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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十一話「血の契約と口約束」

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康太の戦術

康太たちが魔力をゼロの状態で街を歩くこと数十分、約束の時間になったために待ち合わせ場所である喫茶店に向かうとそこには時間通り真理、ベック、通訳の三人が待機していた。


「お待たせしました、時間どおりですね」


「ふふ・・・これでもだいぶ急いできたんですよ?待ち合わせに遅れてはまずいと思ったので」


「相変わらず時間どおりですね。準備の方は?」


「抜かり有りませんよ。これであとは実行に移せばいいだけです。すでに話も通してありますから問題ありません。そちらも問題はなかったようですね・・・と言いたいところですが・・・随分と派手にやりましたね」


喫茶店の中に入り話を始めようとしている中、真理は町の方に目を向ける。


先程のやり取りだけを見れば待ち合わせをしていた学生のように見えなくもないが、周囲に広がるこの黒い瘴気があると見え方が一気に変わってくる。


一般人はこの黒い瘴気が見えないから何も気にせずに生活しているのだが、魔術師たちはこれが見えているだけにやたらとそわそわしているのが目に見えてわかる。日本から来た通訳のできる魔術師はそこまで気にしている様子はないが、イギリスに住んでいる魔術師であるベックの動揺は傍から見ても分かりやすい。


やはりこの魔術は本部の人間にとってはかなり脅威度の高い魔術なのだろう。そう言う意味ではこの強引なばらまきはしっかりと本部の人間に威圧感を見せつける結果になっていると言える。


もっともこの光景を見ていない本部の上層部の連中に対してはほとんど意味がないと言ってもいいだろう。

実際にそれを見るのと人づてにそれを聞くのとでは情報の受け取り方は全く違う。


当たり前だが情報には臨場感というものが存在する。一つの情報を受け取るにしても実際に目で見るか、録画されたものを見るか、人によって語られたものを聞くか、人によって文字に起こされたものを見るか、これらは受け取り方が大きく異なるだろう。


例えば目の前で人が刺されたという現象を情報として取り込む場合、目の前でそれが起これば『次は自分が刺されるかもしれない』という恐怖が浮かび上がる。目の前で刺された人を『助けなければいけない』という考えも浮かぶ。さらには『警察を呼ばなければ』『救急車を呼ばなければ』という考えが次々と湧いて出てくる。または『ここから逃げなければ』という考えも浮かぶかもしれない。


だがこれをテレビなどで録画されたものを見た場合、得る情報や考え付くことは全く変わってくる。


刺される瞬間の映像を見た時に思い浮かぶのは『これがどこなのか』という事や『いつ起きたのか』という疑問になる。すでに起きたことであるが故に目の前で起きた時のことに比べれば危機感は少なく、それが自分に及ぼす影響を考え始めるのだ。


人づてに聞いた場合はさらに情報が摩耗する。文字で起こされた場合も同様だ。詳細に書き記されているならまだしも『人が刺された』という情報のみの場合、状況を表すために必要な情報が無くなりすぎて考えが浮かばない場合がある。


浮かぶ考えはほとんどが疑問だ。『いつ、どこで、誰が、誰に、どこを、どうして、何で刺されたのか』


情報の視点というのはそれを見た人間の思考にも影響する。目の前で見ていないという事はそれだけ相手に対して余裕のある、良く言えば客観的な、悪く言えば的外れな思考を誘発することになる。


「コータ・・・これは一体どういう事なんだ?街は・・・この辺りにいる人は無事なのか?」


「安心していいよベック。これはただの撒き餌だ。一般人には危害を加えていないからそのあたりは気にしなくていい」


気にしなくていいと言われてもこれだけ黒い瘴気をまき散らしておいて気にしないことができるはずがない。


そう、情報の臨場感において重要なのはこの点だ。目の前でそれらが起きているという事はその事象に自分の意識を割かなければいけない。その分思考能力を分配してしまうために別のことを考えるのが難しくなるという点なのだ。


