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第168話 チヨのカフェ二号店、オープン! 前編

 十一月後半。


 某県某市の商業地区にあるファッションビル。

 その四階。若者向けハイブランドと、古着屋の間に、白いボードで覆われた空きテナント区画があった。


 満月家の母親、チヨは一応のヘルメットを装着し、ボードの一面に設けられたドアを開けてくぐる。


 まだほのかに除菌薬臭の漂うライトブラウンの床材、間接照明に迫るほどの光沢を湛えた新品の調理器具、カサカサ質感のビニールに覆われたテーブルと椅子。せわしなく動き回る作業員の方々。


 ここは二週間後にオープン予定の『ベーカリーカフェ・ミツキ』の二号店。

 チヨは、あと少しで開店の産声を上げるだろう店舗の完成具合に、顔をほころばせた。


「ご満悦のようですね、社長さん」

 と、スーツ姿の女性がやけに姿勢を低くして近づいてきた。頭にはチヨと同じ簡易的なヘルメット、フラワーホールには金色の社章バッチが輝いている。


 チヨはその女性と同じくらい低姿勢になる。

「ええ、まさかこんなすぐに二号店を展開できるとは……って噛み締めていました、ロスイ社長」


 相手の名前は、飯島ロスイ。

 チヨの会社の親にあたる『満月コーポレーション』の社長である。


 どうして『満月』チヨの方が親会社の『満月』コーポレーションの社長じゃないのかは、紆余曲折ありすぎるのでここでも割愛する。


「メニューとかは……一号店と同じだから心配はないね?」


「はい、あちらでも例のパンの耳揚げたヤツは思いの外好評ですから」


「だったね。じゃあやっぱり、今回は前ほど不安になっていたりしないですよね、チヨさん」


「はい、前(※第59話参照)よりかは気持ちは軽いです。不安要素はゼロではないですが」


「へえ、で、今回は何があります?」


「前回(※第59話参照)みたいに初日にスタッフが来ないかどうかという不安です」


 するとロスイは腹を抱えて笑い始めた。

 ソファを抱えて側を通りかかった作業員に舌打ちされた瞬間に、ロスイは姿勢を戻す。

「それは心配ないわよ。この前(※第59話参照)みたいに求人サイトは不備起こしてないし。

 なんなら二ヶ月前から面接して採用してたでしょう、チヨさん」


「ええ、そうですね。なら今回は大丈夫でしょう……」

 チヨは周りに不快感を抱かれないように、控えめに声を出した。

 ただし胸の内では笑っていない。ビジネスマンに油断は禁物だと、あちこちで教わってきたから。それと、社長二人して立派なフラグを立てるフリをしているような予感がしたからだ。


 十三日後――ベーカリーカフェ・ミツキ二号店、オープン前日の土曜日。

 満月家二階の中部屋にて。


「ごめんみんな、ちょっと二号店の方、手伝ってくれない!?」

 チヨは自分の娘たちの内の四人に頭を下げた。


 トツカは気だるげにイヤホンを外して尋ねる。

「いきなり何があったんですか?」


「明日、あたしの二個目のお店がオープンすることは知ってるよね?」


 ネロアはうんとうなづく。

「知っています。頑張ってください、お母さん」


「うんありがとネロア……何だけど、初日からとんでもなく頑張らないといけない事態になっちゃってね」


 ワノはスマホのアンケートアプリに視線を落としたまま、

「ああ、前(※第59話ですよ)みたいに従業員が来れなくなったとかスか?」


「そう!」と、チヨは大声で反応する。「今回はインフルとか、急用が入ってたとか、他のバイトとダブったとかバリエーション豊富に言われて……ものの見事にオープニングスタッフが全員来れなくなったんだ」


