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第162話 どういうセンスしてるのこれ?

 とある日の夜。

 満月チヨはお風呂を出て、パジャマ姿でリビングに戻る。

 出入口の戸を開けたところで、チヨはその場で一瞬固まった。

 チヨの娘たち十人全員、この部屋のあちこちでプリントとにらめっこしていたのである。


 夕食時のようにダイニングテーブル(+面積を増やすための折りたたみテーブル)を囲んでいるわけではないが、それでも就寝前の自由時間に、全員がここで同じことをしているのは、思いの外チヨの記憶になかった。

 数歩進み、後ろ手で戸を閉め、廊下の寒い空気をシャットアウトする。そしてチヨは周りへまとめて聞く。


「ねえみんな、一緒になって何してるの?」


 ダイニングテーブルの一席に座っているルシェヌが、母親の方へ首を回して答える。

「見ての通り、宿題やってるのじゃ」


「宿題かあ。どんなの? みんなでおんなじタイミングで取り掛かるってことは、結構面倒だったりするの?」


 こちらはソファに座っていたマジナが答えた。

「まあ、面倒といえば面倒だね……私たちにとっては」

 隣に座るコーリンが続けて言う。

「多分他の奴らだったらちょっと恥ずかしいくらいですぐ終わるんだと思うんだけどな、これ」


「え、恥ずかしい? どういう宿題なの?」


 ソファ前のローテーブルの側に、クッションを挟んで床に座っているネロアが答えた。

「道徳の授業で、親への感謝の気持ちを再確認するために、自分の名前の由来を聞いて欲しい。という宿題が出たんです。しかし……」


「しかし……?」


 ダイニングチェアに座っているユノスは、首を傾げながら言った。

「ボクたちの名前……いったいどういうこと考えてつけられたんだろうね? って、みんなで悩んでるの」


「おおい貴様ら! 全部アタシに説明させるのじゃ! 細切れに台詞奪うななのじゃ!」


 チヨは明確に「ああ〜」と発音するほどうなった。

 確かにそうだ。周りの家庭ならば、自分の名前の由来なんて、思春期特有の気恥ずかしささえ乗り越えられればなんとかなる。

 けど、この十人にとってはそう楽にいかない。


 今回は第162話という半端な話数を読むからには、多少なりとも本作のあらすじをご理解いただけているかと思われるが……そういう驕りが今後の私の評価に響いてくると思うので……ここで一つ解説を入れるとしよう。


 満月姉妹の十人は、チヨとは血縁関係にない。

 彼女のかつての婚約者が、十人もの女性と浮気して、それぞれで作ってしまった子供を引き取っているのだ。

 十一股野郎か、騙された女性のどちらがやったのか、今となっては確認する術はないが、全員既に今の名前をつけられていた。

 女性たちに押し付けられた後は、とにかく親として育てることに集中していた。だから、由来はもちろん、変な名前だなんて一度も考えてなかった。だから……


「言われてみたらそうだ。どういうセンスしてるのこれ?」


 十人はそれぞれの言葉で、チヨに共感した。


 ダイニングにいる三人目。サバキがふと疑問に思う。

「これは自分の記憶が確かならという話だが……

 最初に再会した自分たち六人とは、異世界に行く前にもう今の名前がついていたが、ネロア殿、ワノ殿、イバラ殿、トツカ殿は、物心ついた時から異世界に行っていたのだろう?

 なら、四人に関しては、あちら側で何らかの由来がある名前がついていたということではないか?」


 ネロアとローテーブルを挟んだ向かいで、クッションを尻に敷いていたワノは、首を振る。

「半端に覚えないでくださいっス。アタイが異世界に転生したのは中学の頃っス。

 だからアタイのワノという名前は、あのクソ親から頂いちまってるっス。

 ……まあ、その後行った異世界で、小洒落た名前貰ってたスけど」


 チヨが尋ねる。

「それはどういう名前?」


「『ワノンドロラ・ポルナヤルゥナ』って言うっス。まあ、これ元の世界の名前を引きずったやつだろうスけどね。アタイの異世界は意味をよく考えず、偉大な先人から拝借して命名する文化でもありましたっスし」


