六日目 犯罪組織 (1)
六日目。
ついに最終日の話に移るが、この日は、この日ばかりは、ただの地獄と言わざるを得なかった。
ただの地獄だ。
最も信頼していた相手に監禁された初日、実家との決別くらいしかやることが無かった退屈な二日目、逃げることばかりだった三日目よりも、この日のほうが地獄だったし、それはもう飾り気の無い、単なる地獄だった。
地獄というか、悪夢というか……むしろ、今までが幸せな夢に過ぎなかったのか。
とかくこの最終日だけは、本当に楽しくなかった。
……いや、強いて悪くはないニュースを挙げるとするならば、御水見さんが髪を切ったというのはある。
そう、あの御水見深海さんが、髪を切った。
あれだけ上官から切れ切れと言われ、相部屋の国栖穴さんからも『お前の髪まじで邪魔なんだよ。何で時々、床にこんな長い髪が落ちてるのを拾わなきゃなんねえんだよ、あたしが拾わされるんだよこれ』と言われても切らず、それどころか縛りもしなかった御水見さんが、ここにきてその髪を切りやがった。
一体どういうつもりなのかわからないが、それまで髪の長さだけで彼女を識別していた人からすると、一瞬誰なのかわからなくなるくらいの変化だった。陰で密かに使われていた、『沈黙のラプンツェル』という映画のタイトルみたいなあだ名も、今となってはもう使えまい。
この日の早朝に切ったと思われるが、後から思えば、あるいは御水見さんはこの後の展開を予見して、気持ちの整理として髪を切ったということだったのかも知れない。
この後の展開。
それは決して、この最終日のことだけではない。
「例の組織についてですが」
と、ADF長野県支部・葉川駐屯地に戻ってきた最終日の朝、自室でわたしに向かって、梨乃ちゃんは改まったように言う。
「結局、協力者として募ることができたのは、馬垣さんと御水見さんと、あと隆谷寺さんくらいでしたけれど……良いのですか?本当にやるのですか?」
「うん。人数は大丈夫だし、作戦次第では勝率は8割を超えると思って…」
「そうではなくて、あの……上官に内緒でこんなことをやってしまうというのは、不実ですが」
「仕方ないでしょ、言っても止められるだけなんだから」
「それは……確かに、実際にもそうでしたが、ただ交渉や説得の余地はかなり残っているように思いますよ」
「……」
梨乃ちゃんがしつこく確認してくるということは、わたしはこの後すぐに計画を実行しようという時に、まだ葛藤していたのかも知れない。
梨乃ちゃんのほうが葛藤しているように見えるかも知れないけれど、しかし彼女は、やるしかないという状況になったら迷わずやる凄みがある奴なのだから、本質的に葛藤していたのはわたしだったのだろう。
実は、これは特別休暇の前から知っていたことなのだが、長野県に犯罪組織が発生したのだ。
長野県箕輪町に、発生した。
ただでさえ警察組織があまり機能していないこの環境下で、長野県は他県から来た多数の避難民を抱えていたものだから、そりゃあ犯罪は前々から多々あったが、ここにきて犯罪組織までもが発生した。
ヤクザでさえ市民と助け合うようなこの非常事態で、まさかの展開である。
聞けばその犯罪組織は、相当に悪質らしい。
例えばマフィアの起源説として、元はレモン作りなどの産業を守護するための自警団のような組織だったとか、少なくとも最初はそういう体裁を保ちながらやっていたとかっていう説があるが、件の犯罪組織はそうやって周囲の民衆に一応の恩恵を与えるでもなく、体裁も何も無いままに、ただただ暴力と略奪と凌辱を繰り返しているらしい。
こうまで純度の高い悪党というのも今日日珍しいくらいだ……、わたしが内緒で進めていた聞き込み調査によると、とにかくやっていることの内容が本当に酷いらしい。
