肉体超過
康太の言葉の意味を理解しているのかいないのか、魔術師は何とか動こうともがいている。
だが動こうとした瞬間、本来起きるはずのない反応が起きていた。
建物の壁を突き抜けるかの如く深々とめり込んだ体、腕を動かそうとしたのだろう、その瞬間めり込んでいた壁を粉砕するかのように強い衝撃が走ったのである。
もがいて動かそうとした腕は折れ、その衝撃のおかげか魔術師の体は壁から抜け出し地面に落下していく。
何が起きているのか、魔術師は理解できていなかった。何とか立ち上がろうと折れていないほうの腕に力を込めようとする。
瞬間、その体が大きく跳ねた。跳び上がったといったほうが正確だろうか。傍から見れば何か意味があって跳び上がったかのように見えたこの行動だが、本人にとっては驚きしかなかった。
体を起こそうとほんの少し力を込めたつもりだった。これほど力を込めたつもりはなく、そもそも普段からしてこれほど力を込めることなどできないはずなのだ。
跳び上がり、宙を舞うその体だが、落下するよりも早くその体の変調に気付くことができていた。
先ほど強くもがいたときの腕は折れている。だが今少しだけ力を込めた腕は痛みこそあれど折れてはいない。筋肉の断絶程度で済んでいるのだろうと自己診断している魔術師を前に、康太は攻撃を開始した。
襲い掛かる康太の槍をよけるべく、魔術師は横に跳躍しようと足に力を込めた。瞬間、先ほどと同じように、いやそれ以上の速度で魔術師の体が建物めがけて直進する。自分の意にそぐわない形での体の動き、まったく意味が分からないと同時にその足に激痛が走った。
完全に折れてはいないものの、足に強い痛みを覚えた魔術師は今自分の体に起きていることがいったい何なのかを把握しつつあった。
体に細工をされた。そしてそれはおそらく肉体強化に属する魔術であると予測していた。
普段の力以上の力が発揮されているのは容易に理解できた。だが問題なのは発揮される力が強すぎることだ。
普通の人間では発揮できないレベルの力が発揮できてしまっている。そのせいで強化されていない骨や筋肉がその負荷に耐え切れずに損傷しているのだ。
その光景を見ていた文は、あれが康太の魔術であると理解していた。
おそらくは小百合から伝授された魔術であろうということも。何せあれは肉体を破壊するための魔術なのだから。
「もうお前は満足に動けないぞ?魔術で避けるか?防ぐか?逃げるか?そのどれもさせるつもりはないぞ」
槍を構え、康太は再びウィルをその身にまとい攻撃形態をとる。
康太の言葉は理解できていなくとも、この状況になってしまえばどれだけ康太が有利なのかどんな魔術師でも理解できる。
片腕骨折、片腕筋肉断絶、片足骨折、片足は強い痛みを覚えている状態だ。人間が動く際に必要な四肢すべてが負傷状態という最悪の展開に、魔術師は歯噛みしていた。
ほんの一瞬の接触だった。本当に一瞬康太に触られただけだった。だというのにこれほどの魔術を発動され、完全に手玉に取られている。
魔術師は康太を近づかせるべきではなかった、康太に近づくべきではなかったと強く後悔していた。
康太が使った魔術は肉体超過。肉体強化に限りなく近い魔術ではあるが、その本質は全く違う。
肉体強化は人間が扱える最大の能力を引き出すための魔術だ。種としての限界を超えることはできず、発揮できる能力は人間のそれを大きく逸脱することはない。
ただその代わりに安定して使える魔術であり、覚えておいて損はない魔術だ。
だがこの肉体超過の魔術は違う。この魔術は人間の限界をはるかに超えた力を強要する魔術だ。
属性は火属性。強化対象は肉、筋肉や臓器などが該当する。人間の性能の限界を突破するだけの効果をもたらすのがこの魔術である。
だが圧倒的に強化された筋肉に対し、肉体を支える骨や反応するために必要な反射神経などの感覚器官は全く強化されていない。
人間の体は微妙なバランスで成り立っている。そのバランスを著しく崩すようなことをすればどうなるか、それは今目の前に広がっている光景のままである。
強すぎる筋力に骨や強化されていない部分の筋肉が耐え切れずに悲鳴を上げている。自分自身で自分を破壊してしまう魔術、それこそが肉体超過の魔術だった。
所謂生き物を破壊するための魔術である。場合によっては相手に気付かれることなく相手を倒すことも可能だろう。
この魔術は扱いが難しい。完璧に扱えるようになれば、相手の特定の部位のみを超過状態へと移行させ、効率よく破壊できるように発動することができるだろう。
だが康太は今のところまだ完璧には操れていない。真理ならばもっと効率よく発動できるのだろうが、人体の構造に詳しくない康太ではこれが限界だった。
だがこれでも十分すぎた。
康太は何とか戦おうと魔術を発動してその体を浮かす魔術師に対して笑みを浮かべていた。
「いいね、そうこなくちゃ・・・!それでこそってもんだ!」
康太はこの魔術師がまだ倒れないことを知っていた。腕が折れてなお、足が砕けてなおこの魔術師は勝つという気概を失っていない。
激痛で集中力も乱れているだろうに、それでも魔術を発動しこちらを攻撃しようとして来ている。
小百合は康太にこう教えていた。怪我をしてからが本当の魔術師としての戦いの始まりだと。康太はこれから本当の意味で魔術師としての戦いを始めようとしていた。




