第七話 帝国、借金す
翌朝。
恋愛無双帝国では、緊急会議が開かれていた。
ただし。
帝国議会は存在しない。財務省も存在しない。大臣も存在しない。
したがって。
「余とリリアしかおらんではないか!」
「最初からそう言ってます」
二人は森の中に置かれた丸太を机代わりにして座っていた。
その上には、一枚の紙。昨日届いた請求書である。
『損害賠償金 金貨一万枚』
アルバートは震えていた。
「……」
「どうしました?」
「リリア」
「はい」
「一万枚とは」
「帝国の全財産を合わせても、一枚も払えません」
「……」
アルバートは空を見上げた。
「では」
「はい」
「なかったことにしよう」
「できません」
「なぜじゃ!」
「借金は逃げても消えません」
「ではどうする!」
「働くしかありません」
「またか!」
アルバートが頭を抱えた。
「余は皇帝じゃぞ!」
「勇者じゃぞ!」
「魔王を倒した男じゃぞ!」
「はい」
「なのに、なぜ借金取りから逃げねばならん!」
「全部自業自得です」
「ぐぬぬ……」
そこへ竜王が現れた。
「皇帝」
「なんじゃ」
「腹が減った」
「今それどころではない!」
「牛が欲しい」
「金がない!」
「では狩ってくる」
「待て!」
アルバートが立ち上がる。
「勝手に他国の家畜を食べるな!」
「ではどうする」
「……」
アルバートは考えた。考えて。考えて。
そして。
「税金じゃ!」
リリアの顔が引きつった。
「……誰から取るんです?」
「国民から!」
「国民、何人です?」
「……」
アルバートは後ろを振り返った。
ドラゴン三百匹。
オーク一匹。
魔法使い一人。
そして王女一人。
「……」
「どうしました?」
「余」
「はい」
「帝国の国民から税金を取ったら」
「はい」
「余の取り分がなくなる」
「皇帝が一番困る制度ですね」
「税金禁止! 消費税反対! 保険料下げろ!」
「財政破綻!」
「ぐわー!」
「陛下、まだ金貨一枚あります」
リリアが言った。
「よし!」
「何です?」
「財政破綻ではない!」
「一枚だけですよ」
「ではその一枚で宴じゃ!」
「破綻してください」
「ぐわわー!」
帝国財政は、終わっていた。
食費だけで大変である。
「金を借りる!」
「誰から?」
「セシリア!」
「断られますよ」
「なぜじゃ!」
「今まで散々迷惑をかけているからです」
「ならば!」
アルバートは立ち上がった。
「直接頼む!」
「同じですよ。それにセシリアさん母国に帰ってますよ」
「待て。セシリアって帝国に滞在してなかったか」
「いつ、帰ったのじゃ!?」
「帝国のセキュリティってガバガバですからねー」
こうしてアルバートは、レグナード王国へ向かった…
* * *
「金を貸してくれ!」
「嫌です」
即答だった。
「なぜじゃ!」
「あなたに貸す理由がありません」
「余は皇帝じゃぞ!」
「国庫から出せば?」
「国庫がない」
「……」
「だからお主の国庫から出してほしい」
「もっと嫌です」
セシリアはため息をついた。
「いくら必要なんです?」
「金貨一万枚!」
「何に使うんです?」
「FXで全額投資」
「何を言ってるかわかりません」
「帰ってください」
「では金貨五千枚!」
「嫌です」
「千枚!」
「嫌です」
「百枚!」
「嫌です」
「なぜじゃー!」
「あなたに貸すお金はありません」
「ケチ!」
「国を持っているのに、借金を申し込むあなたが言いますか?」
アルバートは腕を組んだ。
「なるほど」
「何がなるほどなんです?」
「セシリアは金を貸してくれない」
「はい」
「ならば」
アルバートは笑った。
「別の奴に借りる!」
「待ってください」
「…ものすごく嫌な予感がします」
しかし。
