第十一話 帝国、帝国領爆誕す
「必殺:アルス・アターーーーーック」
ズバァッ!
黒い霧が、激しく渦巻き、四散する。
「馬鹿な……」
ヴェルムが胸元を見下ろした。
「なぜ……」
光の剣により一刀両断にされた。
「我が……人間ごときに……」
ヴェルムの膝が崩れた。
その体から、黒い霧が溢れ出す。
やがて。
霧は空へ昇り、風に散っていった。
次の瞬間。
アルバートは、その場に倒れた。
そして。
ヴェルムが倒された、その瞬間。
王都全体を覆っていた黒い霧が消えた。
倒れていた人々が、一斉に息を吹き返す。
「……あれ?」
「私は……」
「何が起きたんだ?」
「魔神は!?」
兵士たちが起き上がる。
商人たちが周囲を見回す。
子供たちが泣き出し、親たちが抱きしめる。
そして、竜王もゆっくりと立ち上がった。
「……まだ終わってはおらぬ」
竜王の体が、光に包まれる。
巨大な影が膨れ上がった。
人型の姿が崩れ、鱗が現れ、翼が広がる。
真の姿。
竜王は、空を覆うほど巨大なドラゴンへと変貌した。
「竜王様!?」
「なんだ、あれは!」
「ドラゴンだ!」
竜王が大きく息を吸い込んだ。
その口元に、赤い光が集まる。
「――全力バースト・ブレス!」
轟音。
灼熱の光が、四散したヴェルムを包み込んだ。
地面が震える。
空気が焼ける。
黒い霧の残滓が、一瞬ですべて消し飛んだ。
やがて。
竜王は息を吐き、地面へ降り立った。
「……敵の総大将は、この竜王が倒した!」
竜王が、魔軍へ向かって叫ぶ。
「退け!」
魔軍が動きを止めた。
「さもなくば、竜王のブレスがお前たちを焼き尽くすことになるぞ!」
魔軍は、互いに顔を見合わせた。
そして。
誰かが逃げ出した。
一人。
二人。
十人。
百人。
やがて魔軍は、一斉に退却を始めた。
「……」
竜王は、威厳たっぷりにその背中を見送った。
そして、小さく呟いた。
「……もう一発も撃てぬ」
その場に、どさりと座り込む。
誰にも聞こえないように。
「……危なかった」
そのとき。
「竜王様!」
「竜王様が魔神を倒したぞ!」
「王都を救った英雄だ!」
民衆の歓声が上がった。
「竜王!!」
「竜王!!」
「竜王!!」
大合唱が王都を包む。
誰もが、竜王を見上げていた。
そして、その少し離れた場所。
瓦礫の中で倒れているアルバートの左手。
小指に、見慣れないものが現れていた。
黒い金属の輪が、一瞬だけ光る。
誰も、それに気づかなかった。
こうして。
七大魔神の一柱、ヴェルムは倒された。
そして、その手柄は竜王のものになった。
* * *
三日後の昼。
恋愛無双帝国。
「アルバートさーん! 大変です!」
「借金取りか!?」
「違います!」
「裁判所か!?」
「違います!」
「では帰ってもらえ!」
「話を聞いてください!」
アルバートは丸太の上に寝転がっていた。
「余は病人じゃぞ」
「昨日まで元気に牛を食べていたでしょう!」
「セシリアが約束を守らんからじゃ!」
「意味がわかりません!」
「それより、王国から使者が来ています!」
「何じゃと!?」
「領土をいただけるそうです!」
「いらん!!」
「えっ!?」
「余は領土のために戦ったのではない! セシリアからの特別な褒美のためじゃ!」
「領土を断る理由がそれですか……」
「まあ、そう言わないで……」
セシリアが現れた。
「セシリア王女が、わざわざ来てくださったんですよ」
「サプライズにしようと思って、黙っていたのにー」
「それより、領土の件は本当ですか?」
「ええ。オーク将軍もドラゴンちゃんたちも、みんな頑張りましたものね」
「知らん! そんなことはどうでもよい!」
アルバートは勢いよく起き上がった。
「それよりセシリア! 約束の件じゃ!」
「はい。覚えておりますわ」
「おお! では、ついに約束の『初めての〇〇』を――!」
「ええ。こちらですわ」
セシリアは、一本の筒を差し出した。
「……筒?」
「開けてみてください」
アルバートは震える手で筒を開いた。
中から出てきたのは、一枚の立派な賞状だった。
「…………賞状?」
「ええ。私からの、初めての賞状ですわ」
「…………」
「約束、守りましたわよ」
「…………」
「まあ……私の初めてを、アルバート様に捧げてしまいましたわ……!」
セシリアは頬を赤らめ、両手で顔を覆った。
「……これで私たちも、初めてを分かち合った仲ですわね?」
その指は、しっかり開いていた。
「…………」
アルバートの魂が抜けた。
「アルバートさーーーん!」
「魔神のソウル・ドレインにさえ耐えたアルバートの魂が……!」
竜王が呆然とつぶやいた。
「魔神との戦いでも死ななかったのに……」
「賞状一枚で死なないでくださーい!」
人口、人間二人。オーク一匹。竜王一匹。ドラゴン三百匹。
国土、森の一部(正式認定)。
国家予算、パン三個。
軍事力、元魔王軍幹部のオーク将軍とドラゴン族。
外交関係、レグナード王国。
国家元首、魂が帰ってこない皇帝。
こうして恋愛無双帝国は、ほんの少しだけ帝国らしくなった。
――借金と裁判を除けば。
そして、アルバートの小指には、黒い輪が静かに光っていた。