「ベタな……フリオチ……」

 イバラは一瞬、チヨに視線を送ったあと、机のノートに集中する。


「ということで四人には明日、二号店で手伝ってくれないかな?」


 ここでワノが挙手する。

「すみません。時給いくらですか?」


「悪いんだけど、家のお手伝いっていう体でやってもらうから、そういう給与面の話はややこしくなるんで……」


 するとワノは、隣の部屋に面する壁にワノは張り付き、ドンドン音を叩いて鳴らしながら、叫ぶ。

「助けてーっス、サバ姐! アタイら母さんに、学校で禁止されてるバイトをやらされそうになってるっスよー!」


 その必死さをチヨは、イバラ、トツカは冷ややかに見る。

「そのサバキも渋々気味だけど、手伝ってくれたからね……まあ、何も無しってのも流石にマズイから、後々お小遣い的な形で何か渡すから……

 とにかく母親の仕事を守るために、お願い」


「わかったっス……それ相応の額をお願いしまっスよ……」


「ありがと。あ、他の三人はいいよね?」


「はい、僕も手伝えます」

「やりかた……おしえて……なんとか……」

「俺も、断る理由ないですから」


「ほんっとごめん。じゃあ明日はよろしくね」

 チヨは手を勢いよく合わせて、改めて四人にお願いした。


 ここでイバラは手を挙げた。

「ひとつだけ……さきにしつもん……」


「ん、なになにイバラ?」


「どうして……わたしたちに……ピコリおねえちゃんとか……よばないの……」


「ピコリとかコーリンたちは前(※もちろん第59話)にやってたからね。二度もこんなトラブルに巻き込むわけにはいかないから」


 さらにトツカが質問する。

「あの、こんな馬鹿なこと聞くのもなんですけど、母さんの店って、ベーカリーカフェ・ミツキでしたよね?」


「うん、そうだけど……何かそれにまつわる心配事でも?」


「ベーカリーカフェって、パン屋と何が違うんですか? 最近のパン屋もコーヒーとそれ飲むためのテーブルを置いていたりしますけど」


「……そういうパン屋より、さらにカフェに近づけたとこ、みたいな?」



 翌日の七時頃。


 チヨと、ネロア、ワノ、イバラ、トツカの五人はファッションビルの関係者入口から、本日オープンするテナントへ行く。


 時たまに寄っては、トレンドを司る爽やかな雰囲気に、軽く羨望の眼差しを向けたくなるようなところではあるこのビル。

 それでもいざバッグヤードを歩いてみると、あちこち簡素な塗装の壁ばかり。ここまではいかなる施設でも手を回すわけにはいかないのだろうと、姉妹四人はしみじみ思った。


 それはそれとして、四人はテナントに着くなり、

「じゃあまずはお掃除からお願い。イバラは調理場とレジ周りを、他三人は売り場をよろしく」


「母さんはどこに行くんです?」


「あたしはまた搬入口に戻って、物資運んでくるから。そういう手続きとかはあたしがしないとダメだろうし」


「わかりました。お気をつけて」


 四人はチヨが関係者用の扉に入っていくのを見送ってから、作業に取り掛かる。


 トツカは布巾を手に取り、テーブル一つ一つを丁寧に拭いていく。その中でたびたび、トツカは最低限だけ口を開けてあくびを漏らす。