「そうなんだね。で、他の三人は?」


 まず、トツカがダイニングテーブルの三席目から、

「俺もクソ親のせいで『トツカ』って名前をつけられました。どちらかと言えば名字によくある音のはずなんですけどね。あと、一時期使ってた『松永充』っていう名前は……これまた嫌な事情で名乗らされてたんで、もう忘れたくもあります」


 次に、キッチンの作業台で一人ポツーンといたイバラから、

「わたしは……『イバライャ・マヒナピハ』……まえのせかいでなまえがあった……いまはちぢめてイバラ……まえのはエルフのふるい……いみききそびれたことば……」


 そしてネロア、

「僕は『ネロア・ルォーナピアナ』という名前を名乗ってました……ゲーム『ロジスティクス・サーガ』内で」


「じゃああっちの現実世界ではどういう名前だったの?」


「田中ネロアです。物心ついたころから孤児園にいたので、その由来はわかりません。お役に立てずすみません」


「ものすごく落差のある名前してるわね、ネロア……」


 細かいところを聞いてわかった。

 十人全員、まともな名前の由来を持っていない。

 だからチヨは、親として当然のことをすると決めた。

 と、その前にもう一つだけ質問する。

「ちなみにだけど、この宿題っていつまで?」


 ルシェヌが目一杯手を挙げて、ハキハキと答えた。

「次の道徳の授業までじゃ! つまり来週じゃぞい!」


「わかった。じゃあ最悪それまでにはなんとか、あたしがいい感じの理由を考えておくから、あんまり悩まないでね、みんな」


 それを聞いた途端、十人はそれぞれの言動で、目の前のプリントが放つ重圧から解放された喜ぶ姿を見せた。

 これにつられてチヨは、親として十人に頼られているという別の喜びを得られた。


「本当にお願いします、母さん。住人全員大変でしょうけど頑張って!」

 と、ピコリはテレビの側からぼやいた。

 彼女は謎にテレビ台を机代わりにしていたのだ……どうでもいい情報だが。



 翌日。チヨはいつも通り出勤した。

 中堅菓子メーカー『満月コーポレーション』の本社ビル……に入居する子会社、『ベーカリーカフェ・ミツキ』。ここがチヨの職場である。

 ものすごく複雑な経緯(※第28〜32話)があるのでそこは大胆に割愛するが、チヨはこの子会社の社長として活躍している。

 数ヶ月前に開店した一号店は好調であり、二号店の出店計画も順調に進んでいる。

 今のチヨはその計画関係の業務で忙しいが、脳内の稼働領域の二割は、娘たちの名前の由来の創作に回した。

 昼休みでは、社内売店で買ってきたサンドイッチの味を楽しむことに二割、名前の由来の創作に八割を使った。


 チヨはデスクに標準搭載されているブロックメモを一枚取り、娘たち全員の名前を書く。

 なんとなくボールペンの先が向いたのはサバキの文字。


(サバキだけは一見するとわかりやすくて良い意味の名前だと思うんだけどなぁ。

 ただ、あまりにも考えてない雰囲気も否めない……)

 

 チヨはボールペンの先を少し上にずらす。マジナの文字に当たった。

(逆に考えすぎていて名前としてどうなのってなったのが、マジナだよね……これ、『まじない』とかから取ったんじゃないよね?)

 ここでふとメモを見て、チヨは気づく。


「ところで、どうしてあたしたちみんな、下の名前はカタカナなんだろう……あたしみたいに『千代』とか漢字に変換できる人でもみんなカタカナになってるけど……?」

 チヨは目を瞑って真剣に深く考えたものの、段々と宇宙誕生の瞬間や、自分が死んだあとの世界の状態を思うように、求めれば戻れないような場所にまで意識が飛んでしまいそうな気がしたので、ブンブン首を振ってキャンセルした。


