八つ当たり
「で・・・何するんだよ・・・」
「決まってるだろ。まずは情報を聞く。何者なのか、なんでお前らを襲ったのか、何が目的なのか・・・複数犯だった場合はその仲間の所在まで、洗いざらい全部だ」
小百合の店の地下にある訓練用の空間。康太はそこに椅子を一つ持ってくるとウィルに協力してもらって椅子ごとその魔術師の体を固定する。
ほとんどの衣服も剥ぎ取り、指一本すら動かせない状態にさせられた魔術師は強引に瞼を開かされる。ウィルによって瞬きができないようにされたその姿は、これから拷問を受ける人間にふさわしい姿だった。
すでに康太と倉敷はそれぞれ仮面をつけている。ここから先は魔術師の時間だと言わんばかりに仮面の下で満面の笑みを浮かべていた。
「よしウィルそのまま固定だ。絶対に瞬きさせるなよ?さてさて・・・それじゃあ何から聞いていこうか・・・」
そういいながら康太は工具箱からいろいろと道具を取り出していく。日用品なのになぜか赤黒い錆ができているそれらを見て、倉敷は眉を顰める。こいつの拠点はこんなのばっかりかと心底嫌がりながら、魔術師の体から必要以上に体液が漏れ出ないように注意していた。
何せ医療用の道具などほとんどないのだ。血が一定以上流れてしまえばそれで死んでしまう可能性もある。
倉敷は情報の聞き取りを一度すべて康太に任せ、魔術師の健康管理に意識を集中せざるを得なかった。
ここでこの魔術師を死なせるわけにはいかない。仕方がないとはいえ康太のところにこの魔術師を連れてきたのは自分なのだ。絶対に死なせないと倉敷は意気込んでいた。
そんな倉敷の意気込みを知ってか知らずか、康太はとりあえずラジオペンチを手にして魔術師の耳を軽く挟み、もてあそんでいた。
「とりあえず名前を聞こうか、お前の名前は?術師名でもいいぞ?財布の中に免許証入ってたから本名はわかってるし」
脱がせた服の中に財布が入っており、そこには当然身分証明書ともなる免許書や保険証の類も入っていた。
康太はそれらを手に取りながら魔術師にあえて名前を聞く。
「・・・ば、バロンブッセだ」
このまま答えなければどんなことをされるのかを想像したのか、魔術師はとりあえず自らの術師名らしきものを答える。
ここまでは順調、問題はここからだった。
「そうかいバロンブッセ、初めまして。俺はお前が手を出そうとしたこいつの仲間だ。さて次の質問と行こうか・・・なんでこいつを襲った?」
「・・・」
答えないのは予想済みだった。素直に応えるべきか、誤魔化すかで迷いを抱いているのだろう。
だがそんな迷う暇を康太は与えない。
軽く摘まんでいた耳を、ラジオペンチで思い切り掴み捻りあげていく。
あまりの痛みに悲鳴が地下中に響く中、康太はその悲鳴を上げる口をドライバーを突っ込んで黙らせた。
「答えろ、なんでこいつを襲った?何が目的だった?」
「そ・・・そいつらが・・・俺の拠点近くで、勝手に活動して」
「嘘だな。こいつは立派に拠点を持ってるぞ。仮住まいだけどな・・・術の練習には困らない・・・別の場所に行く理由がない。今日は知り合いに会ってたみたいだけど、それだけで攻撃を仕掛けるのは少し浅慮だな・・・ついでに返り討ちにあったわけだからちょっとかわいそうだけど」
そういいながら康太は口に突っ込んでいたドライバーを抜き取り、紐を括り付けて魔術師の右腕をゆっくりと締め上げていく。
ドライバーを使って紐をねじっていき、その腕から先に血が流れるのを完全に止め、鬱血させていく。
完全止血法という、本来ならば動脈などを切った負傷者に使われる止血法だ。これを行うことで血の流れを完全に止めることができる。
だが当然、完全に血の流れを止めてしまえばそこから先の細胞に血が流れず、酸素が流れなくなる。そうなれば、腕は壊死し、腐り落ちる。
「正直に答えないとこれは解かない。なぁ、血が通わなかった場合壊死するのって大体何分くらいだ?」
「詳しく知らないけど・・・三十分くらいじゃないのか?」
「ちょっと長いな・・・じゃあそれまで別のことを聞こう。お前、仲間はいるのか?」
「・・・俺一人だ」
康太は目を細めてその男の言葉が真実であるかどうかを判断していた。
「・・・嘘は言ってないけど本当のことは言ってないな。じゃあ言い方を変えよう。お前は誰の命令でこいつを襲った?」
観察力。何人もの人間を拷問にかけてきた康太は、相手の目の動きや声の抑揚などで相手の言葉の真偽を確かめる。
相手が動揺していればしているほどに、その真偽はわかりやすくなる。
この魔術師は、最悪自分の腕が腐り落ちるということを理解しているからこそ、わかりやすく動揺していた。
この程度なら康太はその言葉の真偽を手に取るように把握できる。
「・・・俺は・・・俺の意思でやった・・・誰の命令も受けていない」
「嘘だな・・・しょうがない、左腕もやるか」
左腕にも紐とドライバーを使って完全止血を施す康太。強制的に開かされている目がわずかに揺れ、目に見えて動揺しているのがわかる。