 すると側でモップ掛けをしていたワノが目を吊り上げてやってくる。

「おいコラそこー、なーに眠たそうに仕事してるんスか!」


 トツカはテーブルに両手を置いたまま、首だけワノへ送って、

「ん、ああ、すみません、ねーさん。五時半起きだったものでつい」


「まだお客様も誰もいないからマシだったっスけど、客前で絶対に気を抜くんじゃないっスよ。トツカ!」

 この瞬間、ワノ言葉の節々には、聞かされると血流が加速するほどの熱さがこもっていた。


 トツカは無意識に背筋を正して、完全にワノへ向いて、

「はい、失礼しました!」


「それでよろしいっス!」


 そして数秒遅れて、トツカは我に返る。

「……なんかワノねーさん、今日はやけに気合入ってますね」


「当たり前っスよ。アタイの経歴をお忘れっスか」

 ワノは元いた異世界で、スーパーマーケット業でのし上がっていた過去を持つ。

 食品をお客様に売るということにおいては、スーパーもカフェも変わりない。

 故に、ワノは今日のお手伝いにおいて、キチンとしたプライドを持って取り組もうとしているのだった。


「そういやそうでした……俺はてっきり、報酬アップのために、母さんに媚びているのかと思ってた」


「正直それもあるっス」


「なら安心した」


 同じ頃、ネロアとイバラは、キッチンにいた。

 レジから奥まったところにある、オーブンなどの調理機器が集結したエリアの掃除をしている。

 つい先日、メーカーから設置してもらったもののため、目立った汚れなどはないが、やるに越したことはないので、念入りに掃除していた。


 イバラはオーブン内部の消毒をしながら思う。 自分は、前にいた異世界で、表向きには料理人として暮らしていた。

 そこでは添え物としての簡易的なパンは焼いていたが、アップルパイやクロワッサンなどの複雑なパンは作ったことがなかった。それ専門の店ではないからだ。


 今日こうしてお手伝いを頼まれたのは、イバラにとってやぶさかではない。

 ここで料理のレパートリーを増やせれば、きっとピコリなどの姉妹に喜んでもらえるに違いないからだ……


「ただいまー」


 このテナントに、チヨが台車を押して戻ってきた。

 台車は段ボール箱が二つ載っており、それらには『要冷凍』の表示のシールが貼ってある。

 

 チヨはそれをレジ裏まで運搬して、調理スペースの台に置いた。


 ネロアがレジ横の商品棚から戻って来る。

「これは、まさしくパンの原料でしょうか」


「そうそう。これをここで焼いてお出しするの」


 二人一緒に、チヨが箱を開けるさまを覗く。イバラはああした複雑なパンが、どういう構造になっているかということについても期待しながら……


「これを指示書通りの設定でオーブンに入れておくだけだから、すぐ出来るよ」


 イバラは口をぽかーんと開けた。

 既に生地と中身が組み込まれた、後は焼くだけの状態のアップルパイが、薄いプラ容器に梱包されて出てきたのだ。


「ここまで完成してるのですか……それはそうですよね。ここで一から生地をこねていたりしたら、お客様を並ばせてしまいますから」


「……それはそう……それはそう……」

 と、イバラは自分にブツブツと言い聞かせた。


 

