重なる姿
「とはいえ、何の手もないわけではないんだろう?」
お前のことだから何か手を打っているのはお見通しだと小百合が小さくため息をつく。
伊達に長い付き合いではないということだろうか、支部長が困ったような声を出していても小百合だけは支部長の余裕をわずかに感じ取っていたようだった。
「ん・・・手がないわけじゃないさ。良くも悪くも彼は立場のある魔術師だったからね。今全力で彼の背後関係や今までの活動内容を洗っている。支部に所属して、神父に抜擢された後の行動なら大抵は追えるさ」
支部長は自信ありげにそういっていたが、逆に言えば神父という役職に就いた時点でそれだけ行動を監視されるということでもある。
協会の門の管理を任されているという時点で非常に重い責任を担っていたのは理解していたが、まさかそこまで厳重だったとは思わなかったために康太と文は戦慄していた。
「でも、結局人さらいとかをしていても気づかない程度の監視だったらあんまり意味がないんじゃ・・・」
「う・・・ま、まぁそれでもやらないよりはましだよ。特に彼に関しては直接かかわりのあった魔術師も何人かいる。そのあたりから徹底的に調べるさ」
かつて神父が起こしていた人さらいに加え、殺人、ウィルの作成など、いろんな意味で問題行動満載だったわけだが、支部はそのことを知らなかった。
つまり神父に課せられる監視や制限というのは実際はそこまできつくはないのだ。今がどうかはさておき、かつてはそこまで厳重ではなかった可能性がある。
「あまり期待はできなさそうだな・・・ビー、ベル、お前たちの知る中で他に死人が出るレベルの事件はなかったのか?」
「それって・・・かかわった後に人が殺されてるとかそういうのですか?」
「そうだ。口封じの案件であればなんでもいい。かなり高確率で重要な情報を持っている可能性がある」
小百合にそういわれても、解決した後で人が死ぬような事件に康太たちはあまり関わってきていない。
件の神父の事件が精々で、それ以外の事件はたいてい穏便に事が進んでいるのだ。
記憶が消された、殺されたという違いはあれど、口封じそのものに変わりはない。良くも悪くも目立つか目立たないかの違いだ。
「あまり思いつきませんけど・・・ちなみに、神父が殺されたときとか、記憶を消されたときの警備の状況ってどんな感じだったんですか?気絶させられてたくらいしか聞いてませんでしたけど」
「えっと・・・一応この支部には問題を起こした魔術師を拘束しておく部屋があるんだよ。いくつかあるんだけど、そこを警備している魔術師含めてだいたい・・・十人前後かな?そのくらいの人間が詰めてる」
十人前後の魔術師で警護をしているというのは新しい情報だった。現場を見てみないと何とも言えないが、十人全員を気絶させるというのはなかなか面倒である。
それができるだけの実力者であるのだろう。康太はわずかに目を細めた。
「その部屋に侵入する方法って何かありますか?単純にだれでも入れるとかそういうことはないですよね?」
「もちろん、そこに入るためにはいくつか許可が必要だよ。偽装も不可能ではないけど、わざわざ許可書を持って中に入る人は稀だから、その時点で目立つかな」
「じゃあどうやって入るんですか?」
「そこに勤めている人なら顔パス・・・ならぬ仮面パスだね。といっても一応暗証番号とかの照合はするけど。逆に言えばそれくらいだよ」
「・・・なるほど・・・仮面を奪って、その暗証番号を知ってしまえば容易に入れると・・・そういうことですね」
文の言葉に支部長はそれはそうだけどと首をかしげる。どうやら入るための警備はそれだけではないようだった。
「ぶっちゃけ、その中に入ろうとする人、特に警備についている人ってほとんど顔見知りなんだよね・・・声や体格の偽装でもしないと、彼らを欺くのは難しいよ?」
「私生活でも関わりがある人たちなんですか?」
「うん、結構昔から付き合いがある人達らしくてね、以前誰かが風邪ひいて代役を立てようとしたときにすぐに見抜いたって言ってたし」
風邪の代役をよこすあたりまるでバイトだなと思ったが、逆に言えば仮面をつけて暗証番号を教えた程度であれば簡単に見抜ける。そういう警備がいてそれを突破している。
物理的な突破なのかどうなのか、そのあたりも少し気になるところだった。
「とはいえ随分前の話だ。そいつらもほとんど覚えていないだろうな」
「気絶させられた人がどういう攻撃で気絶させられたのかくらいは知りたいですね・・・あとは・・・記憶の操作か・・・面倒ですね」
文が唸り、支部長はため息をつく。昔の光景でも映し出せればいいのだが、あいにくとそういった魔術を康太は覚えていない。
アリスに頼るのもありかと思ったが、あまりアリスに頼りすぎるのも問題だ。ただでさえ今夏はアリスにかなり労働を強いているのだから。
「記憶が操作できる魔術師に関しては注意しておくことにするよ。特に魔術師相手でもそれができる人間となると、支部の中でも限られてくるからね」
「ふむ・・・その中に私の師匠も入っていそうだな」
「入っているね。引退したとはいえあの人は凄腕の魔術師だった・・・未だに危険視している人もいるくらいだ」
小百合の師匠ということで康太は智代のことを思い出していた。
小百合、奏、幸彦、この三人を育てた魔術師というだけのことはあってかなり上位の魔術師だったのだろう。
