まえがき
おうおう待て待て。
わたしが梨乃ちゃんに捕まっている間に、なんでわたしの物語が乗っ取られているんだ?
しかも、よりによって御水見さんが語り部ってどういうことだよ。一番語り部をやっちゃいけない人だろ。誰だよ御水見さんにやらせたのは?国栖穴さんか?
いや、待てよ……
これはむしろ、良い判断だったのか…?
無口な御水見さんが普段何を考えて生きているのかということを、ある程度明らかにした功績は大きいぞ。
御水見さん、普段あんなことを考えていたのか。そりゃあ無口な訳だ。ああいう感じだったらもう、人との会話に意味を見出せなくなっていたりしてもおかしくはない……いや、適当に言ってるけど。
御水見さんが言ってた『澪』っていうのは、多分あれだ、噂に聞く、妹さんのことだ。御水見さんは年齢不詳だが、少なくとも妹くらいはいてもおかしくない年齢である。
御水見澪さん。病弱だから家よりも病院に居ることのほうが多いという感じらしいけれど、それでよく『大獣害』を生き延びたものである。
噂によると澪さんも抵抗者らしいが、あまりに病弱であるが故にADFに適性があるとはとても考えられず、特例として入隊を免除されたらしい。
あと……そうだ。さっき、御水見さんのあんな怪文書とも呼べる手記を読んだ時に、存外読みやすさを感じてしまった部分がある。
と言うのは、わたしは今までやらずにいたけれど、さっきは改行するたびに1マスの空白が挟まれていたから、読みやすかったという訳なのだろう。
無論、そんなことは小学校の国語の授業でも習うことなのだけれど、こんな風に自分の物語を書き記し始める以前は全くそれについての実感が無かったので、捻くれ者のわたしのことだし、今までやらずにいたのだ。
だが、さっき御水見さんが1マスの空白の意味に気付かせてくれたので、今回からはそれに倣って、わたしもそういう文体で書いていくことにしたので、えーと、よろしくお願いします。
まあ良いや、もう本題に入ろう。早く本題に入らなきゃ。
そもそもさっきの闇鍋の話には、普段と違う部分がいくつかあったのがわかると思う。休日さえも駐屯地などの拠点で過ごす筈のADF隊員、対貪食獣戦闘部隊・Anti-Devourer Forceの隊員が、何故その辺のショッピングモールで買い物して、家に集まって、とっても楽しい遊びができるのかと、疑問が残るだろう。
ADFでは、休暇中でも駐屯地から出られないんじゃなかったのかと。
その理由だが……なんとこの度、わたし達は特別休暇なるものを賞与され、帰宅を初めとするあらゆる自由行動が許可されて、本当の意味での自由時間を過ごすことが許されたのである。
なんでも、ADFを含む全国各地の自衛隊の働きによって、単純な国土面積で言えば相当な範囲の日本国領土の安全を確保することができたから、ここらで一度、日本の抵抗者隊員には帰宅の権利を与えて労おうということらしい。
貪食獣が世界同時多発的に発生した『大獣害』からもう1年くらい経つけれど、そんなに貪食獣の数が減ったのか。
そうまで、安全になった都道府県の数が増えたのか。
まあ東京とかは全くの手付かずなんだけども、ADF設立からはや一年、わたし達はそれ程までの功績を挙げていたという訳だ。
何と言うか、『やり甲斐がある』という感情を真に体験したのはこれが初めてなのではないかとすら思えるくらいの、やり甲斐がある。
さて。
あんまり話すことが無い。あと何を話そう?
前説っていうか、いつもやっているような前書きのお決まりの小話は、今はしようという気になれないし。
いや〜さっきのあれが酷かった。御水見さんによる、ト書よりも台詞のほうが圧倒的に多いという超変則的ライトノベルで、全ての調子が狂った。もう何も喋る気になれない。
どうする?わたしが梨乃ちゃんに捕まっていた時の話でもする?わたしが起きた時に、梨乃ちゃんが異能で……いや違うな、そういうんじゃないんだよな、前書きっていうのは。
あーもう……仕方ない、もう始めちゃおう。
なんかもう、今回は良いや。
休暇だから、まえがきはお休みですってことで。
おっと、いや、流石にこんなんじゃ読者の読む気を失せさせてしまうかも知れないから、一つだけ、ほんの一つだけ、最後に前書きっぽいことを言わせて欲しい。
言わせてくださいお願いします、今思い付いたことを。
思い付いたと言うか、思い出した。
わたしがこの手記を書いているのは大獣害が終息してからそれなりに月日を経た後のことなので、つまり書き手にとっては一昔前のことを思い出しながら書いているという訳なので、たまに忘れそうになる部分があるのだ。大目に見て欲しい。
この特別休暇は一見すると、上層部からのADF隊員に対するご褒美で、単なる労いであるかのように見えた。
『たまには休んで、楽しんで来いよ!』という、親切で良心的な図らいで、ただのご厚意に思えた。
上官からは妙なことを何も言われなかったし、休暇中、わたしは『何か変だな』と思うようなことも無かったし……
実際に労いとしての面もあったろうし、わたしも他の人員も、この休暇に対して素直に感謝するべきではあった。
しかし、直後にわたしは思い知る。
これは、そんな温かい話ではなかったのだと。
あるいは、他の人は何かを察していたかも知れないけれども……少なくともわたしは、ただ『やっとまともな休みが貰えたな、余裕が出てきたからかな、たまにはこういうこともあるんだな』くらいにしか思っていなかった。
大きなことが起こるのは、まだ先かなーなんて。
漫然と、漠然と、勘違いしていた。
この特別休暇というものに、生々しくて合理的で冷徹な意味があるのではないか……などとは、考えもしなかった。
だが、今は緊急事態。
大体の地域から貪食獣がいなくなったとしても、未だ首都を始めとする都市地域の多くを貪食獣から奪還できていないという緊急事態であって……自衛官の福利厚生など考えている余裕は、あまり無い筈だろう?
非常事態中の非常事態とまではいかないにしても、非常事態であることに変わりは無く、ならばそんな、ここにきてADF隊員の人権保護を意識し始めるような寝ぼけた判断を、防衛省が下す筈も無かったのだ。
ああ、思い出した。
それを察したあの瞬間の絶望を、今思い出した。




