第五話 帝国、即位す
翌朝。
アルバートは玉座に座っていた。
ただし、玉座はない。
椅子だった。
昨日まで酒場で使われていた木の椅子である。
「……」
アルバートは腕を組んでいた。
「余は皇帝じゃ」
隣に立つリリアが言った。
「はい」
「どうじゃ」
「何がです?」
「皇帝らしいか?」
「椅子が小さいです」
「そこか!」
「あとパンツ一枚です」
「これは皇帝装束じゃ!」
「そんな皇帝装束ありません」
アルバートは立ち上がった。
「では即位式じゃ!」
「何をするんです?」
「皇帝になる」
「もう皇帝を名乗ってますよね」
「名乗るだけでは足りん!」
「何が必要なんです?」
「儀式!」
アルバートは拳を握った。
「皇帝には、皇帝らしい儀式が必要なのじゃ!」
その日の昼。
帝国広場が作られた。
昨日まで森だった。
ドラゴンたちが木をなぎ倒しただけである。
中央には巨大な石。その上に木の椅子。
周囲にはドラゴン三百匹。
オーク将軍。リリア。
そして、捕虜ではないが帰るタイミングを完全に失ったセシリア王女。
「どうして私まで……」
「帝国臣民だからじゃ」
「いつなったんですか!」
「今!」
「勝手に決めないで!」
アルバートは手を上げた。
「静粛に!」
ドラゴンが一斉に吠えた。
「グオオオオオオ!」
「うるさい!」
アルバートが怒鳴る。
ドラゴンたちが黙る。
「……」
リリアが呟いた。
「すごい」
「何がじゃ?」
「ドラゴンを黙らせましたね」
「余は皇帝じゃぞ」
「そこだけは本当に皇帝っぽいですね」
「そうじゃろう!」
アルバートは得意げだった。
「では即位式を始める!」
オーク将軍が進み出る。
「皇帝陛下」
「なんじゃ」
「まず何をすればいい?」
「知らん」
「知らないのか」
「余も皇帝になるのは初めてじゃ」
「そうだろうな」
「そこで!」
アルバートはリリアを見る。
「魔法使いよ」
「はい」
「皇帝の即位にふさわしい魔法を使え」
「どんな魔法です?」
「すごいやつ」
「具体性がないですね」
「光とか出るやつ」
「分かりました」
リリアが杖を掲げる。
「《祝福の光》!」
空から光が降り注いだ。
ドラゴンたちがざわめく。
「おお……」
「綺麗……」
セシリアも思わず空を見上げる。
アルバートは満足そうに頷いた。
「うむ」
「どうです?」
「皇帝っぽい」
「でしょう?」
「あと美女が見上げておる」
「……」
「素晴らしい魔法じゃ!」
「そっちですか」
そのとき。
空から何かが落ちてきた。
ドスン!
