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かんざし



 その日の夕方、畑から戻ったバル婆の前には、夕飯の粥とシラック、それから普段であれば決して食卓の上には置かれるはずのない藁の包みが置かれていた。


 険しい顔のバル婆を尻目に、ミトとタリオはくすくす笑いながら、祖母を食卓につかせた。


「こりゃ一体――なんの嫌がらせだい」


「いいから! 包みを開けてみて!」


 タリオはそう言いながら、すでに藁苞(わらづと)を開け始めている。


 ミトは、塩をつまんで持ってきてタリオが開けた包みの中身の上に振りかけた。


「嫌がらせなんかじゃないわ。オンじいと作った料理よ」


「オンさんとだって?」


 バル婆が、開いた包みの匂いを嗅いで、うっ、と言った。


「大人をからかうんじゃないよ! お前たち、いくらあたしが家族でもついていい嘘と駄目な嘘があることをそろそろ覚えないといけな――」


 バル婆の開いている口にミトは糸引きダルドを放り込んだ。


「ちゃんと、食べてみてから言って!」


 バル婆は手で口元を抑えていたけど、ゆっくり嚙み始める。飲み込んだ後は渋い顔で口をゆすぐようにゆっくりお湯をすすった。


 口元を指で拭って、粘る液に顔をさらにしかめている。


「美味しくなかった?」


「味は、まあ悪くない」


 ミトとタリオは、喜びの声を上げた。


「ただし! この粘るのはなんだい。――それにこの匂い! 本当の本当にオンさんと作ったのかい?」


「本当よ! オンじいに聞いてもらってもいいわよ。オンじいだって、わたしが止めないと試しにつくったのを全部食べちゃうところだったんだから。――だよね、タリオ」


「うん。おじいさんがお腹を壊したりしなかったから、大丈夫だよ!」


 バル婆は、二人を見てから、しばらくしてまたしかめっ面でダルドに箸を伸ばした。


 刻んだシラックをかけて食べ始めたのを見て、ミトはあとで自分も試そうと決めた。


「お前たちはもう食べたのかい?」


「うん。あ、おかゆに入れても美味しかったよ!」


 バル婆が帰ってきたらみんなで食べようと、タリオと一緒に準備をしていたけど、結局帰るまでに我慢ができなくて食べてしまった。


 バル婆は、粥の上に少しだけダルドとシラックを載せたものを口に運んだ。


「でも、一体なんだってこんなものを作ろうと思ったんだい。これも病気にならないためなのかい?」


「そういう訳じゃないんだけど」


 オンじいは、これが薬になるのか毒になるのか、それとも病が治るのか、そんなことは何も言わなかった。


 ただ、調理法が書いてある書を元に、食べられるかそうでないかを試してみよう、そう言ったのだ。


 でも、これを言うなら、今までしてきたその他のことも全部聞かれてしまうだろう。


 バル婆は、ミトの答えを待ちながら、かんざしで髪をまとめ直した。


「そう言えば――バル婆っていつもそのかんざし付けてるよね?」


「そうかい?」


 バル婆は、一度さしたかんざしをもう一度抜いてミトに差し出す。


 ミトは、差し出されたかんざしを受け取ってよく眺めた。話をそらすためだったけど、バル婆がいつもしているのが気になっていたのも本当だった。


 真っ黒でつやつやしていて重い。角度を変えると色んな色にきらめいて、夜の空にかかった小さな虹みたいだった。


 複雑にうねった黒い虹には、小さな白い粒が付いていて、その白い粒もよく見るとぼんやりと光っているみたいだ。


「これはなんの石?」


「さあね。これは――あたしの母さんから、あんたのおじいさんと結婚をした時にもらったものだよ。母さんも、結婚した時にその母さんからもらったんだ」


「じゃあ、わたしも大きくなって結婚する時に貰える?」


「そうだねえ。それまでもてば、お前にあげるよ」


 ミトは、バル婆にかんざしを返した。


「やった! わたし、毎日ちゃんと磨くね」


「磨くのは、あれはあたしの趣味みたいなもんさ。あたしの母さんは磨いてなかったけど、傷も汚れも付いてなかったしね」


 バル婆が苦笑して言った。ミトから受け取ったかんざしを少しだけ着物の袖で拭いてから、また白髪交じりの髪にさしなおす。


 ミトは、将来のかんざしをつけた自分を想像しようとしたけど上手く像が結ばれない。


 母さんやバル婆、それに村の大人みたいに髪をまとめるのは素敵だと思ったけど、同時にとても窮屈そうにも見えたのも本当だ。


「ふうん。でもわたし、結婚なんてできそうにもないし、したくもないけど、それでもくれる?」


 バル婆は爆笑した。


 シラックが喉につまったのかしばらくゴホゴホしてから、目に涙を溜めて、いいよ、と言ってくれた。


 タリオが二人のやり取りを見ながら、しびれを切らしたようにミトの袖を引っ張る。


「――ほら! ミトは今日の復習まだでしょ? 今のうちにやっちゃおう」


 ミトは、もう少しバル婆からかんざしの話を聞きたかったけど、タリオに叱られるのも面倒なので素直に袖を引かれるまま寝室に行った。


 タリオは、寝室の戸を閉めた。そして今日ミトが書いた文字の紙を渡してきた。居間の方を気にするように声を落としてミトに言った。


「あのまま話を続けてたら、またどうして糸引きダルドを作った、っていう話に戻ってたよ! 話を逸らすならもっと上手くやってよ」


