・・・ってまさか一ページずつあの換気口から外に出していったっていうのか?」


「可能性としてはありえなくはないでしょ?本をそのまま持ち出すよりはずっと現実的だわ」


確かに文の言うように実際に本を持ち出すよりかは現実的かもしれない。以前文が康太にやらせていた訓練のように、風を使って紙を自由自在に飛ばして通気口を通してしまえばいいだけの話だ。


常に動き続けている送風機に関しては魔術か何かで通すときだけ止めてしまえばいい。あとは周りにいる人間に気付かれないように少しずつ確実に飛ばすことができるかというところである。


「通気口のにおいって確認できる?できるならやってほしいんだけど」


「やっては見るけど・・・正直これだけ本のにおいが充満してると多分あんまり参考にはならないぞ?たぶん本のにおいが充満してると思う」


「まぁそうでしょうね・・・料理屋の換気扇みたいなものか・・・あの換気口の出入り口もちょっと調べましょうか。出口に不自然に人のにおいがあればまた一つ手掛かりになるわ」


「オッケー、そっちは俺が調べておくよ。裏口と換気口の出入り口だな。ベルは入り口守ってたやつらの確認頼む」


「任せて、そっちは私がいろいろ聞いておくわ」


康太は物質的な、文は人物的な調査を続けることでそれぞれ役割分担をして確実に物事を調べられるようにしている。


未だ不慣れな調査系の依頼だが、少しずつ自分が何をすればいいのか、何に向いているのかをそれぞれが把握しつつある。


康太は嗅覚強化や物理解析などを用いて何かしらの痕跡を見つけ出し、文はその性格や丁寧な物腰から人から情報を聞き出す。


それぞれができないことをそれぞれが担って行動する。伊達に半年以上もコンビを組んでいない。


それぞれができることやむいていることを正確に把握できているからこその分業と役割分担、そして信頼関係だった。


康太はまず文に言われた通り裏口の出入り口について調べていた。まずは裏口の出入り口に向かい、そこににおいがあるかどうかを確認することにした。


「ここがそうです、ここが資材などの搬入路になります」


「ここがそうか・・・聞いてたとおり完璧に廃屋だな」


図書館の人間一人に案内してもらって康太は裏口の出入り口にやってきていた。


それは山間部に近い部分にある倉庫のような場所だった。図書館のある大きな家の廃墟から約十分ほど歩いたところにある場所だった。


だがもう打ち捨てられてだいぶ時間が経っているのか、すでに人の手が入らなくなってだいぶ経過しているということがうかがえる。


屋根も壁もかなり痛み、ところどころに穴が開いている。康太が全力で攻撃すればそれだけで崩れてしまいそうな外観をしている。


中は康太が思っていた通りボロボロだった。棚の上にいくつか農業に使うと思われる道具が並んでいるが、それらも使われなくなって久しいのかすべてさび付いて使い物にならなくなっているのがわかる。


「ここから入れます。ここから図書館のほうに続いています」


「・・・この裏口を最後に使ったのっていつだ?」


「えぇと・・・新しい本棚を搬入した時ですから・・・大体半年くらい前かと」


「・・・半年か・・・にしてはにおいが新しいな・・・この場所に図書館の人間が近づいたってことはあり得るか?」


「えっと・・・それは聞いてみないとわかりませんけど・・・この場所は基本的に使う用がなければ来ませんから、半年前以外にはうちの人間は近づかないと思いますけど・・・」


そう説明を受けるものの、康太の鼻は先ほど嗅いだにおいの一つをかぎ取っていた。これが図書館の人間のものだったのなら別に気にするようなことでもないのだが、これが部外者のものだった場合は少し事情が変わる。


そして何より、康太は少し変わった匂いもかぎ取っていた。


「この場所から本を搬入することってあるのか?」


「基本はありません。本の搬入は出入り口から行います。そのほうが楽ですから」


「・・・そりゃそうだよな・・・この匂いは漏れてきてるだけか・・・?」


康太がかぎ取っていたのは人の汗の匂いだった。それが誰かはわからないがこの場所に汗のにおいが残っているのだ。


ただその匂いがこの場所に残っているものなのか、それともこの道の奥から漂ってくるものなのか現状判断が難しい。


「この入り口開けても平気か?」


「え?あの、こっち側からは開けられないんですけど」


「物理的なカギだけだろ?あと閂か?それなら問題なしだ」


康太は索敵の魔術と遠隔動作の魔術を使ってまず閂を外す。そして反対側についているカギに対してはウィルの力を借りることにした。


扉の隙間からウィルを滑り込ませると扉についている錠前をウィルに開けさせる。


魔術を使えばこういった物理的な鍵は開けられなくはない。


そういう意味では文の言っていた疑似密室という言葉の意味も分からなくはない。ミステリーなどでは難解なものも、魔術の前にははっきり言って無意味になってしまうのだ。


なんとも世知辛い謎解きだなと思いながら康太が扉を半ば強引に開くとその奥からはほんのわずかに生ぬるい風が漂ってきた。


地下にある空間ということもあり、なおかつ換気なども全く行っていなかったためか空気がよどんでいる。


一定時間とどめられた空気だ、濁ったまま放置されている、少なくとも先ほど言っていたように半年近く換気は行われていないように感じる。


だがそんな匂いの中にわずかではあるが本のにおいが漂ってくるのがわかる。おそらく裏口に続く本棚の下から風が流れてきているのだ。一応こうして扉を開ければ空気は通るようになっているのだろう。


