第三話 帝国、竜と戦闘す
翌朝。
ドラゴンが戻ってきた。
ドラゴンは怒っていた。
理由は特にない。
だいたいドラゴンというものは、怒っている。
「……ドラゴン!」
王国騎士団が一斉に武器を構えた。
リリアは杖を握り直す。
「昨日のうちに逃げておけばよかった……」
「まだ間に合うぞ!」
アルバートは森の裏へ走った。
「アルバートさん!」
「何じゃ!」
「皇帝が逃げないでください!」
「余が死んだら帝国は終わりじゃぞ!」
「国民が二人しかいないでしょうが!」
「だからこそ余は生きねばならん!」
「少しは戦ってください!」
そのとき、ドラゴンが地上へ降り立った。
地面が揺れる。
「グオオオオオオ!」
騎士団が盾を構え、リリアが杖を掲げた。
オーク将軍も斧を握る。
アルバートは木の陰に隠れていた。
「アルバートさん。本当に魔王を倒したんですよね?」
「うむ!」
「どうやって?」
「魔王城で迷子になって、魔王の玉座に座ったら爆発したんじゃ」
「それは勇者って言えるの……」
「余もそう思う!」
「認めないでください!」
ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。
「来ます!」
ゴオオオオオッ!
炎が騎士団を襲った。
「盾を構えろ!」
騎士たちが必死に耐える。
しかし、盾は赤く焼け、隊列が崩れ始めた。
「私が食い止めます!」
エリーナが飛び出した。
「無茶だ!」
「やるしかありません!」
彼女はドラゴンへ突撃した。
ガキィン!
剣と爪が激突する。
火花が散った。
「おお、すごいのう」
「観戦してないで助けてください!」
ドラゴンの尾が振るわれた。
「きゃあっ!」
エリーナが弾き飛ばされる。
「エリーナ!」
アルバートが立ち上がった。
「リリア。余が囮になる!」
「本当ですか!?」
「うむ!」
「逃げるんじゃありませんよ!」
「任せよ!」
アルバートは全力で走り出した。
「うおおおおおお!」
そして、逃げ帰る途中。
倒れていたエリーナの腕をつかんだ。
「立てるか!」
「え……?」
「返事は後じゃ!」
彼は彼女を抱え、炎の射線から飛び退いた。
次の瞬間、二人がいた場所を灼熱の炎が薙いだ。
ゴオオオオオオッ!
二人は地面に転がった。
「……助けてくれたんですね」
「当然じゃ!」
アルバートは胸を張った。
「余は勇者じゃからな!」
「……少しだけ、見直しました」
「では、余の妃に――」
「やっぱり斬ります」
「なぜじゃ! 命の恩人じゃぞ!」
「恩を売って求婚しないでください!」
「では、恩を売らずに求婚じゃ!」
「殺します」
「なぜじゃー!」
エリーナが剣を振り下ろした。
アルバートが悲鳴を上げる。
その瞬間だった。
ドラゴンが動きを止めた。
黒い瞳が、アルバートを捉えている。
そして、ゆっくりと首を下げた。
「……王よ」
「しゃべった!」
騎士団が叫んだ。
リリアも目を見開く。
「アルバートさん、知り合いですか!?」
「知らん!」
「でしょうね!」
ドラゴンはアルバートから目を離さない。
「我は、お前を待っていた」
「余を?」
「そうだ。お前こそが、この世界に新たな魔王として君臨する者だからだ」
「…………」
リリアが口を開いた。
「勇者なのに、魔王……?」
「いらん。面倒くさい」
「でしょうね」
ドラゴンは告げた。
「我らドラゴン族は、古き予言を守ってきた」
森に沈黙が落ちる。
「パンツ一枚の勇者が現れしとき、世界に新たな魔王が誕生する」
全員の視線がアルバートに集まった。
アルバートは自分の姿を見下ろした。
「……余か」
「あなた以外に誰がいるんですか!」
「なるほど。鎧を売って正解じゃったな!」
「不正解です!」
アルバートは腕を組んだ。
「よし! 余は魔王になる!」
「ならないでください!」
「なぜじゃ!」
「勇者でしょう!」
「勇者が魔王になってはいかんという法律があるのか!」
「常識です!」
「わしは常識という枠組みにとらわれておらん!」
「とらわれてください!」
ドラゴンが跪いた。
「我が王よ。我らドラゴン族は、あなたに忠誠を誓おう」
「おお!」
アルバートの目が輝いた。
「リリア! 国民が増えたぞ!」
「何でも国民に数えないでください!」
「……我らは一匹ではない」
ドラゴンは静かに告げた。
「まさか」
その視線の先に、黒い影が現れた。
十。 二十。 五十。 百。
そして――
三百。
「…………」
騎士団から声が消えた。
空を埋め尽くすドラゴンの群れ。
オーク将軍が呟いた。
「皇帝。これ、もう人間の国じゃないぞ」
「うむ!」
アルバートは剣を掲げた。
「今日より我が国は!」
高らかに宣言する。
「世界最強のドラゴン帝国となるのじゃあああ!」
「恋愛無双はどこへ行ったんですか!」
「国民が三百匹もおるのじゃぞ!」
「恋愛要素が一匹もいません!」
「余がおる!」
「あなたは恋愛要素じゃなくて問題の中心です!」
そのとき。
「全員、剣を構えろ!」
王国騎士団長の声が響いた。
騎士たちが一斉に武器を構える。
「討伐対象を変更する!」
「……は?」
アルバートが振り返った。
騎士団長は、ドラゴンを背後に従えたアルバートを睨みつけた。
「勇者アルバート!」
「うむ?」
「お前が魔王だというのなら、我ら王国騎士団はお前を見逃すわけにはいかん!」
アルバートはリリアを見た。
「リリア」
「何ですか」
「余、魔王になったらしいぞ」
「聞いていました!」
「騎士団は余を倒す気らしい」
「あなたが魔王を名乗ったからでしょうが!」
アルバートは空を見上げた。
三百匹のドラゴン。
目の前には、剣を構えた騎士団。
「……リリア」
「今度は何ですか」
「ドラゴン三百匹で世界征服できるかのう」
「サイテー!」
――こうして。
恋愛無双帝国は、建国三日目にして世界最強の軍事力を手に入れた。
ただし、国家予算はパン三個。
そして、世界最強の皇帝はパンツ一枚だった。




