第167話 テラー・ダウン
その日は定期テストの二日目で、通常時の三時限目相当で放課後となった。
ピコリは、縁もゆかりもない住宅街を歩いていた。
数日前、学校で友達から頼まれた約束を果たすためである。
その隣には、妹のネロアがいた。
彼女は周りの家を横目で見つつ、つぶやく。
「幽霊が出る事故物件ですか……果たしてどのような不可思議なことが起こるのでしょうか」
「……こんな無理難題押し付けられた時点でだいぶ変なんだけどね」
友達に頼まれた約束とは『その友達の友達のいとこの家で、心霊現象が起こりまくってるからお祓いして欲しい』というもの。
当然、ピコリは除霊などの技術は全く持っていないので普通に断ろうとしたが、その友達は謎にピコリに全幅の信頼を置いており、『なら姉妹とかも一緒に行って貰って……』と条件をあれこれ付け足して譲歩してきた。
やがてピコリは(あなたももう取り憑かれてるんじゃないの……?)と、疑いつつも、渋々了承。
そして現在、言われたとおりに現場に向かっているのだ。
そこでネロアをチョイスしたのはというと……
「てか、あなた、死神の右腕だったんでしょ。そういうお化けとか、たんまり見てるんじゃないの?」
「それはゲームの中の話ですからね。こういった現実世界ではまだ幽霊やゾンビにあったことはありませんよ」
ネロアは物心ついた頃から異世界『アンド・ロジスティクス』にいた。
そこでは『ロジスティクス・サーガ』なるVRMMOが流行していた。
その中でネロアは度重なる激戦を乗り越えて、ゲーム内にある国の一つ、アンデッドモンスターが多いことでおなじみの『死国トードイスムカ』の長として君臨したのだった。
そんなせせこましめの経緯をピコリは思い出して……ではなく、シンプルに『死神の右腕だから心霊系強いだろ』と直感で信じて、彼女を呼んだのだ。
「そうだった。ゲームの中での話だったね。けどまあ、作者の過去作の軽いネタバレだけど、あのゲーム、実は簡易的に異世界転移して遊んでたんでしょ? ならやや現実の出来事じゃない?」
「それはそうかもしれませんね」
「まあ、こういうウチら満月姉妹以外のファンタジー要素がないはずの世界で幽霊が出るのは珍しいけど」
余談だが、ピコリは吸血鬼のワノも、『ネロアとおんなじで、今風に言うとクラス:ナイトメアに属してそうだから強そう』と考えて、彼女も誘ってみたが、全力で抵抗された。
その中でピコリは、『そういやこのパターン、第116話でやったな』と気づき、二話も同じ味付けをすることを避けて、ワノは呼ばないことにした。
閑話休題。
ピコリとネロアは、目的の一軒家の前にたどり着いた。
無駄な装飾が少なく全体的に四角が多い、モダンな様式。周りと比べると、まあまあ新しくて、浮いている。
インターホンを押すと、一瞬で内側から扉が開いた。
「ああ、ようやく来たんだ」
中から、お高めのファッション雑誌のテンプレートのようなコーデをした、二十代後半くらいの女性が出てきた。
「ささ、中に入って。ご近所さんに聞かれるとまずいこといっぱいあるから」
二人は女性に招かれるまま、家の中に。
(うわ、袋のまんまで塩置いてる……)
そして自分ともどもタタキに立ったままの状態で、事の仔細を説明した。
ガワの名前は身バレ対策のため言えないが、彼女はそこそこ大きいバーチャルライバー事務所に属して、ライブ活動を行っている。
最近は事務所内で組んだユニットがハネたおこぼれで、おいしい思いをしているとのこと。
それで貯めたお金をより活動に専念するための投資材料とし、思い切って一軒家を探したところ……この格安物件にして事故物件を買ったのだという。
「別に私はそういうの信じないタイプだったんだけど、まさかマジでこんなこと起こりまくるとは……本当に毎日しんどいんだよね」
「心霊現象が起こりまくって、配信がままならないのですね」
「そうそう! 一番はヒヤヒヤするとこがイヤなんだけど、こっちが頑張ってリアクション作りながらゲームしてるのに、コメ欄がみんなそっちばっか気にしてて!
