いし
さぁ、ひっくり返そう。
***
紗奈は圭の元へと向かっていた。斉藤教授を通して連絡はしてある。個室の居酒屋に斉藤教授と大和と紗奈で行くことになっていた。そこに研究室のメンバーの一人である圭が急遽くることになっても怪しさは特にない。GPSで見張られてる大和と紗奈にとっても好都合だった。
店に入ると、すでについていたらしい二人の元へと案内される。
「はは、やっぱ怒られたんだ」
圭は大和の様子を見てそう言った。
「だよな。俺も自分に対してと同じくらい怒ったもの」
自分に対して、の意味がわからず大和は首を傾げる。圭は説明を付け加えた。
「友達の地獄に気づいてあげられなかったこと」
大和は目を丸くして破顔した。
「それくらいでうれしそうにするなよ、お前にはもっといい思いしてもらうつもりなんだから!」
圭は言った。斉藤教授がそこで突っ込む。
「解析結果はでた。相手にバレずに無効化するのに時間がかかっているが、あと1ヶ月もあれば可能だろう」
それは、未来への希望。
チョーカーさえなくなれば、行動範囲はぐっと広がる。
「そこまでは俺たちがどうにかする。そこからは、協力がいるんだ」
大和は首肯した。当然、もとよりそのつもりだった。
「小鳥遊家を止めるには、まず大和たちのことを公にしなければいけない」
その通りだった。だから、大和はブラックホールに吸い込まれて、跡形もなく消え去ろうと思っていたのだ。
大和たちが生きている限り、そのDNAが悪用される未来が消えない。悪用される前に、自分のDNA情報を消すには、研究データを消すだけでは足りない。そもそも大和が生きている限り、その危険性は無くならないのだ。
「俺たちの研究テーマは知ってるか?」
その肉体がある限り、その命を奪うべきだと日本中が叫ぶことは必至。
「脳の、デジタル化……?」
斎藤教授は資料として持ち寄っていたらしき紙をテーブルに広げた。
「ああ。お前が憂いなく生きるための手段として思いつくのがこれしか今はない。ずっと隠れて生きることとこれの二択」
「大和だけじゃなくて大和の兄弟全員の脳をデジタル化することで、一緒にデジタル世界で生きることができるようになると思う」
圭が付け加える。身体的機能から言葉を話せないだけで大和の兄弟の知能は相当に高い。彼らが人間らしく生きることをも、圭たちは可能にしたかった。
「ただ、生身の人間で試した事例が日本にはまだない。日本では豚に試行されただけだ。人体実験が行われていた50年前の中国を含め、100あまりの成功例があるが、日本では第一号になる。それでもお前が選ぶのか、だ」
大和は、一人で幸せに生きるなんて、兄弟を見捨てるなんて、とてもできない人間だと知っていたから。
「もしお前がそれを選んで、脳のデジタル化が成功したら、体を作ってその脳をぶち込むってわけだ」
大和は一度目を伏せ、その後一人一人を順番に見た。
そうして強く頷いた。感謝に目を緩ませて。
大和にとってこれ以上ない提案だった。両親の悪事を裁けて、兄弟と生まれて初めて会話ができるようになり、大和のDNAは地球上に残らず、そして何よりずっと圭と紗奈の傍にいられる。隠れて生きることを選んだら、表舞台に出るだろう紗奈と圭に会えないことは明らかだった。そんなの、もう、生きているって言えない。この幸せを知ってしまったら、そんな未来は許容できない。
「兄弟に確かめる必要があるけれど、もともと消えるつもりだったんだ。多分、否とは言わないだろう?」
教授の言葉に大和は頭を下げた。
人として、兄弟全員で生きることができる可能性があるだけで、挑む価値があった。
「ああ。そうだと思った。早いな、決断」
「実質一択じゃないですか」と圭。
斎藤教授はその資料を指差した。それは、大和を救うための計画書。綿密に記入されたそれをみているだけで、大和は胸が熱くなる。
「圭と俺とで作ったんだが、まだ改善策があるかもしれない。その時は遠慮なくいってくれ」
大和と紗奈はその資料に目を通した。その計画は1年単位。すべてを成功させるためには、全員が最善を尽くす必要があった。
「チョーカーを破壊して、脳をデジタル化させるのが第一段階ね。そのあとは宇宙船をジャックして、小鳥遊兄弟を全員ブラックホールまで連れて行って、その間私と機械でできた大和で婚約破棄する?」
紗奈は息をのんだ。
「なかなかな計画ね。前半はいいとして後半が半端じゃないわ」
宇宙船をジャックするのが最難関のミッションだと言っていいだろう。けれど紗奈には不可能だとは思えなかった。
「なるほどね。これは私の役割だわ」
紗奈はコンタクトレンズから宇宙船打ち上げを計画している民間企業のデータを表示させた。その数5000。生き残りをかけて宇宙船生産に乗り出す工場は多い。
「これは私がどうにかするしかないわね。計画は――――どうせなら、ド派手に行きましょう」
紗奈は手に持った紙を机にたたきつけた。
「2099年から2100年になるときの年越しパーティーは例年よりも大規模になるはずよ」
