三日目 家宅訪問 (1)
で、三日目。
この日はもうほんとにあの、はあ……怒涛の展開だった。
休暇なのに職務よりも疲れた。
何のための休暇だよ。
「可能なら、他の方々の家に行ってみたいものです」
そんなことを最初に言い出したのは、梨乃ちゃんだった。
「まあせっかくの休暇だしな、こんな荒廃した世の中で楽しく過ごす方法なんて、そんなもんか」
「あたしの家来いよ、誰か」
「一通り巡ってみると面白そうですね」
「…………」
乗り気なみんなを余所に、どうしてこの特別休暇中に集団行動をするんだと、わたしはしばらく受け入れきれずにいた。
いや、わかっているんだ。
梨乃ちゃんにああ言われたことは、きっかけに過ぎない。
独りでの時間は退屈だと気付いたみんなが、三日目にして、早くも集合を望んだのである。
残念ながら、このわたしもだ。むしろ人間嫌いなほうの、独りでいるのが好きなわたしでさえも、この時の召集は断れなかった。
だってなんにも無いんだもん、やることが。
自宅については窓や壁が一部壊れているから、こんな三月下旬の時期では肌寒くて眠れたものではないし、その辺の宿泊施設を利用しようと思ったら余計にお金がかかってしまって遊びにくくなるし、そもそも遊ぼうにも、貪食獣の被害によって社会の全体的な機能が衰退した今の状況、ましてや長野県の今の状況では、ろくに遊びに行く宛ても無い。
買い物に行こうにも、外食に行こうにも、カラオケに行こうにも、水族館や動物園や美術館や博物館に行こうにも、営業している所がほぼ無いのだ(そもそも最初から存在してないだろという指摘はやめてもらおうか)。
まさか、その辺の野原に繰り出して野生生物の狩猟採集をしようという訳にもいくまい。わたしはそんなアウトドア派ではない。
宿泊施設内で漫画を読むくらいしかできない未来を予見して、流石に虚しくなってしまったわたしも、梨乃ちゃんからの召集に応じざるを得なかったという訳である。
結果として集まったのは、わたし・梨乃ちゃん・馬垣くん・左門さん・国栖穴さん・髭根さん・巻藁さんだった(確認のため、もう一度振り仮名を付けとく)。
御水見さんは、呼んでも来なかったらしい。
おっと、巻藁さんについては……そう言えば今まで語ってこなかったけれど、後でたっぷり説明するので、今はちょっと置いておく。
「おー、あったあった、この車だよ」
その七人で、まずは移動用の自動車を獲得するため、使える自動車があると予想された馬垣くんの家まで、徒歩で移動した。
待ち合わせ地点のスーパーマーケットまで歩いてから、更にかなりの距離を歩く羽目になったが、それでもわたし達には余裕である。
果たして、自動車は確かに健在だった。
ただしそこはアパートで、その自動車は別に馬垣くんの所有物ではなかったのだけれど、持ち主が貸してくれたのだそうだ。
という訳で、全員がその車に乗り込んだ。
運転は馬垣くんである。
「因みに、このアパートの馬垣さんの部屋は、どのような風になっているんですか?」
「いや、特にこれと言って特別なもんはねえよ。一昨日行った髭根ん家みたいな…いや、紫野は行けなかったんだったか…とにかく、何の変哲も無いアパートの一室だ」
「いいえ馬垣くん、わたしにはわかるわ。そんなこと言っておいて、本当は何か、如何わしいモノが…?」
「無えよ」
「どうしたどうした焦ってんなあ?耳が赤くなってるぜ馬垣ぃ?あたしらに見せられないけしからんモノがあんだろ?白状しろよおい」
「その悪質な嘘を即刻やめろ!別に焦ってもいねえし耳が赤らんでもいねえし、けしからん物も無えよ!」
「ごめんごめん」
冗談は程々にしておくことにした。
運転は馬垣くんなのだ。秘密を暴かれて動揺した彼に、事故を起こされては堪らない。
「でも馬垣さん、免許を持っていたんですね」
「いつ取ったんや?車を運転するなんて以外やわ」
小慣れた運転技術を披露する馬垣くんに、髭根さんと巻藁さんが話しかける。
走行中だが、7人も居れば車内はぎゅうぎゅう詰めなので、喋る以外にやることが無いのだろう。
「んにゃ、免許は持ってないけど、車の運転ができることがそんなに意外か?お前ら俺のことを、やんちゃしてそうとか何とか言ってたろ」
「……えっ?」
「あ、あの」
「今、なんて…」
運転中の馬垣くんが何気なく発した言葉が、車内の空気を凍らせた。
「ん?どうしたお前ら、静かになって。俺は今運転中だから、後ろは振り向けねえぞ。何かあるなら言えよ」
「馬垣さん、一旦停まってもらえます?」
「え?あ、ちょっと待て、今こんな砂利道を走ってっから、停まると抜け出せなくなるかも知れねえ」
「……だ、誰か免許を持っとる奴はおらんのか?誰か、ほら、なあ……」
「最初に誰もいねえって言ってたろ、だからこの中で唯一運転ができる俺が、運転してんだろうが」
「いや、まさか馬垣も含めて誰もいねえとは思わねえだろ!?『運転できる』って、免許を持ってるって意味だと思うだろ普通!?」
「法律は!?法律はどこに行ったんですか!」
一体。
一体こいつは、何を考えて…!?
いや、そうか!馬垣熔巌というこの男は、初対面の女の子の髪をいきなり指で触ってきて融かしてくるような危険人物なんだった!
やばい!忘れてた!一番運転させちゃ駄目な奴だと、もっと早く気付くべきだった!
「大丈夫だろ、なるべく事故らないようにするし、こんな世の中じゃ警察もそんなに活動できねえし、捕まる心配はそうそう無え」
「言ってることがただの犯罪者じゃねーか!」
「一旦停車してください!これは駄目です!」
「やめて!止まって!嫌だ死にたくない!」
「待って!あかんもう勘弁してぇ!」
「おわっ!?やめろお前ら!変なこと言うからカーブを曲がりにくかったじゃねえか!」
「正しいことを言ってるんですよ!….うわっ!?」
「ひぃっ!馬垣くん!荒いから!荒いから運転が!」
「遺言、書くかぁ」
「書くのは遺書でしょう!」
「助けてくれー!」
そんな地獄のような移動時間を終える頃には、わたし達は何か任務でも遂行してきたかのようにげっそりとやつれていて、目的地に到着すると、車からだらりと力無く這い出たのだった。




