六日目 侵入 (3)
「…………」
「…………」
「…………」
申し訳ないが、ここからしばらくの間、台詞は無い。
わたし達が息を潜めているのは、今まさにこの台車置き場の区画に、赤団の構成員と思しき6人の男達が入って来たからだ。
垣間見えた姿と、足音とで、6人の男だと判断した。
……わたし達としては、ここでは逃げ隠れするという手も考えていた。そうやって隠密しつつ、ある程度奥のほうまでこっそり侵入してから、一気に内側から攻め落としてしまうという作戦も、考えてはいた。
しかしその赤団員の彼らは、わたし達がこの区画を既に通過して行ったという可能性を一切考えていないかのように、迷わずこの台車置き場に入ってきたのだ。
どういう訳か、こちらの動きがバレている。
ならば、もう強行突破しか無いだろう。
申し訳ないが、毒を喰らわば皿までだ。入ってきた赤団員の六人には、わたし達三人による、訓練によって磨き上げられた体術を濫用した暴力行為を受けてもらうことにしよう。
忍び足で待ち伏せるわたし達とは対照的に、赤団員はやや荒っぽい足取りで、ずかずかと歩いてわたし達を探し回っている。
さっき無言で不意打ちされた時はもしやと思ったが、どうやら彼らはちゃんとした戦闘訓練を受けている訳ではないようで、自分達が探す側だからと言って隠密もせず、なんなら『どこにいやがる』などと呟いたりもしている。
そんなのわたし達だったらあり得ないからね。もしも屋内戦の訓練の時にそんなことしてたら、物陰から飛び出してきた上官にガチガチに制圧されるからなマジで。
教えてやりますかね、戦闘のセオリーを。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……これで終わりか」
6人の赤団員を制圧してから、わたし達はその全員をダクトテープで拘束した。
只今わたし達が繰り広げた戦闘シーンを、語りたい気持ちは山々なのだけれど……わたし達三人による見事な連係プレーと、わたしの鍛え抜かれた心技体に基づく体術で、赤団員を次々と無力化していったのだけれど……その辺の詳細な説明は、今回は尺の都合で割愛しよう。
いや〜残念だなぁ。せっかくわたしが、昨日隆谷寺さんから教わった蹴り技と一本拳、更には前々から身につけていたグラップリング技術と警棒術を織り交ぜた、斬新な体術を披露したと言うのに、それをここに書き記せないなんてぇ。
「6人ですよね?敵の人数は」
「えっと、最終的にわたしが2人やって、梨乃ちゃんは1人もやらなかったということは……」
「……」
「なんだよ。別に良いだろ、俺だけで4人やっても」
「悪いとは言わないけれど……」
強すぎないかこの人…?
でもそうだ、そう言えばこの馬垣熔巌という男は、あの隆谷寺さんに勝ったこともあるくらいの実力者なんだった。
バケモンがよ。
もう隆谷寺さん要らないじゃん。
「ま、味方に回す分には良いか」
「基本的に敵であるかのような言い方は何なんだ?」
「『敵』と書いて『とも』と読むから」
「何の弁明にもなってねえよ」
さて。
そんなことを喋っていたのも、ついつい気が抜けてしまっていたからだろう。大の男たちを次々と制圧して、無意識に調子に乗っていた部分があったことは否めない。
だが、予測することができない、全くの想定外だったという意味では、これはいくら警戒していようと仕方の無いことだった。
「………」
「………」
「………」
再び無言に切り替えて、わたしを先頭にして、三人は工場の中に入って行こうとした。
台車置き場と屋外とを隔てる出入り口とは別に、行く手にも、台車置き場と廊下とを隔てる出入り口がある。
そこはシャッターが上がって開いていたので、わたし達はその出入り口を通って、廊下に入ろうとした。
入ろうとして、入りかけて。
瞬間、わたしのすぐ後ろでシャッターが閉まった。
「っ!」
「っ!?」
頭上から勢いよくシャッターが降りてきた。
シャッターが降りてくる速度も異常に早く、咄嗟にシャッターよりこちら側に来ようとした二人が、シャッターで頭を打たないかとか、シャッターで挟まれたり潰されたりしないかとか、そんなことも心配ではあったが。
ただし、わたしが反射的に振り返って視認して、何よりも驚いたのは、シャッターが落ちる速度でも、落ちてきたシャッターに紙一重で当たらずにこちら側へ来れた梨乃ちゃんでもなく。
梨乃ちゃんの背中を押したために向こう側に取り残された、馬垣くんの姿……でもなく。
馬垣くんを背後から引っ張る、何者かであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「馬垣さん!?」
「誰それ!?」
シャッターが完全に閉まった。
シャッター越しには、向こう側は見えない。馬垣くんの姿も、その背後の何者かの姿も、閉まり切る直前に一瞬見えただけだ。
こうして、第一班から馬垣くんが分断された。
言っておくと、その何者かはわたし達の知らない顔だった。覆面も何もしていない素顔だったが、本当に誰なのかわからなかった。
恐らく赤団員の一人だろうけれど、それならそれで意図がわからない。敵だというのなら、どうしてあんな風に、助けるようなことを……
と思っていたら、違った。
「がっ…!?うらぁっ!!!」
シャッターの向こうから、何やら馬垣くんの怒号が聴こえてきたと同時に、シャッターがガシャンと大きな音を立てて揺れる。
シャッターの向こうでは、まず間違いなく格闘が繰り広げられている。取っ組み合いの掴み合いや殴り合いをしているに違いない。
いつの間に背後を取っていたのか、元々外にいたのか、それともさっきわたし達があの六人と戦っていた時にこっそり入って来たのか、何も定かではないけれど……
この時点でわたしは、敵が意図してわたし達を分断しようとしているのだろうことに、既に勘付いていた。
そして、どさくさに紛れてシャッターから聴こえてきた、明らかに趣を異にする音を聴いて、それは確信に変わる。
カチャッ、と。
鍵をかけるような音が、ちょうどシャッターの鍵穴の辺りから、聴こえてきたのだ。
「てめぇ何してんだ!!!」
信じられない。
馬垣くんの反応から、その男が鍵をかけたということは判る。
判るが、それが信じられない。
その男は、一人で、馬垣くんとの取っ組み合いの最中に、シャッターに鍵をかけたのだ。
「てめっ…!ごあっ!?」
「馬垣さん!?一体どういう…!」
シャッターの向こうで争っている。
馬垣くんを、苦戦させている。
……何なんだ。何をやっているんだ。
そこまでして、わたし達を分断したいのか?