で、それを私のいとこに愚痴ってみたら、何故かその友達の友達にまで話がいってて……で、来てくれたんだよね、除霊士さん?」
女性が目を輝かせて二人を見てきた。
「いや、別にウチはそうでも……」と、ピコリは思わず言葉が滞る。
「左様。僕が全ての幽魔を調伏せし暗黒の騎士……満月ネロアだ!」一方のネロアは自信満々に芝居がかって言い切った。
ピコリは他二人に見えないように、一瞬顔をしかめた。
(また始まった……ネロアの謎キャラ付け、中二病モードが)
「おお! なんかよくわかんないけど頼もしー!」
ところが思いの外、女性はますます信頼を強めた。白熱電球からLEDに取り替えたくらい、目のキラキラが増している。
そして女性は、玄関に置いていたリュックを背負い、
「それじゃあ私は今から外で時間つぶして来るので、あとはお願いします! なるべくプライバシーとか仕事のものには触らないように!」
「あ、はい、わかりました……連絡とかは、あなたのいとこの友達の友達から頂いてるメッセージアプリのリンクからでいいですか?」
「はい! じゃあ良い結果、期待してまーす!」
戻ってきた時にはライブに専念できることを確信して、女性は玄関の扉を閉めて出ていった。足音の軽やかさが、より彼女の期待とこれまでのストレスを感じさせた。
「……もしウチらが悪質なファンとかだったらどうするつもりなんだろうね」
「一月でも幽魔の宮で座せていたのだ。それなりの胆力はあると僕は見識している」
「あとそのスイッチ急に入れないで、ネロア」
「はい、すみません」
「……すぐ切れるのもなんかなぁ……」
二人はまず、床に上がってすぐのところにあるドアを開けてみる。
ローテーブルにソファ、その前の壁にテレビ。
恐らくリビングとして割り当てられた部屋のようだ。
わざわざ『恐らく』と言葉を足したのは、あちこちにファンからの差し入れや、通販で取り揃えた仕事道具の残骸と思しき段ボール箱が無造作に積まれていて、倉庫にも見えなくないからである。
「……お祓いより先に片付け業者を呼んだほうがよくない?」
「まあまあ、ここは関係ないですからここは」
「だといいけど。こういうのが邪気の温床になってないといいけど」
二人はこのリビング(仮)を一通り見渡し、
「どう、いた?」
「いません」
「ウチも見つけられなかった。まあ、幽霊らしく透明になってるかもだけど」
「僕も、この世界の幽霊は視認できるかわかりませんから……気をつけなければ」
ピコリとネロアは、ここから導線が確保されている次の部屋へ行く。
こちらはキッチンのようだ。今度はインスタント食品のカラが詰まったゴミ袋があちこちに転がっている。
ピコリは足元に転がっていたゴミ袋を、部屋の隅に優しく投げてから、
「これもう、家にいて嬉しくない生き物の仕業じゃないの!?」
ネロアはなだめるように言った。
「ですが、ピコリお姉さんのお友達は『家電が勝手に動く』という話もしていたそうですよね。
ネズミやゴキブリが家電のスイッチを入れられるでしょうか……」
「ウチ、読者に配慮してぼかして言ったのに、はっきり種族名言わないでよー!」
相変わらず、幽霊が発見できるかまだ自信がないが、二人はキッチンのゴミを全て角に集めつつ、くまなく探す。
その最中、異変が起こった。
パチン。と、思い切り音を立てて、シンクの作業台に置かれていた湯沸かしポットが起動したのだ。
「うわ! まさかマジで出てくるなんて! しかももう!?」
ネロアは何も言わず、虚空(ネロアの世界風に言うと、アイテムボックス)から剣を引き抜き、中段で構え、神経を尖らせる。
「まだこの部屋からあまり離れていない。たとえ見えない敵としても、何か予兆があるはず……」
「そ、そだね!」
二人は背中を合わせて、部屋の中央に陣取り、最大級に警戒を強めた。
湯沸かしポットが沸騰を完了すると、パチンと電源が切れる音がした。そこで、その予兆がやってきた。
リビングの方から、カップ麺が浮いてやってきたのだ。
ネロアはいち早く察知し、そこへ剣先を向ける。
「あそこです、お姉さん!」
「おわあっ!」
「ええっ!?」
ピコリが驚きつつ、そちらへ向くと、フタを開けたカップ麺を持ったまま、開いた口が塞がらなくなっているサラリーマンが立っていた。
その足は……実にわかりやすく、膝から下が透けている。
