二日目 ADF最速決定戦 (1)
いやはや、いやはや。
ここにきて、まさか特別な休暇が貰えるとは。初日たる昨日なんかは梨乃ちゃんに監禁されていたけれども、今日は解放されたからね、自由だよねえ!やったあ自由だあ!
嬉しいなあ!やっと家に帰れるなあ!やったあ!
冷静になれば、普通に考えておかしいよねえ!?ADFの抵抗者人員は、かれこれ1年くらいの間、全然自宅に帰してもらえなかったんだよ!?仕方なかったんだろうけどさあ!
とにかく、いやあーここにきて特別休暇は本当に助かるわー!もうそろそろこの仕事バックれようかと思ってたところだったしさあ!
いつ自由にしてもらえるのかと思って、もう待ち遠しくて首を長くしてたんだからさあ!
なのにさぁ……なんでかなあ!?
「100m走とか本当に久しぶりだなぁ」
「左様ですか?隆谷寺さん」
「50年前にやったっきりだね。ところでルイスくん、ものすごい筋肉量だけど、思ったより皮下脂肪もあるんだね」
「俺は食事制限をしていない。筋力トレーニングもしていない」
「筋トレせずにそれなのか。ミオスタチン欠乏かな?」
「それも少しある」
「男女混合ですが、篠守さん、我々は我々で最善を尽くしましょう!この真鈴、手加減は致しませんからね!」
「……はい」
なんで、こんな変な組み合わせで徒競走をやる流れになっているんだ!?
なんでわたしは走らされようとしているんだ!?
今わたしの隣には、わたしから遠い順に、白銀ルイスさん、隆谷寺愁弥さん、真鈴真鈴さんの三人が、横一列に並んでいる。
場所は運動場の徒競走用レーンの上だ。葉川駐屯地とは違う場所の、とあるスタジアムの中に…
「位置につけー、スタートの準備しろー」
ああ!?やばい!始まってしまう!
解説しようと思ってたのに!
まずいまずいまずい!
「……」
「……」
「……」
横の三人がクラウチングスタートの形決めを始めたので、慌ててわたしも同じようにする。
スターティングブロックに足を当てがい、しゃがみ込んだような体勢のまま待つが……
しかし、どうする?
チラッと横を見たら、みんな真剣だ。いや、白銀さんはいつも無表情だし、隆谷寺さんは余程のことが無い限りは基本的に微笑の表情だし、真鈴さんはいつも真面目で真剣なので、特に変わったところは無いんだけれども。
「On your mark……」
スタートの合図がガチじゃねえか!
何なんだこれは、せっかくの休暇なのに……
わたしは、どうして、なんでこんな……
こんなことを……
「Set……」
どうする?どうする?どうする?
「ーーー!」
音が鳴って、全員がスタートを切った。
全員が同時に、走り出した。
三人は、前方へ。
そして一人は、後方へ。
「あっ!?」
「えぇ!?」
「あいつ…!」
そう、後方に走り出したのはわたしだ!
こんなの付き合ってられっかよ!
わたしは一人で家に帰るぜ!
「追え!追え!」
「御水見!乗せろ!」
と、背後から野次馬の声が聴こえたが、わたしが振り返ってみてまず目に入ったのは、普通にレーン上を走っていた三人だった。
スタート直後に尋常でない初速で加速したらしい隆谷寺さん、それに対して追い上げる白銀さん、その二人程ではなくとも、かなり速い真鈴さん。
三人全員が、一瞬だけ、同時にわたしを見ていた。
そして次に、観戦していた御水見さんが作り出した水の箱に、例によって乗り込む馬垣くんの姿が見えた。
まずい。これはまずい。
御水見さんの《船幽霊》は、射程距離が50mと、割と長い。もっと離れなきゃすぐに追いつかれてしまう…!
再び前を向いて、わたしは全力疾走を続ける…
「《黄金剣》!」
うわあああ!
荻原さんが何かを召喚している声だ!
まずい!機動力の高い眷属に騎乗して追ってくるんだったら、どんなに離れたとしても逃げ切れるとは限らない!
くっ…!しかしわたしは、仮にもこんな徒競走の選手に選ばれるくらいには足の速い女だ!ADF最速決定戦だか何だか知らないが、わたしはADF最自由だ!
よし!もう既に、50mを軽く超える距離は取った!
そこにある出口からスタジアムの外に出て、右から回って輸送車を停めていた場所に戻って、その輸送車を文字通り乗っ取って脱走だ!免許は持っていないけれど、きっと上手くいく!
