五日目 ADF福島県支部 (1)
五日目についてだが、この辺りから過ごし方が大きく変わる。
市街地復興のためのボランティア活動の手伝いと称して、わたしを含めたADF長野県支部の殆どは、ヘリに乗ってADF福島県支部まで行くことになった。
……建前抜きで言えば、遊びに行くのである。
こちとら休暇中だし。
でも、仕事…おっと間違えた、課外活動もさせられる予定なのだ。休暇中だというのに、これではまるでブラック企業だよ。
ともすれば、『遊びに行く』のほうが建前なのかも…?
時に『自衛隊』と聞くと、その字面からは軍事力的な面のイメージが浮かぶ一方で、まだ国家間での戦争を経験していない実情から考えると、『災害時などに救助活動をする人達』というイメージも強いだろう。
我々ADFも自衛隊の一部であるが、その我々が今回行う仕事は、街の復興の手伝いである。これはこれで、いかにも『自衛隊っぽい仕事』という感じがするのは、わたしだけではなかろう。
だからここで、『そうだった、わたし達は世界を救っているんだった』と、わたしは二度目の感慨を迎えたのだった。
「おっと、また応援に来てもらっちゃったね」
「やあ篠守さん」
変態とショタコンに遭遇した。
隆谷寺愁弥さんと、社大路出雲さんに、遭遇してしまった。
その日のボランティア活動を一区切り終えた後、長い自由時間を貰って、ADF福島県支部の拠点となっている自衛隊基地に行ったのだけれど、そこでADFの寮を案内された時に、遭遇してしまったのだ。
「僕はショタコンじゃないよ。ただ親友に男子小学生しかいないだけさ」
「俺は変態じゃないよ。ただ何かを殴るのが好きなだけさ」
逃げ出したい気分だったが、わたしと一緒に歩いていた梨乃ちゃんと御水見さんはちょっと足が遅いため、全員では逃げきれないと判断して、わたしは適当に会話に付き合う。
「……お疲れ様です」
「いやー今日は本当に色んな仕事をやったね……ああ、立ち話もなんだし、こっちの部屋に入りなよ」
「お茶も用意するよ。さあさあ」
と、さりげない誘導を仕掛けてくる二人だが、わたしは乗らない。乗りたくない。
「奥に目品ちゃんもいるよ」
「え?目品さんが?どこにですか?」
「梨乃ちゃん…!?」
目品ちゃんの名前を聞いた途端、急に梨乃ちゃんが乗り気になって、部屋の中に入って行ってしまった。
「…………」
「御水見さんも入りなよ……あの、えーと…?入…らない…?」
御水見さんにも声をかける社大路さんだが、わたしはそんなことよりも目品ちゃんを探…もとい、梨乃ちゃんを目で追う。
「わあー!梨乃ちゃんだー!来たんだね!?来たんだね!?」
「お久しぶりです!」
部屋の中を覗いてみると、目品ちゃんと梨乃ちゃんが、ハグをして抱き合っていた。
目品ちゃんは抱きつきながら、ぴょんぴょんと跳ねている。
……いつだ。
いつこんなに仲良くなったのだ。
いや、どこかで接触していれば、目品ちゃんのことだ、仲良くなってもおかしくない。この子は、奇行を取ることを除けば、愛想の良さと愛嬌の多さで人から好かれるタイプだ。別に誰と仲良くなったとしても不思議ではない。
と言うか、そうだ、この子はもはや皆にとっての癒しである。
そうだったそうだった。
再冉目品ちゃん。癒しなんだよ、この子。
異能の効果もそうだけれど、でもそれだけじゃなくて。
「あっ、久凪ちゃんもいる!わーい!久凪ちゃーん!」
「ああ、また会…うおっと!」
「会いたかったよ!本当に会いたかった!もうね、もう本当にね、いっぱい抱き締めるから覚悟して!」
「ちょっと…!みんな見てるから…!」
「ぎゅうぅぅ……」
「お、おお……」
わたしは顔を赤くしつつも、多幸感に身を委ねる。
世界を救おうが何だろうが関係無い。こうして彼女が笑顔で勢いよく抱きついてきた時が、最もADFに入って良かったと実感する瞬間なのだ。
「久凪ちゃーん?」
「いや隆谷寺さん!どさくさに紛れてそんな呼び方をしないでください!あなたはお呼びじゃないし、あなたからはそう呼ばれたくないです!」
隆谷寺さんが、目品ちゃんの口調を真似しやがった。
やめて欲しい。多幸感が台無しだ。
「えー?じゃあ、橋立ちゃんとかにする?」
「名前のほうを変えるな」
そっちじゃねえだろ。
誰だよ、橋立ちゃん。
「とにかく、お茶が入ったらしいよー。出雲くんが家から持って来た高級な抹茶なんだけど、あれめっちゃうまいからちょっと飲んでみてよ」
「いやー……わたしも御水見さんも、今回は遠慮したいなって思っててー……」
「あと目品ちゃんが漫画を持って来たんだよね」
「どこですか何の漫画ですか!?」
御水見さんを巻き込んで断ろうとしたわたしだったが、誘惑に負けてしまった。
部屋に入ると、もちろんADFの寮の一室なのだけれど、うちの長野県支部のそれよりも広めで、ちょっと豪華と言うか、やや贅沢な部屋だった。
そうか、ADFの寮は元々、別の隊が使用していたものを強奪気味に借りて、わたし達に与えられた建物なのだった。即席で用意されたようなものだ。
だから、その寮のクオリティは支部によってかなり異なるのだ。建物の様式が、まるで統一されていない。
「さて、久凪ちゃん。どんな武術を教わりたい?」
「え?」
美味しい抹茶を飲ませてもらっている最中、わたしは隆谷寺さんから当然のようにそう訊かれたが、訳がわからず固まってしまう。
「え、いや……別に、教わりたくは……」
「もう〜、何言ってるのさ。前に、静岡市での任務中にさ、『武術を教えてください』って言ってたよね?」
え、そんな馬鹿な。
わたしがそんなことを言うなんて、そんな訳……
……あ、言ってた。
「そう言えば言ってたあ!!!」
いや確かに、確かに言ったけどさあ!
