五日目 雑談
護身術を強制的に教えられるのを面倒臭がった国栖穴さんは、すぐにどこかへ退散して行った。
ナイス、隆谷寺さん。
場の空気が良くなったため、ここは招かれざる客を追い払った功績を賞賛する意味も込めて、隆谷寺さんには少しの間だけ、好き勝手語らせてあげるとしよう。
「いや『好き勝手語らせてあげる』って。なんかさあ、言い方がさあ」
「まあまあ隆谷寺さん。僕も、隆谷寺さんの武術以外の取り柄が知りたいと思っていたんですよ」
「おや?なんだか嫌味っぽく聞こえるぞ……」
「そうだ、今の隆谷寺さんは武術家ですけれど、格闘家だった時期は無いのですか?」
梨乃ちゃんも積極的に訊く。
語らせると言うか、今のところ質問攻めだが。
……今更だけれど言ってしまえば、この辺りはただの長ったらしい雑談パートである。
「乗り気だね君達……えーと、格闘家だった時期もあるよ」
「ありますよね、僕は知っていましたよ。僕がADFに入る前からね」
「え?」
「いやね、隆谷寺さんがプロ選手として試合をしていた当時、偶然その試合を生で観たことがあって、それから別の試合の動画も観ているうちに、ファンになったんですよ」
「なんで今までそれを言わなかったの出雲くん!?」
社大路さんが隆谷寺さんの過去を知っていたらしい。
人の弱みを握ることに定評のある社大路さんである。
「何か不名誉な定評を捏造されているような気がするけれど、さておき隆谷寺さん、折角だから当時のことを話してみてくださいよ」
「当時のことね……えーと、自分の武術を試そうとして、総合格闘技のライセンスを取ってさ?大会に出たりしたこともあったんだけども。ただ、格闘技の本番ではなく、武術の練習として闘っていたからね。格闘技しか知らない人から見れば、あまりに独特で目的がわからないような闘い方に見えたと思うよ、俺の動きは」
「それが良かったんじゃないですか。それで、隆谷寺さんが変わり者の格闘家だっていうことで、一回ほら、同じく変わり者の有名なプロボクサーと、エキシビジョンマッチをやっていたでしょう?」
「ああ、あの子ね。名前は伏せるけど、世界ランカーだったかな?そんなプロボクサーとのボクシングマッチだったね」
やはり隆谷寺さんは、他の多くの武術家とは違って、ボクシングなどの格闘技でも世界レベルの相手と渡り合えるらしい。
「名前は伏せるんですか?」
わたしも気になったので、話に入ってみる。
「それは……うん。とにかく、かなり強いボクサーだったんだ。ただ、腕は確かでもそのボクサーは性格が悪くてね……リングに上がるなり、俺に向かってダーティートークを浴びせてきたよ」
「これから闘う相手にダーティートークを浴びせる訳が無いでしょ!どんな変態ですか!」
「ああ違った違った、トラッシュトークね」
「言い間違いが悪質……いや待てよ?まさか、名前を伏せた理由は、名誉毀損を避けるためか…?だとしたらこの人、ただの確信犯…」
「故意犯」
「ただの故意犯だ!」
梨乃ちゃんの訂正に対する反応と修正の早さが、わたしが周囲から認められている定評でもある。
「んん、やっぱ美味しいなこの抹茶……それにしても、あのボクサーの闘い方は独特だったなあ。かなり若かったんだけど、ちょくちょくダンスのような動きを混ぜてくるんだよね。いや、ただのダンスじゃなくて、それはやっぱりフットワークで、こちらを惑わすためのステップなんだよ。これが厄介でね……ボクシング史上稀に見るタイプという感じだったね」
「ダンスみたいな動きというのは、あの悪魔王子を彷彿させるような動きのことですよね?僕もあの試合を生で観たんですけれど、確かに似ていましたよね」
「……出雲くんが観ていたのは、あの試合だったのか。でもあれは、10年くらい前の試合じゃなかったっけ?」
「そうですよ?僕がまだ未成年の時です。だから僕は結構前から、隆谷寺さんのファンだったんですよ?」
「だからなんでそれを今まで言わなかったんだ!?」
社大路さんはあれかな?
自分の弱みは握らせないタイプかな?
