たかなし
かみさま、どうか、じひをください。
ほんのすこしでいいんです。
ぼくのいきのねをとめてください。
こんなせかいじゃ、しあわせになれない。
はやくころして。
あなたのもとへといかせてください。
それともぼくがひとじゃないから、
ぼくはじごくへもいけないのですか。
おねがいころして。
かみさまどうか。
***
大和が覚えている中で一番古い記憶は、食事を出されない日々が続く中、両親がかけた言葉だった。
『人類の希望』
『彼はもしかしたら成功かもしれないわね』
『ああ。確かめる必要があるがこいつは造形っていう課題を乗り越えたからな。見た目が人間らしい』
褒めてくれていることはなんとなくわかった。
反応する気力がない。
朦朧とする意識の中で、彼はその言葉を聞いていた。
『新陳代謝の速度を極度に遅くして、水分消費量を通常の1%に抑えてる。水分を体重の0.05%まで減らしているようね。極度の乾燥状態にも耐えられるみたい』
『10年は何も食べなくても生きて行けそうだな』
『それは流石に。これをコマにしないといけないんだし』
『――そうだった。仕方ない。一年様子をみよう』
おそらく、それは4歳だったと思う。1年間の実験の末に、大和はご飯を与えられた。
『ありがとう、お父さん、お母さん』
嬉しくって嬉しくて、泣きそうになりながら食べた。胸はいっぱいだった。だけど水を抜かれていたから、体のどこにも余分な水分がなかった。
『ごはんをくれてありがとう』
久しぶりに食べたご飯は温かくて、水は乾き切った体に染み渡った。後で知ったことだが、この実験で大和の兄弟だった何十人が死んでいた。
『ここまで余裕とはな』
『完成系といっていいかもしれないわ。あとは熱と寒さと圧への耐性を調べなければ。空腹脱水状態の実験は取り敢えず後からゆっくりやりましょう』
大和はその声を聞きながら静かにごはんを食べていた。
絶望はない。
周りにいる兄姉全員がそうだったから、生きていくとはこういうことなのだと思っていた。
(逃げたい)
大和は毎日そう思っていた。
(生きてたって面白くないし)
そんなある日、兄の一人が暴れ回った。言葉を話せない、異形の兄は人為的に造られたブラックホールに吸い込ませるために宇宙船に乗せられていった。
大和はその様子をじっと見てた。
それを機に、大和の両親は大和にチョーカーをはめた。
『いーい?』
母親はそう言って、大和の細い髪を撫でた。
『嘘つきは戦争の始まり』
どこまでも優しく、彼女は説いた。
『嘘を吐いてはダメよ。約束を破ったら、これがあなたの兄弟を殺す。あなたの思考を奪う。意味わかる?』
意味はよくわかった。大和は死ねない。首を爆発させることなんか不可能。だけど、他の兄姉の中には、その程度で死ぬ者もいる。
『いやだ、怖いよ、お母さん!』
『嘘をつかなければいいのよ』
反対虚しく、母はそう言った。
『そしてこの研究について外の人間に言ってはダメ。許可を私かお父さんがするまで絶対に。そして親の言うことをちゃんと聞くこと。約束よ。破った時も同じことが起きるわ』
母は言った。
『……なぜ今、思考を奪わないんですか』
それが疑問だった。それが一番簡単だろう。
まさか、と思う。
この自分を愛してくれているからではないか。
期待した。
期待してしまった。
『あなたは桜庭家の人と婚約させるつもりなの。思考が奪われたらある程度単純になるわ。相手にバレたら困るもの』
違った。
勘違いに顔が熱くなる。
(そんなわけないのに)
大和は黙って顔を伏せた。
大和は、一度だけミスをして、兄を一人殺したことがある。
それは、大和がマグマの中に落とされた時。アンドロイドに運ばれ、火口付近に近づく中、10歳の大和はすでに熱くて死んでしまいそうだった。肺が燃え上がるように熱い。熱風が殺しにかかってくる。
体はその熱から身を守るために組織を変えていた。マグマの数千度にも耐えられるように、骨と同じ組織で体を覆い、体が爆発しないように勝手に体が変化した。
(このまま死ぬのかな)
