速さ
両の手に握られている槍、そして背中から延びた二つの触手の先には双剣笹船が握られていた。
防御に回していた分の体積を攻撃に必要な手に変えることで、康太の近接戦における手数を倍に増やす。さらに鞭のような触手にすることによって中距離でありながら近接戦にも似た行動ができる。
背中から生える手が剣を握るその姿は、刃の翼を有する生物のようにも見えた。
相手が金属片を周囲に浮遊させているのを確認しながら、康太はその金属片を躱し、一気に接近を試みる。
だが周囲の金属片をよけきろうとしても、点ではなく面で康太を捉えようと広範囲に金属片を展開しているためにすべてをよけることはできなかった。
だが避けきれない分は槍や双剣を使って弾いていく。単純な接近能力は普段のそれよりも増していた。
何せ避けるだけではなくこのように正面突破を行うことができるのだから。
康太が近づいてきているのを察すると、魔術師は自らの体にまとっていた金属片を展開していく。
だがそれは周囲にまき散らす形ではなく、まるで康太を迎撃するかのように攻撃的な姿へと変貌していた。
康太が襲い掛かると同時に、その攻撃形態への変化は完了していた。康太の槍と剣が全く違う方向から襲い掛かってくる中、体すべてを武器にするかのように、腕、足、そして頭さえも金属の物体を取り付け、康太の攻撃を完全に防いで見せる。
この行動を見て、康太は目の前の魔術師の評価を一変させていた。
的確な防御。真正面から受け止めるのではなく、わずかに軌道をそらせるような形で横に衝撃を加えながらの防御。
一朝一夕で思いつけるものでも実行に移せるものでもない。康太の攻撃を完全に見切ったうえでの行動であると判断できたことから、康太は眉を顰めつつも相手の能力を正確に分析しつつあった。
康太の攻撃を受け止めると同時に、お返しだといわんばかりに体に取り付けられている金属を康太めがけて叩きつける。
そしてその動きに追従する形で周囲の金属が同じように康太めがけて襲い掛かる。
接近戦もでき、なおかつ中距離における攻撃も可能。先ほどの康太の攻撃に対応して見せたことから、おそらくかなり高い戦闘能力を有していることは容易に想像できた。
叩きつけられようとしている金属を槍を使って防御し、弾かれた勢いをそのままに空中へと移動しながら襲い掛かる金属片を回避していく。
この攻撃が文の使う磁力の魔術と同質のものであるということを康太は気づいていた。だが気づいたところで康太には対処しようがなかった。何せ康太は雷属性の魔術を使えない。
雷属性の精霊をその身に宿していても、雷属性の魔術を未だ一つも覚えていないのだ。
回避しながら康太は周囲に舞う金属片を観察し、それらを足場にすることで空中を駆け回っていた。
ウィルの攻撃によって周囲の金属片を破壊しながら、康太は徹底的に魔術師めがけて攻撃をし続ける。
再現の魔術や火の弾丸の魔術を用いて攻撃するも、ほとんどの攻撃は周囲に舞う金属片によって防がれてしまう。
弱い威力では金属片の群れは貫けない。だが高い威力を出そうとすれば、当然相手も反応してくる。
康太と同レベルで接近戦ができる相手なのだ。受けたらまずい攻撃くらいは容易に判断してくるだろう。
ウィルの鞭を利用した多角的な攻撃ではこの布陣を突破できない。そう判断して康太はため息をつく。
「仕方ない・・・シャドウビー!」
一種のあきらめたような声とともに、康太はウィルを体から分離して見せた。
康太の体を模したもう一つの体が形を成していくと、その場には槍を持ったブライトビーと双剣を構えたブライトビー、それぞれが出来上がる。
分身とは言えないようなものだが、ウィルとのコンビネーションもかなり練度は高くなっている。
康太は自らとウィルに噴出の魔術をかけると相手の魔術師めがけて一気に接近していく。
槍と剣が周囲の金属片を弾き飛ばしていく中、相手の魔術師は二人のブライトビーに対して同時に攻撃を仕掛けていた。
康太もウィルも、噴出の魔術によって加速しながらその攻撃を回避し、体にまとわりついている金属片めがけて攻撃を仕掛ける。
金属片がわずかに削り取れた瞬間、康太はその剥がれた金属片に再現の魔術をいくつも叩きつけていく。