 ミトは肩をすくめた。


 結果として上手にバル婆の質問はかわせたんだからそれで良いのだ。


「それよりあのかんざし! わたしが貰えるんだって!」


「結婚したらでしょう?」


「しなくてもくれるって言ったじゃない」


「でも、ミトがかんざししてるところなんて、想像できないね」


 タリオがくすくすと笑って言うものだから、自分でも想像できなかったけどミトは言い返した。


「失礼しちゃうわ。村で一番お金持ちと結婚してみせるんだから!」


 ミトは、自分で言っておかしくなる。


 タリオのくすくす笑いに重なって随分大きな笑い声になっていたかもしれないけど、バル婆がくる気配はなかった。


 笑いをこらえた後、ミトは大きなため息をついた。


「――お金持ちって言えばよね」


「なあに?」


「薬師様に払うお金よ。コルティス銀貨十枚が必要だって言われた話はしたでしょ?」


「うん……」


「そんな大金用意するなら、それこそお金持ちと結婚しちゃえば手っ取り早いんだけど、って思ったんだけどね」


 タリオは話の方向を見定めるように頷いた。


「でも、流石に結婚できるくらいまでは薬師様でも待ってくれないと思うのよ」


「そうかな?」


「うん、多分ね。でも、そんな大金うちにあるはずも無いじゃない」


「ミトも、もっと読み書きができるようになって代筆とか代読で稼いだら?」


 村の大人にも、ラムが読める人は沢山居ると思う。


 でも、セドラムになってきたり長い文になると、どうしても誰か文字のできる人間に頼っていたから、それもひとつの稼ぎ方として考えてはいた。


「代筆ねえ。もちろん考えたんだけど、どうしたって勉強するのに時間がかかるじゃない? それに、あんたがいるんだからわざわざわたしに頼む人が居るとも思えないし」


「じゃあどうするの?」


「色々考えたけど十の子どもに銀貨十枚も稼げるわけないのよ」


 タリオは唇に指をあてて、考え込むようにうなった。


 たまに思いついたことを言いながら、しばらく二人で文字の復習をしていたらタリオが、あっ、と声を上げた。


「なにかいい案を思いついてくれた?」


「うん! やっぱり代読で稼ごうよ!」


 ミトはがっくりと肩を下ろした。


「だから、代読の仕事がわたしに来るわけないじゃない! セドラムのセの字も教えて貰ってないんだから――無理だよ」


「違うの」


 タリオは琥珀色の大きな目をミトに向ける。


「――薬師様の書を代読したらいいんだよ」


 ミトは、はっとしたようにタリオを見た。何か大事なことを言われているのに上手く頭が繋がらなくてもどかしい。


「薬師様の」


「そう! 薬師様の書! だって、薬師様、書を取り戻しに来た時ミトに怒ったんでしょ?」


「そうよ」


「それって、読めないけど読もうとして大事にしていたものをなくしたと思って怒ったんじゃない? ――ぼくみたいに」


 ミトは口を開いて何度か頷いた。タリオはさらに話を続ける。


「それなら、もし読めないんだったら読んであげたら銀貨は払わないで済むんじゃない? それにもし――」


「もし?」


「もし、他にも読めない書があったら代読してあげたらいいじゃない」


 最後にタリオが言った言葉にミトは笑ってしまった。


 ちゃっかり自分が読みたいという希望も叶えようとするタリオに感心する。


「あんたの案――使えるかも」


「そうでしょう? それに次はぼくも連れてこいって言ってたんでしょう? それなら、その場で代読もできるし、良いじゃない!」


 タリオが書いてくれた腹痛の記録を、ミトがほとんど読めないことを知った薬師様が次は弟も連れてこいと言ったのだった。


「確かに……」


「なにか心配?」


「ううん。でも、わたしたち、勝手に薬師様の書を写してるじゃない。それを代読したら薬師様は銀貨の代わりになるどころか怒りださないかなって」


「ああ――それは」


 タリオが良い案を出してくれたと思ったけれど、考えれば考えるほど、何かが起こりそうで二人で黙ってしまった。


 もう一度、字の復習に戻りかけてミトは慌てて言った。


「でも、それさえ解決したらかなりいい案だと思うわ。――本当に」


 二人で、字の復習を終えて寝床に入る。父さんが作ってくれた寝台は本当に心地よかった。


 ミトは久しぶりに、色々なものが一気にうまくいきだしたような気がしていた。


「ダルドに銀貨でしょう。それにバル婆のかんざし……」


 タリオに聞こえないように小さく笑って、それから布団の下のテノー銅貨の袋を確認する。少しずつ、タリオが貯めてくれた大事なお金。


 しばらく考えにふけっていた。心地よい気持ちでまどろみつつ袋を撫でていたその時、久しぶりにあの感覚が来た。


 お腹をねじられるような違和感。痛いかと聞かれたら全然痛くない。


 以前はすぐおさまったのに、今回はしばらく経っても引いてくれない。


 ミトは銅貨の袋を握ったまま、藁の飛び出た天井を見つめた。


 タリオは、隣で静かに寝息を立てていた。






改稿の関係で、投稿時間が前後しそうです。


今後は昼12時くらいや、夜の9時くらいに投稿が多いかもですが、引き続き毎日更新を実施中です!

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