わたしは絶対に逃げ切っ…
「待てやゴラアァ!」
「えっ」
な、なぜだ。
どうして馬垣くんがここまで飛んで来ているんだ。
御水見さんの異能による水の箱は、なぜここまで来れる?
……あ。
「『篠守狩り』に参加するのは、これが初めてだわ!」
「…………」
そ、そういうことか〜〜〜ッッッ!
水の箱に入って超スピードで迫り来る馬垣くんの、更に向こう側に見えたのが荻原さんと御水見さんだった。
二人が相乗りする形で、馬のような貪食獣に乗っていた。
馬のような貪食獣。言うまでもなく荻原さんの眷属だが、その肩幅は異様に広く、というか身体が全体的に広くて平べったくて、甲虫か何かかよという感じの全体像をした、大きな馬だ。
そしてその巨体を支えるのにも十分すぎる程の異常な筋肉量を誇る脚部が特徴なのだが、その膨大な筋肉量で駆けて来る馬の怪物の背に、荻原さんと御水見さんの二人が乗っている。
そうか…!《船幽霊》の射程距離に限界があるなら、異能の持ち主である御水見さんも一緒に移動してしまえば良いということか…!
……って言うか、ちょっとだけ聞こえたけれど、何だよ『篠守狩り』って!?
何なんだその通称は!?
え!?まさか、逃げるわたしを捕まえるのって、もしかしてイベント扱いされてる!?恒例行事になってたりする!?わたしは自分の知らないところで一体、どんな扱いをされているんだ!?
「御水見!ぶつけろ!」
「ぎゃあっ!?」
馬垣くんの入った水の箱が、横からわたしにぶち当たってきた。わたしは当然、バランスを崩して横転。
ごろごろ転がるわたしと、水の箱を内側から押さえてきっちり衝撃に備えていた馬垣くんとの対比が、嫌だなと思いました。以上です。
「ったく。逃げ切れると思ったか?こんな開けた場所で」
「ぐぬぬ…!」
くそぅ…!なんたる屈辱…!どうして寄って集ってわたしを捕獲しようとするんだ…!
「くっ…殺さば殺せ!」
「転がせ?良いけど」
「うわー!?きゃー!」
突然、わたしの身体を横に転がす馬垣くん。
タイヤ転がしみたいな動きで…って、誰がタイヤじゃ。
「何してんのよ馬垣君。そんな風に、篠守ちゃんを転がして」
「いや、頼まれたから……」
「頼んでない!言ってない!」
「なんだ頼まれたのか……」
「荻原さん!?聞いてます!?え、いや、いやぁ!?なんで荻原さんも転がすんですか!?いやー!」
二人して、当たり前のように真顔でわたしを転がしてくる。
なぜだどうしてだ、今までの『篠守狩り』ではこんなこと無かったぞ…!?
というか、真顔なのは何なの!?本当に何なの!?
せめて笑ってよ!にやけたりしてよ!
「…………」
「助けて!助けてください御水見さん!転がし殺されちゃう!」
「『転がし殺す』って何だよ。単語なのか?」
期せずして新造語を生み出してしまったのはさておき、ただ棒立ちで、わたしを(目隠れキャラなので)片目で見つめるだけの御水見さんだった。
なぜ見つめる。
助けないにしても、せめて見て見ぬ振りをしろよ。
なんで思いっきり見ていながら助けないんだよ。
「ちょ、ちょっと待って?誰かわたしのお尻を執拗に触ってない!?ねえ!なんかやたらと触られた気がするんですけど!」
「はぁ?」
「な、何の話だか」
「荻原さんですよね!?やっぱりあなたですよね!?」
「え?荻原?どういうことだよ」
「いやいや篠守ちゃん、どうしてそう決めつけるの?私は本当に悲しい。そんな風に、私をとりあえず疑っておけば良いという思い込みを持たれているという事実が、本当に悲しいわ。私が関与しただけで、その中で起こった痴漢事件は全て私のせいにされるなんて、おかしいとは思わないの?確かに触ったのは私だけれど、何の確証も根拠も持たないままで憶測から人を疑おうとするその怠慢な魂胆が、ひどく憤ろしいわ」
「触ってんじゃねーか!」
いや待て、そろそろ本題に入りたい。
さっきからずっと本題に入ることができてないんだよ。全然話が始まらないんだよ。早く本題に入りたいんだよこっちは。
一旦整理させて欲しい。
そして今から語らせて欲しい。
閑話休題章には、閑話休題章なりの本題があるのだから。