先程人づてや録画などで得た情報の場合は余裕のある思考が生まれると言ったのはこれが原因でもある。

自分とは関わりのないところでそれが起きているからこそ、その事象に意識を割く必要がないために思考をフルで使うことができる。


今回のように実害があるとわかっているような事象の場合、その被害を理解しているものほどそれらに意識を割かなければならないため思考能力はかなり落ちる。


頭ではわかっていても、それでももしもを考えざるを得ないのだ。目の前に刃物を持っている人間がいて、刃物を目に見えるようにちらつかせているような状態でまともに話し合いができるわけがない。


常にその刃物に意識を向けていないと自分の身が危ういのだ。今回康太がやっているのはそう言う事である。


周囲の魔術師の注意を自分に向けるというだけではない、意識をそちらの方向に逸らせることで本来彼らがやらなければいけない仕事を阻害する。やっていること自体は問題解決のための手段なのだろうが、他の魔術師たちからすれば仕事を邪魔されているのに等しい行為だ。


康太が取れる手段の中で時間を稼ぐという意味でこれほどの最適解は他にないだろう。


もちろんそのことを康太が深く理解しているはずもない。とりあえず周りの魔術師の意識をこちらに向けることができればいいかな程度の認識だが、その効果は康太が思っていた以上に絶大だった。


そしてそれを行った康太に対するアリスの評価もそれに応じて上がっているのは言うまでもない。


「さて、準備は整ったわけですけど、どうしますか?このまま実行に移しますか?」


「それもいいですけど、一度ホテルに戻りましょう。ベック、たぶんだけど本部の人間から連絡が入ってるんじゃないのか?」


「あ・・・あぁ・・・ブライトビーは本部に行って状況を説明するようにと通達が入っている・・・たぶんこの状況の説明をさせたいんだろうけど」


好きにやれとは言ったが街中にDの慟哭を張り巡らせることになるとは向こうも思っていなかったのだろう。


リスクがあるとは言っていたがこれ程の事とは予想もできなかった。そして何より多くの魔術師がこの状況を目にしていたため予想以上に本部への申請が多かったのだ。この状況は一体なんなのか、そしてこの魔術を放置していていいのか。


現場の魔術師たちは何も聞かされていない状況だったからこそ混乱している。それを収束させるためにはこれを行った康太に納得のいく説明をさせ、それを正式に発表しなければいけないだろう。


いい流れだなと思いながら康太は小さく笑みを浮かべる。


「じゃあ俺らは一度ホテルに戻ってちょっと情報を整理してから本部に向かうよ。これに関しての説明をするつもりだから本部の方にそう連絡しておいてくれるか?」


「わかった・・・だが早めに頼む。こっちに何度も催促の連絡が入っているんだ」


今回ベックは康太との連絡役を担っている。その為か本部からひっきりなしに康太の召集の連絡が入っているのだろう。


申し訳なく思うと同時に康太からすれば好都合だった。そして康太が一体何をしたいのか真理と文はなんとなく理解できている。


「あんたも結構えぐいこと考えるわね?相手に考える暇を与えないつもり?」


「いいだろ?不意打ちだまし討ちは師匠から教わった立派な戦術だ」


「確かに間違ってはいませんね。相手が混乱しているところに致命打を浴びせる。なるほど効果的な攻撃です」


一体何をするつもりなのかベックは理解できていなかった。康太の策を聞いていないものからすれば康太が一体何を考えているのか、何をしようとしているのか理解できないだろう。


