第九話 帝国、魔神と初遭遇す
七大魔神とは戦うな。
彼らは世界の理を侵す者達。
絶対に争ってはならない。
見たらすぐに逃げろ。
――北の勇者バウスン
「我は七大魔神が一柱」
「魔神ヴェルム」
「ひぃぃぃぃ……!」
盗賊も、裁判関係者も、傍聴人も、一斉に逃げ出した。
そして。
ヴェルムとアルバートが対峙する。
「……」
アルバートは、ヴェルムの体から立ち上るドス黒いオーラを見た。
「これはアレだな」
「アレですか?」
「アレじゃ」
アルバートは頷いた。
「うん。絶対に勝てない」
「判断が早い!」
「逃げよう!」
アルバートは即座に踵を返した。
「お前がアルバートか」
「あっ、違います」
アルバートは竜王の背中をグイグイと押した。
「こっち、こいつがアルバートじゃ」
「……オイ」
「お前がザルトトロスを倒したのか」
ヴェルムは竜王を無視し、アルバートを見ながら尋ねた。
「ザルトトロスって誰じゃ?」
「アルバートさんが倒した魔王の名前ですよ」
「ああー、アイツか」
「なんか知らんが爆発して死んでたのう」
「……」
ヴェルムの目が細くなる。
「ザルトトロスの仇、取らせてもらう」
「なんだ、アイツの上司か?」
アルバートが首を傾げた。
「部下がいじめられたから仕返しか」
「大人げないのう」
「黙れ」
「死滅黒雷」
ヴェルムの手から、黒い稲妻が走った。
「うぉっと!」
アルバートが飛び退く。
ドォン!
背後の壁が吹き飛んだ。
「……」
アルバートは壁のあった場所を見る。
「今の、当たったら死ぬやつじゃな」
「だから逃げましょう!」
「うむ!」
アルバートとリリアが走り出す。
「逃がさん」
「冥獄炎陣」
地面から黒い炎の柱が噴き上がる。
周囲を炎が取り囲んだ。
「……」
「逃げ道がなくなりましたね」
「そうじゃな」
「どうします?」
「困った」
「本当に困ってます?」
「ものすごーく困っておる」
アルバートは腰から剣を抜いた。
「先手必勝!」
「ガラスの剣!?」
「逃げるための先手じゃ!」
「意味がわかりません!」
アルバートがヴェルムに斬りかかる。
――ガキィィィン!
『ガラスの剣は くだけちった!』
「ああー! ガラスの剣がー!」
足元に散らばったガラス片を見る。
「ワシは騙されたのかー!」
ヴェルムが手を振った。
魔法弾が一斉に飛ぶ。
ズドドドドドドッ!
アルバートの身体が吹き飛んだ。
「ぐはっ!」
「アルバートさん!」
リリアが駆け寄る。
壁に叩きつけられたアルバートが、ずるずると崩れ落ちた。
「……痛い」
「生きてます!?」
「生きておる」
「よかった……」
「でも無理じゃ」
「え?」
「勝てん」
「ですよね……」
アルバートが立ち上がろうとした、その前に。
竜王が立った。
「下がれ、アルバート」
「竜王……」
「我が時間を稼ぐ」
「おお!」
アルバートが顔を輝かせる。
「任せた!」
「お前はもう少し心配しろ」
「大丈夫じゃ。竜王は世界最強じゃからな」
「……」
竜王はヴェルムを見た。
「……そうだといいな」
「どうした?」
「なんでもない」
竜王が一歩前へ出る。
「ヴェルム」
「竜王か」
「いくぞ」
竜王が飛び出した。
魔法弾を放つ。
ヴェルムも魔法弾を放つ
空中で魔法が激突した。
爆発。
さらに爆発。
その速度は、もはや人間の目では追えない。
「……」
リリアが空を見上げる。
「何が起きてるんですか?」
「高次元の戦いじゃ」
「アルバートさん、見えてるんですか?」
「全然見えん!」
「威張らないでください」
轟音だけが響く。
次の瞬間。
ドォォォン!