さっき言った『凌辱』という言葉は、まず第一に古典的な広義での表現だったのだが、第二に、俗な狭義での表現でもあったのだ……
……いや、ごめん。ちょっと申し訳ないけれど、この部分については具体的な説明をする気にはなれない。
わたしも気分が悪くなるし、なんならもう、例えそれをされた人が誰なのか言わなかったとしても、それをされた人が箕輪町のどこかに一人はいるのだと言っただけで、全ての箕輪町民それぞれに僅かにもそんな忌々しい疑いがかかってしまうのだと思うと、とても言う気にはなれないというくらいの内容なのだ。
例えば、箕輪町の人口が2万人だとして、『〇〇さんが××されました』と言うと、『こいつが××をされた人である確率は100%だ』と思われるという恥辱を、〇〇さん一人に全て背負わせることになる。
一方で、『箕輪町民の誰か1人が××されました』と言えば、『こいつが××をされた人である確率は2万分の1だ』と思われるという恥辱を箕輪町民全員に背負わせることになる。
一見すると、一人あたりの恥辱の量が単純計算で2万分の1になっている後者のほうがまだマシなのだが、しかしそれでもこの場合だと、後者でも全然許されないくらいの名誉毀損的な発言になってしまうのだ。
2万分の1に薄めても、不快になる程の恥辱。
屈辱。侮辱。凌辱。
箕輪町民が、赤団にやられたことは。
赤団が、箕輪町民にやったことは。
そういうレベルのことなのだ。
彼らはそういうことまで、結構やってしまっている。
他にも、暴行や傷害、窃盗や強盗、挙句には警察官を殺したという話まであり、被害に遭った人を見ましたという情報は、大獣害に際して作り出された簡易インターネット掲示板でも散見される。
だと言うのに、その地域の警察組織が上手く機能せず、中々どうして対処に手を焼いているらしい。深刻な人手不足と物資不足だそうで。
そういうあれこれを聞いて、これは許してはならないというか、何を差し置いてでもその組織を止めに行かなければならないと、強く思ったのだ。
これは許せないし、許してはいけない。
そんな訳で、わたし達はこれから、その犯罪組織を秘密裏に取り締まりに行くのだ。
そう、秘密裏にである。自衛隊所属のADFは、そういう警察の領分の仕事には腰が重い。わたし達には今のところ、治安維持のための仕事をさせてもらえる予定は無い。
だから上官にも他の誰にも内緒で、わたし達だけでこっそり勝手に行くのだ。
もう少しこの犯罪組織の情報を詳らかにしておこう。
まず、彼ら犯罪組織は自ら名乗ったことは無いらしいが、地域住民からは『赤団』と呼ばれているので、ここでもその呼称を用いる。
赤団は、長野県箕輪町のとある工場跡をアジトにしていて、構成員の人数は30〜50人と、規模は大きい。
……そう言えば『箕輪町』ってさあ、なんか聞いたことある言葉だと思ったら、『箕輪』っていう苗字の人が葉川駐屯地に居るのだった。そう、巻藁さんと出会った時にわたしがその名を借りて、偽名として使ったくだりがあったけれど……なんだこのどうでも良い偶然は。
えー、さておき、赤団は昼夜を問わず活動する。
リーダーと言うかボスと言うか、首魁らしき人物はこれまで確認されていないらしい。
風の噂によれば、宗教団体的な側面も持ち合わせるらしいが、真偽は不明。
そして、なんとその構成員の中には、抵抗者がいるらしいのだ。
ADFなどの公的組織には属さない、抵抗者。
ここが重要な点である。その抵抗者が首魁だろうとそうでなかろうと、要点だ。
警察の領分だとは言っても、抵抗者が関与しているとなれば、それは普通に考えてADFの出番なのではないか?