大和は思った。
(それでもいいか)
だけど、忌々しい大和の体はその程度じゃ死ななかった。マグマに浮かんだ体は熱さで悲鳴をあげていた。呼吸をしたら体の内側から爆発すると悟る。呼吸をせずに数分を耐えた。この実験の成果を出さないと、兄姉が殺されるとわかっていたから。
死んでしまいたかったけど、大和は耐えた。呼吸をすれば死ねるとわかっていたけれど、それでも耐えた。
30分が経過。体の外側を覆う骨ですら熱くなり、体の中の水分が温められてきた。
限界。
これ以上は何もなせない。
大和はそこから出て安全を確信できる場所まで走った。
『なぜ勝手に出た。まだ良いとは言っていない。そいつは900度に満たない。耐えられるだろう』
父の声がした。アンドロイドから声が聞こえる。
絶望。
大和は泣き叫んだ。
『無理です』
大和は言った。
『耐えられません』
必死だった。
『もう限界です、どうか』
そうしてアンドロイドを壊して逃走した。素手で殴るだけで簡単にそいつは壊れた。思った通りに体の部位を硬化させられる大和は、人間戦闘機としても動けた。2体目のアンドロイドが大和に近づく。
『おい』
父の声だった。そのアンドロイドは、父の声を届けるためだけにそこにいた。
『お前のせいでお前の兄が死んだぞ』
その言葉は、大和の心を折るのに十分だった。
『親の言うことは聞け。嘘をつくな』
嘘じゃない、と思った。だってこんなに辛いのだ。熱くて熱くて、死ねないからこれが延々と続くと思うと、この場にいたくなくなった。
『お前のせいで兄が死んだぞ』
心臓がなる。
これは熱さのせいではない。
『お前のせいだからな』
父は追求をやめない。
『お前が親の言うことを聞かないから』
大和は泣いた。
もうたくさんだった。
耐えられなかった。
『ごめんなさい』
大和は謝った。自分のそばにいてくれるのは兄と姉だけなのに。他に誰もいないのに。簡単な言葉しか話せなくても、言葉を話せなくても、それでもいてくれるだけでよかった。
だって大和には他に誰もいない。
言語はアンドロイドから学んだ。温もりを感じられる存在は兄姉だけだった。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
ぶつぶつと呟く。
『生まれてきてしまってごめんなさい』
大和はもう耐えられなかった。
『許してください』
土下座して、嗚咽を漏らしながら、岩肌の見える山でアンドロイドに向かって首を垂れていた。
『神さま僕を、許してください』
涙が溢れた。兄が一人消えた。大和が生まれる前の実験から生き残った兄と姉はあと21人。人とは言えない姿形をしているけれど、生きてくれている。
それなのに大和は思ってしまった。
いいな、って。
うらやましいな、って。
彼らは大和が生まれたことで、その責務から解放されたから。用済みだと、この苦しみを味わわなくて済んでいるから。
その前に実験で死んだ兄姉のことはもっと羨ましかった。
この地獄から抜け出せたのだから。
そんな自分が浅ましくて、許せなかった。
『ごめんなさい』
自分に唯一笑いかけてくれる存在たちに、何を思ってしまったのかと。
『何を言うんだ、お前は人類の希望だぞ』
父は、焦ったように言った。
『お前が頑張れば、戦争で死ぬ人間はほとんどいなくなる』
そんなのどうでもいい。
どうでもいいんだ。
大和の父と母はわかっていないようだったが、大和は人間を両親以外知らない。それなのにどうして、そんな存在のために苦しむことができるだろう。
『頑張れ、な! これ以上兄姉を苦しめるな』
大和は頷き、もう一度マグマに身を落とした。
そうやって過ごし続けて、大和は14歳になった。
真空から75,000気圧までの圧力、数千グレイの放射線への耐性を持ち、1000度付近まで耐えることのできる人間であると証明された。生身で宇宙に晒せれても半月は耐えられることが判明した。-273度から1000度まで可能である生物は大和の他には存在しない。大和の両親は実験の成功を喜んだ。
