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五日目 貪食獣と、大獣害について

 貪食獣(どんしょくじゅう)とは、何なのか。

 これは大獣害の根本的な問題だ。無論、こんなことは防衛省でもどこでも既に議論し尽くされていることなのだろうけれど、まあそう言わずに、考えられるだけのことは考えておきたい。

「よく言われるのは生物兵器説ですが、なら誰がどうやって作ったのかという話になりますよね」

 と言う梨乃ちゃんを始め、流石にこの話題には全員が食い付いた。

 否、食い付いたというか、その議論には誰しも参加する義理があるから参加したというだけなのかも知れなかった。言わんや、我々ADFの隊員をや。

「既存(きぞん)の生物をベースにしたようなものが多いんですけど、そうじゃない奴らもいますよね。じゃあ貪食獣は生物ではないのかな?特に宇都宮の砂人形(すなにんぎょう)とかは、もう生物じゃないと思うんですけれど」

「それを言い出したら、そもそもあの砂人形が貪食獣だったのかどうかをまず疑うところですが」

「むむ、それもそうか。っていうか、どうやってあんな馬鹿でかいものを突然出現させたんだろう?元々小さくしておいて、急に大きくしたとか?」

「それについては、荻原さんや左門さんの異能のような例もありますし、無から生み出したという仮説でも良いのでは?」

「梨乃ちゃん、珍しく非科学的なことを言うわね」

「科学はこの際通用しませんからね。そもそも科学は、起こった客観的事実から帰納法で法則を導き出す試みから始まっているので、『世界で初めて発揮する効果による、世界で初めて起こる現象』というものを、科学的に説明することはできません」

「そんなことが現実にあればの話だけれどね」

 

 そんな風に、『貪食獣とは何か』ということを議論しようとしたわたしと梨乃ちゃんだったが、しかし福島県支部の面々は、それとはやや趣向の違う疑問を持っているようだった。


「俺としては、何よりもまず、犯人の動機が気になるんだよ」

「動機ですか。確かに僕も気になりますが……どうだろう」

「動機の話をするんですか?」

「ああいや、勿論そんなことのどうでも良さは理解しているけれども、どうでも良い部分が気になって仕方ないというのが、僕の性分でね」

「……別に、どうでも良いとは思いませんよ」

「どうでも良いと言うか、何て言うのかな……この大獣害に限らず、事件っていうのは解決策を考案することが最重要なんだから、そのための手段として考える犯行手口(ハウダニット)はその次に重要で、更にそれを導き出すための手段として考える犯行動機(ホワイダニット)はあまり重要ではないということになるからさ」

「なるほど、例えば一昔前の男子小学生拉致事件だったら、『なぜそれが流行ったか』なんてことは今だから考えられるような余談で、当時はもう事件の解決と個人個人の防衛手段だけを考えていた人が多かったんでしょうね」

「だからどうしてその事件を擦り続けるんだい?その事件とはまったく無関係の僕が、発言した時に限って」

 なるほど、犯行動機と犯行手口か。

 いや〜勉強になって何より何より。

「とにかく、犯人はどうして世界同時多発的に、こんな状況を作ったんだろうか」

「人類を減らすことで環境保全をしようみたいな、よくある破滅主義的思想ではないのかな」

「人間が嫌いだったんじゃない?」

 社大路さんはもとかく、目品ちゃんの回答のなおざりさは顕著だ。

 この話題に興味が無いらしい。

「梨乃ちゃんはどう思う?」

「さあ……犯人にとって、人間が沢山いると困ることでもあるのでしょうか。人が減らなければ実現しない目標とか……いえ、そもそも犯人などいない偶然の災害という可能性もまだ残っていますけれど」

 それもそうだ。それもそうなのだが、いやもう正直、誰かのせいにしたい。こんな大惨事、せめて誰か特定の個人をどうにか咎(とが)めれば解決に向かうような問題であって欲しい。頼むから犯人がいてくれ。

「ひょっとすると、通信機能に関することかも知れないよね」

 と、隆谷寺さん。

「はい?通信機能?」

「ほら、インターネットでもテレビ放送でも、電波情報の発信には放送局や送信局などの施設が必要になるでしょ?でも貪食獣が現れてそういう施設が破壊されたり、そういう施設が多く点在する都心部から人がいなくなったりしたことによって、今の日本ではメディアがあんまり機能していないじゃん?そうやって情報収集を困難にすることが目的なのかも知れないと思うんだよ」

「そういう見方もありますか。穿(うが)った見方だけれど、となるとその目的も考察しておきたいな」

 と、敬体と常体の切り替えが下手くそな社大路さん。

「まただ。また何か、僕が不名誉なことを思われているような気がするぞ……」

「気のせいですよ」

「いや、だから気がするんだよ篠守さん」

「気ね……気を操るコツを教えようか?」

「武術の話じゃないんですよ隆谷寺さん」

 なんだこの会話。


「話が変わるかも知れないけれど、問題は貪食獣だけじゃなくて、僕達もだ。前々から疑問に思っていたけれど、僕達を『抵抗者』に変化させた人物がいるとして、それは貪食獣を発生させた人物と同一なのかな?」

 と、社大路さんが話の角度を変えるが、そんなに重要な問題なのだろうか?