圭はすでに演算を始めた。斎藤教授は鼻から息を強く吐いた。
「実行日はその日にしましょう」
斎藤教授は大和に向き直り、計画の細部を詰める。
「じゃあ俺と圭は、俺たちにできることをするしかないな。お雨、兄弟をあの部屋から脱出させることはできるか?」
いまだチョーカーをつけていて返事ができない大和を見て、圭は斎藤教授を遮った。
「大和の両親は俺と時雨以外に興味がない?」
大和は首を縦に動かした。斎藤教授は面倒だと目を細めた。
「兄弟への対応は大和と時雨に一任している?」
圭の予想は間違っていなかったようだ。
「チョーカーさえなくなれば、脱出させることはできると思う?」
首を動かした大和を見て、圭は勝利を確信する。
「おーけー、兄弟の分は問題ないね」
「大和と時雨ちゃんの分は、私が間に入ればどうにかなると思うわ。私が大和とデートする名目なら、あの両親は外出を許可するもの。あとはGPSをずらすだけ。それは圭ができるでしょ」
「ああ、まかせろ」
圭は親指を立てて軽く笑った。
「そうと決まれば、はやく動き出さないとな。脳を完全にデジタルに移行するには半年がかかる。脳のデータは膨大だからだ。それに、実践するのは初めてなうえ、ただの人間じゃないレベルに進化した頭脳を持つ奴らが相手だ。長めに見積もっていたがいいだろ」
「大和は知ってるかもしれないけど、大和の脳を移行させるためには脳を開いて中に機械を入れないといけない。右脳と左脳で別々にするから、2回手術がいる。体が強い大和たちは耐えられると思うけれど、一応頭に入れていてほしい」
「協力してくれる病院を見繕いましょう。あてはある。パワハラと不倫を隠蔽した最上病院の委員長を脅すわ」
「さすが紗奈」
「カードは多いに越したことはないもの。あとは監視カメラのデータを圭が消す」
「りょーかい」
斎藤教授はため息を吐いた。
「あんたたちが犯罪者じゃなくてよかったよ」
「人聞きの悪いことを」
大和はくすくすと笑い声を漏らした。楽しかった。うれしかった。生きているって思った。斎藤教授は手を一度叩いて話を切る。
「まぁ今は、とにかく食おうぜ。そんで楽しいことを考えよう」
ビールが一杯とジンジャーエールが三杯。枝豆とフライドチキンとお好み焼き、イカの塩辛に冷ややっこが並ぶ。
大和にとっては初めてみるメニュー。圭の薦めでフライドチキンを喰み、舌鼓を打った。
「うまっ」
「だろ?俺これめっちゃ好きなんだよな」
「週5で食べてるのよこの人。止めてやって」
「大和は俺の味方だよな!?」
スクリーンの向こう側でずっと見ていた二人と、こんなふうに笑い合えるなんて、大和は思っていなかった。
「ははははは」
「どっちだよ!」
そんな三人を斉藤教授は微笑んでみる。
(こうしてみると、年相応だな)
実験の末に生まれた怪物にも、日本のトップを手中に収める人間にも、秘密組織のメンバーにも見えない。
(これが、あるべき未来なんだろう)
どうでもいいことで駄弁って、たまに喧嘩して、すぐに仲直りして、恋なんかにも落ちちゃったりして。
「お前らさ、」
教授は枝豆の皮を捨てながら言ってのけた。
「決行日までは後1年とちょっとあるんだ。チョーカーを壊して脳の手術を終えたらさ、毎日研究所に行かないと行けない道理はない」
新しい枝豆に手を伸ばす。何を言うのだろうと三人はフライドチキンを食べるのを一時中断した。
「だからそれまでに見てこいよ」
教授は、知って欲しかった。彼らはまだ20に満たない子供で、世界大戦を事前に防ぐなんて面倒ごとを背負わせるのは気が引けた。
「お前らが守った世界がどんなに美しいかをさ」
アメリカとインド、南アフリカ、EU、強国たちが宇宙資源を狙っては日々工作を繰り返している。ミネルヴァの一員として、彼らの日本への干渉を何度か阻んだ。
大和の事例と違って、解決策は未だ見つからない。
斉藤教授には、小鳥遊家がどうして実験をするハメになったのか、わかる気がした。
【武器を使用すると世界が滅びる】可能性から、世界は戦争を避けようと動いている。武器の抑止力。それの不安定さは皆が承知している。いつ、たった一人の狂人が、戦争を始めるかもわからない。その時に人民の安全を守りたかったのだろう。
(もしものときに備えてってのは、わからなくはないが)
だけど、それを許容することはできない。大和のような人間が量産されたら、それこそ本当に抑止力は消える。戦争が始まる。
死ねないというのは、なかなかに終わっている。大和の心の傷を思うと、それを実用化に踏み切ることがいい手だとは言えない。オーバーテクノロジーは人を滅ぼす。生きてはいても、人間らしさを失ってしまう。
教授は目の前でどこに行こうかと笑い合う彼らを見つめた。
「やっぱり日本を一周する?」
「自転車じゃないなら賛成」
「俺は屋久島いってみたい」
「鳥取砂丘も行きたいよな」
「ご当地グルメも食べたいよね」
人間らしい笑みを浮かべる大和に、視界が滲む。
「多分一緒なら、どこだって楽しい」
大和の笑みを見て、全員が計画の成功を強く願った。




