六日目 近道横斜 (3)
不覚だった。
『だらだら喋って時間稼ぎをしているのかも』と想定していなかった訳ではないが、わたし達を味方に引き入れようとしているかのように、ああも詭弁を弄して説得を試みてくるものだから、途中からはその想定も揺らいでしまっていた。
しこうして、『時間稼ぎだよ』と近道が言った直後に、彼の背後から数人の男達が現れて、わたし達に銃を向けてきたのだ。
恐らく、近道はわたし達に接触する直前に、他の赤団員を電話か何かで呼び寄せていたのだろう。
自分が捕まらないようにするためなのか、わたし達を始末するためなのか、その辺の動機はわからないが……
とにかく、近道はまず他の赤団員に連絡して、足音を消して隠れながらここへ来るように指示して、その直後にわたし達の前に現れることで、他の赤団員が到着するまでの時間を稼いでいたのだと考えられる。
まあ、こんなのは、後から考えてみて思い付いただけの推察でしかないが。
男達は拳銃をこちらに向けてくるので、梨乃ちゃんはそれに反応し、さり気なくわたしの背後に回る。露骨にわたしの背に隠れる訳ではないが、いつでも隠れられるように位置取りをする。
わたしもわたしで、梨乃ちゃんの盾になりやすいように、ゆっくりと立ち位置を変えて射線を絞って……
……え?
拳銃?
「君らをどうやっても仲間に引き入れられないことなんて、最初からわかっていたよ?僕がそんなこともわからない馬鹿だとでも思ったの?本気で、君らを仲間に引き込んで取り込もうとしているとでも思ったのかい?あはは、君ら、馬鹿じゃないのか?根拠も無しに相手が馬鹿だという前提で考えてしまうのは、馬鹿な人間の特徴だよ?あまりにも蒙昧で滑稽だ」
にやけながらわたし達をごちゃごちゃと批判する近道だったが、そんなことよりも、わたしには他の男達が持っている拳銃が気になった。
今わたし達に銃口が向いている、拳銃。
「そこが、僕が啓きたかった、君らの蒙なのだよ。どうだい啓蒙された気分は?ま、答えなくても良いけどね。あはははは」
その拳銃には、見憶えがあった。
それは……その拳銃は。
「もういいよ。撃ち殺して」
———と、近道は周囲の男達に言った。
そうしてどこかへ去って行く近道を見送りもせず、拳銃を持った男達は、その指示を聞いた一秒後には一斉に発砲していた。
「ぐっ…!」
「っ!」
わたしはしっかりとした立ち方で、歯を食いしばってガードを固める。わたしの眼と背後の梨乃ちゃんを守るため、脇を締め、左右の掌で左右の眼をカバーする。
そして、背中を梨乃ちゃんに押さえてもらいながら(これじゃあいよいよ、本格的に盾だ)、全身で弾丸を受け止めた。
そうか……近道の異能は、相手の『やりたいこと・やりたくないこと』を読む能力であって、相手の心の全てを読むものではないから、わたしが《不壊》の異能を持っていることをまだ知らないんだ。
……じゃなくて。そうじゃなくて。
そんなことはどうでも良くて。
その拳銃が問題なんだよ。
撃ってきている男の数は3人だ。それ以外には包丁を持っている男も1人いるが、とにかく、拳銃を持っている男は3人いる。
つまり、3丁の拳銃がある。
それは銃身の短い、リボルバーの拳銃だった。自衛隊ではそうそう見ない、ソードオフみたいな銃身のリボルバー。
弾丸威力もマグナム弾のように高威力ということはなく、わたしが普段食らっている対貪食獣用の弾丸の痛みと比べたら生優しい。
———わたしは気付いた。
それはまさしく、警察官が使用する拳銃である。
と言うか、協力者三人組が、『我々には異能とか無いからね、念のためにね』と言って携帯していたのと、同じ物に見えた。
「ーーー!!!」
弾切れと同時に、わたしは動き出す。
「はっ!?」
「うわっ!?」
やはりわたしの異能を知らなかったらしく、全弾撃ち込まれたのに素早く動いて接近してくるわたしに対して、弾切れになった三人は激しく動揺した。
梨乃ちゃんも後に続き、わたし達二人は警棒を手に持って、決死の特攻を仕掛ける。
「バケモンがッ…!」
まずわたしが狙ったのは、弾切れを起こしている三人ではなく、包丁を持つ男だった。
包丁はやばい。梨乃ちゃんには相手させられない。
早くこいつを制圧しなければ三人が弾を再装填してしまうので、包丁男がわたしから逃げるように動いたら面倒だったのだが、こいつはむしろ自分からわたしに向かってきた。
弾切れを起こした味方を庇ったつもりなのだろうけれども、それにしても不合理なことに、わたしの腹を包丁で突いてきた。
銃撃が効かないのを、たった今見ただろうに。
