残された問題
「結論だけ言うと、ブライトビーが手に入れてくれた情報はかなり貴重なものだったよ」
後日、文は支部長の報告を受けにやってきていた。
その場には康太もいる。だが康太はこの話題にあまり興味がないのか、ソファに座ったまま支部長の話を聞いていた。
何やら放心しているようにも見えるその隣にはアリスがいる。常に康太の動向に注意しているアリスは、康太の体に少しでも異変があれば動けるようにこうして待機しているのである。
「他の拠点の攻略はどうなりましたか?あの日うちの師匠やクラリスさんとかは普通に帰ってきましたけど」
「うん。エアリスの方は問題なく、つつがなく、何の異常もなく制圧が完了して、非常に良好な状態で拠点を奪取できたよ。彼女には感謝しなきゃね」
支部長のその言葉で文はすべてを察してしまった。小百合の方はそうではなかったのだろうなと。
「一応聞いておきますけど・・・クラリスさんの方は」
「ひどかったよ。原形をとどめていなかった。情報収集よりも後始末の方に力を割かれてしまっているよ」
「現場にいた敵魔術師は?」
「全員戦闘不能だよ。幸いにも死者はいなかったけどね」
死者がいない。その言葉に文は戦慄していた。
戦闘能力の高い小百合ならば、おそらく相手を皆殺しにすることなど容易だったはずだ。
だが小百合は相手を殺さずに、生かした。
いつだって殺すより生かすほうが難しい。特に支部長がいうような、拠点そのものが崩壊してしまっているほどに高い威力を持つ魔術を使ったのであればなおさらだ。
「・・・すごいですね・・・それは」
「あぁ、破壊の技量だけ言えば、恐らく当代で一、二を争うだろうさ。ただその分、周りの被害がすごかったんだけど」
「そんなにですか?」
「もともと、大地震とかが起きてそのあたりが崩れるっていうストーリーを作るつもりだったから、大きく壊れることくらいはむしろ想定内だったんだけどね・・・彼女はそれを大きく超えてやりすぎたんだよ」
そういって支部長はパソコンの中の画像を文に見せる。
そこには事前に見せられた岩肌の目立つ山の風景は存在しなかった。
岩石地帯でありながら山脈に近しいほどの岩が積み重なった光景はすでになく、まるで渓谷のようにそれらがえぐり取られている。
「・・・何をどうしたらこうなるんですか?」
「それは僕が聞きたいところだね。ブライトビーならわかるかもしれないけど」
そういって康太に話を振るが、康太は顔だけこちらを向けてその後で首を横に振る。
「俺も師匠がどういった魔術を使えるのか全部は把握していないですよ。姉さんならわかったかもしれませんけど」
一番弟子である真理ならば、小百合がどのような魔術を所有していてどのような使い方をしているのかも知っているだろう。
康太はまだ小百合の弟子になって一年半程度しか経過していないためにそこまでの理解はない。
「でも師匠ならどんな方法で壊しても不思議はないですよ。あの人に壊せないものってほとんどないんじゃないですか?」
「そこが問題なんだよねぇ・・・おかげでこの拠点から得られたものはほとんどなかったよ。相手の魔術師捕まえて尋問するのが精々でさ」
相手の魔術師から得られた情報でもかなり貴重なものが得られるだろうが、今はそれよりも物的な証拠の方も押さえたかったのだろう。
人の言葉は案外当てにならないものだ。いくら正しくても記憶が間違っていたり嘘を教えられていたりすると、相手はそれが嘘であると知らずに真実であるかのように話す。
命令書や計画書などは多少の間違いはあっても大筋が間違っていることはない。そのため拠点の位置などはわかるために相手の目的を潰すためには必要なことでもある。
「相手の目的がはっきりした・・・といっても僕は妄言の類だと思っているんだけれど・・・そのあたりはどうなのかな。アリシア・メリノス、君の意見が聞きたいな」
この中で最も知識のあるアリスに話を聞くのは全くおかしな話ではない。とはいえ少なくとも現段階ではアリスもあまり大したことは言えなかった。
「情報が少ないから何とも言えんが、相手は本気なのではないかと思えるぞ?現に目の前に、人間ではなくなった存在がいるのだ。そういった方向で奴らが動いていても不思議はない」
「・・・あぁそうだった・・・そうだよねぇ・・・そっちの話もあるんだった」
「そっちの話?」
アリスの言葉に思い出したように支部長は額に手を当ててうなだれる。どうやら得られた情報や小百合の暴れっぷり以外にも何か問題があるらしい。
「ブライトビー、実は君の体がおかしくなったってことが本部に伝わってしまったんだよ」
「え?なんでですか?」
「君もクラリスほどじゃないけど派手に暴れたそうじゃないか。それが人伝で本部に伝わったんだよ。人の見た映像やらを本部の人間が調べたようなんだ」
「あー・・・あれだけ光ってたらさすがにおかしいって思われたんですかね?」
「光ってるくらいならよかったんだけど、なんか姿も変わってたらしいじゃないか。さすがにおかしいって思われちゃったみたいで」
康太の神化状態を見られていて、それを調べられたらしい。
康太に対して本部がどのような行動をとるのか不明だが、少なくともあまり良い行動ではないのは間違いないだろう。