だが同時に疑問でもあった。先ほど確認した限りでは本棚の下の扉は閉じていたはずだ。なのになぜこの場所を開けただけで空気が通り始めるのか。


当たり前だが基本的に空気は出口と入り口がなければ通らない。トンネルと洞窟の二つを例に挙げればそれはわかりやすいだろうか。


完全に貫通していれば風は吹き抜ける。そのため風はしっかりと循環、あるいは通過していくだろう。


だが入り口が一つしかない場合、意図的にこちらから風を送らない限り空気が通るということはないのだ。


中の空気を無理やり押し出す形で風を起こさない限り中の空気が出てくるということはない。


現状康太は風などは送っていない。なのになぜゆっくりとではあるがこの中の空気が漏れてきているのか、康太は不思議でならなかった。


「なぁ、この裏口にも通気口ってあるのか?」


「ありますよ。物資の搬入をするときにだけ動かすんです」


「そこまで行っていいか?いろいろ確認したい」


「それは・・・まぁ構いませんけど・・・」


「明かり作れるか?俺明かりっていうと火属性しか使えないんだよ」


「・・・えっと・・・懐中電灯ならありますけど」


こういう時に文を連れてくればよかったなと康太は少し後悔していた。案内をしてくれた魔術師から懐中電灯を受け取ると中の酸素濃度が一定以上であることを祈って中に入っていく。


一応出入り口があるタイプの地下道なのだ。ある程度の酸素濃度は確保されていると思っていい。


もし酸素がないと判断したらその時点で暴風の魔術を発動するだけの準備はできていた。


康太は索敵の魔術を使いながら真っ暗な地下道を進んでいくと、そこにいくつかの管路を見つけることができる。


それは図書館に取り付けられていたものよりもかなり粗雑なものだった。格子なども取り付けられていない、本当に通気口部分に扇風機を取り付けただけのような形のものだ。


康太はその場所のにおいをかぐと、そこに人のにおいがあることに気付く。


半年近く使われていないということもあって匂いそのものも放置されているのだろう。とどまっているその匂いが誰のものかはわからないが、だが確実にだれかのにおいだ。


半年前にこの場所を使ったということなのだから別段匂いがあっても不思議ではないかもしれないが、問題なのは換気扇のすぐそばにこの匂いがあるということだ。


普通荷物を運んだのであれば通路ににおいがあるのが普通だ。壁に取り付けられている換気扇にわざわざ背を預けたり手をかけたりはしないだろう。


この換気扇の部分で何かをしたのだ。もしかしたら文の想像は当たっているのかもしれないなと康太は歩を進める。


しばらくするとちょうど図書館の真下にたどり着いた。その場所に康太はいくつか不審な点を確認できていた。


索敵では見逃していた本当に小さな手がかり。というかもはやゴミといってもいいだけのものだ。

物理解析をすると康太はそれを見つけることができる。


それはほんのわずかな紙の欠片と、本を作るときに用いられる接着剤の欠片のようなものだった。


それがこの裏口部分に残っているということは、おそらく文の考えはほとんど的中していたのだろう。


盗まれた本はこの場所から、裏口へと至る扉の隙間を滑り込ませるように一枚一枚分解されて紙の状態にされてから運ばれていた。そして先ほどの換気扇の部分から外に出されていたと考えるのが自然だ。


だが疑問もある、なぜ裏口からそのままでなかったのか。裏口の存在を知っていて、なおかつ裏口のこの部分まで入り込んでいる、さらに言えば裏口の扉は人を通さないが紙一枚程度ならば隙間を通すことくらいはできるだろう。


