危険な釣り餌
二人がそんな談笑をしている中、文が索敵でいくつかの影を捉えていた。ほんのわずかに空気が変わったことに幸彦は反応して目を細める。
「・・・っと・・・招かれざる客かな?」
「よく気づきましたね。気配に出てましたか?」
「うん、ベルの気配はわかりやすいね。意図的にわかりやすくしているのかな?後方・・・結構な速度で追ってきてるね」
文の索敵に続いて幸彦も索敵を発動したのだろう。後方からこのトラックを追うような形で何人かの魔術師がやってきている。
速度の出そうな車、そしてそれを取り囲むようにバイクが数台。載っているのは全員魔術師だ。明らかに怪しいそれらに文と幸彦は警戒の色を強くしていた。
「迎撃しますか?今なら先制攻撃できますよ?」
「ダメダメ、僕らは囮だよ?釣りの餌は自分から魚の口に突っ込んでいったりしないだろう?僕らは釣り上げるために食いつかれなきゃ」
「・・・では防御を」
「んー・・・なるべく防御もしたくないところだなぁ・・・相手の出方にもよるけどね」
「防御もダメって・・・それじゃ最悪事故になりますよ?行動不能になってしまいます」
攻撃をしてはいけないというならまだわかるが、防御もしてはいけないという言葉に文は眉を顰める。
このトラックはそれなりに大きい。背後にボックス型のリアがあるとはいえ、それも薄い鉄板でしかないのだ。それなりの攻撃力を持った魔術であれば容易に貫通できてしまう。
後ろには康太たちが乗っている。康太たちが攻撃にさらされても問題はないと思うがただ黙ってやられなければいけないというのは承服しかねる提案だった。
「防御をしたら僕らが警戒していることがすぐにばれてしまうだろう?僕らは彼らを警戒していない、そう思わせることが大事なのさ」
「・・・でも・・・」
「まぁまぁ、安心して。さすがに何の手も打たないってことはないよ・・・ビー、トゥトゥ、聞こえるかい?」
『はい、感度良好。仕掛けますか?』
どうやら康太も背後から近づいてくる敵の存在に気付いたのだろう。まだ距離は百メートル以上離れているため、索敵ではなく康太自身の勘で気づいたのだろうか、相変わらずでたらめな感覚をしているなと文はあきれてしまうが、さっそく攻撃しようとしている康太の考えにも同様にあきれてしまっていた。
先ほど文も同じようなことを考えていたため呆れるのは少々お門違いなのかもわからないが。
「いや、一度攻撃をさせるよ。突撃なのか魔術なのかはさておき先制攻撃は相手に譲る。僕らは後攻だ。いいね?」
『バズさん、攻撃を受けるのはいいっすけど、トラックがだめになっちゃいませんか?動けなくなるのはつらいっすよ?』
倉敷の言葉に幸彦は笑う。何を言っているんだいと告げながらミラーにわずかに映っているライトの光を見ながら目を細めた。
「僕らは釣り餌、でも間違えちゃいけないのは、僕ら自身が魚を釣り上げる側だということだよ?ここでトラックが動けなくなったところで問題はない。やってくる連中全て捕まえればいいんだからね」
幸彦の言葉に文と倉敷は戦慄する。トラックが動かなくならないのであればそのまま戦闘を継続、移動しながら敵を撃破していき、なおかつ捕縛していけばいい。
仮にトラックが動かなくなったのなら、相手はこれ幸いと一斉に襲い掛かってくるだろう。そうしたらそれらをすべて倒して捕まえてしまえばいい。
どちらに転ぼうとやることは変わらないのだから、しっかりと相手に攻撃をするだけの理由を作らせたほうがいいと考えたのだろう。
だが文は気づいていた。こんなもっともらしいことを言いながら、幸彦の言葉の裏には別の意味が隠れている。
トラックが壊れてしまえば運転をしなくてもいいから自分が戦える。
先ほどの言葉にはこのような意味が隠れているような気がしてならなかった。穏やかで優しい性格をしていても、やはりこの人も小百合の兄弟子なのだなと文はため息をついていた。
「ビー、トゥトゥ、とりあえずバズさんの言うとおりにするわよ。荷台内部に攻撃が届かないように防御だけはしておきなさい。最低限のね」
『あいよ、そっちはどうするんだ?』
「攻撃を受け次第反撃開始するわ。ビーの出るタイミングは任せる、私はビーの援護、トゥトゥはトラックの防御、場合によっては私のバックアップをお願い」
『よっしゃ、蹴散らすのは任せておけ。トゥトゥ、留守番頼んだぞ』
『了解。要所要所でフォローする』
もはや慣れた様子で戦闘の準備をする康太と倉敷に文は頼もしさを感じながら背後の魔術師たちとの距離を確認していた。
「いやぁ、なかなか頼もしいね」
「えぇ、二人とも経験を積んでますから」
「いやいや、頼もしいのはベル、君だよ」
「私?どうしてですか?」
思わぬところで自分が褒められたので、文はこんな状況にもかかわらず目を丸くしてしまっていた。
今のやり取りで褒められる理由が思い当たらなかったのである。
「多少の無茶ぶりにも問題なく対応できてる。それに君の指示に二人が全く動じてない。そうするってことが予想できてるんだろうさ。なかなかの信頼関係だ・・・一朝一夕ではこうはいかない。才能もあって経験も積んでいる・・・君は将来いい魔術師になるよ」