「よし、それじゃあ別のことを聞こう・・・こいつを襲ってどうするつもりだった?あいにくこいつはただの精霊術師だぞ?」
「・・・知るかよ・・・そんなこと」
その言葉に康太は反応した。嘘を言っている。つまり知っているのだ。そして本人がどうするつもりだったということを言わなかったということは、やはり誰かから命令を受けていた可能性が高い。
正常な精神状態だったのなら、口から出まかせでいろいろ言えただろう。魔術の実験に使うつもりだったとか、従わせて雑用係にするつもりだったとか、精霊術師を軽んじている魔術師のふりをすれば何とでも言える。
だがこの男は知らないといった。自分一人だと言いながら、まるで誰かに命令されていたかのようなことを告げた。
この男は動揺している。自分が口を滑らせたことにも気づけていないほどに。
強い痛みではなく、徐々に徐々に腕から感覚がなくなり、血の気が失せていく。真綿で首を絞めつけられるかのような感覚、逃げ場がどんどんなくなっていくようなどうすることもできない感覚。それがこの魔術師を追い詰めていた。
「そうか知らないか、それじゃあしょうがない・・・あぁ、そういえば足にくぎ打ちつけたのに止血してなかったな。今止血してやるよ」
そういって今度は両足に紐をつけて完全に血の流れを止める。これで両腕両足全ての血の流れを止められてしまった。
血を止めてからすでに五分程度経過している。このままでは腕から順に壊死していくであろうことは目に見えていた。
「次の質問だ、お前に仲間がいないのはさっき聞いたから・・・そうだな・・・お前には大事な奴はいるか?」
「・・・何の話だ・・・」
「答えろよ。家族でも、友達でも何でもいいぞ?」
「・・・いるよ、それがどうした」
「いやぁ別に、大したことじゃあないさ。今時本名知ることができれば、その背後関係なんていろいろとわかるって話だよ・・・幸い、いろいろとわかってるし」
康太が財布の中から取り出した身分証の中にあった保険証にはかなりの情報が記載されている。
それらを元に個人を特定し、その背後関係をすべて洗い出すのは別に難しい話ではないだろう。
康太はペンチを掴んで、魔術師の口に突っ込み、前歯の一本を挟み上げる。
「俺は別にいいんだ、お前が本当のこと話さなくたって。その分たくさん八つ当たりができるんだから」
康太の声がどんどん鋭く、冷えていくのを倉敷は感じ取っていた。
この魔術師の背後に何者かがいて、意図的に何かをしようとしている。それが今まで見え隠れしてきていた組織のそれに近いにおいをかぎ取ったのだ。
最初は倉敷が襲われていた理由を確かめて、少し手を貸してやる程度の考えだったが、すでに康太の目的は大きく変わっている。
すでにこの男は、康太の標的の一人になりつつあった。
「一つ本当のことを話すごとに、お前の大事なものを一つずつ助けてやる。今までのお前の言葉が嘘だというのはわかっている・・・さぁ、今までの質問をもう一度してやろう」
先ほどまでの口調とは打って変わって、突き刺すような殺気すら放つ康太に、魔術師はわずかに震えていた。
目の前にいるこの男が、本当に自分と同じ人間なのかさえも疑わしいほどの圧力に、男は失禁しそうになってしまっていた。
倉敷が体内の体液を操作していなければ、おそらくこの男は粗相に加えて冷や汗や涙なども垂れ流していたことだろう。
だがそれを許さない。無駄な体液は一切放出させない、死なせるわけにはいかないのだからと倉敷は体液の操作を続ける。
「何のためにこいつを襲った?何が目的だった?」
仮面の奥にある康太の瞳が、無理やり見開かれた魔術師の目を捉えて離さない。震えを止めることができない男のこの状態を表すならば、蛇に睨まれた蛙というのが最も的確な表現だろう。
「ぁ・・・あ・・・せ、精霊術師を・・・攫うのが・・・目的・・・だった」
精霊術師を攫う。その言葉に康太と倉敷は眉をひそめた。魔術師を攫うのならばまだわかるのだが、精霊術師を攫うというのは特にこれといって理由があるとは思えなかったのである。
だがこの男は嘘を言っているようには思えなかった。少なくとも今の言葉に関しては嘘を言っているそぶりは感じ取ることはできなかった。
何かあるのだと、康太はその男の右足の紐を緩める。
「お前の仲間はいるか?」
「・・・いる・・・いるけど・・・」
「どこにいる?どんな奴らだ?」
「・・・っ・・・!」
言えないのか、言うつもりがないのか、魔術師の口は重い。
そう簡単に吐くとは康太も思っていない。康太は見開かれた魔術師の眼球にドライバーの先端を向けた。
「もう一度聞く・・・そいつらはどこにいる?どんな奴らだ?」
震えながら口を何度か開閉させ、魔術師はゆっくりとそれを口にし始めた。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