成り行きで言ってしまったけどさあ!
隆谷寺さん、あんたも根に持つタイプだったのかよ!
「それで、何か教わりたい技とかはあるかな?」
「待ってください……ええと……じゃあ、逃げ技を」
「『投げ技』みたいな言い方をしましたね……、実際にはそんな技は無いと思いますが」
「あー逃げ技ね」
「あるんですか!?」
梨乃ちゃんのツッコミが敗北した。
「ですよねありますよね!武術の中には護身術も含まれますからね!ほら、護身の基本は逃げることだって言うし、戦い方よりも逃げ方を教えて欲しいんですよわたしは!」
「君はなんだか、あはは……似てるな」
「……はい?」
急に、よくわからないことを言う隆谷寺さん。
シンプルに意味不明だけれど……何のことだ?
「何でもない。いやしかし、久凪ちゃんはもう既にしっかりした逃げ方ができるんだから、もっと違う技じゃなきゃ勿体ないんじゃないかなぁ?」
「いやいやいやいや!全然、わたしの逃げ方なんてまだまだですよ!そんなお世辞を言われる程の者じゃないですから!」
「その壊れない身体を利用できる、打撃技が良いよねぇ?」
「それだと貪食獣に通用するとは限らないじゃないですか!」
「いやぁ実際わからないよ。さあ、ちょっと立ちたまえ」
「そ、それは勿論、立ちはしますけれども!」
だって、逃げたいから。
「また始まったよ隆谷寺さんの講習が」
「これ美味しいね」
社大路さんは呆れたように言い、目品ちゃんはそもそも全然話を聞いていないようだった。
「…………」
……御水見さんはいつも通り。
「よし、あの技を教えよう」
「どんな技ですか」
「相手が痛い技だよ」
「いや、何をする技ですか?」
「蹴りだよ。相手が痛がる」
「どういう蹴り方をするんですか?」
「じゃあ、まずは蹴って見せるね!」
「説明をしろぉ!やめてくださいお断りします!そんなことされても、わたしは避けますから!」
なぜか具体的な説明をしない隆谷寺さんが、当たり前のようにわたしの太ももに狙いをつけ始めたので、わたしは慌てて後退りする。
ローキックだろうか?
「今、避けるって言った?俺の蹴りを」
「いやいや違います!挑発じゃないですから!本気で当てにこられたら、わたしには避けられません!でもやめてください!」
「冗談だよ。それで蹴り方についてだけど、脛の骨で相手の脚を蹴るんだよ」
「それ蹴る側も痛いやつじゃないですか!」
「この技はね、脛の骨をちゃんと鍛えて骨密度を高めてなきゃ、蹴りにいった自分の脛が、相手にカットされた時に……えーと、相手の脛の頑丈な部分で受けられた時に、折れちゃうことがあるんだよね」
「ひっ……」
「でも君にはそれが絶対に無いから、安心して常に全力で蹴れるって訳だ。相手はもう避けるしか無い。こんな蹴り技、完成したら恐ろしいことになるぞぉ?」
「恐ろしいのはあなたです!そんなうきうきな態度で説明しても無駄です!骨折することは無いとしても、痛いに決まってます!」
「大丈夫大丈夫、最初は痛いけど、すぐに気持ち良くなってくるから」
「何言ってるんですか!?」
荻原さんかよ。
言うに事欠いてわたしに隙を見せるな。
わたしが隆谷寺さんを『変態』呼ばわりしてイジり倒していることを考えれば、この場でその発言はどう考えても大失敗だろ。
もはや、あまりに意表を突かれてイジれなかったくらいだ……いや、まさかそれが狙いか!?
「さあまずはお手本だ!」
「待ってください!他の技は無いんですか!?」
「えー?」
結局、代替案として教えてもらったのが一本拳だった。
握り拳を作ったまま、中指の第二関節を突き出させて出っ張らせ、そこで中指の下に空いた空間に人差し指と薬指を左右からねじ込んで埋めることで、この手の形は完成する。
真っ直ぐ突くこともできるが、叩くと言うか、引っ掻くようにしてぶつけても強い。
手の形を作るまでが遅いのと、打ち込みながらも手の形を維持するのがきついのはあるけれど、そこは練習次第だろう。
隆谷寺さんの教え方が下手くそだったが、わたしは聞き上手で教わり上手な優秀な人間なので、問題にしなかった(ということにさせてくれ)。
……が、しかし。
これについては後から説明するのだが、その辺りでわたしはとある事情を思い出し、
「あの、隆谷寺さん、やっぱり蹴りも教えてください」
と、言うのだった。
隆谷寺さんはそれを聞いた途端に機嫌が良くなり、サンドバッグの代わりに自分の太ももを差し出してくれて、わたしもこれまでの鬱憤を晴らしてやろうと思って蹴ったのだが、案の定、痛い思いをしたのはわたしの脛のほうだった。
くっそー……、活き活きとした声色でわたしを誉めそやしながら、わたしの全力の蹴りを笑顔で受けきりやがって。
さて、この部屋に招かれざる客が乱入してきたのは、そんな折にであった。