 開店四十分前。


 一通り掃除を終えた後、開店してすぐパンをオーブンにセット。

 イバラは死んだ魚のような目をしてオレンジ色の内部を覗いている。


 その様子をチヨは、初稼働故の誤作動が起こらないように監視していると勝手に仮定して、レジの調整作業をしていた。他の三人はそこに近づく。


「すいません母さん、これからのアタイらの役割分担ってどうするっスか?」


「それ言おうとしてたの。ちょっと待ってて、これ一通り終わってからちゃんとする……てか」


「「「てか???」」」


「三人はオーブン見ないんだね? 前(※そう、第59話)の時は仕事ほっぽって、ピコリ以外の五人がゴチャゴチャに集まって見にきてたのに」


「そうなのですか。僕はまず仕事を優先したほうがいいと思いまして」

「アタイもっス。あと、見飽きてるので」

「俺も、別にパン膨らむのに興味ないんで……」


「潔いね貴方たち」

 そう話している間に、レジのセッティングが完了した。

 オーブンでもアップルパイ第一陣が焼き上がり、イバラもレジ付近に呼び出す。


「じゃあこれからの作戦会議ね。パンのメイン調理担当はイバラね」


「おまかせ……あれ……」


「で、他の三人はここに待機して、飲み物頼まれたら作るとか、お皿洗いとか、店内掃除とか、その時の状況に応じて動いて。はい、これで作戦会議終わり」


「ものの数言で終わりましたね、母さん」


「あれ、レジは誰が担当するんスか?」


「基本はアタシ。多分、開店に携わってくれた人が寄ってくると思うから、その時は誰かにお願いする」


「そうスか。わかったっス。アタイはレジ打ちとか慣れてるんで、いざってときはどうぞ」

 ワノは自信満々にガッツポーズを取り、二の腕を何度も叩く。


「……」

 するとチヨは、じっとワノを見つめて黙りこくる。


「……?」

「……」

「……」

 周りの三人も、空気を合わせて黙る。


「……」

 ワノもまた何も言えず、執拗に二の腕を叩き続ける。


「……」


「……あの、お母様。着服なんてするわけないっスよ、アタイ」


「……ごめん、ものすごく疑ってて。まあ、帳簿照合すれば何してもバレるようにしてるけど」


「一セリフ内でムジュンしてるっスよ、母さん」


 残りの三十分間、四人は接客用のフレーズを言う練習を繰り返し、最後の準備を行った。


 そしてデジタルレジの隅にある時計の表示が、『一〇:〇〇』――ベーカリーカフェ・ミツキ二号店と、ファッションビルそのものの開店時間に変わる。


「「「「「いらっしゃいませ!!!!!!」」」」」

 満月家は早速、揃って元気よく挨拶した。



 三十分後。


「……客来ねぇな」


「そうね……」


 改めて記しておく。

 今日はチヨの会社『ベーカリーカフェ・ミツキ』の二号店の開店日。

 諸々事情があってネロア、ワノ、イバラ、トツカはオープニングスタッフになり、早朝から大急ぎでチヨの手伝いをした……のだが、客が来る気配がまるでない。


 なので開店からずっと、五人はレジカウンター裏のスペースで暇を持て余していた。


「これじゃあ俺たちが早朝から準備した意味がまるでない……」


「パンも……やきたてホカホカ……なのに……」


「まさか前(※第60話参照)とおんなじ出だしになるとは……」

 チヨもガランとしたテナント内の風景に肩をすくめる。


 接客販売としての矜持を持ったワノも、かかとを上げ下げする無駄な動きをし始めた。


「なんでこんなヒマになるんスかね……立地的にはいいところなんスけど。休日っスし」


 ネロアは束ねたストローの紙袋を全て表向きにしつつ、答えてみる。

「この辺りには他社のカフェも多いですからね。ここに来るまでの道中、マップアプリを見てみたら、最大手のクライマックスコーヒーも、ここから徒歩五分圏内に四店舗もありましたよ」


「なんか至るところにあるイメージはあったっスけど、具体的に数出されると萎えるっスねこれ」


「そういえば……いまのチベタイーノ……なんだろ……」


「チベタイーノ……そういや最近飲んでないっスね。今何やってましたっけ? 十二月なんでクリスマスにちなんだものだった記憶があるっスけど。まだ前半だから、単に冬っぽいものだった気が……」


「僕は覚えてます。クリスマスカラーを意識して、『シソ梅干しチベタイーノ』でした」


「それ……ふざけすぎ……」


 突然、チヨが大きく咳払いする。

「退屈過ぎるのはあたしも同感だけど……せめて同業他社の話題はやめてほしいかな……なんか、縁起悪い」


「「すみません」っス」……」


 三人がペコリと会釈程度で謝った。

 途端にトツカが半目のまま言う。

「ところであの……チベタイーノって何ですか? 俺、クライマックスコーヒーなんてキラキラしたとこ行くと灰になりそうなんで行ったことないんですけど……」


「いやまずそこからぁ、トツカ!?」

 チヨは参考資料として、不本意ながらクライマックスコーヒーの公式サイトをスマホで開く。

 すると最初の画面で赤と緑のツートンカラーの飲み物――シソ梅干しチベタイーノの商品イメージ画像がドンと君臨した。


 チヨは顔全部を引きつらせながら、そっとトツカに画面を見せる

「……こういう飲み物。ぶっちゃけシェイクみたいなもの」


「うわ……こんなオシャレな飲み物、俺買えません……」


「ああそう」


 これだけ無駄話をしても、まだ客は来ない。

 隣接するテナントの服屋には、冷やかし程度ではあるが、まばらにも人が行き来しているのに。


「本当にどうしてお客様に関心を示してくださらないのでしょうか……」


「コーヒーのあじ……わるいの……?」


 イバラは後ろのコーヒーマシンに手を伸ばす振りをした。


「やめてよー、イバラ。どのお客さんよりも早く売り物飲むとか……お!?」

 ここでテナントの入口を、人影一つが一直線に通過した。


 すかさず満月家は、これに反応して、

「「「「「いらっしゃいませー!!!!!」」」」

 過剰ともいえるほど、元気よく挨拶した。


「威勢がいいですね。家族そろって」

 と、入店した人影……スーツ姿の青年は苦笑しながら言った。


 チヨは少し照れてから、

「ああ、野木さんでしたか……」


(だ、誰だ、この人……?)