そもそも今のやり取りは通訳されておらず、ベックは康太たちが何を言っているのかも理解できないのだが。


「それでは一度戻りましょう・・・と言いたいところですがせっかく店に入ったのですから少しゆっくりしていきましょうか」


「そうですね。ベック、お茶の一杯くらいの時間は許してくれるだろ?どっちにしろホテルに戻って少し待たせることになるだろうから」


「ん・・・だったら何時に本部に向かうかを明言してくれるとこちらも向こうを説得しやすくなる。時間の指定を頼めないか?」


ベックの言い分はもっともである。いつやってくるかわからない状況よりはあらかじめ時間をしておいた方が向こうとしても話を通しやすい。


なるべく早くいくなどという言葉よりも何時に行くと確約してしまったほうが安心感があるのだ。

ここは彼の顔を立ててある程度時間を指定しておいた方がいいのかもわからない。


「そうだな・・・お茶して準備して移動して・・・だから・・・大体二時間後くらいか?」


「・・・もう少し早くならないか?」


「んー・・・どうでしょう姉さん、どれくらいかかりそうですか?」


この中で一番最寄りの教会までの道を通ったのは真理だ。今回の所用もそうだが道のりから考えて必要な時間を考えるのは一番適しているだろう。


「行くだけならそれほどかかりませんし・・・そうですね・・・一時間半でどうでしょうか?多少話し合いをして余裕をもって移動すればそのくらいになると思います」


「よし、じゃあ一時間半後に本部でいろいろ話すって伝えておいてくれ。こっちはその準備とかいろいろしておくから」


「わかった・・・頼むぞ」


そう言ってベックは携帯を取り出して何やら連絡をし始める。恐らく本部に件の話をしているのだろう。

問題児と上役の間に挟まれた中間管理職のようなものだ。自分の立場が何だか師匠である小百合のようになってきているなと思い康太は少しだけ気が重かったが、それもそれで仕方のない話だ。