恐らく、包丁男は混乱していたのだろう。パニック状態なのか、わたしに向かってくるその足取りもぎこちない。
わたしはその包丁による突きを紙一重で外側に躱して、素早く男の右腕を捕った。相撲で言うところのとったりや小手投げのような形で腕を極めて、更に体勢を崩しにかかる。
そして、申し訳ないが……古流柔術で言うところの獅子落とし、合気道で言うところの変則四方投げ、柔道で言うところの韓国背負いのようなやり方でもって、わたしの左肩を支点にして、男の右肘をへし折った。
大丈夫だ。
肘を折られただけでは、人は死なない。
右手に警棒を持ったまま、どうやって柔術技をかけているのかって?それはあの、警棒をやや短く持つことによって、棒の小指側のほうを少しはみ出させ、そのはみ出た部分に相手の腕を引っ掛けるという、ちょっとした小技を使っているからだ。
さておき、包丁男の肘を折った拍子に他の三人に背を向けてしまったので、背後から掴みかかろうとしてきたそのうちの一人を、わたしは振り向きざまに警棒で迎撃した。
ただし、この場合は攻撃の軌道が読まれやすいので、普通にやったらガードされやすい。だからわたしは、頭や首の高さではなく、膝や脛の高さを狙って、横一文字に警棒を振るった。
そんな低い位置を、腕でガードすることはできまい。
「あがっ…!」
警棒が男の膝に横から当たり、恐らく骨折はしなかったものの、当たり所の問題もあってか、男は崩れ落ちた。
良かったね、骨折しなくて。
脛の骨を完全骨折させるつもりで振るったんだけどなあ。
奇遇なことに梨乃ちゃんも、そのタイミングで他の男二人に対して同じような技を使っていたらしく、そのうち一人をダウンさせていた。
そうして残る一人が慌てて梨乃ちゃんに掴みかかっているところに、わたしは背後から接近して、男の内ふくらはぎの下のほうを蹴った。
名前は忘れたが、昨日、隆谷寺さんが脚の弱点の一つとして教えてくれたポイントである。
と言うか、これはカーフキックの一種であるが、カーフキックはそのあまりの威力に『ずるい』などと評される技だ。それを中足ではなく脛で全力で蹴るのだから、素人に耐えられる痛みではないだろう。
わたしの蹴りを食らった男は、足の位置がズレて体勢が崩れたこともあって、直後に梨乃ちゃんが振り下ろした警棒を避けることができなかった。
それで全員制圧したと思ったが、わたしが最初に肘を折った包丁男が根性で立ち上がってくるし、わたしがそっちにも蹴りをお見舞いすると、今度は足を警棒で打たれた別の男が銃に弾を込め直そうとしているしで、もう乱闘も乱闘という滅茶苦茶な展開になった。
「追いますよ!」
「わかってる!」
何とか乱闘を切り抜けて男達を制圧してから、わたしと梨乃ちゃんは今更のように、どこかへ行った近道を追いかけ始める。
捕まえない訳にはいかない。
さっきわたし達に使用された拳銃が、もしもこちら側の協力者三人組の物だったのであれば、それが何を意味するか……言うまでもないだろう。
近道横斜というあの男、さっきは工場の奥のほうへ向かったように見えたが、実際にはどこに行ったのか定かではない。正直、もう追跡は困難だ。
それでも探す。
探す。必ず探し出す。
あの男は。
あの男だけは、確保しなきゃ駄目だ。
通路を抜け、先刻わたし達が隠れていた機材置き場に向かう。近道はこっち方面に向かった筈だ。
さっきの銃声を聴きつけて他の赤団員が来るのではとも思ったが、なぜかその予想は外れて、付近は静かだった。
すると、赤団員の多くはまだ『奥のほう』とやらにいるのだろうか?
そんなに一箇所に集まって、一体何をしているのだろう?
これでは、馬垣くんや御水見さんも心配だ。もしかしたらその奥の場所で、馬垣くんや御水見さんが包囲されているのかも知れない。
あの二人に限って、まさか負けるということはあるまいが……それでも、万が一のことがあるかも知れない。
赤団側にいる抵抗者が、一人きりだとは限らないのだから……
「……あれ?」
乱雑に散らかされた通路を抜けて、その先にあった狭い通路を抜けて、数刻前に自分達が隠れていた機材置き場に、辿り着いて。
そこでわたしは、行く手を阻まれている近道を見た。
そして、近道の行く手を阻む、四人の姿を見た。
「止まれ!動くな!」
「おいおい、武器も持たないこんな僕みたいな人間に、銃まで向けるのはよしてくれよ」
「いいから動くな。その場に座れ」
「…………」
「…………」
わたしと梨乃ちゃんは固まった。
複雑に感情が交錯して、もう言葉も出ない。
それは、そう言えば短髪になっていた御水見深海さんと、近道に拳銃を向ける、Kさん、Mさん、Oさんの姿だった。