「ま、まずい……生きてる人間に見られたあああ!?」
サラリーマンはカップ麺を投げ捨て、リビングへと逃げ出した。
ネロアは結果飛んできたカップ麺を斬り捨て、
「待ってください!」
直ちに幽霊を追いかける。
サラリーマンはリビングを抜けて、廊下を全力で進んだ。
ネロアも廊下を駆ける。
途中途中、部屋に通じるわけでもなく、ただ廊下をぶつ切りにするドアがいくつも設けられていた。
幽霊はすり抜けられるが、生きてる人間はこれを開けないといけない。
この僅かな手間で、ネロアは相手との距離をじわじわ離されていた。
体感でドアとドアの間隔分の距離を離されたところで、ネロアは幽霊を取り逃がしてしまう覚悟をした。
だが彼女は最後まで諦めず、前へ進み続ける。
そして、通算五個目のドアノブに手をかけた瞬間、
「「びゃあああ!!??」」
と、向こう側から叫び声がした。
ネロアがその鉄扉を開けると、そこにはさっきのサラリーマンと、骸骨を模した図柄のTシャツを着た赤髪の青年が向かい合い、目を見開いていた。その青年の足もまた、膝から下が透明であった。
「「ぎゃあああ、幽霊ぃぃーッッ!!??」」
「どっちもでしょうが!」
と、ネロアに追いつきたてのピコリは、盛大にツッコんだ。
ネロアは剣を構えつつ、この部屋を隅々まで見る。
あの明るい雰囲気の外観の中にあるとは思えない、六面全てコンクリートで覆われた部屋だった。
長らく使われていなかったらしく、空気までもがほこりっぽい。
この殺風景な部屋の数少ない彩りとして、ファイヤーパターンで塗装されたV字のエレキギターが、壁に立てて置かれていた。
「え、あなたも幽霊なんですか?」
「おうよ。さてはおっさんも幽霊?」
「はい。いやあ、まさか一つの家に私以外の幽霊がいるなんて思いもしませんでした」
「本当にそうだよ! てか、なんで気づかなかったんですかお二人さん!?」
「私は長らくここで寝泊まりしてますが、この部屋の存在を初めて知りました……」と、サラリーマンの幽霊は
「俺は、元々アパートが建っていたときに住んでた部屋の位置がここだったから、昼間にここ帰って練習してるんだ。相棒と一緒にな」
と、青年は壁際に立てかけていたギターを手に取りつつ言った。
「で、夜は駅前に出張って演奏してるわけ……どいつもこいつもせかせかしてるか、飲んだくれてるかでまともに聴いてくれねえけど」
「なるほど。貴方はアーティストの幽霊なのですね」
青年は片足で床を強く踏みつけ、コンクリートの部屋に音を響かせる。
「違う! アーティストなんて澄ました呼び方すんな! 俺は硬派にバンドマンとしてやってるんだからよ!」
「はい、失礼しました……」
(今どき、そういうの気にする音楽家っていないよね……ギターのデザインといい格好といい、この人、古い世代の幽霊だな)
たとえ幽霊でも、見かけで判断するのはよくない。ピコリはある程度の友好を見せるため、些細ながら質問してみる。
「ちなみにどういうジャンルの音楽をやってらっしゃるんですか?」
「いい質問だな! 俺は伝統を大事にしてメタルをやってるぜ! しかも温故知新って言葉に倣って、フォークソングの要素も積極的に取り入れてるんだ! 最近の路上バンドの連中は大衆に媚びたようなシャレた曲ばっか作ってるけどよ……」
(メチャメチャ時代遅れじゃん……さては生前、ストリートライブ全盛期にメタルやってたんじゃないのこの人)
いつになく、過去に異世界で音楽経験をしていたことが活きているピコリであった。
この異常事態で散らかった場をまとめる。その始めの合図のようにネロアは両手を叩いていう。
「とまあ、幽霊同士が同じ家で暮らしていたという奇跡を喜びたいところではあるでしょうが……」
「別に言うほど喜んではないですけどね……なんというか、今まで何も気づかず寝泊まりしていたことが怖くなってきました」
「俺もだ。そういう悲劇性じゃなくて、俺は音楽のパワーだけで売れたい」
「……今のこの家の主の方が、貴方たちが起こしてしまった心霊現象に悩まされているのです。なので今後は控えていただけないでしょうか」
「できることなら、もっと人気のないところに」
「うーん、なかなか居心地のいいところだったのですが……生前の癖でカップラーメンを盗み食いしないようにしますので、そこをなんとか」
「この部屋だけは勘弁してくれ! ここは俺の思い出の場所なんだ! 一軒家に建て変わってもな! ていうか!?」