「何だ!」
土煙の中から現れたのは、一人の老人だった。
白いローブ。長い髭。杖。
どう見ても大魔法使いである。
「貴様ら!」
「なんじゃ」
「今の魔法は何だ!」
「即位式じゃ」
「何ィ!」
老人はアルバートを睨む。
「この辺り一帯に《祝福の光》を使ったな!」
「使ったぞ」
「古代竜の巣を刺激した!」
「何?」
ドラゴンたちがざわめく。
「古代竜?」
「そんなものがいるのか」
「いる!」
老人が叫んだ。
「この山の地下には、千年前から眠っている伝説の竜王がいる!」
「竜王……」
「強いのか?」
「強い」
「どれくらい?」
「お前のドラゴン三百匹を一瞬で殺せる」
「ほう」
アルバートは立ち上がった。
「では退治する」
「え?」
リリアが驚く。
「退治するんですか?」
「うむ」
「どうして?」
「竜王は『サラマンダーよりずっとはやい』という不吉な言葉を残し」
「NTR!?」
「相思相愛の女を奪っていく悪い奴なのじゃ」
「そんな偏見で!?」
「退治せねばならん!」
「そもそも相思相愛の女なんて――」
「おるではないか」
アルバートがセシリアを見る。
「私!?」
「それにリリアもおる」
「私もですか!?」
「二人もおる!」
『いません』
そのとき。
地面が揺れた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
「まずい!」
老人が叫ぶ。
「目覚めるぞ!」
巨大な竜が現れた。
「グオオオオオオオオオオ!」
ドラゴン三百匹が震えた。
「来たか……」
アルバートは剣を抜いた。
「余が退治する」
「本気ですか!?」
「うむ」
「勝てるんですか!?」
「知らん!」
「知らないの!?」
「だが!」
アルバートは竜王を指差した。
「余の女を奪わせるわけにはいかん!」
「違います」
「誰があなたの女ですか!」
竜王が咆哮する。
「人間……」
「なんじゃ!」
「我は千年を生きた竜王」
「うむ」
「我が眠りを覚ましたな」
「なるほど」
「そして我は――」
竜王の目が赤く光る。
「人間が嫌いだ」
「ほう」
「特に勇者が嫌いだ」
「なぜじゃ」
「昔、勇者に尻尾を切られた」
「それは気の毒じゃ」
「貴様も勇者だな」
「そうじゃ」
「死ね!」
「話が早い!」
竜王が炎を吐いた。
ゴオオオオオオオ!
「皇帝陛下!」
リリアが叫ぶ。
「危ない!」
しかし、アルバートは動かなかった。
「皇帝!」
炎がアルバートを包む。
煙が晴れる
そこには無傷のアルバートが立っていた。
「余……」
自分の手を見る。
「強い?」
リリアが目を見開く。
「違う」
「何が?」
「後ろです」
アルバートが振り返る。
そこにはセシリアが立っていた。
彼女の周囲に巨大な魔法障壁が展開されている。
「私が防ぎました」
「……」
アルバートは沈黙した。
「セシリア」
「何です?」
「余を守ったのか?」
「たまたまです」
「余のことが好きなのか?」
「違います」
「照れておる!」
「違います!」
「これはツンデレじゃー!」
「違います!!」
竜王が二人を見ている。
「……まさか」
そして。
「なるほど」
「何がじゃ?」
竜王はため息をついた。
「お前、我が怖くないのか?」
「怖いぞ」
「ならばなぜ戦う?」
「トラウマを消すためじゃ!」『サラマンダーよりずっとはやい』
「余の帝国には、そういう奴はいらん!」
「……面白い」
竜王が笑う。
「……気に入った」
「何がじゃ?」
「お前の帝国とやらに、しばらく居――」
「断る」
「なぜだ」
「食費じゃ」
「……」
「三百匹でも毎日大変なのじゃ」
「我は一日、牛十頭だ」
「帰れ」
「我が王よ!竜王の力は強大。御再考を」
「帰れ!」
「…そうか。食費か…では、これならどうだ」
竜王が光に包まれる。
次の瞬間。
銀髪の美女が立っていた。
「我は人の姿にもなれる」
「……」
アルバートがリリアを見る。
「リリア」
「はい」
「余は重大な決断をした」
「嫌な予感しかしません」
「こやつを帝国に迎える!」
「さっきまで帰れって言ってましたよね!?」
「人型なら食費も減る!」
「絶対そこじゃないですよね!?」
竜王が笑った。
「では、世話になるぞ。皇帝」
「うむ!」
「おい」
「なんじゃ?」
「そのパンツはどうにかならんのか」
「……」
アルバートは立ち上がった。
「これは皇帝装束じゃ!」
「違う」
「皇帝装束じゃ!」
「違う」
「皇帝装束じゃー!」
こうして。
恋愛無双帝国は――
ドラゴン三百匹。
竜王一匹。
勇者一人。
魔法使い一人。
オーク一匹。
そして、本人の意思とは無関係に所属させられた王女一人。
という、異常な国家になった。
なお。
帝国にはまだ。
領土も金もなかった。