その体にまとわりついていた金属片が遠くに弾き飛ばされると、魔術師は周囲の金属片を一斉に康太とウィルめがけて襲い掛からせる。
康太とウィルが標的になった時点で、康太は行動に出た。ウィルと合流しその姿を盾に変え、一気に上空めがけて噴出の魔術によって突貫する。
襲い掛かる金属片を防ぎながら魔術師の直上に躍り出ると暴風の魔術を発動し周囲に浮く金属片を魔術師めがけて向かわせる。
自らのコントロール下にありながら、その動きを変えられたせいで康太たちを標的にしていた金属片のいくつかが猛烈な勢いとなって魔術師に襲い掛かる。
そして直上から拡大動作の魔術によって槍の突きを放つ。襲い掛かる金属の群れを隠れ蓑に襲い掛かる巨大な槍の突き。
康太が今できる最善に近い攻撃、康太は意識を集中し相手の状態を確認しようとしていた。
これで多少なりともダメージを受けてくれればよいのだがと、康太が考える中、康太はその姿を捉えていた。
自らに向けて襲い掛かる魔術師の姿だ。纏っていた金属片をほとんど脱ぎ捨て、高速移動しながら康太めがけて蹴りかかるその姿。
康太は即座にウィルを構えて防御するも、その蹴りをまともに受け止めてしまい弾き飛ばされる。
一瞬何がどうなったのかわからなかった。康太は確かに魔術師を監視していた。索敵の魔術によってその詳細を把握していたのだ。
康太の索敵能力自体がそこまで高くないということもあってすべてを把握しきることなどできない。だがその索敵能力の低さを鑑みても反応しきれないほどの速さでこの魔術師は動いたのである。
弾き飛ばされた先で康太はウィルをクッションにし、何とか即座に態勢を整える。だが、康太が相手を見ようとした瞬間には、魔術師の蹴りが康太の顔面目掛けて襲い掛かってきていた。
康太がその蹴りをよけることができたのは反射に近い。小百合の攻撃に対して常に気を張っている訓練時と似たようなものだった。
康太は自身の索敵の処理能力を超える速度で動いているこの魔術師の評価をかなり上方修正していた。
先ほどまでは自分と同程度に近接戦が行える魔術師だと考えていたが今は違う。
今は真理と同程度に近接戦が行え、条件付きではあるが攻撃速度が小百合のそれに近い程度の使い手であると考えていた。
どのような手段を使っているかを考えることに意味はない。康太は相手が高速で移動し続けることができる魔術を行使しているという情報だけで十分だった。
目には見えない、というか目では追えない。耳でも同様だった。今相手がどこにいて何をしているかを正確に判断できない。
それもそのはず。周りには今もなお金属片が飛び交っているのだ。視覚的にも聴覚的にもノイズが多いこの状況で、高速で動き続ける相手を捕捉するのは至難の業である。
見えもしない、聞こえもしない。だが康太は襲い掛かる魔術師の攻撃を的確に回避、あるいは防御していた。
角度によっては回避し、回避が難しいと判断するや否や防御に徹する。相手は今のところただ高速で動いているだけだ。物理的な攻撃であれば康太は防御の手段はいくらでもある。
見えない攻撃に対しての防御、それは小百合と共に訓練したことによって鍛えられたある種の勘だ。
こちらから攻撃が来る。この攻撃を受けたらまずい。小百合との訓練で命さえも脅かしかねない攻撃を受け続けた康太には自然とその能力が宿っていた。
単純な攻撃への反応。それは身を守るために絶対的に必要なものであり、小百合が康太に最も教えたい事柄だった。
康太は、未だ不完全ながらもそれを身に着けつつあった。
襲い掛かる魔術師の攻撃に対し、康太はついにその槍を振るう。
狙ったのか、偶然か、康太の振るった槍は魔術師の胴体を切り裂く軌道を描いた。直撃すればそれで勝負が決まる。だが魔術師の体にまとわりついている金属がそれを許さなかった。
康太の槍は弾かれ、魔術師は康太から反撃を受けたことでさらに周囲の金属の動きを活性化させ、自らの攻撃速度も上昇させていた。
もはや常人の目には何をしているのかもわからないだろう。遠目から見ている魔術師でさえ、動き回る魔術師の姿を見失ってしまっているのだ。