 それからチヨは、昼休みを無駄なく娘たちのために使った。

 さらにグループ会社全体の会議の参加中、二号店の工事現場の進捗確認……午後の仕事の中でも、娘たちの名前について考えた(本業に集中するため、二割程度ではあるが)。


 スマホが使える暇があれば、メモアプリに思いついたネタを残しておく。

 こうしてチヨは地道な努力と創作を積み重ねていき……宿題の件から三日後。チヨはリビングに全員を集結させた。


「こういう解決するシーンって、だいたいギリギリの日時に行うのがベタじゃないのかな?」


「早いほうが気持ち的に楽でしょ、ピコリ。手直しとかもあるかもしれないし」


「それもそうだね。じゃあお母さんの好きな順で発表して下さい」

 十人がそれぞれプリントを持って構える中、チヨはメモアプリを見る。

(一番自信のあるアイデアから先に発表したほうが、士気的にいいから……これにしよう)


「じゃあまず、コーリンから。私が思うに、光みたいに輝かしくて、常に凛として素敵であって欲しい。略して光凛コーリンってことじゃないかな?」


「おお、まさしくそれっぽい理由だな! うっしゃすぐ書こう……」

 

 コーリンは側のダイニングテーブルにプリントを置いて、シャープペンを走らせる。

 ピコリはその姿を横目で捉えつつ、思う。

(まあ、コーリン姉さんは料理しやすい文字列だからね。結構既存のキャラにも使われてた名前だし)


 次にチヨはトツカに向く。

「トツカは、日本神話に十拳剣(とつかのつるぎ、漢字は十束だったり十握だったりする)っていうのがあって、たびたび神様を助ける便利アイテムになってたらしいの。

 ヤマタノオロチの首を斬り落とすときの天羽々斬ってのもこの一種らしいの。

 だから、そういう大勢の人の救いになる人になって欲しいっていう意味でつけられたんだと思うよ」


「……元の漢字だと『十華』って書いていたのですが……そっちのほうが深い意味でいいと思います……ありがとうございます、母さん」

 と、トツカは文字が増えるに連れ、声量を落としながら言った。


 続いてチヨは、ネロアの名前の由来を話す。

「ネロアは有名なローマ皇帝の『ネロ』から取ったと考えている。

 世間一般だと暴君として知られているけど、それは対立している元老院からとかの悪評のせいであって、市民には人気があったらしいの。

 だからネロアにも、周りになんでもかんでも流されずに、慕われるべき人に慕われて欲しい。っていう意味だと思う」


 これを聞き終えたあと、ネロアは尋ねる。

「ちなみに『ア』の部分はどういうことでしょうか?」


「さあ……語感を整えるためじゃない?」


 四人目に選んだのはイバラだった。

「ノイバラは刺々しい意味があるけど、お花は可愛らしいから、そっちのイメージでつけたんだと思う。あと、花言葉は『上品な美しさ』とか『才能』とかいい意味が多いの」


 イバラはプリントを両手で持ったまま、黙りこくった。


「……あれ、納得いってないの、イバラ?」


「いや……なんでもない……なんかおかあさん……ベタだな……って……」


(確かに。ずっと名前を検索エンジンに打って調べたときに出た、関連ワードか派生から考えてたような……)