または半年以上誰も使っていないのだから裏口からそのまま逃げることだってできたはずだ、なぜそうせずに換気扇を使って外に出したのか。


だが盗まれた本の経路は発覚した。康太は裏口の調査をそこまでにすると裏口から延びる換気扇の出入り口を探すことにした。


もしその場所から出されたのであればそこにも人のにおいと本のにおいがしているはずだ。


少なくとも本を一枚一枚の紙の状態にしたのであれば必ずそれを回収するためにある程度地面に置いたり整えるために叩いたりしたはずだ。


そういった行動をすれば必ず匂いが残る。


康太はすぐに地下道にあった不自然ににおいの残った換気口のところに戻ると索敵の魔術によってその出入り口を把握しようとしていた。


かなり地下にあるということで康太の索敵では地上部分まで把握しきることはできなかったが、それでも大まかな位置は特定した。


不幸中の幸いというべきだろうか、その場所はほかの建物の地下の通気口と一体化されていた。


調査が面倒になるがその建物の大まかな場所を覚えると、康太は即座に移動を開始する。


地上に戻ってすぐにこのことを文にメールで伝えると、文からもメールが届いていた。


それは先日、出入り口を守っていた人物の一人が何者かに呼び出されていたという証言だった。









「じゃあ、誰かに呼ばれて外に出てみたけど、そこには誰もいなかったと?」


「あぁ、てっきり誰かが来館許可を求めてるものだと思ったんだけど・・・」


「そのことは下の人たちには伝えたの?」


「もちろん、来館者一名いるかもって伝えたんだけど結局いなかったから取り消しって感じで連絡とったよ」


「この証言に間違いは?」


「ないですね。確かに一人あるって言われましたけどそのあとすぐに取り消されて、結局誰も来なかったし」


文は当日図書館で起きた奇妙な事象がないか監視をしていた人物に話を聞いていた。


現状気がかりな点は今あげられた誰もいないはずなのに呼び出されたということくらいである。


声によって呼び出すことくらいならだれにでもできるだろう。アリスのように音を魔術で遠隔操作しどこかから呼んでいるように仕向けることだってできる。


問題なのは誰が何の目的でやったかということだ。


とはいえ一人来館するという連絡の後すぐにその連絡は取り消され、さらに下で警護していた人物もその証言に間違いがないといっている。


この行動にいったい何の意味があるのか不思議ではあったが、文は何かしらの意味があるのだろうとメモを作っていた。


「その日に入ってきた人と出ていった人の身体調査はしたんですよね?具体的には本を持っているか否かって感じで」


「もちろんやったよ。来た時と同じで最低限の魔術師装束だった」


「こちらも同じような状態でした。やはり当日来た人たちはここから盗んでいったとは考えにくいと思います」


一人でのチェックならまだしも、出口の下と上でそれぞれ確認しているというのに持ち出しが確認できなかった。


つまり彼らの言うようにこの入り口から持ち出したのではないという説が濃厚だということでもある。


とはいえならばどこから持ち出したのかという疑問がある。というかここで見張っている人間の実力そのものが文はあまり信用できなかった。


「ちょっと悪いんだけど、今私が何を持っているか確認してもらえますか?外套の下に隠しているものでかまいません」


「ん・・・武器の類をいくつかって感じだね?ロープみたいなものに、これは棘?杭?あとは布みたいなものがいくつか」


「それと紙がいくつか、これは方陣術用の道具ですか?」


「・・・結構正確に当てられるんですね・・・ほぼ言い当てられました」


文は目の前にいる二人の実力をどうやら見誤っていたようだった。少なくとも服の下にちょっと本を隠した程度ならばすぐに見破られてしまうだろう。


この二人の感知能力ならばまず間違いなく本があるということくらいは見抜くことができるだろう。


逆に言えばこの二人でも見抜けないような状態を作り出せる相手が犯人である可能性も高いということになる。


特にこの図書館は来館させる人間も多少選ぶ。もしかしたら技量の高い人間だけを厳選している可能性だってある。


そう考えるとそういった芸当が得意な人間に絞ることができれば犯人捜しはまだ楽になるかもしれないなと考えている中、文は一つ思いつく。


それは最近覚えた魔術だ。具体的には索敵を阻害する魔術。索敵そのものを誤認させて錯覚を引き起こす魔術。魔術師用の暗示といってもいいそれを思いつき、文は自分の荷物の中にあるメモ帳を取り出して二枚ちぎるとそれぞれ簡単な折り紙を作って見せる。


折り紙なんてしたのはいつぶりだろうかと笑みを浮かべながら、二つのうちの一つを外套の右のポケットに。もう一つを左のポケットに隠しいれる。


二人はこのことに気付いていない。そこで文は右のポケットの中にだけ索敵妨害の魔術を発動していた。


「二人とも、もう一度私を調べてもらえるかしら?さっきよりも特徴的なものを増やしてみたの」


「特徴的・・・?あぁ、そっちのポケットに紙・・・折り紙?みたいなのが入ってるか?」


「あぁ確かに。チューリップ?」


二人の視線が集まっている左のポケットの中から取り出したのは確かに折り紙の要領で作られた紙のチューリップだ。


子供の頃にやった折り紙もすっかりやり方を忘れてしまったなと思いながら、文はほかにはと二人に聞くがどうやら二人は右のポケットの中に入っているもう一つの折り紙は見つけられなかったようだった。


「・・・なるほどね・・・こういう手段も使えるか・・・」


アリスから教えられた索敵妨害。人間の脳の錯覚や補完機能を利用した魔術だが、これを使えば特定の部分の意識をそらせ、隠しているものを見つけられずに済む。


だが広範囲のそれに比べて人間の体を調べるという状態ではおそらくこの効果は満足に発揮されないだろう。


アリスほどの実力者ならば容易にこの程度やってのけるのかもしれないが、文のようなこの魔術を身に着けてそこまで時間がたっていない魔術師ではこの折り紙を隠すのでせいぜいといったところか。