そんな状況でありながら、康太は未だ一発も攻撃を受けていない。時に魔術師の体を足場にし飛び越えるようにして回避、腕やウィルを盾にして転がるようにして即座に態勢を整える。
防戦一方。傍から見ればそうとしか見えない。
だが徐々に、本当に少しずつではあるが康太は相手の姿を捉えつつあった。
目の前で恐ろしい速度で繰り出される小百合の斬撃に比べれば、遠くから一直線に襲い掛かってくる攻撃は比較的対処しやすい。それが康太の感想だった。
だが速すぎて反撃の隙がない。小百合の場合はまだ手の届く場所にいてくれるために強引に攻勢に出ることも不可能ではないのだが、攻撃すると同時に離れて行ってしまうのでは反撃のしようがなかった。
射撃系魔術が役に立つのであればまだ対処のしようもあるのだが、周りには金属片が飛び交い、射撃系の魔術はほとんど意味をなさない。
一瞬の接触で一撃で倒せるだけの威力を持った攻撃となると、康太の攻撃の中では拡大動作しかないが、当たる確証もない攻撃に多量の魔力を消費するのは避けたかった。
この魔術師しか敵がいないとも限らないのだ。万が一のことを考えれば魔力は温存しておきたい。
だがそれだけ余裕がある相手ではない。とはいえ、一瞬の接触で相手を戦闘不能にできる魔術となるとかなり限られる。
襲い掛かる魔術師の攻撃を回避しながら、康太は集中力を高めていた。
ふと、康太の近くで文が援護をしようとしているのが感じられる。おそらく電撃を用いて金属片が舞うこの空間ごと一気に攻撃しようとしているのだろう。
範囲攻撃を行い相手の動きを一瞬でも封じれば何とかすると考えているのだろうが康太からすればそれはなるべく避けてほしかった。
文のことだからおそらく康太ごと攻撃するだろう。今この状態で体が動かなくなるのは致命的だ。
ここで手を出されるとこの魔術師がこの場から高速で離脱する可能性もある。ここで仕留めなければいけない、康太はそう考え、ウィルに命じてその場に剣を突き立てさせる。
康太らしくもない行動に文は眉をひそめていた。
そして今の行動が今までと同じではまずいという行動であるということを察し、文は範囲攻撃を発動するのをやめる。そして先ほどまでとは違うアプローチを仕掛けようとしていた。
文が考えを取りやめてくれたことを感じ取ると、康太は大きく深呼吸して周囲を観察し始める。
康太の処理能力では周囲に飛翔する金属片が多すぎるせいで索敵によって得られる情報量が多すぎる。
文のように索敵する対象を選別できれば魔力のみを感知できるように設定したのだが、康太は索敵の魔術をそこまで扱えるようになっていない。
そのため、康太は索敵を用いず、自らの感性に身をゆだねることにしたのだ。
何度か小百合に対して不意打ちを仕掛けたことがある。見えてもいなかったはずだった。音も立てていないはずだった。なのに彼女は康太の攻撃に反応して見せていた。それと同じことをするだけだ。やるべきことは同じだ。
小百合にできて康太にできないことはないはずなのだ。何せ康太は小百合の弟子なのだから。
康太は自分自身にそう言い聞かせながら集中する。周囲の状態を確認しながら襲い掛かる魔術師の攻撃を何とか回避し、転がりながらも相手を見ようとする。
この魔術師からすれば恐怖しかなかった。今まで戦ってきた魔術師は、先ほどまでの変化でほとんど倒せていたからである。
金属片を用いた近接戦、そして金属片を周囲に飛ばしての射撃範囲戦闘、そして金属片を隠れ蓑にして高速で打撃を加える。
近接戦や射撃戦を得意とする魔術師でも、この二つの急激な変化にはほとんどついていけないはずなのだ。少なくとも彼が今まで対峙した魔術師たちは皆そうだった。
圧倒的に速度の異なる相手に対してできることなどたかが知れている、範囲攻撃で辺り一帯を攻撃するか、動きそのものを鈍らせようと現象系の攻撃で対応しようとするかの二択だった。
だが康太の反応は、今まで対峙してきた魔術師とは全く異なっていた。
圧倒的に速度は康太のほうが遅い。反応速度も攻撃速度も康太のほうが遅く、攻撃し放題なのが現状だ。
なのに決定的な一撃を入れることができない。なぜか攻撃をよけられ、防がれ、数えられる程度ではあるが反撃まで許している。