(だれ……このひと……)

(アタイはてっきりロスイ社長が顔を出すのかと……)

 横の三人は名前を言われてもピンと来ていない。


「あ、貴方がこないだ(※こっちは第164話参照)お母さんが話していた新人社員の野木さんでしたか!」

 ネロアは速やかにもう一度礼をした。無駄なことを謎に記憶しがちな彼女らしい反応である。


「ご家庭にも知れ渡ってましたか……はじめまして」

 野木はチヨ社長に目を合わせて、本題に移る。

「事前に連絡は行っていたかと思いますが……用事が重なっていたとのことで、僕が代理で様子を見に来ました。

 それに、僕も別の仕事の道中なので、あそこまでご丁寧に接客しなくても結構です……僕なんかに」


「そうですね、すみません。ですが、あたしはロスイさんだけでなく、野木さんたち大勢の社員や関係者一同のお陰でこの店を建てることができた。 

 という恩がありますので、娘一同全力で対応させていただきます」


 すると野木はレジカウンターに置かれた袋入りの豆に注目し始めた。

「すみません……こんなところでそんな言葉いただくと、この後の仕事に身が入らない……」


「あ、なら、ごめんなさい……」


 そして野木から一つご報告。

「本日来る予定だったスタッフ全員に再度連絡を取ったところ、明日は絶対に来る。と、何度も謝りながら言っていましたので……今日みたいに家族営業になることはないと思います」


「そうですか。ありがとうございます」


 最後に、野木はパンの棚からアップルパイを一つ手に取り、レジに代金と共に置く。

「では、僕からも陰ながら応援しています」


「はい、ありがとうございました」

 野木はイバラからテイクアウト用の袋に入れたアップルパイを受け取って、テナントを去った。


「お客様第一号が身内になるなんて、出だしとしてしまらないな」

 と、チヨはボソッとつぶやいた。

「……そう言えば前(※第60話参照だよ)もこのパターンだったなぁ」



 午前十一時を過ぎてからは、ぽつぽつと人が来てくれるようになった。

 飲み物一つとフード一つで、ノートパソコンを展開して何らかの作業に勤しむ若者が、店内のキャパの四分の一を占拠する。

 なんとなくクラマなどの他カフェから溢れた客が流れ着いたような雰囲気ではあるが、それでも、開店初日に来てくれたお客さんとして、一家五人はありがたく思った。


「パン……ぜんぜんへらない……」

 パンの用意を主業務としているイバラは、うっすらムスっとしてはいるが。


「じゃあ今のうちに、あたしたちで人工的に減らしましょうか」

 きっと正午を過ぎれば、ビルの利用客増加に応じて来客数が指数関数的に増加するはず。

 という未来を予測して、チヨは自分の財布で自分の商品を購入。娘たちをお客さんから見えない奥へ移動させて、こっそりと昼食を取らせた。


「わあ、しっかり具が詰まってて美味しいですね。このカレーパン」

「ホットドッグも、ソーセージが凝縮されてパッツパツになってる感じがしてます」

「このピザトースト、雑にケチャップだけ塗ってないっスね。何調合してるかわかんないっスけど」

「ぜんぶおいしい……さすがはおかあさんのおみせ……」


 チヨはレジに立って、不意の来店に警戒しつつ、

「まあ、厳密に言うとロスイさんの別子会社で販売している製パン事業の人気商品を、ちょっとブラッシュアップして出してるだけだから……

 パンの出来については、あたしの手柄じゃないんだけど」


「そうっスか。やっぱロスイ社長はすごいっスね。色々考えていらっしゃって、尊敬できるっス」

 と、ワノはパンの耳を揚げたもの――正式名称は小洒落て『パン耳ラスク』をつまみつつ言った。


「あ、それは開店前(※結構さかのぼって第48話参照)にあたしが発案したヤツだから、完ペキにアタシの手柄だよ」


【続く】

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