竜王が地面へ叩きつけられた。
「竜王!」
アルバートが叫ぶ。
土煙の中から、竜王が起き上がろうとする。
しかし、立てない。
「……ぐっ」
「竜王さん!」
竜王は地面に手をついたまま、顔を上げた。
「アルバート……」
「大丈夫か?」
「逃げろ」
「うむ!」
アルバートは即答した。
しかし、周囲を見回して動きを止める。
「……逃げ道がないんだった」
「そうですね……」
竜王が苦笑する。
「こいつは……我では勝てん」
「……」
アルバートの表情が固まった。
「お主が?」
「ああ」
「世界最強の竜王が?」
「……そうだ」
竜王は血を吐いた。
「手加減しておるのじゃろう」
「そうだ。真の姿になれば―」
「あいにくアイツ相手ではこの姿の方が戦いやすいんだ」
「……」
「強さの質が違う」
ヴェルムがゆっくり歩いてくる。
「七大魔神とは、そういう存在だ」
「生物が挑むこと自体がおこがましい」
「……」
そのときだった。
「アルバート!」
遠くから声が響いた。
王都の門から、王国軍が駆け込んでくる。
先頭に立っていたのは、セシリアだった。
「セシリア!?」
アルバートが目を見開く。
「無事だったのね!」
セシリアはアルバートのもとへ駆け寄ろうとした。
しかし、その足が止まる。
目の前に立つ黒衣の男。
周囲に漂う、異様な黒い霧。
「……何、あれ」
セシリアの顔から血の気が引いた。
「殿下、お下がりください!」
兵士たちがセシリアを守るように前へ出る。
ヴェルムは、増えた人影を眺めた。
「……虫が増えたか」
興味もなさそうに呟く。
そして、右手を掲げた。
その手のひらに、黒い結晶が生まれる。
禍々しい。
竜王の顔色が変わった。
「……まずい」
黒い結晶が脈打つ。
「権能:魂喰い《ソウル・イーター》」
「秘儀:魂吸収……!」
次の瞬間。
砕けた。
黒い霧が、一気に周囲へ広がる。
「がっ……!」
竜王の身体から、何かが引き抜かれた。
「ぐっ……!」
「竜王!」
黒い光がヴェルムへ吸い込まれていく。
「魂を……」
竜王が膝をつく。
「奪われ……」
ドサッ。
倒れた。
「竜王!」
アルバートが駆け寄る。
リリアも駆け寄ろうとした。
しかし。
「……あ」
リリアの身体からも力が抜ける。
「アルバート……さん……」
ドサッ。
「リリア!」
アルバートが振り返る。
周囲を見る。
盗賊。裁判官。兵士。
そしてリリア。
次々と倒れていく。
王国軍の兵士たちも。
セシリアも。
「……アルバート……」
セシリアが手を伸ばす。
その身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「セシリア!」
アルバートが叫ぶ。
だが、誰も答えない。
静寂。
立っているのは、アルバート一人だった。
「……なんじゃ?」
アルバート自身も困惑している。
「余、なんで立っておるんじゃ?」
ヴェルムがアルバートを見る。
「ほう」
一歩、近づく。
「お前はまだ立つか」
「立っておるのう」
「面白い」
「そうか?」
「その魂……」
ヴェルムの赤い眼が光る。
「どれほど耐える?」
「いや」
アルバートは一歩下がった。
「余、やっぱり帰りたい」
「逃がさん」
「ですよねー」
ヴェルムが外套に手をかけた。
ゆっくりと。
外套を脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは、人間の肉体ではなかった。
痩せ細った死神のような身体。
人間とは明らかに違う長い手足。
鋭く伸びた爪。
頭部には異形の角。
そして顔には肉がほとんどなく、髑髏のような顔。
赤い眼だけが、暗闇の中でギラリと輝く。
「……」
アルバートは、しばらくその姿を見つめた。
「……余、やっぱり逃げたい」
ヴェルムが手を伸ばす。
「逃がさん。お前だけは」
黒い炎が爆発した。
――帝国最強の戦力は、すでに倒れていた。