そんな露骨に、強者に対する足止めをするなんて……
まさか、捨て駒なのか?
あの馬垣くんだぞ?あの馬垣くんに殴る蹴るされている最中に、鍵をかけるなんていう精密な作業ができて、しかもそれを抜きにすれば善戦すらできるような人間が、捨て駒だとでも言うのか?
そもそも、どうやって外側から鍵をかけた?
赤団はこの工場を、一体どれだけ改造した?
『つまらないことになりそうな予感がする』と、隆谷寺さんは言っていた。
まさかあれは、『楽勝だからつまらない』ではなく———『理不尽に負けるからつまらない』という意味だったとでも言うのか?
告発とは、救援要請のことなのか?
「あ!?待ちやがれてめぇゴラァ!!!」
直後に、敵の男が外に向かって逃げ出したらしく、馬垣くんは怒鳴りながらそれを追いかけていってしまったようだ。
それも仕方ないだろう。男を捕まえて鍵を奪わなければ、馬垣くんはこちらと合流できないのだから。
わたし達は、どうすれば良いのか瞬時には判断できず、その場で足を止める。
「これはまずいことになりましたね……」
「梨乃ちゃん。多分、大急ぎで移動したほうが良さそう」
「え?……おっと」
わたしの嫌な予感が的中する形で、ちょうどわたしが言い終わった瞬間に、遠くから足音が聴こえてきた。
まだ姿は見えないが、何人もの人間が、双方向からこちらへ走ってくる音だ。
「こっち…!」
「はい…!」
これは自慢だとも自慢でないとも捉えていただいて構わないのだけれど、逃げることにおいては、梨乃ちゃんよりもわたしのほうが専門家であり、上級者であり、実力者だ。
それを理解していたからだろう、梨乃ちゃんはこの時ばかりは、わたしの指示に従うという判断を瞬時に下した。
そう、逃げるのだ。ここは一旦逃げ隠れしてやり過ごすしか無い。いくら訓練されているとは言っても、わたし達二人だけでは分が悪すぎる。
どこに逃げるかと言ったら、前方である。
建物の中に入り込んで、左右からの追手を撒くのである。
……リスクを承知の上で。
わたしは左右から接近してくる足音に対して、もう正面しか無いからと、前方に突っ切る……と見せかけて、少し進んだ辺りで急に足音を消して左折し、どちらかと言えば距離があった左からの追手と、大まかにすれ違うような逃げ方で、工場の通路を移動した。
梨乃ちゃんもそれに倣い、文字通り、わたしの動きを踏襲する。
大小様々な台車が立ち並んでいて見晴らしが悪かったので、視線を切るのは容易だったが、しかし相手も勘や直感でなのか、距離はありながらもじわじわと追跡して来ているようだ。
わたしなら全速力を発揮すれば逃げ切れるという自信はあるが、梨乃ちゃんはそうではないだろう。
作戦遂行のためには、一旦隠れるしか無さそうだ……
いや、まあまあ、確かにね?最初から戦うつもりで待ち構えて接敵するより、隠れているところを見つかってしまって接敵するほうが、不利な戦いにはなるけれどね?
そうなるリスクはあるけれども。
でも、わたし達二人には、異能という最後の手段がある。不利な戦いになっても、終わりという程の終わりにはならない筈だ。
……いや。
人として、あるいはADF隊員として、自衛官として、終わってしまうかも知れないが。
精神的に、終わってしまうのかも知れないが。
「隠れるよ」
それでもわたしは、梨乃ちゃんにそう言った。
なに、いざという時は、わたしが守れば良いだけだ。
わたしが、守れば……
わたしが、守れば。




