師匠と弟子は同じ道を
「それはともかく、修学旅行はどこに行くんだ?」
「沖縄です。お土産買ってきますから」
「いらん。どうせ門を使えばすぐに行けるんだ・・・というか海外ではないんだな」
「そうですね。でも今の状況で海外に行くといろいろ面倒ってのはわかりきってるんで」
確かになと小百合は小さくつぶやきながらパソコンを開く。海外で、とくに本部のあるイギリスを筆頭に、各国で魔術師の行動が不安定かつ活発になっている今、学校の生徒を連れた状態で魔術師として行動するような状況にはなりたくない。
それならば日本国内での行動のほうがまだましというものである。
「いっそのこと魔力を全部抜いた状態で行動するのもありかなって思うんですよね。せっかくの旅行ですし、魔術のことを全部忘れて行動しようかと」
「・・・なるほど・・・少しの間だけ一般人に戻ると・・・そういうことか」
「まぁ、こいつがいる時点で完璧には無理でしょうけど、たまにはいいかなって」
康太はそういって黒い瘴気をわずかに噴出させる。康太が一般人の思考をするにはもう遅すぎる。
魔術師としての人格と常識を構成し、それはもはや戻しようのないものとして成り立ちつつあるのだから。
「・・・それができるのならいいがな・・・たぶんお前はもう、そういう思考はできないと思うぞ?」
「いやいや、魔術が使えないってわかっちゃえばそのあたりは大丈夫ですよ。索敵とかも使えませんし」
「そういうことじゃない。私もそうだったように、真理もそうだったように、お前もそうであるというだけの話だ」
「・・・どういうことですか?」
小百合が何を言いたいのか、康太は理解できずにいた。
小百合や真理がそうである。そして康太も同じである。その言葉の真意がつかめず、目を丸くしていた。
「一般人がどの程度のものなのか、よくわかるだろう。一般人とどれほどかけ離れたのかよくわかるだろう。そのあたりはよく覚えておけ」
一般人がどのようなものなのか、どの程度なのかというと康太はイメージができなくなってしまっていた。
友人である同級生たちのことを思い出すが、身体能力自体は康太とそこまで違いがあるわけではない。
筋力だけで言えば康太よりも強いものはかなりいる。腕相撲で普通に負けることもしばしばである。
だというのに一般人と何が違うのか、康太は思い出せなくなっていた。
一般人でなくなってもう一年以上、自分が一般人ではなくなったという自覚はあるが一般人とそこまで違いがあるとは思えなかった。
何せ普通に生活できているのだ。一般人に紛れて生活できているということもあって一般人がそこまで自分と違う存在であるという印象は受けなかった。
「そんなに違いなんてないでしょう。相手も俺らも普通の人間なんですから」
「・・・まぁ、この手の話は自分で体験しないとわかりにくいか・・・お前がただの魔術師だったのなら、その認識でも間違っていないんだがな」
「あれ?俺って普通の魔術師じゃないんですか?」
「違う。正確に言えばお前と真理、そして私たちは違うというだけの話だ。お前たちは私の弟子で、私は師匠の弟子だからな」
私たちというのが奏や幸彦を含めた者たちのことを言っていることは容易に理解できた。つまり、智代の弟子に連なる人間は普通の魔術師ではないということになる。
「あの・・・普通の魔術師と俺らの違いは?」
「単純な話だ。特殊な技能が魔術に限定されているか否か。魔術が使えなければ魔術師はただの一般人でしかない。だがお前は違う。私たちは違う」
魔術師は魔術を扱うものだ。魔力がなくなり魔術が使えなくなれば残るのは知識と思考の違いだけ。
そのようなものは一般人とほとんど違いはない。だが康太たちは違う。魔術だけではなく、人間としての感覚すらも磨いている。
康太もすでにその領域に足を突っ込んでいる。すでに康太は一般人には戻ることはできない。そういうところまで成長してしまっているのだ。
「でもそれでも、普通にちょっと視線に敏感だったりする程度でしょう?その程度じゃちょっと勘の鋭い人ですよ」
「・・・そう思っていられるのも今の内だ・・・お前自身気づいていないかもしれんがな、お前はすでにかなりの力を持ってしまっているんだ」
小百合にこうして評価されるのは、実は初めてではないだろうかと康太は考えてしまっていた。
だがその評価が決して良いものではないことを康太は理解していた。
小百合がそうであったように、真理がそうであったように、また康太もそうであるのだと、少し寂しそうな、申し訳なさそうな、らしくない視線を康太に向けている。
その言葉の意味を、その言葉を向ける理由を、康太は理解できなかった。理解できるはずがなかった。
「今回の旅行はいい機会かもしれないな・・・お前が一般人とどれだけ違っているのか、よく理解してこい。そうすれば一般人に紛れる時にいい参考になるだろう」
小百合の言葉はどこかいつもと違う。いったい何を考えているのか、何が小百合にあったのか、康太には知る由もない。
ただ、今回の修学旅行がほんの少しだけ心配になったのは言うまでもない。