なにものかに呼び出されたというその状況、そして意識をそらす魔術ならば索敵で体に隠したものを隠した状態で持ち運べる。


この二つの条件を加えた状態で文はさらに考えを深めていた。


「二人は姿を消した人間に対して索敵はできる?」


「問題ありません、光属性とかで透明になるってことですよね?」


「索敵しちゃえば物理的にそこにあるものを探せるからな。見逃すってことはまずないと思うぞ」


二人の索敵の能力はそれなり以上なのだろう。だからこそこの図書館の出入り口を任されているということでもある。


とはいえ先ほどの文の使った妨害の魔術を認識できていないあたり、この魔術に対する耐性はほとんどないようだった。


魔術師の使う索敵用の魔術。そういったものの存在をそもそも知らないのだろう。知らないものに対しては魔術師の耐性というものは発揮されない。


暗示の魔術と同じく正しい知識を持つからこそ耐性が生まれるのだ。その耐性を産むための知識がなければ魔術師であっても正しく状況を判断することはできないだろう。


つまり、透明化と索敵妨害の魔術が使えればこの場所に侵入することも、そして侵入した後に本を盗むことも可能ということである。


自分自身で疑似密室などといってみたが、実際密室などではないがばがばな状態だったということを知って文はあきれてため息をついてしまっていた。


だが彼らを責めても仕方がない。そういった魔術があるということを知らないのだからそもそも対策のしようがないのだ。


アリスが以前言っていたが、この魔術はどういうわけか現代に至るまでに廃れてしまっているようだった。


昔は魔術師から隠れることが必要だったのか、こういった魔術を使っていても不思議はなかったらしいのだが、いまでは魔術師から隠れるというのは別に必要なことではない。


何か悪いことでもするならば話は別ではあるが、少なくともこうして普通に生活している状態では必要ない状況がほとんどだ。


あるいは妨害の魔術が禁術にでもなったのだろうかと文が考えていると、階段から誰かが下りてくる音がする。


その足音は二つ。文は索敵を発動してすぐに警戒が必要のない相手であることを悟る。


「どうだった?何か収穫はあったかしら?」


「一応な。本の持ち出しのルートをある程度絞れたぞ。そっちは?」


「奇遇ね、こっちも可能性ではあるけど持ち出せるかもしれないってことは把握したわ。そっちのルートはどんな感じ?」


「上で確認する必要があるからちょっと待ってくれ。えっと・・・裏口はこっちだったっけか?」


康太は案内役の魔術師の後に続いて裏口の入り口に向かっていた。康太の調査も進んでいるようで何よりと文は少し安堵していたが、その安堵以上にこの図書館は盗もうと思えば比較的楽に魔導書を盗むことができるのだとその警備体制にあきれてしまっていた。


最も条件を満たさなければいけない時点で難易度が高いのはわかる。


持ち出しをするにしろどこか別の道から外に運ぶにしろ、十数人から二十人以上魔術師がいるような状況でそこまで大胆な行動をとらなければいけないのだ。


これをやった人間はなかなかに度胸がいい。少なくとも文はこのようなことができるような度胸は持ち合わせていなかった。


あるいはそれだけ自分の技術に自信があったのだろうか。どちらにせよそれだけの人間が犯行を行ったということになる。


この場所から人がいなくなるということは基本ないらしく、必ず誰かしらが交代でこの場所の管理と警戒をする。


おそらくどこか別の場所から入ったのではなく、正面から堂々と入って堂々と盗んでいったのだろう。


その方法は堂々たるものではないかもしれないが、その手腕に関しては称賛してしかるべきであると文は考えていた。


「ベル、確定だ。犯人は裏口部分から紙を下に送り込んでる」


「裏口って・・・あれって本棚の下に入り口があるんでしょ?」


「本棚の下にも隙間があるからな。紙一枚くらいなら余裕で通せるって。ついでにそれらしい証拠も見つけたぞ」


そういって康太は手のひらの上に乗っている紙の切れ端と、何かの接着剤の欠片を文に見せる。


紙の切れ端はともかく、接着剤らしき物体に関してはそれがいったい何なのか文は一瞬理解できなかった。


だが先ほど自分がいった本を分解して外に運ぶということを思い出してそれが製本の時に使用される接着剤の類であると理解していた。


「いいじゃないビー、しっかりとした手がかりだわ。ちなみにこれ裏口の道には?」


「あったぞ、おんなじものだ。あのルートを使ったのは間違いない・・・んだけどちょっと気になることがあってな」


「どうしたの?」


「裏口そのものを使ってるのは間違いないんだけど、途中で換気扇を経由してるんだよ。そのまま外に持ち出せばいいのに・・・なんか変だろ?」


「・・・裏口にそのまま持っていったってわけじゃないわけ?」


「あぁ、においが換気扇部分に妙に残ってたんだ。そこが気になってな」


康太が感じ取った強いにおいは三か所。裏口の出入り口、そして裏口と図書館をつなぐ扉部分、そして先ほど言った換気扇部分だ。


ただ本を分解して裏口から運ぶのであれば換気扇部分ににおいがついているのはおかしい。康太が気がかりだという事実に文はどういうことだろうかと頭をひねっていた。


現状を見ていないせいで正確には把握できないが、とりあえず文は索敵の魔術を広範囲に広げていく。康太の言っている地下通路の換気扇というのがいったいどこなのかを調べようとしていた



文が索敵をすると地下通路にある換気扇は二カ所あることが分かった。入り口部分に一か所、そしてちょうど道の真ん中くらいのところに一か所。康太が言っている換気扇とはこの真ん中の部分のことである。


