六日目 近道横斜 (2)
「…………」
「…………」
近道からの問いかけには、最初から答える気は無かった。
これじゃあ誘導尋問も良いところだし、両極端の白黒思考を相手に強いるという時点で、詭弁には違いない。
答える必要も無ければ義理も無い。無視だ無視。
ただ、わたしはそれとは無関係な部分で、直感するところがあった。
「赤団のボスは、あなたですね」
「おお、これだけで当ててくるとは。まあボスというか、何だろう、リーダー?そんな感じなんだけどね。にしても、君のその分析力は見上げたものだな。君が赤団に入ってくれるのなら、君をボスとして扱っても良いくらいだよ。僕は本当は、そういう地位に興味が無いからね」
やはり、この近道横斜が首魁だったようだ。
わたしは、ボス扱いしてもらえるという甘い誘惑を無視して、もう一つ重要な質問を続ける。
「あなたは抵抗者ですか?」
「……あれ?それはどうして気付いた?」
「何となくです」
何となくの当てずっぽうだと言えばそうだ。
ただ、さっきわたしが内心を見透かされたような不快な体験をしたことからの連想で、そう言えばわたし達第一班の侵入が、どういう訳か早々にバレていたことを思い出した。
初めは、『工場内のどこかからこっそり覗かれて探知されていたのだろう』と思っていたのだけれど、よくよく思い返してみると、わたし達は工場側から見えないように草木に身を隠しながら移動した筈なのだ。
しっかり距離を取りながら、工場を見ずに地図を見て、身を隠しつつ移動していた。だから道中あんな風に喋る余裕があったという訳だったのに、それでもバレた。
喋っていたからバレたと言うよりは、喋るくらいの余裕があった筈なのにバレたのだ。
それはもう、見透かされたように。
「いやね、僕の異能はそんなに大したもんじゃない。人を見た時に、その人のやりたいこととやりたくないことを表す矢印が見えるというだけの能力だよ」
近道は言う。
「色々な色でカラフルに、でかでかと身体に付きまとうように表示されて見えるんだけれど……言ってしまえばそれだけだ。いや、単なる空間的方向だけじゃなくて、概念的な動作の方向や状態の方向も見えるんだけどね、別次元からの視点みたいな感じでさ。ま、しょぼい内容だと思うだろうけれど、人の欲求を叶えてあげることを喜びとしている僕としては、こんなに便利な能力も無いかな」
「は?」
わたしは思わず語気を荒げた。
「『人の欲求を叶えてあげるのが喜び』?あなた方から傷付けられて色々なものを奪われた人達は、あなた方に生存欲求や安全欲求を踏みにじられた訳ですけれど、一体どういうつもりで言ってるんでしょうねぇ?センスの無い冗句はやめて欲しいもんだ、スベっていて聞き苦しいにも程がある」
「同感ですね。赤団からの被害に遭った方々は、少なくとも被害に遭っていたその瞬間には、『やめて欲しい』とか『助けて欲しい』とか『逃げたい』という風に思っていたのでしょうに、何故その欲求を叶えてあげなかったのですか?」
「ああ、それね」
わたしや梨乃ちゃんが問い質して問い糺すも、近道はやはり、相変わらず悪びれない。
何やら達観したかのように。
その程度の矛盾があったところで本質は何も変わらないよ、とでも言いたげに。
「それは単なる差別だよ。ただし、自分の生き方に蒙昧な劣った人間に対する差別という訳では、別にない。そもそもこれは一般的な意味での『差別』ではなくて、もっと広義での差別だ———名前も顔も知らない赤の他人より、家族や友達のほうを優先して大切にしてしまうのと同じように、自分に近しい者とそうでない者とを差別しているだけさ。知能を持つ全ての生物がそうしているように、僕もしているだけだ」
「もう良いです。あなたのことはよくわかりました」
よくわかった。
この男は、退廃と堕落に通ずる虚無主義的な思想と人生観に基づいて、人の悪事を扇動するだけの害悪だ。
そして詭弁も多い。
詭弁も多いが、ただしそれは、わたしのように口論の方法を真剣に考えて生きてきた人間だから、そしてこんな敵対関係の立場だから気付けることなのであって、その二つの条件を取り除けば、この男には簡単に言いくるめられて、説得されて、懐柔されて、マインドコントロールされてしまう人も出るだろう。
剰え、あんな風に内心や欲求を見透かすような異能を使われてしまったら、そういう人が続出する可能性も高かろうというものだ。
女性でも同じことだろう。むしろ、女性ならそれだけ、恋心につけ込まれて心酔してしまう可能性もあるだろう。
恐らく、元から悪事を働いていた半グレやゴロツキを探し回って、友好的に接しながら今のような話を聞かせて、少しずつ仲間に引き込んで組織を構成したのだと考えられる。
どうりで、ボスらしき人物が確認されない訳だ。
ボスというか首魁と言うか、創始者であるこの男が、他の構成員を『手伝う』というスタンスなのだから。
『宗教団体的な側面もある』という噂の意味を、今やっと理解した。教祖の地位に物を言わせて信者から搾取するだけの悪徳な宗教組織に比べれば、この赤団のほうがよっぽど純粋な宗教組織だ。
そして、よっぽど純度の高い悪党だ。
「よくわかったって?それなら、僕が本気で、君らのような優れた人間の欲求を優先的に応援したいと思っていることも、わかってくれたのかな?」
「その通りですけれど、そっちこそわかっているんですか近道さん?あなたには、わたし達のやりたいこととやりたくないことが見えているんですよね?」
「そうだけど……それが何か?」
「だったら、もうわかるでしょう?ここにいるわたし達二人には、赤団に入る気も、あなたの仲間になる気も、あなたに応援されてあげる気も、さらさら無いということが……」
「うん。だからこれは時間稼ぎだよ」
「っ!?」
「篠守さんっ!」
突然。
近道の背後から、銃を持った男達が現れた。




