六日目 侵入 (1)
アジトの工場跡からは少し遠い、物陰が多い位置に車を停めて、そこからは全員が徒歩での移動を始めたのだった。
さっきはやや強引な説得になってしまったが、最終的に協力者の三人は、『この人達はこんなに若くても専門家だ、専門家の言うことは信じよう』と言って、納得してくれたらしい。
いや、『専門家』って。
こういう場合の専門家は、むしろ警察官なんじゃないかと思うのだけれど……
さておき、まだアジトの工場跡は見えないが、工場跡に80mくらいの距離まで接近した辺りで、第一班と第二班は別行動を始めた。
今回、第一班たるわたしと梨乃ちゃんと馬垣くんの三人が、まず裏口に回り込む。そして第二班たる御水見さんと協力者三人組が、第一班と足並みを揃えて、正面から突入するという作戦だ。
従って、まずは第二班をその場に残し。
わたし達は、迂回を始めた。
全員、協力者三人組から配られた警棒とダクトテープ(拘束や止血のために使う)を携帯しているけれど、警棒はわたしや梨乃ちゃんでも扱い慣れている得物なので、ありがたい。
しかも低殺傷武器である。これもありがたい……わたし達には、いくら何でも、人を殺すつもりは無いのだから。
いざという時に迷わないよう、それについては事前にはっきり話し合っておいた。相手が普通の人間だろうと抵抗者だろうと、ADFの隊員たるわたし達は、人間を殺しはしないと取り決めた。
……なに、もしも危なくなったら、わたしが傷付けば良いだけだ。
わたしが、みんなの負傷を肩代わりすれば良いだけだ。
そうすれば、誰も死なない。
ただ、協力者の三人はその点どうなのか、知らない。
知らないけれど、詮索しないし、強制もしないつもりだ。
『僕たちには異能とか無いからね』と言って、彼ら三人は拳銃を携帯していたけれども。
あと、そう言えば赤団は、警察官を殺したこともあるらしいけれども。
ADFに助けを求めるなどという、色々アウトな問題行動を秘密裏に起こしてまで、この犯罪組織を懲らしめようとしているあの三人の内心など、考えたところで無粋だ。
「あの人、襲って来たりしないでしょうね」
「……んあ?」
「ああ……読心術を使うまでもなく、誰のことかわかります」
「何言ってんだお前ら?」
木々が生い茂る中を掻き分けて進んでいく時の、これは小声での会話である。
わたしは先頭を歩いて、なるべく音を立てないようにハンドシグナルで移動方向の調整をしていたのだが、その感じがあの、宇都宮でわたし達が壊滅しかけた時と似ていたものだから……
奇しくも、隆谷寺愁弥さんの手によって壊滅しかけた、あの時と似てたもんだから。
それでつい、喋ってしまった。
梨乃ちゃんや馬垣くんも、流石に工場まではまだまだ距離があるからと、小声で会話に付き合ってくれている。
「馬垣さんは知らないんでしたっけ。私達が、あの宇都宮市のデパートで、如何にして隆谷寺さんに制圧されたか」
「その話か」
「そうそう。あの人は音も立てずに、しゃがみ歩きか何かで隠れて移動していたのよね。今だってこんな風に草むらの中を進んでいるけれど、いつあの時と同じようなことになるか……」
「きゃっ…」
———と。
わたし達がそんな無駄話をして隠密を怠っている時に、背後で梨乃ちゃんが声を上げた。
「っ!?」
「どうした…!?」
ぎょっとして振り返る、わたしと馬垣くん。
振り返った先で、梨乃ちゃんは……
「すみません、岩の突起に躓いてしまいました」
「やめてほんとに……」
わたしは胸を押さえる。
本当にやめて欲しい。まじでびっくりしたから。心臓に悪いから。気を付けてよほんとに。
別に隆谷寺さんそのものがっていう訳じゃないけれど、あの洋服店で味方が次々と消えていった体験が、わたしにはトラウマになりかけているんだから、もう。
あーあ、PTSDになりそう。
「まったく、気をつけろよ……うおっ」
「っ!?」
今度は馬垣くんが声を上げた。
「どうしました…!?」
「蛇を踏むとこだったわ、危ねー……避けて通るぞ」
「あ、はい」
いや……そりゃあ確かに、毒蛇だったら危ないけれども。
単なる野生動物かよ。
またしても拍子抜けな内容に、わたしは胸を撫で下ろしつつ(あんまり大きくない胸を撫で下ろしつつ)、素直に安堵できない微妙な気分になってしまう。
何なんだこの思わせぶりな展開は。
しかし、そんな風に思ったところで気付いた。
これは……この展開は。
それこそ、あの洋服店で地獄を見た時と、まるで同じではないのか……と。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
と思ったが、何事もなく普通に裏口に着いた。
「着くんかい」
「おい、もう黙れ……」
正確には裏口付近の茂みの中だが……馬垣くんも、嫌な予感とか視線とかは全然感じていないらしいし、本当にただのわたしの妄想だった。
じゃあ何だったんだよ、さっきの場面は。
あれ多分、何の伏線にもならないぞ?
気を取り直して、わたしはスマホでメールを打つ。ここでは偶然スマホが圏外になっていなかったので、メールで第二班との連絡を取ることにした訳だ。
『裏口前に着きました』とだけ打って、協力者のKさん宛に送信して。
すぐに返ってきて、『今からすぐに侵入を始めます。そちらも侵入してください』とのことだった。
そんな訳で、わたし達はそのまま茂みからするりと這い出て、忍び足で裏口まで移動した。
工場跡の外壁にぴったりとくっつくように立って、ゆっくりと裏口から中を覗く。
留守でなければ、この中に数十人の悪党が居る筈だ。
留守であっても、そのうち帰ってくる筈だ。
まさか協力者三人組の言っていたことが嘘だとは思えないし、それは間違いないだろう。
……しかし、その割にはやたらと静かなようにも思えた。
偶然、今この辺りには誰も居ないというだけのことなのだろうか。それとも、やっぱり留守なのだろうか。
そんなことを思いながら、しかし警戒は解かないままに、わたしは頭を下げて姿勢を低くして、そのまま工場の中に———這入った。
瞬間、横から頭を殴られた。