 と、ピコリは母親の名誉のため、心の中でつぶやいた。


 一方、イバラから指摘されたチヨは、口をつぐみ、バツが悪そうに頬をかいた。


 発表が進むにつれ、リビングには『感嘆』と『困惑』と『諦め』がマーブル模様のように混ざり合った、いやーな空気が漂い始めていた。

 それをチヨは全力で無視して、話を続ける。


「……はい、じゃあここからテンポ上げて行きます。

 サバキは、直球で『善悪の判断が出来る人』になって欲しいって意味。

 ワノは、『誰とでも付き合える和の心』を持ってほしいって願いを込めてるはず。

 ルシェヌは、フランス語で樫の木を意味する言葉から取ってると思う。強靭で長寿な樫の木のイメージを重ねて。

 ユノスは、土佐弁で柚子のことをいうらしい。そのままユズってするのも何だから、ちょっとひねったんだろうね」


「言葉通り、手短にまとめ始めるとは思わなんだ」

「なんかあんま深いこと考えてないっスね」

「真に悪いのはお母さんじゃなくて、アタシたちの名前をつけた奴らなのじゃがな……なんかちょっと悲しくなるのじゃ」

「どうしてよりによって土佐弁なんだろうボク……生みの親が高知県出身だったのかな?」


 残すはマジナとピコリ……チヨ的にはこれまでの八人以上に、創作の出来に自信がなかった。

 けれども二人を悲しませたくないし、それぞれの担任の先生を怒らせたくもない。

 チヨはちょっと勇気を出して喋る。


「それど、お次はマジナ。普通に変換すると『呪』ってなるけど、これは人名的にありえないと思う。

 だから、あたしとしては、真の剣に、ちょうどいいナって読む漢字のどれかで……『真剣那』ってなるんじゃないかな?」


 マジナ……だけでなく、ここにいる全員(言ったチヨも含む)は、しばらくキョトンとした。

 これではテンポを損なうので、マジナはコメントする。

「……なんだい母さん、その品のない不良みたいな当て字は?」


「わかってます。はい、正直これぐらい発想をかっ飛ばさないと思いつかなかったんです。はい。

 意味は何事も真剣にやれってことです。このことを考えてたあたしみたいにね、はい」


「そのオチも一緒に考えていたのかい? 母さん」


「……正解」


「まあいいよ。ちなみに私は、魔法使いみたいなイメージを持たせたかったと考えてたよ」


「じゃあそっちでもいいよ別に」


 そしていよいよラスト一人……チヨはピコリと向き合う。

「母さん、絶対難しかったでしょウチの名前は」


「ええ、パ行が入る日本人名なんて古今無双だっただろうからね……正直、何度もハーフって設定にしようとしたよあたし」


「実際母親サイドがそうかもしれないけどね……はてさて、じゃあ、発表をお願いします、母さん」


「わかりました……あなたのピコリという名前は……」

 チヨはゆっくりとまぶたを閉じる。

 デケデケデケデケ……と、ピコリは脳内でBGMを鳴らす。

 そしてチヨはかっと目を見開いて、

「新時代の名前を作ろうと実験してた!」

 と、投げやり気味に言った。


 ピコリは無意識に母さんへ拍手を送った。

「でしょうねえ! こんなアホが考えるような名前にまともな名前なんてないでしょうからねぇ!」

 そしてピコリも、姉妹たちがこぞってプリントを埋めているダイニングテーブルに合流する。


 その姿を見つつ、チヨは落ちるようにソファに座り込んだ。

「ああ、疲れた……! 本当にあたしが娘を産んだときくらい悩んだかも。いや、それは舐めてるよね絶対……」


 こうして、満月姉妹十人は次の道徳の授業まで焦らずに済んだ。

 ちなみに、宿題のプリントはただ回収されて、後日、先生の適当なハンコを押されて返された。

 クラスのみんなに発表するとか、気の利いたコメントが書かれるとか、そういった結果らしいものもなかった。


【完】

【おまけ】


本編ではチヨが必死に捏造していましたが、作者としては、以下の由来があります。


全員、共通して変な名前なのは、生まれの悪さを表現するためと、読者にも否が応でも覚えさせるためです。


コーリン:毛利元就の娘『五龍局ごりゅうのつぼね』のもじり。四聖獣の中心とされる『黄龍』あるいは『麒麟』のダブルミーニング

マジナ:そのまんま呪

サバキ:そのまんま裁

ピコリ:音楽ジャンルのエレクトロニクス・ハードコアの俗称『ピコリーモ』から。思いついた時は我ながら『こいつヤバい』と感じた

ユノス:柚子の学名Citrus junos。それと私の好きな漫画『Citrus』へのリスペクトを込めて

ネロア:ネロ×ベロア生地

ワノ:電子マネー『WAON』のアナグラム

イバラ:そのまんま茨

トツカ:十拳剣。あえて名字っぽい響きにしたのが私なりのユーモア

ルシェヌ:アルカンシェルの後半部分。使える魔法属性の多彩さを虹に例えた


なお、母親のチヨは、そこそこ前に私が連載していたクソおもんなかった小説の、一番練り込みが甘かったクソ登場人物から拝借しています。

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