幸彦からの誉め言葉に文は少し照れてしまい、ありがとうございます以外の反応ができなかった。
文と幸彦がそんなことを話していると、後方の魔術師たちが加速し一気に距離を詰めてくる。
すでに彼我の距離は五十メートルを切っている。相手の速度が落ちないことからあと十数秒もあれば接触するだろう。
「ビー、トゥトゥ、衝撃に備えなさい。来るわよ!」
文の言葉を康太たちが耳にした瞬間、まるで予知したかのように魔術師たちから攻撃が飛んでくる。
右後方から巨大な炎の塊、左後方からは同じく巨大な氷の杭がそれぞれ放たれ、荷台を攻撃している。先制攻撃は確かに荷台に直撃した。
だが荷台に乗っていた康太と倉敷には全くダメージを与えられていなかった。
「先制攻撃は譲ったんだから、あとは好きにしてもいいよな?」
「先に手を出したのはあっちなんだ、あとでどうなろうと自己責任だろ。お前に喧嘩を売ったのが悪い」
「同感だ」
氷の杭によって穴の開いた荷台の扉が勢いよく開き、ウィルが姿を変えた巨大な赤黒い腕が氷の杭を放り投げる。
放り投げられた氷の杭に対応するべく、魔術師の一人が炎を放ち氷を融かしていく。そして次の瞬間、その炎の光を覆いつくすようにトラックの荷台の奥から黒い瘴気が一気に噴き出してくる。
煙幕の類ではないかと疑った次の瞬間、それがただの煙幕ではないことをその場の全員が気づいていた。
僅かずつながら魔力が吸われている。それが話に聞くところの封印指定の力であることを相手のうちの何人かは気づけていた。
「ヒャッハー!覚悟はできてるだろうなぁぁぁ!?」
バイクを駆り、勢いよく荷台から飛び出した康太は噴出の魔術を駆使してうまく着地をするとトラックの後方にいる魔術師めがけて急接近していく。
トラックの中からバイクが出てきたことで、魔術師たちは驚いたのだろう、やや隊列に乱れが生じていくが、康太が護衛役であるということを察したのか、二人の魔術師がバイクを動かして康太の相手をするかのように前に躍り出る。
そしてそのほかのバイクや車は康太を無視するかのように文たちの乗ったトラックに再度接近を試みる。
だがそれを許す康太ではなかった。
「そう簡単に通すかよ!こっちにこいや!」
康太は相手との位置を正確に把握すると、遠隔動作の魔術で相手のバイクのブレーキを思いきり作動させる。
加速中に急激なブレーキをかけられたバイクはバランスを崩して転倒しかけるが、ぎりぎりのところで体勢を立て直す。
だがその代わりに二台のバイクが康太の射程距離に入っていた。
合計四台のバイクが康太の周りに集結する。そして康太の妨害を抜けた残りのバイクと車は依然としてトラックに向けて急加速し続けていた。
「安全運転でお願いしますよ、じゃなきゃ警察呼ぶぞこら!」
もう少しでトラックに接触するという距離まで近づいた瞬間、トラックの中から大量の水が顕現する。
大量の水はまるで盾のようにトラックの後方に顕現し、バイクと車の行く手を阻んだ。
特に先頭にいたバイクは加速したまま水の盾に突っ込んでしまい、ハンドルを取られて転倒してしまう。
運転手はとっさにバイクを乗り捨てて車の上に飛び乗る。とっさの判断には長けているのだろうと倉敷は相手の情報を分析していた。
だが分析だけでは終わらない。倉敷の水はすでに道を作っている。
照準は定まった。そして引き金を引くのはほかでもない。助手席にいる文である。
車の上で何とか立ち上がろうとする魔術師めがけて、トラックの助手席から電撃が襲い掛かる。
水に濡れてしまっていた体に、バランスの悪い車外、さらに言えば相手の攻撃によって自らの足を失った直後を狙った電撃に反応できるはずもなく、車の上に乗っていた魔術師は文の電撃によって全身を大きく痙攣させ車の上から落下しそうになっていた。
とっさに車内にいた魔術師がその体を念動力で包み込むが、もうあの魔術師は戦闘は難しいだろう。
『ナイスフォロー』
「そちらこそ」
互いに無線越しに称えあいながら、文と倉敷は互いに笑いあう。
その様子を見て幸彦はうれしい反面少し複雑だった。
「困ったな、これじゃ僕の出番がないじゃないか・・・せっかく久しぶりに羽を伸ばせると思ったんだけどなぁ・・・」
「二人とも聞こえてたわね?今日の目標はバズさんの手を煩わせないようにすることよ。全員殲滅しなさい」
文の言葉に幸彦は目を丸くして驚いていた。まさか活躍させるつもりがないのかと、活躍できないのかと思いミラー越しに二人の様子を見る。何とか力になれるのではないかと画策するのだが、康太も倉敷も意気揚々と相手と戦い始めていた。
「運転に集中してくださいバズさん。露払いは私たちが」
「・・・うーん・・・まさかここまで頼りになるとは・・・ちょっと甘く見てたかな・・・?」
幸彦は自分の中での康太たちの評価をかなり上方修正していた。久しく見ていなかった康太の実戦の姿、訓練ばかりしていた幸彦からすれば、常日頃見ていた少年たちがいつの間にか自分が知っている以上に立派になっていたという、嬉しいが少しだけ寂しい複雑な気分だった。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