「「ていうか!?」」
「俺も心霊現象に悩まされてるんだよ!」
壁をすり抜けて部屋に入るのも風情がない。という理由で、このバンドマンの幽霊は、キチンと廊下と玄関を通って家を出入りしていた。
その道中、彼は度々二階からドタドタ足音が鳴り響くのを耳にするのだと言う。
家の主が上で何かしているのではと思ったものの、彼女はほぼほぼ一階で生活しているため、それはありえない。
「確かめたいのは山々だけどよ……やっぱり怖いだろ、出たら」
「私も度々聞きます。怖いですよねあれ……」
「幽霊としての自覚があるんだかないんだか……」と、ピコリが小声でぼやく中、ネロアは再び剣を取る。
「では二階も見てみましょうか。ひょっとすると三人目がいらっしゃるかもしれませんので。いざという時は、僕が守りますから」
「おお、頼もしいですね貴方!」
「わかった! 俺たちの家を守ってくれよ!」
「正確にはあの中の人の家なんだけどね……」
というわけで四人は玄関付近に戻り、そこにある階段を登った。幅が広く、横にはレールのようなデザインの手すりがある、登りやすい階段だった。
しかし、バンドマンの証言の通り、あの女性は二階にはあまりいかないらしく、床がうっすらとホコリで白く覆われていた。
ドアが二つあり、一行はまず階段から近い方を開けてみる。
引越し業者に向けた、中身の大まかな内容がマーカーペンで書かれた段ボール箱が、無造作に置かれている。ここは今度こそ倉庫のようだ。
「さては引越しした時から開けてないんじゃこれ……」
四人がかりで捜索してみるも、ここには他の幽霊はいなかった。
「ここは違うか」
「となると、もしやもう片方の部屋にいるのでは?」
「どうでしょうかね、お二人さん。外出している可能性もありえますが……」
「けどさっきからありえない展開が続いてるからなー……」
と、ピコリがつぶやいた瞬間、もう一方の部屋からドタドタと床を踏み鳴らす音がした。
「こういうテンポを優先したベタ振りで発動する状況の一変とか」
「間違いなく件の異音ですね。すぐ参りましょう!」
ネロアは我先にと剣を携えて、もう一方の部屋に突入する。
「イェ〜イ! フィーバーフィーバー!」
その部屋には段ボールすらなく、実際の面積よりも空間が広々と感じられた。
部屋の天井中央に元からあるライトのすぐ下に、ミラーボールが文字通り浮いている。
そしてその下で、ドキツイ蛍光ピンクのボディコンを着た女性が、一心不乱に踊っていた。
幽霊らしからぬ明るいムードに、思わずポカーンとするネロア。
「「いやああ、お化けだあああ!!??」」
その様子を廊下から見た幽霊二人は、お互いに抱きつき合い、全身の震えを抑えようとした。
そして、ネロアの横からピコリは飛び出て、
「どんだけジェネレーション幅広いんだよこの家の幽霊さあ!」
この後、二人はこのバブリー幽霊に必要な話を聞いた。
いちいち正確にツッコんでられないので、ざっとまとめる。
彼女は未だにバブル期のウハウハが忘れられずに幽霊となり、ここで踊りまくっていたのだという。
ちなみに、バブルの頃、ここは彼女の夫が保有していた土地であったという。その残り香が彼女をここに惹きつけた……らしい。
「アタシは年がら年中踊ってるから、土曜日しか踊れないトラボルタなんかヨユーのヨッチャンで倒せるわよ〜! イエーイ!」
「最近のトラボルタはあんま踊ってないけどね。B級アクションか飛行機操縦のどっちかばっかで」
そしてネロアは、彼女だけでなくサラリーマンとバンドマンを一列に並べた。
「とまあ……」
「何が『とまあ』なのよネロア」
「貴方の事情はよくわかりました。ですが、ここには仕事熱心な方が暮らしているのです。せめて彼女を困らせないようにしていただけないかと……」
「ええー、けどここだとよりずっと踊れるというかー。それにもうディスコなんてどこにもないしー」
「それとここは俺の思い出の地!」
「私も、別に彼女を困らせたくて困らせているわけではないので……」
と、三人の幽霊は解答を渋る。
するとネロアは剣を取り出して、真顔で訴える。
「僕はこれまでに様々な幽霊を見てきましたが、貴方がたのような無自覚な方々は珍しいです。
僕は全ての幽魔と死霊を統べし盟主でもある。その僕に、至極無用な恥をかかせてないでいただけないだろうか!