遠すぎて裏口の搬入路のある廃屋部分までは索敵できなかったが、話によるとそこにも一つ換気扇があるのだという。


つまり三か所の換気扇があるということになる。


「んー・・・あんたが言ってる換気扇ってほかの建物につながってるのね」


「あぁ、そこまでは俺もわかったんだけど、その場所がどこなのか大まかにしかわからなくてさ・・・しかもわざわざほかの建物に通じてる換気扇に通すかね?」


「・・・よくわからないけど何か理由があるのは間違いないわね。とりあえず次はその場所を調べてみましょ。あと当日ここを訪れた魔術師たちも徹底的に調べ上げましょう。この中に犯人がいるのはほぼ確定っぽいし・・・えっと、三人程度には絞れたんだっけ?」


「あぁ、三人の中の誰かが犯人なのか、それとも三人とも犯人なのかは知らないけど特定はできてるぞ」


内側に入ってきて外側でまた工作活動をして、そういった形で協力しているのであれば三人が犯人というのは何もおかしな話ではない。


奪われた魔導書は三冊。怪しいと思われているにおいの魔術師も三人。そしておそらくは複数人でなければ成り立たない本の奪取方法。


当日訪れた魔術師の名前までしっかりと記述されている。さらに言えばこの図書館に訪れる魔術師の詳細をこのグループの人間は把握しているのだ。


相手の拠点を知っているかは人によるらしいが、かなりの手がかりを持った状態で調査がスタートできるのは間違いない。


これだけの条件がそろえば次の調査も問題なくできそうだなと康太と文は状況が好転しているのを感じていた。


「そうだビー、ちょっとアリスに力を借りたいんだけどいいかしら?」


「アリスに?なんでまた?」


「今回の相手が索敵の妨害をしてるかもしれないのよ。私じゃたぶん妨害そのものは見つけられないし、もしそういうことをされたら対応しきれないからそこを頼めないかなって思って」


「あー・・・まぁあいつならそういうのもすぐに見つけられるだろうけどさ・・・どうだろうな・・・?手伝ってくれるかな?」


文の言いたいこともやりたいことも理解できるだけに康太は渋っていた。アリスの力を借りるだけの理由にはなり得る。


康太は索敵妨害の実情をほんのわずかではあるが知っている。最近の魔術師で使えるのを確認しているのはアリスと文だけだ。どういうわけかわからないが最近の魔術師は索敵妨害を使わない。


術式そのものが廃れて残っていない可能性が高く、そういったものを扱えるものが少ないのが実情だ。


そんな中でアリスと文以外にも索敵妨害を使う可能性があるという状況になった。そうなってくるとそれを見破ることができる『目』が必要になる。その目としてアリスの協力を取り付けたいと考えているのだ。


とはいえアリスにものを頼むというのはなかなかに面倒だ。康太と文はアリスと対等な同盟関係を結んでいるとはいえ、相手に対して一方的に頼るというのはあまり良くない。康太自身あまりしたくない。そしてそれは文も同じだ。


アリスに頼ってばかりでは自分たちの成長がない。文だってそれを理解しているからこそさらに言葉をつづけた。


「もちろんただ索敵してそういうのがあるっていうのを判別してもらうつもりはないわ。どっちかっていうと採点してほしいのよ」


「採点って・・・要するにお前が頑張って探すのを横で見てろってことか?」


「そういうこと。もしアリスが何か言ったらそこにはあるってことだけど私には見つけられてない。でもアリスの指摘があれば気づけるかもしれない」


あくまで調査という名目ではありながら、文は指導のためにアリスについてきてほしいといったのだ。


こうなってくるとアリスがどのような反応をするのかはわからない。現状アリスは頼られるのは嫌いではないがあてにされるのは嫌いだ。


そういう意味では彼女がどのようにこの頼みを受け取るのかはわからない。


「とりあえず電話で話してみるか?一応まだ起きてるだろうし」


康太は自分の携帯を取り出して確認するとさすがに地下ということもあって電波が届いていないようだった。


そういえばさっきも届いていなかったなととりあえず地上に出てから話をすることにした。


文はその間に調べるべきことを紙にまとめ始めている。接触しなければいけない魔術師、そして調べるべき場所、そしてそれぞれの順序といくつかの状況に関しての対応など次々にまとめていく。


情報処理能力が高いと得だなと思いながら康太は電話が通じるだけの地上部分にやってくると通話を開始する。


数回コール音が響いた後で電話の向こう側からもはや聞きなれてしまった魔術師の声が聞こえてくる。


『ハロー、アリシアだが?』


「もしもしブライトビーだ。アリス、ちょっと頼みがあるんだけどいいか?」


『お前たちの頼みは基本面倒なんだが・・・一応聞いておこう。いったいなんだ?』


康太が頼みといった時点で康太単体ではなく康太と文二人の頼みであるということを認識しているあたりさすがだというべきか。


とりあえず康太は事のいきさつと事情、そして頼みたいことをアリスに話すことにした。


「ってことなんだけど、お前的にはどうだ?これはセーフか?」


『・・・んむむむむ・・・フミはなかなかにやりてだの・・・私のセーフラインを見極めているようだ・・・』


あまり康太たちに対して甘い采配をしたくはないアリスではあったが、直接助けを求められるのではなく間接的に手助けをしてほしいとなると、その頼みを無碍にするのは心苦しいようだった。