『自己再生機能をもっと高めることができれば』
『より高い温度を耐えられる個体を作らなければ』
彼は両親に大事にされるようになった。
誕生日には『生まれてきてくれてありがとう』という言葉をかけられるし、見目を整わせてくれた。ネットの使用も許可された。そして何より、婚約者が決まった。
『桜庭紗奈さんよ』
大和はそうして彼女の映像を見せてもらった。
(どうしてこの子は、貼り付けたように笑うんだろう)
一番最初に思ったのはこれ。
(こんなに恵まれてるのに)
周りに人がいて、ご飯が食べられて、痛みを感じることがない毎日を送ってるのに、どうして彼女は不幸そうなのだろう、と。
じっと見て気づいた。
彼女も一人なのだと。
周りにあんなに人がいるのに、その実一人なのだと。
興味が湧いた。ある男の子といる時だけ、その表情を緩めることに気づいてからは、その男の子の情報も集めた。
(鷹見、圭……)
大和は彼らが知りたくなった。彼らの存在は、大和にとって未知すぎて、興味が尽きなかった。
その映像を繰り返し見た。それだけでは足りず、大和は電子機器の使用許可が出たのをいいことに、空いた時間を使って彼らの動向を調べ上げた。自分たちについても。
両親が思っているよりもずっと、大和は賢かった。チョーカーがあるという過信で、彼らは電子機器の使用を許可するべきではなかった。
『ふーん……』
そうして大和は紗奈と圭について知らないことは無くなった。2人のことをずっと見ている間も、実験は続く。束の間に見る彼らの映像は、大和にとって心の支えになっていた。
彼らと一緒に学校に通う妄想も何度もした。どんなに楽しいだろうと思った。
『あのね、私ね』
紗奈が圭に自身の婚約のことを打ち明けた時の動画は、それこそ何回ともなく見た。
『婚約者ができたの』
もうこれ以上一緒にいることができないと、彼女は泣きそうになっていた。大和は苦しくなる。
(僕が生まれてきたせいで)
自分の存在はどこまで呪われているのだろうと思った。関わった全員が不幸になる。
『そっかぁ』
圭がそう言ったのを見て、大和は立ち上がった。その声に、怒りも悲しみも、どこにも見当たらなかったからだ。
『まぁいつかは、こうなるって思ってた』
圭は大和のことを恨んでもいないみたいだった。
それが信じられなくて、大和は震えた。
【お前さえいなければ】って思われるに違うないと思っていた。
『その婚約者さんがどうしても嫌なんだったらぶっ飛ばしてあげるからさ、』
圭は、きっと思ってもいないだろう。
その時、その台詞に、どれだけ大和が救われたのか。
『拒否する前に一回会ってきな。その人とも話すべきだ。知る前に拒絶するのはよくない』
圭が自分のことを調べているのはわかっていた。研究所のデータをハックしているのも気づいた。
『俺が思ってる通りだったら、多分、結構面白い奴だし』
それを食い止めたのが大和。圭のパソコンに【残念また遊ぼうね Y】という画面を表示させた。正直楽しかった。兄弟以外の同年代の子と遊んだのは初めてで、楽しくて楽しくて、その日は興奮して眠れなかった。
『案外仲良くなれるかもだしな』
嬉しかった。
そうやって言われたのは初めてだったから。
多分、圭にとっては何てことない言葉だっただろう。
だけど大和は宝物みたいに大事に大事にその言葉を覚えていた。
『嫉妬しないの?』
紗奈は言った。
『…………俺は、紗奈が笑ってるだけで、十分だ』
仲良くなりたいと思った。友達になりたいと思った。この男の子を悲しませたくないと思った。
いつかを夢見て、何度も妄想した。
そんな圭が、自分の両親と紗奈の両親によって追いやられているのを見るたびに寒気がした。泣きたくなった。
ある時はアンドロイドに命を狙われて、ある時は事故死を装って殺そうと工作員がやってきて、ある時は意思を操ろうとAIが動き出し、ある時は大切なものが破壊されていた。
やめてくれと叫びたかった。
だってはじめて友達になりたいと思った人だった。
『ごめんね圭』
紗奈が涙を流すのを何度も見た。