汝らがこれ以上の悪行を希うというのなれば、此の剣が三身分の露を生むぞ!」
「一台詞内でもスイッチ切り替わるの!?」
「「「ヒィィ、すみませえええん!!!」」」
三人は床を透過して腰まで埋まり、そこから背中を曲げて頭を床にくっつけた。幽霊式の土下座である。
「解せばよろしい。わかってくれればいいのですよ」
「せめてもっとシームレスに変えてくれない?」
これにて一件落着……とは、二人はまだ思えなかった。
二度あることは三度ある。なら四度目もワンチャンあるかもしれない。
念のため、ピコリとネロアは、まだ見ていない部屋もチェックすることにした。
幽霊三人もなんとなくついてくる。
一階に降りて、二人はリビングの出入口と反対側にあるドアを開けてみる。
ここのど真ん中には、白い箱が堂々と鎮座していた。配信者向けの屋内設置式の防音室だ。
この部屋は主にとってのオフィスであるためか、これまでの傾向と比べると、逆に違和感を覚えるほど片付いていた。
そのためか、幽霊はいなかった。
「そう言えばお風呂見てないよね?」
「ですね。しかしプライベートに関わるようなところは見るなと……」
「別に今なら誰もいないからいいでしょ。それにわざわざ作者がウチにこれを言及させたってことは、きっとそこにも幽霊いるんでしょ」
というメタ読みをして、ピコリ一行はお風呂場のすりガラス戸を開ける。
御名答。脱衣場に入った時点でボソボソと誰かの声がしていた。
最初は床にある意味深なハッチに耳を当ててみるも、そこからは何も聞こえない。
ならば浴室しかないだろう。
「たまにはお姉さんとして、いいとこ見させてくださいな」
「はい、わかりましたピコリお姉さん……僕の剣、貸しましょうか」
「いい」
ピコリはさっさと事を片付けるため、素早く意を決してドアを開く。
「七まぁい、八まぁい、九まぁい……一枚足りなぁい……」
そこには洗い場に立ってうつむき、手元でお皿を九枚出現させては消し、を繰り返す、着物姿の女性の幽霊がいた。
「この方はもしや……番町皿屋敷のお菊では?」
「いやそういうタイプの幽霊もいるの!?」
「八まぁい、九まぁい……やっぱり一枚足りなぁい……」
無駄だろうとは思いつつも、ピコリはその幽霊の側に行って、
「あの、すみません……今の時代なら、凝ったお皿も百円前後で買えるんで、そっちあたってみたらどうです?」
「一枚だけ柄が違うと『人数分確保するためにコイツ緊急でこしらえて来たんだな』って嘲笑われるから行きたくなぁい……」
「じゃあいっそ全部紙皿にしてしまえ!」
「屋内パーティーで『紙皿を使うと洗い物したくないんだな』ってガサツ扱いされるから使いたくなぁい……」
「じゃあもういいよ! けどここのお風呂場にいるのはやめてもらえます!」
「ピコリお姉さんの言うとおりですよ。それに番町皿屋敷のお菊は井戸に現れるはずなのに……」
「最近の建物は言わずもがな、キャンプ場にすら井戸がないから、形状が似てるお風呂に出るしかなぁい……」
「頑固な幽霊だね貴方!」
この後、ピコリとネロアは説得に次ぐ説得によって、近くの駅のホームにある機能していない水飲み場近辺に出てもらうように頼んだ。
この家で四体の幽霊を見つけた。
ただ、どうせなら五体いたほうがキリが良くなるだろう。と、二人は薄々思い始めて、さらに家の中を見てまわることにした。
幽霊四体に手伝ってもらうだけでなく、ネロアのモンスター召喚スキルでスケルトンを召喚し、
「「「「ほわああああ!!!! が、骸骨ぅぅぅぅ!!!!????」」」」
「だから貴方たちも同族なんだからいちいち驚かないでくれます!?」
細かいところもくまなく探す。
と、一体のスケルトンが、階段下の収納の壁に、隠し扉が仕込まれていることを発見した。
隠し扉には取っ手やドアノブの類が無く、代わりに板面中央に、三つの多角形のくぼみがある。
そこでネロアは改めてスケルトンに命令し、
「「「「ほわああああ!!!! が、骸骨ぅぅぅぅ!!!!????」」」」
「ついさっきも同じリアクションしてましたよねぇ!?」
家のあちこちにあった宝石三つを持ってきてもらった。