「別にいいんだぞ?やりたくないことなら無理しなくても」


同盟関係とはいえ無理を言うつもりは康太としても、そして提案者である文としてもなかった。


二人の中でアリスはあくまでないに等しい戦力だ。あってないようなもの、最初からあてにしておらず、頼んで了承が得られればラッキー程度にしか思っていない。


二人がこんな調子だからこそアリスとしては手助けをしてやりたく思うのだろう。毎回毎回泣きつかれるよりも、最初からダメもとで頼んでくるというのはある意味すがすがしくも思えてくるのだ。


『いやまぁ私としてもお前たちの技量が上がるのであればうれしいし、本人たちの努力も認めたく思う。それが結果的にお前たちの助けになるというのなら・・・まぁやぶさかではないのだが・・・』


「なんか妙な言い方だな。じゃあ手伝ってくれるのか?っていうか今回の場合だと一緒に行動してくれるかってところか」


『そうだの・・・フミの話を要約すれば一緒に行動して相手が私が使っていたような魔術を使った際に反応をする程度でかまわないというものだったからな。あくまで見つけ出すのはお前たちだ。そう考えれば別段気にすることもない』


文が頼もうとしているのはあくまで自分たちが探すときに全く気づけないという状況を作らないようにするための索敵要員だ。


だが一から十まで索敵するのではなく、あくまで見つけ出すための補助、アドバイスを出す程度のものであるとアリスは認識していた。


そして文の認識もその形で間違っていない。あくまでアリスには指導という形で同行してほしいのである。


「んじゃオッケーってことでいいか?ベルにもそう伝えておくけど」


『構わんぞ。だが頼みというからにはそれ相応の報酬をいただくことになるぞ。何がいいかの・・・?』


「おいベル、なんかアリスは頼みを聞く代わりに報酬よこせって言ってるぞ」


「まぁその程度は予想できてたわよ。何がいいかリクエスト聞いておいてくれない?ゲームか漫画か・・・アニメのDVDか映画のDVDか」


アリスが報酬として求めているものがそもそも趣味関係以外の可能性を完全に捨ててしまっている文に康太は若干情けなくなってしまう。


何百年も生きてきた最高位の魔術師が求めるものが日本のエンターテインメントというのはどうなのだろうか。だがアリス本人がそういったものを求めてしまうのだから仕方がない話である。


本人曰く最近は日本のドラマや映画、特撮関係にも興味を持ち始めているという。


ソフビなどをほしがったらまずいと思うべきだろうか。そろそろ小百合の店の地下倉庫が別種の店のようになってしまっている。


毎度小百合がそこを通るたびに苦い顔をしているのが脳裏に浮かぶ中、康太はアリスに報酬のことを話すことにした。


「おいアリス、報酬って何にする?なんか趣味的なものか?それとも行動か?」


『ちょっと待て、今考えているところだ・・・どうしたものかの・・・せっかくだから何か・・・そうだ、コータ、今回の頼みはお前とセットという認識でいいのか?』


「ん?まぁそうだな、一緒に依頼受けてるし。一緒に頼むって感じでいいぞ」


『ふむ、それならちょうどいい。以前やれなかった生放送をこのタイミングでやってしまおう。それで構わんかの?』


「え?生放送って・・・あぁかくれんぼした時に言ってたやつか。え?何あれやりたいのか?ものとかじゃなく?」


康太はてっきり何か趣味的なアイテムを買ってほしいなどというのかと思ったが、予想が外れてしまい少し目を丸くしていた。


隣で康太の声を聞いていた文も目を丸くしているのが仮面越しでもわかる。


何を言っているのだこいつはという表情だ。仮面の上からでも文が狼狽しているのが手に取るようにわかってしまう。


『物品なんぞ金で買えるようなものは良いのだ。私もそれなりに金を持っているからそこは手に入る。だがお前たちと生放送をするというのは金では買えん。こういう時だからこそできることがあるとは思わんか?』


「いや・・・俺は別にいいけど・・・」


そういいながら文のほうを見ると、仮面越しでもわかるほどいやそうな顔をしているのがわかる。


この反応はよろしくないなと康太は唸りながら電話の向こう側にいるアリスに再び声をかける。


「なんかベルはいやっぽいぞ?すごくいやそうな顔してる」


『なに?てっきりフミはそういうことには寛容だと思っていたが・・・そうでもないのかの?』


「ていうかお前みたいなのが映像記録に残っていいのか?そこが心配なんだけど」


『何その程度いくらでもごまかしは効く。そういった情報操作は私に任せておくがよい。お前たちはただ楽しめばよい』


すでに生放送をする形で決着しそうだなと康太は横目で文のほうに視線を向けると相変わらずいやそうな顔をした状態で『嫌だ』というオーラを放っている文の姿が視界に入る。


よほど嫌なのだなと苦笑しながら康太はアリスとの通話を終了した。


「ということだ。俺たち生放送デビュー決定」


「はーいおめでとう・・・めまいがしてきたわ」


てっきり物品の類をせがまれるとばかり思っていた文は思わぬお願いに思い切りため息をついていた。


物品の類であれば今まで受けた依頼の関係でたまっている金を消費すれば話がついたものの、生放送などというものに参加しなければならないとなるとかなり面倒な話になってくる。


