39話 王の独演会
小鬼から力を溜めた光弾が放たれ、二人が堪えるために足を踏み締めた、その時だった。
二人の前に、及己が割って入る。
突き出した両手で光弾を受け止め、そのまま腕を交差させると光弾はぐにゃりと歪み細くなる。
次の瞬間、それは鋭い針となって投げ返され、小鬼の右胸から肩を吹き飛ばし突き抜けていった。
衝撃で倒れ伏した小鬼は、何が起きたのか理解できないまま、呻き声を上げる。
「ナ……ナニヲ……!?」
「攻撃をそのまま返しただけだよ。オマケ付きでね」
及己はちらりと杳と廉を見て無事を確認すると、小鬼の前へ歩み寄った。
「フザケルナ……!!」
「ふざけるな?」
冷たい目で見下ろし、低く言う。
「生憎、自分の守護する者にちょっかいを出されてふざけられるほど、私は温厚じゃない」
片手を小鬼に向けて突き出す。
「……話せるようだから吐いてもらおうか。…何が狙いだ」
「………!」
及己は目を細め、
「返答次第では裏にいる奴ごとまとめて吹き飛ばしてやる」
手のひらに力を溜め始めた、その時――
「そこまでにしてもらおうか」
頭上から、男の声が降ってきた。
ひどく重く、そして傲慢な響きを帯びた声だった。
見上げれば木々の梢のさらに上、太陽を背にして一つの影が宙に浮かんでいる。
逆光の中でその身に施された装飾が過剰なまでに反射し、人物そのものの輪郭が眩く滲んで見えた。
もしこれが神であれば後光が差しているようにも見えただろうが、装飾過多な豪奢さがその神聖さを完全に打ち消している。
悪趣味としか言いようのない金糸で縁取られた黒衣。その隅々にまで刻まれた、見る者の神経を逆なでするような刺々しい文様。
そして何より、その瞳。
眼下に広がる世界の一切を、自らの価値基準でしか測っていないような、絶対的な『見下す』という意思。
いつか及己が語った『王』を自称する男――アイドランがそこにいた。
男の視線が、まず及己を捉え、その唇の端が侮蔑の形にゆっくりと吊り上がる。
あまりにも濃厚な威圧感に、杳と廉は思わず息を呑んだ。
「――我が忠実な下僕をあまりいじめてくれるな」
芝居がかったその一言に、その場にいた全員の思考が一瞬だけ完全に停止した。
――下僕?
「……忠実な、下僕……?」
最初に我に返った廉が、理解不能なものを見る目でぽつりと呟く。
「自分の身から切り分けたただの駒ではないのか」
その呟きが届いたのかどうかは分からない。
男――アイドランは意に介する様子もなく、尊大に言葉を続けた。
「我が王国を築くために寄り集めた下僕たちに狼藉を働く気配がしたのでな。こうして余自ら赴いてやったのだ」
「……聞いてないな」
呆れたように、杳がぼそりと言う。
「聞く気がないのだろう」
廉はもはや諦めきったように、そう返した。
及己は、それまで静かに手のひらへ溜めていた力を、足元の小鬼に向かって無造作に解放した。
閃光が走り、硬質な破壊音が昼下がりの森に短く響く。
先ほどまで倒れ伏して呻いていた小鬼の姿は、その身を取り繕っていた文字もその核であった土塊もろともこの世界から完全に消し飛んだ。
文字が失われた衝撃が伝わったのか、頭上の男――アイドランの身体がぴくりと揺れる。
手のひらに破壊の余韻を残したまま、及己がゆっくりと顔を上げる。
「――我が王国、だと?」
その金の瞳からは、もはや温度というものが完全に消え失せていた。
「何を考えている、アイドラン」
名を呼ばれた男はようやく目の前の存在を正しく認識したらしい。侮蔑と、それ以上の苛立ちを瞳に浮かべ、唾を吐き捨てるように言った。
「ルイ・ブラインか……同胞殺しの魔女風情が、我が崇高なる志を語ったところで分かるわけがあるまい」
アイドランの口元が、残忍に歪む。
「ただ、我が部下、バアルベリトとエリダナを封じてくれた礼はせねばならんと思っていたところだ…おかげで、我が壮大なる計画が、少しばかり遅れそうなのでな」
彼は、吟遊詩人が英雄譚でも語るかのように、自らの『計画』を語り始めた。
わかる者にはわかる壮大な創世神話だと前置きをして。
十七年前、本から解放された直後の混乱。