アルバートはすでに走り出していた。
* * *
その日の夕方。
帝国。
「金を貸してくれる奴を見つけたぞ!」
「誰です?」
「盗賊じゃ!」
「帰ってきてください」
「なんと金貨一万枚!」
「帰ってきてください!」
「すぐ貸してくれた!」
「それ絶対ダメなやつですよ!」
アルバートの後ろには、十人ほどの男たちが立っていた。
全員、黒い服。
全員、目つきが悪い。
全員、武器を持っている。
「どうも」
「どうも」
「借金取りです」
「見れば分かります」
リリアが頭を抱えた。
「なんでこんな奴らから借りたんですか!」
「余は皇帝じゃぞ」
「それで?」
「人を見かけで判断しない優しい奴等よ」
「どうしてそうなるんですか!」
「普通は貸してくれる理由を考えるんですよ!」
盗賊の頭らしき男が笑った。
「まあまあ」
「なんじゃ」
「俺たちは慈善事業じゃない」
「知っておる」
「一週間で返してもらう」
「うむ」
「金貨二万枚でな」
「倍じゃと!?」
「利息だ」
「高い!」
「闇金だからな」
「なるほど!」
「納得しないでください!」
男はアルバートに紙を渡した。
「ここにサインしてくれ」
「うむ!」
「アルバートさん! きちんと読んでください!」
「読めん!」
「なんで毎回読まないんですか!」
「大丈夫じゃ!」
「何がです!」
アルバートは堂々とサインした。
「これで金貨一万枚!」
「はい」
「帝国は救われた!」
「一週間後には金貨二万枚だぞ」
「……」
アルバートが固まる。
「リリア」
「何です?」
「二万枚とは」
「二万枚です」
「……」
盗賊たちは笑った。
「じゃあ一週間後な」
「うむ!」
「返せなかったらどうなる?」
「帝国をもらう」
「帝国を?」
「ああ」
アルバートは少し考えた。
「いいぞ」
「いいんですか!?」
「どうせ国土は森だけじゃ」
「そういう問題じゃないです!」
盗賊たちは帰っていった。
アルバートは満足そうだった。
「これで財政問題は解決じゃ!」
「解決してません。借金です」
「使える金じゃ」
「借金です!」
「なら問題ない!」
「あります!」
その日の夜。
帝国では宴が開かれた。
「金貨一万枚じゃー!」
「グオオオオ!」
「肉を持ってこい!」
「牛百頭!」
「酒じゃー!」
「皇帝陛下万歳!」
「このアホ皇帝ーーー!」
リリアの叫びは誰にも聞かれなかった。
* * *
そして。
一週間後。
「返済日だ」
盗賊たちがやってきた。
金貨二万枚。
もちろん、帝国にはない。
「金がない!」「ワホー!」
「陛下、どうするんです!」
「任せとけ!」
「……」
アルバートは考えた。
「逃げる!」
「最低です!」
アルバートが走り出した。
「待て!」
「皇帝陛下!」
「捕まえろ!」
「グオオオオ!」
ドラゴンたちが一斉に飛び立った。
「うわあああ!」
「ドラゴンだ!」
「逃げろ!」
盗賊たちは逃げた。
アルバートは胸を張った。
「勝った!」
「勝ってません」
「借金取りを追い払ったぞ!」
「借金は残っています」
「今後も借金取りを追い払う!無限UPの完成じゃー!」
「最低です……」
リリアは頭を抱えた。
翌日。
一枚の紙が飛んできた。
「なんじゃこれ」
アルバートは紙を広げた。
『レグナード王立裁判所呼出状』
「……」
「……」
「リリア」
「何です?」
「裁判とは、借金取りを追い払う場所か?」
「違います!」
こうして。
恋愛無双帝国は、国家として初めて裁判所へ呼び出されることになった。
そして。
このときのアルバートは、まだ知らなかった。
裁判どころではない事態が、すぐそこまで迫っていることを。
……もっとも。
知っていたところで、借金が減るわけではないのだが。