「別人なんじゃないですか?同じ人がそんな、矛盾するようなことを……」

「矛盾とは限りませんよ。と言うか、そんな芸当ができる人物が複数人も存在するものだろうかと考えると、同一人物の可能性のほうが高いようにも思えます」

「一人いたら二人目もいそうなものだけれどね」

 いや、この辺はもう憶測に過ぎないけれども、まあそれでも暇だし考えてみよう。

「仮に同一人物だとすると、テロリズムではないということになります。では恐らく、主犯にとって、貪食獣を抵抗者が殲滅(せんめつ)していくという流れそのものが狙いなのではないかという話になりますよね」

「それに意味があるとすると……何だろう、抵抗者を英雄に仕立て上げて何かをするのかな?」

「さっきから思ってたんだけど、『貪食獣』とか『抵抗者』とかって、誰が付けた呼称なんだろうね?」

「さあ……防衛省の上層部じゃないですか」

「しかし変ですね。その主犯の意図も知らない無関係な我々を英雄に仕立て上げたところで、主犯のために動くとは限りませんし、得をしない筈でしょうに」

「それはどうかな」

 と、梨乃ちゃんの疑問に対して、隆谷寺さん。

「他者にとって何が得で何が損かなんて、断定できることではないよ。何せこんな大規模な事件を起こすような狂った奴だ、土台、俺達に理解できないような思想や価値観の持ち主なのかも知れない」

 そう言えば隆谷寺さんは、人によって価値観は大きく変わるのだということをかなり強調して言うことが多い。長生きするとそうなるのか、彼の個人的な信条なのかはわからないが。

「なるほど確かにそうですね、隆谷寺さんがわたしを拉致しようとした時に話してくれた動機も、わたしには理解できませんでしたから!」

「やめてよ久凪ちゃん、またそんなことを言って。俺が君を拉致しようとしただなんて、そんな捏造はやめてよね」

「いや真実だろ」

 何を誤魔化そうとしてんだよ。わたしがいつものように虚言を弄(ろう)したみたいな感じにすんな。

 わたしは忘れてないからな?宇都宮市のデパートで、隆谷寺さんがわたしのカラダを目当てにしていたことを。

「篠守さん、僕は前にさ、嘘は休み休みにしないと効果が薄れるよって言っただろう?忘れたのかい?」

「いや、何で社大路さんも騙されてるんですか!確かにあなたは、あの時のことを詳しく聞かされていないかも知れないけども!」

「いやいや〜そんな嘘は通じないよ久凪ちゃ〜ん」

「あんた覚えてろよまじで…!」

「久凪の言葉は本当。私も拉致されかけた」

「普通に喋ってんじゃねえよ御水見さん!」

「なんで君も捏造をするんだよ深海ちゃん」

「わたしは捏造をしてねえよ隆谷寺さん!」

「もうまともな話し合いになってないね……」

 唯一冷静かつ中立的だったのは、ただ議論にあまり興味が無かっただけの目品ちゃんだった。


 もう収拾が付かなくなってきてしまったので、議論の内容も不毛とさえ言えるものだったし、わたし達はこの辺りで議論を中断した……などという理性的なこともなく、結局は自由時間の終了が迫ってくるまで議論のような口喧嘩のような言葉の応酬は続き、最後は自由時間の終わりが近いことを報(しら)せに来た上官によって水を差されて、なあなあで終わったのだった。


 ……因みに、だけれど。

 最初に隆谷寺さんや社大路さんと遭遇したことは偶然の鉢合わせではあったが、最後に上官に水を差された辺りで、わたしはそれとなく、

「皆さん。一応、全員の連絡先を交換しときましょうよ」

 と言った。

 ただ実際のところ、これはこっそり隆谷寺さんとコンタクトを取れるようにするための手段に過ぎなかったのだ。

 翌日の六日目にやろうと思っている、ある行為のための、根回しだったのだ。

 その連絡先に実際にメールを送るのは、実にこの時点から、たったの6時間後である。

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