警察組織もうまく機能していないことを考えると、もうADFの人員が動くしか対処法は無いのではないか。
なんなら地域の警察が赤団に手を焼いている理由の一つにも、その抵抗者の存在はあるのではなかろうか。
わたしはそう考えるし、だからこそ他の皆も協力してくれて、そもそもわたし達に依頼してきた彼らも……あ。
言っちゃった。
これは説明を後回しにしていたことなのだが、言っちゃったので、もう説明してしまおう。
そもそもわたし達が、どうやってそんな情報を詳しく知ることができたのかという問題についてだ。
大獣害が始まってからもう一年経つが、まだまだ社会の機能が修復途上となっているこの世の中だ、テレビやSNSなどのメディアは使用できない部分が多い。
例えばテレビだったら、放送局というハードウェア的役割を持つ施設が貪食獣によって破壊されてしまったケースが多いからだ。
一応、限られたインターネット機能だけで新たに作り出された簡易インターネット掲示板ならあるので、そこから箕輪町の赤団のことを少しは知ることができるのだけれども、それだけじゃこうまで詳細な情報は得られまい。
それとは別に、箕輪町までどうやって行って帰って来るのかという問題もある。秘密裏につき上官の協力は得られないので、この駐屯地内にある乗り物は使えないし、歩いて行こうにも時間がかかりすぎるため、休暇明けの明日まで帰りが間に合わないかも知れない。
問題の答を述べよう。
実は今回、わたし達には協力者がいるのだ。
それはADFの外部からの協力者であり、ちょうど箕輪町に住んでいた、警察関係者である。
彼らから詳しい話を聞いたわたし達は、彼らから依頼されて、彼らの車で移動して、赤団を取り締まりに箕輪町まで赴くのである。
つい先日知り合った彼らこそが、協力者であり、同時にわたし達が協力する相手でもあり、言ってみれば依頼人のようなものだ。
とは言っても、わたし達は報酬を受け取らない。用意されていたらしいが、後で上司にバレた時に色々と面倒臭そうなので、受け取りを拒否した。
その協力者は3人いて、名前は……いや。
一応伏せとくか。
今後この手記が誰に盗み見されるかわからない。
言っておくと、この手記は時系列的には大獣害が解決して終わった後に書いているものだ。
だから、初日に御水見さんが語り部を務めたのは、別に彼女がこの手記に勝手に書き込んだ訳ではなくて、彼女が書いていた別の手記(恐らくは国栖穴さん辺りにふざけて書かされた手記)の内容をここに書き写したというだけのことだ。
つまり、確かにこれを書いている時点では、もう時効だと言えるのかも知れない。知れないのだけれど、それでも一応念のために、名前を伏せるのである。
彼ら三名にも立場がある。本来なら警察の役目だった仕事を、未曾有の大災害に対処するための人類の希望とも言えるわたし達に手伝わせたなどと、バレてしまったら色々とまずい。警察組織内外から、多様な非難を浴びることだろう。
だからここでは、彼ら三人を便宜的に、Kさん、Mさん、Oさんと呼ぶことにする。
まとめるとこうだ。
わたしは特別休暇の途中、前々から何となく知ってはいたが詳しくはなかった犯罪組織のことを、Kさん・Mさん・Oさんから聞いて、協力を要請された末にわたし達も協力者を募り、そして特別休暇の最終日である今日、協力者全員で箕輪町に行って、悪事を働く犯罪組織を潰しに行くのだ。
わたし…篠守久凪と、紫野梨乃と、馬垣熔巌と、御水見深海と、隆谷寺愁弥と、協力者三人組とで、いけ好かない調子に乗ってる野郎どもをシメに行くのだ。
それはもはや取り締まりなどと呼べるようなものではない。法にも組織からの命令にも則らず従わず、私情を大いに挟みながら、身勝手な行動を取るのだ。
けれども……と言うか、だからこそ?
わたしはこういう言葉が嫌いなのだが、だからこそ、この場ではあえて皮肉として言ってみる。
わたし達は、これから。
正義のために、悪を成敗しに行くのだ。
ぎゃああああ!いやああああ!
恥ずかしい恥ずかしい!いやぁ!
やめてぇ!忘れてぇ!言わなかったことにしてぇ!
待って待って!私情だから!私刑だから!
嫌だ嫌だ!こんな臭い台詞、嫌だよぉ!
言わなきゃ良かった!言わなきゃ良かった!言わなきゃ良かった!言わなきゃ良かった!
気に入らない奴をぶっ飛ばしに行くだけのことでそんな言い方をするような片腹痛い人間だと思われたくないよお!
いやだあああ!うわああああ!




