五日目 ADF福島県支部 (2)
「おー、目品いるじゃーん」
「あ、八束ちゃんだー!」
国栖穴さんが、ずかずかと部屋に入って来た。
「どうしたの八束ちゃん?呼んでないけど」
「ちょ待て。目品が言った台詞っぽくすんなや隆谷寺」
「八束ちゃんだ!八束ちゃーん!」
と、隆谷寺さんのイタズラを挟んでから、本物の目品ちゃんは国栖穴さんに駆け寄って笑顔で抱き付いたけれども、わたしと梨乃ちゃんは浮かない顔だった。
「おーよしよし。やっぱり本物は優しいなぁ」
「よく来たね八束ちゃん!ヤニ臭いけど、ささ、部屋に入ってよ!10分間だけここの部屋で休んで行きなよ!」
「ぎゃはははは!あんまり優しくねえじゃねえか!30分くらい居座ってやろうか!」
笑顔のまま地味に傷つきそうなことを言う目品ちゃんだったが、しかし国栖穴さんもその程度で傷付くようなタマではない。
寮で相部屋の御水見さんを探しに来たのかしらとも思ったが、国栖穴さんは御水見さんには目もくれないので、多分違う。
何しに来たのかわからないし、この人もうほんとに苦手だし、わたしとしては居心地が悪くて仕方ない。
「おっと、一人増えたとなると、このテーブルの周りにある椅子だけでは足りなくなりますね」
「じゃあわたしが梨乃ちゃんの上に座る」
言いながら、梨乃ちゃんの膝の上に、目品ちゃんが座った。
残念ながら、わたしがではない。
……わたしがだったら、残念どころでは済まないか。
「ちょっと、再冉さん…////」
「普通に照れてんじゃねえよ梨乃ちゃん」
なに顔を赤くしてんだよ。
わたしにもそんな表情を見せたことは無いのに。
「いや目品、別に良いから、ここに座れよ」
と、今度は国栖穴さんが、目品ちゃんが座っていた椅子を指して言う。
「あたしが目品の膝の上に座れば良いだけだ」
「なんであんたが上なんだよ」
「あん?だったら、あたしの膝の上に目品を載せりゃ良いのかよ?本当にそれで大丈夫なのか?実はあたしは、こう見えてむっつりスケベだったんだが」
「どう見ても『むっつり』と表現するような表情ではないでしょ!その薄ら笑いがあるでしょ!」
「でもスケベではある。確かに、相対的にはスケベじゃあないかも知れんが、しかし絶対的には、あたしはスケベな奴なんだぜ?」
「それはわかってましたよ。国栖穴さんが、絶対にスケベな奴なんだということは」
「絶対にじゃねえよ決め付けんな。絶対的にだ」
「確かに国栖穴さんは絶対に敵ですけれども」
「違う。あたしは味方だ」
やれやれ、何を言ってるんだか。
この2日前であるところの休暇三日目に、わたしにあんなことをしておいて、よくもまあ味方だなどと宣ったものである。
「国栖穴さんは別の椅子に座ってくださいって。あっちにもう一つありますから」
わたしがそう言うと、国栖穴さんはさほど反省の色も何もなく、かと言って抗議するでも無く、
「わーったわーった」
と言って、部屋の隅に立てかけられていたパイプ椅子を取りに行った。
「そうだ、ところであたしは、金を稼ぎたいんだけどよ」
テーブルを囲んでいるわたし達とは距離があるが、窓際に置いた椅子の上に胡座のような座り方をしたままで、国栖穴さんはそんな脈絡の無いことを言い出した。
「一定の条件を満たす、稼ぎ方を探してんだ」
「あー、そうっすか、へえー」
「いや聞けよ」
「お金なら、ADFで働くことで稼げているでしょ」
「まあ聞けって。金を稼ぐ際に、勿論それ自体が多幸感にはなるんだけど、それとは別に働く楽しさみたいなものも求めてんだよ。どうすればそういう副次的に得られる快楽や多幸感を最大化できるかと考えて、今まで生きてきた」
「……それって要は、『自分の好きなことを仕事にしたい』みたいな話では?」
「そうかもな」
いやつまらんつまらん……話題が平凡すぎる。
「いやでも、結構真剣に考えたし、考えてるんだぜあたしは。金を稼ぐために不快になってたり不幸になってたりしちゃあ、本末転倒だろ」
「言うほど本末転倒ですか?別に、幸せになるだけがお金稼ぎの目的の全てじゃないと思いますが」
「んー?金っていうのは快感を得るために使うもんだろ。快感、多幸感、安心感……そういう感覚的な報酬を得るためのもんだ」
悪びれることも恥じることもなく、むしろ誇らしげに自信のある口振りで、国栖穴さんはそんな極論を言うが……
「でも、生きるためにもお金は使いますよね」
「そこだ」
と、わたしの指摘に対し、待ってましたとばかりに素早く指をパチンと鳴らして、そのままその指をスッとわたしに差しながら言う国栖穴さん。
ムカつく仕草だ。いちいちそういうスタイリッシュな感じを出してきやがってこのヤニカスめ……
「生きるために金を使うことはある。じゃあお前よお、何のために生きるんだ?」
「それはまあ……色々と……」
「いや、答えなくていい。てめえの価値観に興味は無くて、今重要なのはつまり、あたしが何のために生きてんのかってこと。そしてその答はこうだ……『快楽を得るため』ってな」
「……」
「うーん……」
「それは……うん」
部屋の中に、微妙な空気が広がる。
何か言おうにも、言いにくい。
そんな時にも、国栖穴さんはここぞとばかりに捲し立ててくるようなことは無い。ただ自分の言葉を突き付けるように、自分の言葉の重みを味わわせるように、相手の返事を待つだけだ。
この人はこういう時に限って、大人しくて、大人びているのだ。
見方によっては、それは好感が持てるというものなのかも知れないけれども、わたしにはどうも気に食わない。
こうまで割り切った思想を掲げて、悟りにも似た諦観を抱き、小気味良さすら感じさせる堕落を遂げた上で、それでも楽しそうに生きている彼女を見ていると、複雑な気分になってくる。
国栖穴八束というこの女性がどんな過去を経験しているのかということを、わたしはそこまで詳細には知らないが、仮にそれを知ったとしても、例え凄惨な過去を持っていると判ったとしても、それでもこういう人は好きになれない。
他のみんなも同様に感じたのか、喋らなくなっちゃったし……部屋の中は、何と言うか妙な沈黙で、変な空気になってしまった。
……因みに、その沈黙を絶ったのは隆谷寺さんだった。
「じゃあ、八束ちゃんにも技を教えようか?」
「話の流れを完全無視!?」
「武術のことしか考えてないのか…!?」
「お金を稼ぐのであれば、そのお金を奪われないようにしないといけないね。護身術でも教えるよ」
「意外と切実!?」
「さあ立ちなさい八束ちゃん!」
「待て待てやめろ違う違う!」