しかもかくれんぼの時の続きということはおそらく土曜日と日曜日を丸々使っての四十八時間連続放送になる可能性が高い。


そんなに長時間いったい何をするのかと文は不思議になってしまっていた。


「ていうかあいつ放送するための道具とか持ってるわけ?そういうのって結構いろいろ必要って聞くけど・・・?」


「たぶん今頃アマゾンとかで注文しまくってるだろうな・・・帰ったときに師匠の店がまた俗物っぽくなってるだろうよ・・・」


「小百合さんの渋い顔が目に浮かぶわね・・・あの人もアリスにはあんまり強くものを言えないみたいだし」


「まぁ一応アリスのほうが実力あるっぽいしな・・・それにちゃんと払うもの払ってるから文句を言いにくいんだろ」


これでアリスが無断で地下倉庫を借りていたりするのであれば、小百合も胸を張って文句が言えたのだろうが、アリスはきちんと倉庫の賃料として金を月々小百合に支払っているのだ。


きちんとした契約という形でそれぞれ同意のもとにものを置いているのだから文句を言うのは筋違いというものである。


もちろん家主としてある程度物を言うことはできるだろうが、一度認めたものを覆して文句を言うというのは小百合のプライドが邪魔をするらしい。


「そもそもあんたはなんでそういうことにそんなに寛容なのよ。生放送とかどこの誰ともわからない連中に見られるのよ?」


「別に魔術師として変なことしなきゃ大丈夫じゃないのか?ぶっちゃけ俺ら仮面外して普通にしてたら一般人と変わらないぞ」


「そりゃそうだけど、いやまぁその通りなんだけど、そういうことじゃなくて・・・」


不特定多数の人間に不必要にみられるということを好まない人間というのも存在する。もちろん逆もしかりだが文の場合はあまり知らない人間に自分の存在を露呈したくないタイプの人間なのだろう。


それが今まで魔術師として生きてきたからなのか、それともただ単純に文自身がそういうことをあまり好きではないからなのかは判断できなかった。


「ところでいったい何するつもりなの?ゲーム?それともなんかボードゲームとか?」


「さぁ?そこらへんはあいつが考えてるんじゃないのか?ていうかいきなり長い生放送やったってたぶん誰も見に来ないだろ・・・」


「そのあたりどうするつもりなのかしらね・・・ただの自己満足って感じなのかしら・・・あるいはなんかサプライズ狙ってるとか?」


「話を大きくしたいならサリーさんとかに頼めばいくらでも大きくできると思うぞ?それこそアイドルゲスト出演とか」


「そんな無駄に騒ぎ大きくしてどうするのよ。っていうかあの人にそんなくだらない頼みしたら怒られるわ」


怒らないと思うけどなぁと康太は口元に手を当てながら奏の顔を思い浮かべる。


こんな頼みをしても『構わんぞ、都合はこちらでつけよう』とか簡単に答える奏の返答まで容易に想像できた。


とはいえ普段世話になっている奏にこのようなことを頼むのは確かに申し訳ないというのも事実だ。


アリスがいったい何をするつもりなのかは知らないが、最低限自分たちでも何か考えておいたほうがいいだろう。


「まぁ無難にゲームとかじゃないのか?あとは途中で小休憩って形で料理するとか・・・あとは適当にこう・・・カラオケでも行くか?」


「今度二人で行くって話してたのにまたカラオケ?それはまた別の日にしない?それだったらもっと別のことをしたほうがいいと思うんだけど」


康太と二人きりでカラオケに行けるかもしれないというのにアリスというおまけがついてくるようではせっかくの二人きりが台無しだと文は憤慨していた。


そんな状態でカラオケに行っても、楽しいかもしれないが残念なのは事実である。


康太とのカラオケはアリスの生放送とは別の機会に行きたかった。


「ならそうだな・・・あとは・・・んー・・・思いつかないな」


「あんた普段生放送とか見ないの?」


「普段の俺の生活で見てる暇あると思うか?そういうのがあるっていうのは知ってるけどな。あぁ、たまに絵をかいてるところとか作業風景をそのまま流してるところとかあるらしいぞ?作業用BGMとか垂れ流しとか」


クリスマスには火を眺めてるだけの生放送とかあったなと康太は思い出していた。去年のクリスマスは高校入学のための勉強をしていたのを覚えている。結局推薦で話が進んでしまったために無駄になってしまったが、あの時同級生たちと遅くまで勉強していたのは今でも覚えている。