なにせ弟子は師に似るものだ。真理も康太も小百合からしっかりとその教えとあり方を教わっている。周囲の魔術師たちから煙たがられるのも仕方のない話というものである。


「それで?康太としては今回の作戦上手くいくと思ってるの?」


「んー・・・五分五分ってところじゃないか?ぶっちゃけ相手が混乱していてくれればくれる程ありがたい」


「余計なことを漏らさずに相手に情報だけを出させるってことね・・・まぁ確かに相手が混乱していればうっかり口も滑らせるかもしれないけど」


「ですが相手も相手です・・・無茶をするわけにもいきませんね」


「そのあたりは師匠譲りで、とりあえず相手に圧力をかけていきましょう。お話しをする際は常に相手より優位な場所にいないといけませんからね」


相手よりも優位な場所に立つ。簡単に言うがそれが困難であることはこの場の誰もが理解している。


相手より優位に立つという事は相手の立場と自分の立場を正確に理解しておかなければならない。そして相手の思惑と自分の思惑を照らし合わせることも必要だ。


容易にできる事ではない。だがそれをできるだけの条件はすでに整っている。康太は内心少しだけ冷や汗をかきながら注文した紅茶を口に含んだ。


康太たちがホテルで準備をした後、迎えに来たベックに引き連れられて全員で本部までやってきていた。


本部に行くにあたり一度街中に張り巡らせた黒い瘴気を消滅させなければならなかったが、それはそれで説得の良い材料になるだろう。


とはいえ本部は康太がやったことをほとんど理解しているものが多く、康太の方に猜疑的な視線を送るものも多かった。


「やたらと怪しまれてるわね・・・まぁ当然と言えば当然だけど」


「いいんだよ、それ含めて作戦の一つだ。まぁこっちの脅威度が上がってるっていう意味じゃ好都合・・・警戒されてるって意味ではちょっと不都合かな」


「ちょっとで済みますかね?今後に響くのでは・・・?」


「それはここからの交渉で何とかしましょう。あくまで本部を敵に回さないための立ち回りが必要になりますね」


康太たちが本部の上層部の下にやってくると、そこにいる人数は少し減っていた。


その場にいないのは現場の指揮官役でもあり本部専属魔術師の統括役のベティテアだ。


どうやら康太のやらかしたことの後始末で方々を駆け回っているのだろう。彼がいないというのは少々予想外だったが、こちらとしてはいなくとも問題はない。


必要なのは本部の上層部のほとんどがこの場にいる事なのだ。特に本部長と副本部長、そして数人の取り巻きである。


それぞれの人物は康太、そして真理、文、倉敷と通訳の方に視線をやって最後にまた康太の方に視線を戻す。


ベックはすでに部屋から退室しており、誰もアリスの方を見ようとしない。恐らく今までと同じように認識できなくする魔術でもかけているのだろう。


上層部の人間に対してもこうしたことが行えるあたり、彼女がどのような人物に対しても格上であるということがうかがえる。


「来たか・・・ではブライトビー、今回の騒動・・・というか今回君が取った行動の説明をしてもらえるかな?」


「ある程度のリスクは承知の上じゃなかったのか?こっちの行動に対して好きにしろと言ったのもそっちだぞ?」


「もちろんこちらとしても君の行動によって成果が得られるのであればそれを黙認するつもりだ。だが君の行動によって現場は大きく混乱している。このまま続けるのであればその行動の正当性を示してもらわなければ現場の収拾が取れない。何より我々も安心できない」


康太が一般的な魔術師としての手段をとるのであれば協会上層部としても康太の行動は完全に黙認するつもりだったのだろう。だが今回康太が使ったのはDの慟哭という本部の魔術師にとっては大きな意味を持った手段だった。


それを見過ごせるほど本部の魔術師たちは無慮ではない。万が一のことを考えてそれぞれが行動を起こした結果、現場に混乱が巻き起こった。


康太がDの慟哭を制御下においているということは知っていても、もしその制御が無くなり暴走したらどうなるか。皆一様にその考えがあったのだ。


都市部におけるDの慟哭、封印指定百七十二号の復活はその都市の壊滅すら意味しかねない重要事項。康太があの状況を引き起こしたことで康太が考えている以上に現場は混乱しているのだ。


この場に専属魔術師の統括であるベティテアがいないのがその証拠だろう。指示するだけではなく実際に現場に行かなければ押さえこめないほどに現場は大きく乱れているのだ。


「それならもう安心していいぞ。あれをやった成果はもう出た。もうあんなことをするつもりはない」


「・・・そうか・・・それを聞いて安心した」


その場にいた全員はもう康太がDの慟哭を使う必要がないという事を知って小さく安堵の息を吐く。


康太にDの慟哭を使わせるという事がどういう意味を持つか本部の人間にとっては康太とは違う考えを持っているのだ。


康太にとってDの慟哭は大抵いつでも使えるちょっと不便でとても便利な魔術程度の認識だ。


だが本部の人間にとってDの慟哭は何時暴走するかわからない危険な魔術なのだ。使用することによって暴走する可能性が毎回付きまとう。今回戦いの場を郊外の森林地帯にしたのもそれが理由の一つだった。


康太にDの慟哭を使用させ、万が一暴走しても被害を最小限に抑えられるようにするために人のいない場所を選んだ。


無論魔術師の戦闘を見られないようにするというのも主目的の一つではあるが、万が一の可能性を考えた時あの場所が最適だったのだ。


認識の違いというのはこういうところで如実に表れる。いつでも使える便利な魔術ととらえることもできるし、何割かの確率で暴走しかねない危険な魔術ととらえることもできる。


しかもそれによって多大な被害を受けるのは間違いなく一般人だ。本部としては康太がDの慟哭を使うのは可能な限り最小限に抑えたかったのだろう。


だが康太はそれを使用した。しかも都心部でそれを街中に蔓延させるという考えられる限り最悪の方法で。

現場も本部の大きく混乱したのは言うまでもないだろう。だからこそこうして康太たちがこの場に来る口実にもなった。これは康太にとっては良い傾向だった。


「それで、君が得たその成果とは何なのか?前に言っていた可能性とやらは身を結んだのか?」


「あぁ・・・一応実を結んだかな・・・?いやまだ実は結んでない、これから花から果実に育てるところだ」


そう言って康太は真理から受け取った書類を全員に見えるように机に置く。その書類は真理に取りに行かせたもので、先程ホテルでアリスが記入したものだ。


「アリシア・メリノスを日本支部に転属させる」


誤字報告五件分、評価者人数195人突破したので合計三回分投稿


また土曜日分まで予約投稿するので反応が遅れますがどうかご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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