「今後、本部への対応を考えなきゃいけないんだけど・・・ブライトビー、君本当に封印指定になっちゃうかもしれないよ?」
「どの程度の情報が向こうに流れているんですか?」
「わからない。ただ、ブライトビー・・・君に関して調べようとしている動きがあるのは間違いない。この間一緒に戦闘を行った魔術師を呼び出しているからね」
それだけでは康太のことを探っているとは言えないのではないかと思ったのだが、支部長のことだ、何かしらの確信、あるいは情報を得ているのだろう。
本部が康太のことを敵に回そうというのであれば、同じくアリスも敵に回すことになる。
メリットとデメリットを天秤にかけてどの程度秤が傾くのかは本部にしかわからないだろう。
少なくとも康太はアリスを敵に回すことをするくらいなら魔術師一人くらい見逃してもよいのではないかと思えるが、それはあくまで康太の考えでしかない。
本部の中でどの程度の危機意識を持っているのか、そして組織としての各幹部の発言力にも影響してくるだろう。
副本部長とそれなりに関わりを持っていた康太だが、副本部長がどれだけフォローをしてくれるのかも気がかりなところだった。
「支部長的にはどうなんです?俺が封印指定になることは」
「個人的には痛手だけど、ぶっちゃけアリシア・メリノスの件もあるからね、そこまで悲観はしていないよ。とはいえこれからの支部の運営に直接かかわってくるような案件だから可能な限り穏便に済ませたいけれど・・・最悪僕の首が飛ぶかなぁ」
日本支部に封印指定が複数存在している時点でかなり面倒くさい状態になっていたのは言うまでもない。
今までだって封印指定二十八号のアリスだけではなく封印指定百七十二号であるデビットを康太が内包していたのだ。
おそらくほかの支部や本部からかなり圧力をかけられていただろう。
それに加えてさらに生きた封印指定の誕生となればこれまた大問題だ。
「支部長が支部長じゃなくなったら誰が支部長やるんですか。こんな問題児だらけの日本支部をだれがまとめるっていうんです」
「絶賛問題児の筆頭になりつつある君がいうかね。僕としてはもう支部長業は後進に引き継いでのんびり羽を伸ばすのもいいかなって思ってるんだけど」
「支部長、それはダメです。支部長の負担がとても増えているのは知っています。ですがそれはダメです。支部長が辞めたらクラリスさんを止める人がいなくなります」
「えー・・・ダメ?」
「ダメです」
「どうしても?」
「どうしても」
支部長は『そっかぁ』とため息交じりにつぶやいて大きくうなだれる。そして数秒間その姿勢を維持してからゆっくりと顔を上げた。
「ぶっちゃけさ、僕としてはブライトビーが封印指定になったとしても痛手はないんだよ。今回のクラリスの後始末でものすごく中国支部から文句言われたことに比べれば断然マシだからね。一人が二人に増えようが些末事さ」
「ものすごいぶっちゃけましたね。仮にも協会の支部長としてどうなんですか?封印指定って協会の中でかなり重要なものでしょうに」
封印指定は魔術の存在が一般社会に漏れる可能性が非常に高い、ないし単純に危険すぎるものなどが登録されるものだ。
それが魔術であるのか現象であるのか人であるのかはその時と場合による。アリスなどは長年生きているからこそ封印指定に登録された。
康太がどのような理由でなるかはさておいて、協会の支部を預かる人間のする発言ではないことは間違いない。
「だってさ?知ってるかい?アリシア・メリノスがうちに来て、ブライトビーが封印指定百七十二号を取り込んで、それから来た他支部や本部からの文句や圧力よりもさ、クラリスが活動した時にくる苦情の方が数が多いんだよ?その面倒さも比べ物にならないんだよ?」
「それは・・・その・・・すいません」
弟子として師匠の不始末を片づけたいところだが、康太や真理ができるのはあくまで小百合がやらない書類などの処理だけだ。
後処理といっても限界がある。特に康太は戦うことしかできない魔術師だ。他の行動をとろうとしても限度があるために結局のところ支部長に多くの苦情が寄せられることになるのだ。
そしてその処理も支部長がいろいろ考えてこなしてくれているのだ。封印指定など何のその、小百合の方がものすごく面倒くさい案件なのである。
「だからさ、僕からしたらブライトビーが封印指定になるっていうよりも、クラリスがなんか最近活動的になってきていることの方が気がかりなんだよ。正直君には申し訳ないと思うけど」
「いえ、そのあたりは本当うち師匠がご迷惑をかけてすいませんでした」
「君が謝ることではないさ・・・ただねぇ・・・」
「支部長、その辺に。だいぶ話がそれていますよ」
小百合の愚痴を言い出すときっと止まらなくなるであろうことを察して文が横槍を入れる。
支部長もさすがに本筋から離れすぎていることに気付いたのか、小さく首を振ってから咳払いをして先ほどまでの情けない姿を払拭しようとしていた。
もはや今更なのかもしれないが。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




