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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十話「神の怒りは、人の恨みは」

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怒りと恨みはほんの少し

「じゃあ話を本筋に戻そうか。本部の話になったところで、ブライトビーが仕入れてくれた情報、この中に本部のスパイのものがあったのを覚えているかい?」


「いいえ」


「・・・うん、そうだと思ったよ。君も疲れていただろうからね」


あまりにも早く答えた康太に支部長は若干頭を抱えながら、康太が手に入れた情報を記載した書類を手に取ってそれを読み上げ始める。


「まず、本部のスパイについて・・・これは他の情報や探りを入れてからの話になるけれど・・・本部の幹部クラスの人間に一人、相手の側の人間がいる」


「幹部クラスっていうと・・・俺も会ったことがありますかね」


「あるね。確か以前クラリスと一緒に本部に行った時だったかな?あの時に大抵の幹部級とは会っているはずだ」


「その中の一人が敵側であると?」


「本当に何も覚えていないのかい?君が聞いたことだろうに」


「すいません、別のことに集中していたもので」


拷問というのは地味に集中力を要する行動だ。相手に苦痛を与えながら死なないように注意しなければいけない。


今回の場合はアリスや倉敷が体調管理をしてくれていたためにかなり楽だったが、それでも少しずつ相手に確実な苦痛を与えなければいけないというのは康太の精神をかなり削り取った。


その時の相手の言葉などいちいち覚えてはいないのだ。


「逆にどんなことなら覚えてるのさ。拷問したのは君のはずなんだけど?」


「なんか世界征服するとか、星そのものを人外にするとかそんな感じだったような気がします。そのあたりは覚えてます」


「あぁ・・・僕としてはそれも結構眉唾なんだけど・・・さっきもアリシア・メリノスが言ったように、現物が目の前にいるからなぁ・・・」


支部長が康太に目を向けると康太はすいませんねと苦笑しながら軽く頭を下げる。


康太が悪いわけではないのだが、どうしても康太が面倒ごとの中心にいるような気がしてならないのである。


事実その通りなのかもしれないが。


「アリシア・メリノス、現実問題として、星を精霊とかの類にした場合自分たちの言うことを聞かせるようにすることは可能だと思うかい?」


「難しいところだな・・・星を一つの生き物と定義した場合、星そのものに意思があるかもわからんが、少なくとも星を物理的なものから人ならざる者として存在を改変した時、多少なりとも事象に干渉することができるようになるかもしれん」


「・・・具体的にはどの程度?」


「そうだな・・・地形、天候の変化程度なら・・・地表に住む生き物などまでには手は届かんと思うが・・・」


「それだけでもかなりの規模だね・・・天候や地形を操ることができれば、確かに世界征服も不可能じゃないか・・・簡単になるとは言えないけど」


「もしそうなったら休みの時に限って台風直撃させるのやめさせてくれないかな?せめて平日に台風来させてほしいんだけど。学校休めるし」


「ビー、今かなり重要なこと話してるから、庶民的すぎる感想は後にしてくれる?」


文の突っ込みに康太はしょんぼりしてしまっていた。だがもしアリスの言うようなことが可能だとしたら、康太が望んだように多少の天候の操作など容易だろう。


世の中をよくすることだってできるし、逆に悪くすることだってできる。可能性を大きく秘めたプロジェクトであるのは間違いない。


同時に大きな危険をはらんでもいる。


「でもさ、情報から察するにだよ?精霊術師とかを攫って消していたのはそれを実現するための実験だったんだよね?仮に世界規模の魔術で、人外化に失敗したら・・・」


「・・・今までの精霊術師たちと同じく、消滅する可能性が高いな」


「そうなったら・・・最悪・・・星が消えるなんてことに・・・?」


「人類滅亡待ったなしだな。さすがの私も真空状態ではそう長くは生きていけん」


少しの間なら生きられるのかと突っ込みたいところだったが、今までの相手が行ってきた実験と、その失敗を知っているだけに世界の危機が具体的になってきたことで支部長たちはわずかに戦慄していた。


「この情報、本部には?」


「もちろん上げるつもりだけど、さっきも言った通り、スパイの動向確認もあるからね・・・もう少し後になるか・・・相手の動き出しを待つことになるね。うまく流れをつかめればこちらが有利な方向に話を持っていける」


小百合が引き起こした面倒の解決だけでもかなり苦労しているだろうにそこまで考えているあたりさすがは支部長といったところだろうか。


やはりこの人以外に日本支部支部長は務まらないなと康太と文は確信する。


「でもさ、地球規模ってことは、発動箇所は一つじゃないのか?」


「そのあたりも微妙だね・・・今回君が集めてくれた情報でも、そこまでは把握しきれていない。あとは他の攻略完了箇所からの情報待ちといったところか」


「個人的な見解として、世界規模で魔術を発動するなら魔力の補充用の術式と魔力の伝達用の術式、そして本体の術式、それを補佐する術式、この四つが必要になると思うぞ?それも世界規模であれば複数カ所同時・・・一つの大陸に最低二つはほしいところだな」