『私圭を手放してあげられない』
圭は紗奈にいつも、大丈夫だと笑って見せた。
『知ってる』
大和は圭に憧れた。強くて優しくて、いつだって紗奈のために動くところを尊敬していた。
そんな彼が頼りにしている教授のことも、もちろん調べた。その中で、ミネルヴァのことを知った。命令されて自分が幾度となくその計画を潰した存在の一員だったとしって、また自己嫌悪に陥った。
『斎藤教授』
『…………またやられたのか』
『大丈夫です』
『あの女は知ってるのか?お前がそんなことになってるって』
圭は黙った。
『知らないんだろう? さっさと別れたほうが良い。お前が傷つくのは見てられない』
大和はその映像を見ながら強く頷いた。見ていられない。完全に同意だ。
『俺は』
圭は静かに首を振った。そうして笑った。
『俺は、彼女が俺を手放すまではそばにいます』
何がどこまで彼を突き動かすのか疑問だった。斉藤教授はやれやれと肩をすくめて、圭の肩を叩いた。
『何がそんなにいいのやら』
圭は笑った。
『全部ですよ』
眩しかった。
『全部』
そんなふうに人を愛せることが羨ましかった。圭の周りには、いつだって人がいた。気づけば周りを笑顔にしている彼になりたかった。
生まれてきてくれてありがとう、って。
本当の意味で周りの人から思われるような人に。
だからちょっと、紗奈が苦手だった。早く圭を手放して欲しかった。圭ばかりが苦しんでいるのは嫌だった。自分を面白い人だと称してくれた圭が大切だからこそ、彼を愛しているくせに傷つけることを良しとする紗奈が受け入れがたかった。
好きなら身を引くべきだ。その時どれだけ辛くても。
大和はそう思っていた。
大和が紗奈を好きになったのは、紗奈が14歳のとき。
いつものように二人を見ていた。その日、紗奈は両親に呼ばれて東京に来ていた。
『この子が私たちの娘だ』
『初めまして、桜庭紗奈と申します』
紗奈は政治家や、日本の中でも有数の力を持つ会社の重役たちに挨拶していた。
『さて』
両親が横にいなくなって、紗奈は国家公安委員長に自身のカードを切っていた。
『お話ししたいことがあります』
『私にはない』
『ナイジェリア副大統領 300万ドル 米国不動産 ショーンワ商会 平壌 ケイマン諸島LLC』
その場から離れようとする彼はそこで止まった。
『何が目的だ』
『話が早くて助かりました。安心してください、知っているのは私だけ。私を殺したらその瞬間に全世界に晒しますが、今のところは秘匿されていますから』
紗奈は不敵に笑った。
『私の友人が困っているんです。あなたの助けを借りたくて』
『助け? 笑わせるな、脅しだろうこれは』
『あら、なんのことかしら』
紗奈は一枚の紙を差し出した。
『小万端のとこのアンドロイドが私の友人をケガさせたんです』
その目は怒りに燃えていた。
『違法改造アンドロイドを作った証拠を見つけて日本中に晒してください。警察と小万端が癒着していることは承知しています。そのうえで、どちらがましか考えてください』
『悪魔め』
『わるいことをして報いを受けるのは当然でしょう』
飄々と言い張る紗奈から目が離せない。
『苦しむ善人が救われる政治が私の理想です。全員が幸せになれとは思わない』
『わかってるだろう、本当の敵はお前の――――』
そこで彼は言葉を切った。
『はは、そうか。そうなんだな』
唇に人差し指を立て、紗奈は微笑む。
『逃すつもりは、そもそもないのか』
大和は、その強さに憧れ、恋に落ちた。
両親に否を突き付けられない自分とは正反対で、まぶしかった。その紗奈が弱さを見せるのは圭の前でだけだと知って、なんてお似合いなんだろうと思った。
(紗奈さんは、傷つく覚悟と、傷つける覚悟を決めている)
人付き合いをよく知らなかったから、わからなかった。
人と一緒にいるためには、傷つく覚悟と傷つける覚悟が必要だということ。
(僕には無理だ)
紗奈が手を放す方が、圭は傷つく。圭と一緒にいるには、圭が傷つくところを横で観なければいけない。それを理解したうえで現実と向き合う強さは、大和にはないものだった。