支部長がここまで言うのはなかなかない。とはいえ魔術師の記憶すら操作できる魔術師というのは案外少ないようで、ある程度絞ることは可能だろうと支部長は考えているようだった。
「あとは・・・どのレベルで相手が組織を形成しているかにもよるな・・・連中の規模によって本部の警戒度合いも上がるだろう」
「そのあたりがわかればよかったんだけどね・・・一人でも生け捕りにできれば・・・そのあたりの情報を強制的に吐かせるんだけど・・・」
簡単に吐かせるといっているあたり、支部長もやはり魔術師だということだろう。薬か魔術かはさておいて、方法は問わず強制的に情報を絞り出すのが魔術師のやり方といえる。
「生け捕りか・・・接触できるかも怪しい連中を生け捕りとは・・・また無茶を言う」
「・・・いや・・・無茶かもですけど・・・無理ではないかもしれませんよ?」
支部長と小百合の会話に、何かを考えついたのか康太がつぶやく。
何か考えがあるのだろうかとその場の全員の視線が集まる中、康太は目を細めていた。
「一応聞いてもいいかな。いったい何をするつもりだい?」
「確証はないですし、そもそも目的にしている連中かはわからないんですけど・・・支部長、俺とベルが前に関わったビデオのこと覚えてますか?」
「・・・あぁ、覚えてるよ。妙な連中がビデオを奪おうとしに来たとか・・・ってまさか・・・いやいや、ちょっと待って・・・?」
「・・・そいつらが今回の組織と同じ可能性ってゼロじゃないですよね?」
かつて関わった事件の中で、かなり印象に残っているのが呪いのビデオの案件である。
十人規模の魔術師がビデオを奪いに襲い掛かってきた。残念ながら康太たちでは全員の捕縛は難しく、一人だけを捕えて撤退してしまった。
その一人、康太たちは支部にその身柄を預けた。その後どうなったのか聞いていなかったのである。
組織的に動いている。大人数である。完全な形で決着はしなかったという共通点を考えれば怪しい一団ではあった。
とはいえ絶対にとは言えない。ただビデオを欲している趣味の団体の可能性だって否定しきれないのだ。
「あの魔術師は今何を?俺らが一人だけ捕まえておいたはずです」
「確認しよう・・・ただ、ビデオはいま支部にはいないんだ。ビデオの関係はすべて本部に任せてしまったからね・・・もしかしたら情報が得られるかも」
今まで関わった事件の中で、まさか手掛かりが得られるかもしれないものがあるとは思わなかっただけに康太は内心ガッツポーズしていた。
「なるほど、ならまたそのビデオを動かすように見せかければそいつらが釣れる可能性があると」
「・・・んー・・・本部からすれば難しいと思うけどね・・・あれを表に出すってことはそれだけ魔術の存在が漏出する可能性があるわけだから・・・」
「だが、それで件の組織の全体像や情報が得られるなら安いものだろう。ビデオ程度なら奪われてもすぐに破壊できる」
「いや・・・壊されると面倒なんだけど・・・ていうか簡単に言ってくれるけどさ、本部を説得するの僕だよね?」
「それがお前の仕事だろう。文句を言わずにやれ」
小百合の無茶苦茶だが的を射ている発言に、支部長は頭を抱えている。
だが小百合の言うように情報を得るために呪いのビデオを犠牲にするのであれば、安いものかもしれない。
相手が何を求めているのかわからない以上、相手が求めたものを餌替わりにするのは何も間違っていない。
「まぁ、それに関しては本部がどう動いているかにもよるかもしれないね・・・もうある程度あたりをつけているかもしれないし」
「そうだな・・・ビー、お前の不始末はお前が片づけろ。いいな?」
「わかってます。同じような輩が出ていたら今度は負けませんよ」
「二度はないぞ。同じ相手に不覚を取ったなどということになれば恥の上塗りだ」
「次は勝ちます。万全の状態で挑めれば何とかなりますよ」
戦いとは常に万全の状態でいられるとは限らない。だが康太も以前の戦いによって学んだことがいくつもあるのだ。
もし次にあの時康太が逃げた相手がいたのなら、あの時とは違うというところを見せてやるつもりだった。
「一応僕の前でそういう不穏な会話はやめてくれるかな?まだその人たちと戦うと決まったわけじゃないんだよ?」
「本部の意向はさておいて、負けた相手に負けっぱなしというのは私の流儀に反する。そうだな?ビー」
「もちろんです。負けっぱなしだと気持ち悪くて」
「・・・あぁもう・・・なんだってこんな風に師弟で似るかな・・・」
「何言ってるんですか、俺は師匠ほど壊滅主義者じゃないですよ」
「誰が壊滅主義者だ。私は壊したいものを壊しているだけだ。全てを壊しているわけではない」
「僕からすればどっちもどっちなんだけどね・・・」
支部長のため息交じりの言葉に小百合は舌打ちする。
師弟で似るかどうかはさておき、康太としてはあの時逃げたその借りを返すつもり満々だった。
限界ぎりぎりの状態ではなく、万全の状態で戦い、どちらが強いのかはっきりさせたかった。
あの時とは違うのだ。そう強く意気込んで康太は堂々と胸を張る。
その姿と小百合の昔の姿が重なって、支部長はため息を止めることができずにいた。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