ただ、そう言えば社大路さんは、わたしの知る限りだと、上官と隆谷寺さんにだけは敬語で接するのだ。
それだけ隆谷寺さんを特別扱いしている理由は、年長者への単なる敬意とかかなと思っていたのだけれど、どうやらそんな特別な理由があったらしい。
「他のみんなは観たことが無いかな?でも想像してみて欲しい……リングの上で、一人は古流武術を、もう一人はダンスを駆使してボクシングをしているという光景をね。本当にあの試合は面白かったよ。それで、最終的に隆谷寺さんが判定勝ちしたけれど、相手のボクサーはその数ヶ月後に引退したんだ。隆谷寺さん、貴方に引導を渡されたかのようにね」
「それはこじつけだと思うけども……」
社大路さんと隆谷寺さんの二人で何やら通じ合っているが、わたしは全然よくわからないので、話題を切り替えたい。
もう隆谷寺さんに語らせてもあんまり面白くないことはわかったので、今度は試しに、社大路さんに自分語りをさせてみることにした。
「社大路さん。ずばり、あなたにとって男子小学生とは?」
「あっはっは、どうしてそんな奇妙な質問をするんだい?別にそんな肩書きに思い入れがある訳でもなければ、僕がショタコンだという訳でもないよ。ただ偶然、実家の位置関係と僕のスポーツ趣味の都合で、たまたま近所の男子小学生の子達が親友になっただけさ」
「間違えました間違えました。4年前の社大路さんの趣味を、教えてください」
「え?4年前?」
「そう。4年前の社大路さんの性的嗜好を……」
「変に言い直さないでくれ。……しかし、4年前っていうのはどういうことだい?勿論、僕のスポーツ趣味は4年前だろうと今だろうと変わらないけれども」
「では、4年前に流行した男子小学生拉致事件の時期に、あなたはどこで何をしていましたか?」
「これ尋問だったの!?」
……いや違うな、わたしがしたいのはこんな話ではない。
もう少し、無難な話題でいこうかな。
「社大路さんの異能って、結局何なんですか?」
「え?何って……」
「名前は確か、《霊魂置換法》ですよね?あれは一体、どういう風に貪食獣を無力感しているんですか?」
「……っ」
———と。
わたしのその質問に、社大路さんが少し、本当にさり気なく、ともすればわたしの気のせいかと思うくらいの微妙さで、表情を曇らせた。
それが、その包み隠したような動揺が、却って何か不穏で怪訝なものを窺わせる。
「えーと、あれ?社大路さん、どうしました…?」
「まあ、何と言うかね篠守さん。それについては今のところ、秘密にしておきたくてね」
「はあ……それは、えーと……」
「…………」
社大路さんの返事も様子が変だったけれど、そればかりか隆谷寺さんまでもが、露骨に黙り込んで目を逸らした……って。
あれれ?
無難な話題だった筈なのに、おかしいな……
「諦めたほうが良いよ久凪ちゃん、出雲くんは自分の異能を詳しく語りたがらないんだよ」
と、横から目品ちゃんの声も差す。
恐らく、彼ら福島県支部の中では知られているが、他言したくはないという何かしらの事情があるのだろう。
「篠守さん、僕の異能の仕組みについては、然るべき時に話すよ。その……話すべき時が来たら話すっていうことで」
「わかりましたわかりました、誰にだって秘密の二つくらいはありますもんね!」
「ちょっと待って?その言い方だと、僕が秘密にしている事柄の数が、2個以上だと確定しているかのように聞こえるけれど、どうしてかな?一つは今の話だとして、じゃあもう一つは何なのだろうね?」
「あははー。あなたがさっき、結局最後までわたしの尋問に答えなかったので、お察しなんですよねー」
「あっはっは、何のことだか。大体、問いに答えないことで答を断定されるのだったら、黙秘権は何のためにあると思っているんだい?」
「黙秘権?まるで犯罪者のようなことを言うんですねぇ?」
「僕は犯罪者じゃないよ。趣味が男子小学生とのじゃれあいしか無いだけさ」
「……なんか、言ってることが変わってません?」
じゃれあいって。
余計に怪しくなったじゃねえか。
スポーツって言えよ。
もういい、話題を切り替えよう。
こんな話ばっかりしていてもキリがないので、もっと真剣な話をすることにした。
「ところで、貪食獣って何なんでしょうね?」




