六日目 積極的行動 (1)
少し行くと、工場で使われていたのだろう色々な機材が、床に散らかっていたり立ち並んでいたりするエリアに差し掛かった。
機材置き場と言うか、これではまるで粗大ゴミ置き場だ……、赤団は別に、何らかの商品を製造するためにこの工場跡を占拠した訳ではないだろうから、彼らにはそのための機材も要らないのだろう。
だから、そんな漬け物石のような無用の長物たちを、このエリアに捨て置いているのだと思われる。
「あのロッカーに隠れます…!」
と言う梨乃ちゃんの目線の先には、倒れたロッカーがあった。
ロッカーの扉が上を向くように、横倒しと言うよりは後ろ倒しとでも言うべき具合に倒れているが……ただ、少しだけサイズが小さいような気がする。
いくら小柄な女の子とはいえ、二人でこの中に隠れるのは無理があるのでは…?
「そんなことありませんよ」
「ちょっ……」
言うや否や、梨乃ちゃんは倒れたロッカーの中に背中からぐぐっと入り込み、次いでわたしを中に引っ張り込んで、仰向けになりながらロッカーの扉を掴もうとした。
つまり、わたしが梨乃ちゃんに覆い被さるような形だ。
でも、このままではわたしがはみ出てしまって扉が閉まらないので、そこで梨乃ちゃんは、傍から見ればわたしを抱き締めているかのように見えるであろう体勢をとった。
いや、実際抱き締めているのだ。つまり、うつ伏せのわたしと仰向けの彼女の身体を正面から密着させ、両腕をわたしの背中に回し、わたしの顎は彼女の肩に、彼女の顎はわたしの肩に乗るような形になった。お互いに息遣いや鼓動が聴こえてしまうような距離である。
「おお……積極的……」
「その下賤な口を閉じてください。ついでに扉を閉じてください。この体勢だと私には閉められません」
下賤という今日日聞かない誹りを受けたことはともかく、確かに今はふざけている場合ではない。
わたしは言われた通りに、うつ伏せのままで手だけ動かして、急いで扉に手をかけて閉める。
「しめしめ……」
「どうしてそんな悪巧みをしているような言い方なんですか。この状況に託けて、痴漢行為でも企んでいるのですか?」
ともかく、わたしは扉を閉め、とりあえずわたしの背中の上に扉が乗っかるような形にはなったのだが、ここから完全に閉めきるのが難しい。体勢の問題でうまく手をかけられない……が、そこからは梨乃ちゃんが扉を掴んで、しっかり閉め切ってくれた。
こうして何とか扉を完全に閉め切ることに成功したので、わたし達は息を殺し、気配を殺し、静止した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「どこ行ったあの女ども……」
「どっかに隠れてんじゃねえのか?」
「でも、この向こうに行かれていたらまずいだろ」
わたし達から少し離れた位置で、赤団員の、三人の男達が会話しているのが聴こえてくる。
幸いなことにこのロッカーには覗き窓が無いので、わたし達がこの中に寿司詰めのように入り込んでいることは、外見ではバレないだろう。
開けられなければ、バレないだろう。
「………………」
「………………」
当然と言うべきか、さしもの梨乃ちゃんでも、やはり相当に緊張してしまっているようだ。
彼女と胸が触れ合っている今のわたしには、まるで自分のことのように彼女の鼓動を感じ取れる。
わたしもわたしで緊張しているから、もうどっちがどっちの鼓動なのか、自分が今どういうテンポとリズムで心臓を動かしているのか、わからないくらいだ。
「確か、女が二人だった筈だよな?じゃあそんなに体力も無いだろ、隠れてんじゃねえかな」
「いや、最初の待ち伏せを突破してるらしいから、体力はあるかも知れないだろ。あっちを探すのが先だ」
「俺は右に同意」
「じゃあ行きたい奴らで行っとけよ」
「いやお前も来いって」
「なんでだよ」
その三人が話す声は、どんどん近づいてくる。
「………、………」
「……っ…………」
鼓動は勿論、わたしも梨乃ちゃんも、息遣いが荒くなりかけている。意図的に、強引にゆっくりとした遅いペースで呼吸を維持しようとしていても、限界が近い。
訓練され、死線を見てきた人間がこのザマなのだ。
「………っ、………」
「………………っ」
汗が滴る。
無論、この赤団に捕まってしまったら何をされるかわからないというのはあるのだが、その気になれば捕まらないように反撃することはできるのだ。
その気になれば、自己防衛は容易い。
しかし、その気になれるだろうか?
ここで言う『反撃』とは、徒手格闘や警棒での攻撃のことではなく、異能の使用である。
今、わたしとお互いに心音と呼吸音を聴き合っている彼女は……紫野梨乃は、人間に対して《固定斬撃》を使えるのだろうか?
……少なくとも、わたしは使わないで欲しい。
本人だって、使いたくはないだろう。
それをやってしまったら……終わりだ。
「……っ?」
「……………」
もはや震え出した梨乃ちゃんの手を、格好は付かないものの、これまた震えるわたしの手で握って、どうにか梨乃ちゃんを落ち着かせようと試みる。
しかし、こんなことに意味があるかどうか、定かではない。
落ち着いたところで、現実は変わらないのだから。
わたし達が発見されるか、されないか。
そして発見された場合には、後はもう、相手を殺すか、自分達が酷い目に遭うかだ。
人として終わるか、人として終わるかだ……
「あれ?そっちにいるの?」
……と。
そんな折に、遠くから別の声が聴こえてきた。
それは、元々わたし達に接近していた男達とは、根本的に異なる声であり、本質的に違う声であり。
つまり、女性の声だった。
「そっち側に行ったの?侵入者は」
「わからないけど、多分こっちだろ」
何か、少し引っ掛かる。
赤団には、女性もいたのか?聞いていないし、予想外と言うか、イメージと違うのだけれど……
確かに、彼らが今までやってきた性犯罪の事実はあっても、それが赤団には男性しかいないということを意味する訳ではない。
論理的に、そうはならない。ならないけど……
「いや、他の奴らはあっち側に走って行ったけど?」
「え?侵入者、あっちにいんの?」
「いや、知らないけど……」
「なんだよ」
『侵入者』というのは、恐らくわたし達のことだろう。
馬垣くんと分断された直後に聴こえてきた足音は、双方向からだった。双方向から挟み撃ちにするつもりだったのだとすると、最初にここを探し始めた男達はそのうちの一方だとして、他方が今来た女性なのだろうか?
いや、足音の数は、もっと多かったような……
多分あれだ、その他方の赤団員は殆どが別の場所に向かったが、この女性だけはそのグループから離れて、一人でこの場所に様子を見に来たということだろう。
でも、それで言う『別の場所』とは……『あっち側』とは、どこなのだろう?
そう言えばさっきも、男の一人が『この向こうに行かれたらまずい』みたいなことを言っていたが、一体何があると言うのだろうか?
ただ悪事を働くだけの赤団に、どうしても失いたくないものなんてあるのだろうか?
この犯罪組織は。
一体、どういう組織なのだ。
「まあいいや、こっちはこっちで探すから」
「はいよ」
そんなあっさりした会話の後、女性の声は立ち去って行った。