「大陸に二つかぁ・・・うっわぁ・・・面倒くさいなぁ。同時攻略しないとそれでも世界滅ぶよね?」


「大陸の一部が消滅した状態でこの星が無事に活動できるとは思えんからな・・・相手の進捗にもよるだろうが、同時攻略が好ましいのは言うまでもない」


アリスの見解に支部長は頭を抱え、ゆっくりと机に顔を突っ伏す。


唸るような声とともに頭をかきむしる支部長を見ながらこれはなかなか大変なことになって来たなぁと康太は他人事のように考えていた。



















支部長への報告も終え、一段落した康太は幸彦の墓の前にやってきていた。


敵を討った、といえるのかどうかはさておいて、とりあえずひと段落したからこそ話くらいはしておくべきだと思ったのである。


墓に添えた花と、幸彦がそこまで好きであったかどうかわからない酒、それと、墓参りに行くと告げた時、奏から持たされた小包を供えて手を合わせていた。


「・・・墓参りに来て、少しは気が晴れた?」


「・・・どうだろうな、正直まだもやもやしてる。あいつを殺すことができていたら、こんな気持ちにはならなかったのかもしれないけど・・・もしかしたら殺してもこんな感じだったかもしれないし」


康太は手を合わせながら何を話すべきかと迷っていた。実際に幸彦がここにいるわけでもない。実際に話したところで何が通じるわけでもない。


だがそれでも、言っておくべきだと思ったのだ。


「幸彦さん、あなたを倒したあの魔術師は俺たちで倒しました。二度と魔術師として活動ができないように叩き潰してやりました。その代り、俺は封印指定にされそうですけど・・・とりあえず元気にやってます」


康太が人外になったことを幸彦は知らない。幸彦が死んだあと人ならざる者になってしまったためにそのあたりは仕方のないことだろう。


幸彦が聞いたら『なんでそんなことになったのさ』と目を丸くすることだろう。康太も未だ自分が人ではなくなったなどと信じられない。


「この後・・・どうしようかと迷ってます。どうやら世界の危機らしいんですけど、そこまで危機感がないというか」


いきなり世界崩壊人類滅亡の危機と言われても、康太は実感がわいていなかった。


世界が滅ぶといわれたところで実際にそれが起きるとも限らないし、実際にそれが起きた時にどうなるのかもわからないのだ。


少なくとも世界が滅ばないように支部長たちは動くつもりだろうが、康太がどうするかは正直わからなかった。


すでに相手の戦力はかなり削り、さらに言えば相手が発動している術式も成功したという情報は出てこない。


唯一触れることのできない石が確認できた程度だ。それ以外での成功例は康太以外確認できていない。


しかも康太も成功したとはいいがたいのだ。何せ康太が壊そうとした結果暴発した術式でこうなったのだから。


相手の思惑がうまく進んでいるかどうかもわからない中、とりあえず相手が世界を滅ぼせるくらいの考えを持って動くということであるため、そこまで重要であるようには思えなかったのである。


「幸彦さんなら、間違いなく立ち上がったんでしょう。世界の危機なら放っておけないとか、そんなことを言って・・・でも俺は・・・」


幸彦の敵討ちを果たしたことで、康太は一時的に目標を見失ってしまっていた。どうしたものか、どうすればいいのか、宙ぶらりんの状態になってしまっているのだ。


「とりあえずは自分の身のことを考えておこうと思います。封印指定になるといろいろ面倒でしょうから、そのあたりをうまくごまかせるように頑張るつもりです。もしなっちゃったら・・・アリスと同類ですね」


苦笑する康太の顔には少しだけ疲れが見えていた。今までずっと自らでも制御できないような怒りや恨みをため込み続けていたのだ。


それをぶつける先がなくなったことで、今まで張りつめていた緊張の糸が解け、疲れとなって表れているのだろう。


少し休んだほうがいい。文もそう感じていた。


「文は?なんかないのか?」


「お墓に話しても・・・って気もするけど・・・まぁこのくらいじゃないともう話す機会もないものね」


そういって文は康太の横に移動して康太と同じようにしゃがみ込むと、小さく手を合わせた後で大きくため息をつく。


「幸彦さん、私は今でも怒ってます。あの時一緒に戦わせてくれなかったこと」


文は幸彦と戦っていて、幸彦に逃がされた。それがまだ彼女の中でしこりとして残っている。


仕方がないことかもしれない。文自身自分の実力不足であるということは理解していた。だが理解できても納得できるかは別問題だ。


「あれから、少しは強くなりました・・・まだまだ幸彦さんたちには及びませんけど・・・もし次があれば、その時はご一緒させてください」


「もう死んでるけどな」


「それは言わないの。あんたと違って、私は普通に死ぬんだから」


「俺だって死ぬかもしれないぞ?」


「そうだといいけどね・・・一緒に歳を取って、一緒に過ごして、一緒に死ねたら、それが一番いいんだけど」


死ねるかどうかわからなくなってしまった康太と、そんな康太と一緒にいる文。この二人の間には死というものが強く明確なものになっている。


幸彦の死に触れたことで、そして康太自身が死ねるかどうか怪しくなったことで、死ぬということを意識せざるを得なくなってしまった。


「そういえば、奏さんの包みって何?食べ物の類?」


「ん、そうみたいだな。たぶんお菓子の類、饅頭とかだと思うぞ」


墓の前に菓子類を置き続けてはいけないと康太はその包みを開けてみる。そこには康太の予想通り、三つの饅頭が入っていた。


幸彦は甘いものが好きだっただろうかと、思い返しながら康太はそれを一つ頬張る。


「ちょっと、それ供えるやつ」


「三つあるんだ。幸彦さんと分けて食べようぜ」


「・・・はぁ・・・幸彦さん、いただきます」


康太に続いて文もそれに続いて饅頭を口に含んだ。


「甘い」


「甘いわね」


たっぷり餡子の入った饅頭は、二人が思った以上に甘く、ボリュームがあった。


幸彦はこれが好きだったのかなと想像しながら、康太と文は再び墓の前で手を合わせる。


康太が抱えた怒りと恨みは、少しだけ、ほんの少しだけ、どこかへと消えていた。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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