(僕はいつだって逃げてるから)
親に反抗することなんて考えたこともない。
(できるのかな)
大和は思う。
(おれ、にも)
光が差した瞬間だった。
生きる意味を、大和が初めてもった瞬間だった。
それから半年。
圭に直接的な被害が起こることはなくなった。
そして大和が動き出した。
(どうすれば、この二人を幸せにできるだろう)
宇宙空間に放り出されて1か月、大和はスペースデブリ除去のための装置の故障を整備しながら、そんなことを考えていた。
『まずは、婚約を破棄しないと』
そのためには、紗奈と圭に賭けるしかない。
(結局二人を頼ってしまうけど、大丈夫)
大和は生まれて初めて幸せを感じていた。
(ブラックホールに僕らの体を投じて消えよう)
きっとうまくいく。大和の成功を受けて、何年かぶりに作られた新作の時雨も、協力してくれると頷いた。自分の能力にも自信があった。
『大丈夫、俺ならできる。そして空の上から、あの二人の幸せを祈るんだ』
『お前は馬鹿か!?』
『ばっかじゃないの!?』
そう思ってたのに、奇しくも二人はそう言った。
両親に言われて圭にチョーカーを渡しに行った時、圭は全てに気づいていた。圭はチョーカーを複製し、形は同じでも能力を持たないそれを首につけ、大和から渡された方を大事にしまった。
『お前は渡せって言われただけなんだな?』
『ああ』
『了解、解析しとくよ』
圭は怒っていた。他でもない、自分自身に。だけど押し殺して、大和に笑いかけた。自責は後だと言うような笑顔だった。
『大和』
圭は大和の前に手を差し出した。なんのことかわからず困惑する大和の片手を取って、圭は無理矢理ハイタッチする。
『ありがとな』
そうして言った。
『大和がいてくれてよかった』
声が震えていた。
『生きるのを諦めないでくれてよかった』
大和は、もう立っているのがやっとだった。
『生きて、俺たちの前にいてくれて、ありがとう』
涙が落ちる。
圭の肩に頭を乗せて大和は泣いた。
圭はその頭を撫でた。
腕がない兄と姉に囲まれ、コマとしてしか見ない両親に囲まれた大和にとってそれは初めての体験でより泣けた。
『友達になりたいんだ』
大和は言った。
『ずっとずっと、思ってたんだ』
圭の声も掠れていた。
『当たり前だ馬鹿』
恥ずかしくて恥ずかしくて、だけどとっても幸せで大和は泣いているのか笑っているのか、自分でもよくわからなかった。
(生まれてきてよかった)
大和は思った。
『そのお前が消える云々は、言いたいことと思考回路がどうなってそうなったかはわかるよ』
友人はそう言いながらチョーカーの解析を進める。
『だけどまぁ、紗奈に怒られろ。俺も怒ってるけどさ、俺より紗奈が適任だ』
その友人の予言通り、紗奈はとっても怒っていた。
怒られているのに幸せで、大和は情緒がどうにかなりそうだった。
(ああこの人たちは)
自分の上で涙をこぼす紗奈を見て確信する。
(本気で俺に生きてて欲しいんだ)
大和には願いがあった。
友達と美味しいものを食べて、ジュースをかけたジャンケンをして、テーマパークに行って、一緒に買い物をして、映画を見て、どうでもいいことで笑いたい。
(俺も、生きていたい)
やっと気づいた。
(俺は生きていたいんだ)
自分のような怪物が生きているべきではないと思っていた。自分が生まれたせいで起きる弊害が警鐘を鳴らしていた。熱さや痛みや兄姉の死が生きていることを拒否してきた。
だけどもう、大和は知ってしまった。
紗奈とパフェを食べた。桃ヨーグルト。世界にはこんなに美味しいものがあるのだと知った。
紗奈と買い物をした。カラフルな世界は何もかもが新鮮で、歩いているだけで楽しかった。
紗奈と圭とゲームをした。誰かと命のやり取りを介さないゲームをした高揚感で眠れなかった。
世の中には、楽しくて美しいものがたくさんある。
「紗奈」
大和は言った。
「俺も生きたい」
その目は輝き、唇は弧を描いた。
「それを待ってた」
紗奈は頷いた。