魔族たちは及己と本を破壊しようと画策したが次々と撃破され、再封印されていった。
そして、突如として張られた土地の結界という忌々しい壁。
だが、それらの敗北こそが我々を新たな段階へと導いたのだ、と彼は言う。単独ではなく組織的に。外部からではなく、内部から。
策略に長けた者たちが人間の心の脆さを突き、疑心暗鬼の種を撒く。土地の者たちと佐伯の一族との間に修復不可能な亀裂を生じさせ、対立させる。
やがて内部から社会が崩壊し結界が消滅したその時こそ、我らがこの土地を掌握し、魔族の王国を打ち立てる輝かしき瞬間となるはずだった、と。
その上で、本を、佐伯を、そしてルイ・ブラインを王国の礎として叩き潰し、この楸の地から魔族の権勢を再び世に広めるのだ、と――。
「――そのための計略を、三人が動く様を、余はただ玉座から俯瞰し、この王の威光を振るうべき時を今か今かと心待ちにしていたというのに……!」
語るうちに、アイドランの声は次第に熱を帯びていく。
その瞳はもはや眼下の三人を見てはいなかった。自らが描いた壮大な王国、その輝かしい未来だけを恍惚と見つめている。
「王である余を支配したあの『封印の書』、許すまじ! あの忌まわしき本を滅殺し、余の武勲としてくれるわ……!」
拳を固く握り、天を仰ぐ。
「そして! 本が安置されているこの土地を我が新たな国土とする! 本を滅殺したこの誉高き余が治める国の民となれることを誇り、そして讃えるがいいッ!!」
天を突くかのような、高らかな鬨の声。
その壮大すぎる一人芝居を、地上に立つ三人は、ただ呆然と見上げていた。
杳の思考は、完全に混乱していた。
いや、混乱というより、現実を処理することそのものを思考が拒絶していると言った方が近い。
――なんの王?
――魔王的な、何か?
――滅殺が名誉?
――そういう競争でもあったのか?
次々と投げつけられる言葉が、理解に至る前に弾けて消えていく。
アイドランの口上はなおも勢いを増し、もはや誰に向けて語っているのかすら分からない独演会の様相を呈していた。
「異存ある者は我が国民にあらず! 刻、獣の餌にでもしてやろう!」
――……なんて?
――元々ここに住んでる側に、何を言っているんだ、こいつは。
思考が追いつかないまま、感情だけが置き去りにされる。
その視界の端で、アイドランが唐突に目を剥き、眼下の杳を見据えたかと思うと、伸ばした指でびしりとこちらを指し示した。
「人間には持ち得ぬこの力! その前に畏れ、慄き、そして跪け! この余を敬愛するがいいッ!」
――こいつ怖がられたいのか?
――敬われたいのか?
――どっちなんだ?
その矛盾した要求が耳に入った瞬間、杳の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。
思考が限界を迎え、感覚だけが正直な結論を弾き出す。
――なんか……イタい奴だ。
――こわい。
これが魔族の思考なのか。だとしたら、あまりにも理解不能だ。
杳はほとんど無意識に、救いを求めるように隣の廉を見た。
廉もまた完全に固まり、その表情には「何を言っているんだ、こいつは」という率直すぎる困惑が隠す気もなく浮かんでいる。
次に及己を見た。
彼女なら何か分かるかもしれない。そうであってほしいという、半ば祈りに近い期待を込めて杳は念を送った。これまで何度も自然にやってきたように。
――こいつの言ってること、全然わからん。たすけて。
視線を受けた及己が、壊れた絡繰り人形のように、ぎ、ぎ、と不自然な間を挟みながらこちらへ顔を向ける。
そして返ってきた念は、あまりにも端的で、あまりにも絶望的だった。
――ごめんわからん。
その顔は完全に理解を拒絶している。
思わず、杳の心の声がそのまま口から零れ落ちた。
「……魔族ってのはみんなこんなのか……」
率直な疑問に間髪容れず及己が反論する。
「魔族という共通点だけで、こいつと同類だと思われたら不愉快だ」
本日の更新で先行のアルファポリス様分に追いつきました。
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