それらをくぼみにはめると、隠し扉はウィーンと音を立てて降下した。
音のメカニカルさに反して、扉の先には、ベニヤ板で通路を簡単に補強した、地下行きの石造りの階段があった。
一行はそこを慎重に降っていく。
やがてピコリとネロアのスマホライトは、階段末端を照らした。
元の赤塗りが見えなくなるほど大量のお札が貼られた、人一人分しか通れない高さの小ぶりな鳥居が地面に突き刺さっている。
「なんか両面宿儺がいるとこみたい……」
「駅前でたまに見る違法駐輪自転車のような鳥居ですね」
「ものすごく味気ない例えだね、ネロア」
一同は恐る恐る鳥居に潜った。
荒く削られた岩肌の壁が、いつの間にか灯っていた蝋燭でほのかに照らされている。
奥の壁際には、拝殿らしき簡素な造形ながら計算されたように木が組まれた建物があった。
その中央で、鎧武者が座禅を組んでいた。
その髪は前頭〜頭頂部の白さに反して、他の部分が乱雑に伸び放題。具足はあちこちが欠けたり矢がささったまま。典型的な落ち武者であった。
ピコリとネロアたちがそこへより近づくと、落ち武者はカッと目を見開く。
「誰じゃあ……拙者邪魔する慮外者はあ……!」
そして建物から出て、すぐ目の前の位置へと立った。その間、落ち武者は足を動かしていない。元々透けて見えなくなっているからだ。
「「「「ぎょわああああ!!!! お、お化けぇぇぇぇ!!!!」」」」
後ろの幽霊四人にツッコむのも飽きてきたので、ピコリは落ち武者へ平然として謝った。
「はい、すみませんでした」
「はい、すみませんでした。とは何であるか! 貴様は何をしたのかわかっておるのか!?」
「だって何したのかわかってないですもの……!」
ここでネロアは聞いてみる。
「あの、失礼を承知で……貴方は一体どちら様でしょうか?」
すると落ち武者はわずかに後ろへ下がった。
「なっ……この源益広を知らぬというのかァ!?」
「源……?」
「益広……?」
二人は傾げた首を戻したあと、そちらを後ろに回す。
背後にいた四人の幽霊は片手を横に振った。
「時代的に知っていそうなお菊様も知らないのですね……」
「うーん、ウチも源頼朝とか義経とかならわかるけど」
「そのような輩と一緒にするでないわ!」
と、益広が謎のタイミングでキレた。
「拙者はあのような田舎武者とは格が違う! 拙者は由緒正しく朝廷とも緊密な関係であった、醍醐源氏の生まれであるぞ!」
「だ、醍醐源氏……ネロア、知ってる?」
「い、いえ……河内源氏なら教科書で見た……」
「だから左様な田舎武者の血と一緒にするでないわ!」
このままではただ益広がキレ散らかすだけで、話が進みそうにない。
なのでピコリは『醍醐源氏』というワードを理解すべく、スマホで音声通話をかけてみる。
『おーい、急にどうしたピコリー』
「あ、お疲れ様です、コーリン姉さん。今本当に変なこと聞くけどいい? 醍醐源氏って何?」
『ダイゴゲンジ? 河内源氏みたいな氏族の話か?』
「そう、たぶんそう。ウチ源氏と平家くらいしか知らないから……それにもう一個付け足されてなんのこっちゃってなってさ……」
『まあ、一般的に日本史で学ぶのはそれくらいだからな。
わかった、じゃあオレからここで一つ解説を入れてやる。
まず前提として、源氏も平家もそうだが、大体の武家は、身分を離れた皇家の皇子とかがルーツになっているんだ。
で、そういう身分を離れた皇子はだいたい「源」と「平」っていう姓を与えられがちなんだ。
ちなみにだが源氏物語の光源氏は、そうい名前じゃなくて、「輝いて見える皇子様」程度の意味なんだ』
「へえ。だから鎌倉時代のお侍さんって、源と平ばっかりってこと?」
『そうだ。だいたいの武士は、そこの末裔を名乗ってるんだ。
オレにはこんな偉大なご先祖様がいるんだぞ! って周りにアピールして、実力を示すためにな。
それで成功したのが、源頼朝とかの河内源氏と、平清盛とかの桓武平氏ってことだ』
「ふうん。じゃあ醍醐源氏はどういう一族なの」
『ざっくりぶっちゃけると、言うほどすごくないぞ。
院政期はまあまあいい身分につけてたらしいが、それからは存在感が薄くなってったらしいぞ。