「とにかく帰ったら一度その話をしましょう。報酬を適当にしてると後々面倒なことになりそうだわ」


「まぁそうだな。そのあたりはお前が話しておいてくれ・・・っていうかなんでこんな話になったんだっけ?」


大きく脱線してしまった話題を修正するべく、康太と文は一度この話は切り上げることにした。



「えっと・・・アリスの協力が得られたってことで、これから調査することを再確認するわよ?」


「あぁ、一度状況を整理しよう」


アリスの頼みとそれに対する報酬の話のせいでだいぶ脱線した話題を強制的に元に戻そうと康太と文は一度深呼吸してからそれぞれこれから調べるべきことを思い浮かべていた。


「まず第一、地下通路から延びてた通風孔につながってる建物の調査。これは割と早い段階でしたいわね。そこに持ち出した証拠が残ってるかもしれないし、それにその建物が何なのかも把握しておきたいし」


康太が見つけた地下通路から続く通気口、この先にある建物を調べることは第一に行うべきことだと二人は考えていた。


その場所を調べることで新たな手掛かりが得られるかもしれないうえに、その場所と今回の犯人がかかわっている、あるいはかかわった何かしらの証拠が得られるかと考えたのである。


少なくとも今調べられる確実な場所の一つだ。


「そうだな。次に俺がかぎ取った三人の人間の調査。これに関しては当日訪れた魔術師を一人ずつ調査していくしかないな」


「においだけじゃ誰なのかはあってみないとわからないものね・・・そのあたりは支部長に頼んで呼び出してもらいましょうか・・・あとは拠点を訪ねるっていうのも一つの手ね。図書館に記録されてるものが正しければの話だけど」


図書館に残されていた匂いのうち、盗まれた三冊の魔導書があった場所に残っていた三人のにおい。


あれだけ魔導書の数がある中で、あの三冊に同一人物がそれぞれ触れているというのは不自然だ。


しかもそれが三人もいたら疑うなというほうが無理な話である。


この図書館はその性質上、この場所にやってくる人間はある程度調べている。その素性などを明らかにした状態でしかこの場所を訪れることはできない。そういう手続きをしているのだ。


この図書館がただの一グループが運営しているということもあって防犯面ではかなり気を使っているのも今回の事件の特徴の一つだといえる。


だが何か犯罪を犯そうという人間が本当の拠点の位置を図書館側の人間に教えるだろうかというのが文の懸念だった。


少なくとももし文が相手の立場だったのなら、適当に用意した拠点を報告し、本当の拠点は隠した状態で犯行に及ぶ。


そのあたりは実際に調べてみないことには分らないが、当日やってきた魔術師を調べてみないことにはここから先の話は進められない。


支部長の協力か、図書館が記録してある拠点に足を運んでの魔術師の調査。これが二つ目の調査内容だった。


「犯人の本の持ち出しのルートは考えられるだけで三つ。一つは正面から堂々と盗んでいった。この場合相手は索敵妨害の魔術が使えると考えていいわ」


「あー・・・あれを使えれば確かに・・・透明になれる魔術があればさらに確実に盗めるな。ほぼフリーパス状態だ」


この場所から正面切って本を盗む場合、いくつか条件がある。まず地上入り口部分と地下図書館入り口部分にいる魔術師の監視を逃れる必要がある。


その方法はいくつかあるが、懐の中に隠し持っていた場合であれば文の使ったような索敵妨害の魔術が有効的だ。


あるいは入ったことそのものを気づかれないように透明化も併用して使っていると確実に持ち出すことができるだろう。


「二つ目は地下搬入路を使った持ち出しだな。少なくとも俺はこっちが濃厚だと思ってる。地下通路をそのまま使ったんじゃなくて途中の通気口を使ってるのがちょっと気になるところだけどな」


「そうね、何か理由があったのか・・・そのあたりは考えても仕方がないわ。あとは通気口の先にある建物を確認してからにしましょう」


地下の搬入路そのものを使わずに途中の通気口を使用した理由はいくつか考えられるが、今考えたところであまり意味はないと康太と文は次の可能性に思考を移していた。


「三つ目、これはちょっと難しいかもしれないけど図書館そのものについてる通気口を通して移動させた。これをやるとかなりの人間に気付かれる可能性があるから可能性としては低いかもしれないけど・・・」


「まぁないとは言い切れないな。もし相手がお前の言うように索敵妨害使えたりするならそういう手を使ってきても不思議はないと思うし・・・いや索敵妨害使えるならそもそも普通に持ち出すか・・・?」


「まぁこれはあくまで可能性の一つだと思っておいて頂戴。私も自分で言っててないなって思うもの。ていうか現実的じゃない」


この図書館の中に数人程度の人間しかいないのであれば別に可能性としては十分にあり得たのかもしれないが、少なくとも現段階でも十数人の人間がこの図書館の中で活動しているのだ。


換気扇を止め、そこから地上に伸びている空気の通り道に紙一枚一枚に分解した本を通す。あり得ないことではないとはいえそれだけの人間を前に見つからずにそれだけのことができるとは思えなかった。


だからこそ可能性としては低い。そのため康太と文は実質二択で今回の持ち出しの可能性を考えていた。


直接持ち出したか、地下搬入路を使ったか。


後者に関してはすでに分解したと思われる証拠も入手できている。そう考えると盗まれたルートが一つなのかそれとも二つなのかというところになる。


誤字報告を35件分受けたので八回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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