まるで動きを予測しているかのように的確に攻撃を防いでいる。
魔術師からすれば今までの戦闘経験の中に康太のような存在はいなかった。いるはずがないのだ。
デブリス・クラリスの弟子、ブライトビー。日本を拠点に動いているからこそ中国を中心に活動していたこの魔術師に遭遇しないのも致し方のない話である。
このような存在に会ったことがないこの魔術師に対して、康太はこういった存在に会うのは別に珍しいことではなかった。
速度という点においてこの魔術師は確かに格上だ。康太の能力ではこの速度に完璧に対応するには実力不足である。
だが康太は常日頃から、自分よりも圧倒的に速い相手と戦ったことがある。自分よりも圧倒的に強い相手と戦ったことがある。
速さも力も技術も、何もかも上手な相手といつも訓練をし、組手をし、指導をしてもらっているのだ。この程度の速度で、この程度の攻撃で動じるほど康太は未熟ではなく、康太を指導してきた魔術師は弱くなかった。
どの角度からどの速度で攻撃しても、康太は反応する。そして見てくる。目を向け、殺気を飛ばしてくる。
その目の奥に、康太の背後に、まるで何人もの人間がいてこちらをにらんできているようなそんな光景が脳裏をかすめる。それほど康太から放たれる殺気は強く、鋭かった。
一瞬見えてしまったそんな光景に、魔術師がわずかにたじろいだ瞬間だった、康太たちが戦っている空間に突如竜巻が発生し始めたのである。
康太を中心に発生した竜巻は周囲に存在する金属片の動きを一気に変化させていた。
先ほどまで無秩序に、ランダムに動き回っていたその動きは竜巻の動きに追従するように円を描くような軌道へと変化していく。
それが文の援護であることを康太は即座に理解していた。周囲の金属片が竜巻によって一定の法則へと動きを変えたことで、康太はその姿を認識していた。
自分へと襲い掛かってくるその魔術師の姿、こちらへと飛び掛かり、今にも蹴りかかろうとしているその姿を視認し、槍を構える。
すでに相手は攻撃態勢に入っており、回避など一切考えていない。康太が反撃しても問題ない程度にその体には金属片がまとわりついているのだ。一度や二度の反撃でこの装甲を破られるとは考えていないのだろう。
だがその考えは甘い。すでに康太は攻撃態勢に入っているのだ。やぶれかぶれの偶然に近い『反撃』ではない。康太は『攻撃』するつもりなのだ。
魔術師の蹴りを完璧にかわしながら、康太は槍の攻撃に加え再現の魔術を一斉に発動する。
何十にも届く槍の斬撃がその魔術師の体にまとわりついていた金属片にぶつかり、徐々に引きはがしていく。
そしてその体が露出した瞬間、康太はすれ違いざまにその露出した頭部めがけて手を伸ばす。
康太の狙いが頭部への接触であることを理解したのか、魔術師は何とか体を捻って回避しようとする。
この一時接触さえしのげればあとはどうにでもなると考えているのだろう。
だがその考えは甘い。
接触しようとしていた頭部が遠ざかる中、康太は致し方なくその首に触れる。ほんの一瞬の接触だったが、康太はその体に触れることに成功していた。
だが当然、高速で動いている物体に直接触れるということもあって康太の体は大きく弾かれる。
触れた指に鈍い痛みを覚えながら、康太は魔術師の姿を探し、魔術を行使する。
発動したのは噴出の魔術だった。周囲の文が作り出した竜巻と反応して、さらに高威力になり広範囲に炎を届ける噴出の魔術をよけようと、魔術師が跳躍しようとした瞬間、その体が消える。
いや消えたように見えただけだ。後方に跳躍しようとした魔術師は、その進行方向にあった建物にめり込むような形で激突していた。
周りから見ていた魔術師からすれば、高速で移動していた魔術師がその魔術の取り扱いを間違い、文字通り勢い余って壁に激突したように見えただろう。
実際その通りなのだ。だがその原因を作り出したのはほかでもない、康太である。
「ようやく捕まえた・・・覚悟しろよ!」
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