まぁ、皇子が身分を降ろされるのは、朝廷の懐事情とかが多い。で、降ろされた皇子の分だけ武家が乱立してたからな。
なんならそこを利用して、地方の有力者が無理くり家系図をこじつけして箔付けに使ってた例も少なくないぞ』
「あっそう。わかった。じゃあね……だってよ?」
ピコリとコーリンの音声通話を一通り聞き終えた益広は、踵を返し、ヨロヨロとさっきまで坐禅していた建物の柱に片腕をついて、
「そりゃそうだろう……でなければ落ち武者狩りにあわんよな……」
ガッツリ落ち込んでいた。
そこへネロアがやってきて、彼の肩に手をポンと置く……ような位置で腕の角度を固定する。
「まあまあ、血筋の良し悪し関係なく、貴方は武士として戦ったのですから、それだけで十分立派なことだと思いますよ……」
「……壇ノ浦ほどの規模のない戦で、いの一番にしゃしゃり出て敗走したのだが……そのねぎらい感謝するぞ……」
益広が立ち直ったところで、ピコリは改めて本業に取り組む。
「あの、ここの家の主が、あなたたちが知らず知らずのうちに起こしている心霊現象に悩まされてるんです。
多分あなたも何かしらやらかしてると思うので……どこか別なところに行ってくれませんか?」
「ううむ、拙者は大したことはしておらぬが……霊として目覚めた頃からかれこれ八百年ほど、武芸を磨いたり、座禅で霊気を高めているだけだが……最近は邪魔にならぬよう、六年前ほどに作られたこの地下の部屋で行っておるぞ」
「だとするとあなたは後者がよくないですね。 ウチのほんわか解釈ですけど、その霊気を高めてることで、ここ自体が幽霊的においしいスポットになっているのかと思います。
できれば山とか本当の神社みたいなとこでやったほうがいいんじゃ……」
「ならぬ! なぜなら拙者は武士としての務めを果たさねばならぬのだ!」
「武士としての務め……幽霊になっても果たさねばならぬことととは一体どんなことでしょうか?」
ネロアの問いに、益広は堂々と答える。
「鬼退治である! これは拙者の勘であるが……この土地には何やら拙者よりも古い時代に敗れた鬼がどこかに身を潜めて眠っている。そして奴は再び目覚めて世を乱す機会を常に伺っておる。
拙者はそれに立ち向かうために、力を蓄えておったのだ」
「それこそ源頼光の酒呑童子退治のようにですか?」
「左様! 奴こそがこの地を呪う元凶に違いない! もし奴を見つけて成敗できれば、余は心置き無く成仏できよう」
やっとこさラスボスの姿が見えてきた。
この幽霊集合住宅の問題を晴らすべく、ネロアはすぐに決心した。
「でしたら、僕も手助けいたします! 悪い鬼を倒しましょう!」
「それはありがたいが、奴は拙者の宿敵であるから……」
「でしたら、場所だけでもお伝えできればと思いますが?」
「場所……?」
*
ピコリとネロアと幽霊五人は、家の裏庭に来た。
「さっきスケルトンさんたちを放って隅々を調べたところ、このようなものを見つけたようです……」
ネロアは、苔むした土を掘り返したところに、横倒しで眠っていた石祠を指し示す。
「うわ、いかにもなんか封印されてそうなオブジェ。で、これはどうやって……」
「おのれぇぇぇ! 拙者の八百年の義憤を食らって、地獄の底まで埋まるがよいわぁぁぁ!」
見つけてからわずか四十秒。益広は得物の斧を思い切り振り落とした。
その衝撃で石祠はせんべいのように木っ端微塵に砕け散る。と、その砂埃に混じって、青紫色の不気味な煙が立ち上る。
そして七人の前に、禍々しい青鬼の生首と、鋭い爪を生やした両手が浮かび上がった。
「誰じゃア……この馬喰童子の眠りを妨げる愚か者はァ……!」
「「「「「ぬおおおっっっっっ!!!!! 本物の鬼だぁぁぁぁぁ!!!!!?????」」」」」
サラリーマン、バンドマン、バブリー、お菊、益広ら五人の幽霊は恐れおののき、無意識に抱き合って固まった。
「うん、鬼だね。というより、デスタムーア?」
ピコリは早く終わってくれないかなぁ。と思いながら、その姿を真顔で見上げていた。
そしてネロアは、かつての死神の右腕時代を彷彿させる、威風に満ちた姿で剣を構えていた。
「馬喰童子か……僕の記憶に刻まれたぞ。そして貴方の邪悪な存在を、そのまま墓標に無機質に影写してくれよう!」
馬喰童子は浮いた手を叩き、余裕綽々に笑う。
「面白いことを言うな……小娘が……我輩はそういう愚か者の血をすすりたかったのだァァァ!」
そして両手をそれぞれで握り、ネロアへ飛ばしてきた。
それをネロアは得物の剣をフルスイングして、弾き飛ばす。馬喰童子は地面にめり込んだ。
すかさず、ネロアは生首へと踏み出す……だが。
「あだっ! ああ、いたぁいよぉ……!」
剣で叩かれた両手の痛みと、弾かれた両手が顔面に命中した痛みに耐えきれず、埋まった土にダラダラ涙を流し続けた。
「よ、よっわぁ……え、これ騙し討ちのつもりだよね? あなた鬼だからまだやれるよね?」
馬喰童子は顔を土に埋めたまま、嗚咽混じりに語った。
「うう、オラもう無理だぁ……オラ生きてたころはちょっとヤンチャな盗賊の頭だったんじゃあ……
なのにいきなりやってきたお侍が鬼退治だとか意気揚々に言ってオラのこと斬り殺してきたんじゃあ……
そこを意識して鬼みたいな見た目で化けて出てきたんじゃが……やっぱオラダメだぁ……参ったぁ!」
ピコリは思わず大声で一言。
「ここまで御大層に引っ張っておいて……なっさけなぁ!」
「ちなみにですが、酒呑童子や両面宿儺のような鬼神とか妖怪は、元は政府に反発する人間の大悪党で、その討伐を正当化するために、わざと悪意を込めて怪物化して文献に残されることが多いそうですよ」
「でもって急に補足するのやめて、ネロア!」
益広は執拗に自分の目を擦ったあと、泣きじゃくる馬喰童子の側まで足を運び、
「……い、一時はどうなるかと思ったが、こうしておおよそ八百年の努力の成果が実を結んでよかった……ありがとう、神様、仏様」
「それとネロア様もつけてよ。見つけたとこから倒すまで結局一括でやらせちゃってるんだから」
*
この後、六人の霊たちのうち、五人は現世に無理にとどまらず、あの世で暮らすことを選んで、天へ昇っていった。
唯一現世に残ったのはバンドマンの幽霊で、彼は音楽の夢を追い続けるため、どこかの小規模なライブハウスへ引っ越すことにしたという。
ちなみに心底どうでもいい余談だが、数日経って、そこで結果聞くことになった現代の音楽の進化と、自分の時代遅れさに絶望して、結局彼も成仏したらしい。
何がともあれ、これにてこの事故物件の除霊は完了した。
「ほんとうにありがとうございます〜! もしよければ事務所に掛け合って、オンラインイベントのチケット送りますんで、お楽しみに〜!」
「ありがとうございます。これからもライバーとしてのご活躍、陰ながら応援しておきます!」
「ウチからも、応援してます……」
(本当は『掃除しろ』っていいたいけど、変な空気で終わらせたくないからだまっとこ……)
気がつくと空はもう茜色になりかけていた。
そう言えば今日の午前中はテストがあったことを思い出しつつ、二人は駅まで歩いていく。
「今日は濃密な一日でしたね、ピコリお姉さん」
「うん、本当に情報量が多くて、どこからどこまでツッコめばいいかわからなかった。
今更だけどあの家、不気味な構造だったし。
あれ絶対、今流行りの間取りミステリー要素もやりたかったけど、作者がホラー苦手だから知識なくて諦めた名残だよね……」
そして駅のすぐ前にたどり着いたとき、
「あれ、ピコリ、ネロア? ここで何してるの?」
そこにはスーツ姿の桃色髪の女性が立って、キョトンとしていた。
ネロアは嬉々として、小走りでそちらへ行った。
「お疲れ様です、お母さん! 僕たちはちょっと友達の家に遊びに行ってました。こんなところで会えるとは奇遇ですね!」
「あたしは新店舗オープンための大人の話し合いのために外出ててたんだ。まさかここで会えるとは思わなかったね!」
二人がちょっとしたラッキーに興奮する中、ピコリはその場に留まったまま、ボソッとつぶやく。
「こういうホラー回のラストなら、既に同行してた人が『みんなここで何してるの?』って言ってくるパターンがメジャーだと思うんだけどね……」
【完】




