四日目 巻藁嫋木 (3)
「おおこんなに色々と、凄いですねえ。事前に異能の内容を確認しとったのはこのためやったんですか」
「おや…?」
「おや…?」
医務室から戻って来て、少し遅れて異能訓練に参加した巻藁さんは、その場に用意されていた木材やら鉄球やら、木炭やらプラスチック類やらガラスやらの資材のセットの前に立って、担当の上官にそう言った。
ただ、そのセットは『対物訓練用サンプルA』と言って、攻撃系の異能を持つ抵抗者が訓練する時に使う、巨大なサンプルだった。
てっきり巻藁さんが隠密系の異能を持っているものと思っていた、わたしと梨乃ちゃんの二人は、つい注目してしまう。
……正直に言うと、わたし達もわたし達で訓練をやっている最中なのだけれど。
今、袖を捲り上げたわたしの右腕がぶんぶんと動き回っているところに、タイミング良く梨乃ちゃんが斬撃の糸を出現させて、ちょうどわたしの右手首をぐるぐる巻きに縛っているような状態になっていれば成功だという、訓練をやっているのだけれど。
「ほんなら、これに異能を使えばいいんですね?」
巻藁さんが敬語を喋っていることに、拭いきれない違和感がある。
「ま、異能の名前は後で決めるとして。まずは、この木材を……」
———と。
巻藁さんがそう言った直後に、横向きに寝かせられていた木材から、煙と言うか、灰がほろほろと舞い落ちた。
そして1秒も経たないうちに、木材が破壊された。
木材の左半分だけが消失してしまったところを見ると、正確には、どうやら木材の左半分を灰に変えたということらしい。
ADFに入ってまだ2週間だったとは言え、この時点のわたしだって既に色んな異能を見ていたため、それくらいはすぐにわかった。
しかし気になったのは、木材が灰に変わった回数である。
回数だ。
木材は寝かされて置かれていたので、左右の幅は300cmくらいあった。左半分というのは、そのうち左側の150cmのことだ。
その150cmの部分が灰に変わるという現象は、複数回に分かれて進行していたように見えた。
全体が全て灰に変わって崩壊しきるまでに、8回くらいの崩壊があった。
まず20cmくらい削れて、次にまた追加で20cmくらい削れて。それが8回連続で繰り返されてようやく、木材の左半分は完全に灰と化した。
異能を8回、発動していたのだ。
1秒も経たないうちに、である。
「連発系の異能…!?」
「同じく連発系の《硬化》辺りと比べても、一度に攻撃できる範囲がこうまで広いとなると、変態的なまでの強さに違いありません…!と言うことは、なるほど……理解しました」
見ると、今度は鉄球を左半分だけ灰に変えてしまった巻藁さん。半分だけというのが気になるけれど、しかし強いことに変わりはない。
……まあ、連発系の異能というのなら、梨乃ちゃんも似たようなものだと言えるかも知れないけれど。
梨乃ちゃんの《固定斬撃》の糸は、わたしの体内に埋め込むように出すことだけはできず、もしやろうとしても何も起こらないらしい。だからこの訓練中、梨乃ちゃんは感覚的には『異能を連発していた』そうだが……それは置いとくとして。
「なるほどね、わたしも理解した。巻藁さんを敵に回しそうになったのは間違いだったかと思ったけれど、ああまで致命的な異能であれば逆に人を攻撃できないだろうし、わたしにはあまりリスクが無いと見た」
「何を理解しているんですか。何が『なるほど』なんですか。私が言ったのは、名古屋からここまで徒歩で来ることができた理由についてですが……」
「ただ、左半分だけっていうのが悪趣味だわ。どうしよう、わたしが普段着でジーンズを穿いているところに巻藁さんが異能を使ってきて、ジーンズの裾が左脚の部分だけ消失してしまったら」
「想定するシチュエーションが謎すぎますが……いえ、ちょっと待ってください、そういうデザインのキャラクターを、何かのアニメで見たような…?」
わたしのボケがニッチすぎて梨乃ちゃんに伝わりきらなかったことはさておき、わたし達は訓練をしている振りをしてこっそり喋りながら(梨乃ちゃんも大概不真面目である)、再びさりげなく巻藁さんのほうを見るが、やはりどの資材も左半分だけがあっという間に灰に変えられてしまっているのがわかった。
これがもし、資材ではなく貪食獣だったら……
「あれだけ強ければ、そりゃあ無事にここまで辿り着けるっていうことでしょ」
「そういうことです」
「でもあの異能、射程距離が5mらしいぞ」
「え?それだとかなり接近しないといけませんが」
「そうだな、これくらい接近しないといかんな」
「…!?」
「…っ!」
……と、何か物凄い違和感があると思ったら、わたし達の会話に第三者の声が混ざっていた。
振り返ると、わたしの背後に密着するような距離感で、わたし達二人と寮で同室の上官であるところの、日倭かおりさんが居た。
「私は訓練してろと言ったが?何だその、腕と腕を当て合うだけの動きは。掛手かよ」
「そうですカキエです!この動きと異能を使い分ける練習をしていました!」
カキエが何なのかは知らなかったが、わたしは反射的な虚言で適当に誤魔化してみる。
初めて聞く言葉であっても、相手の言葉を素早く正確に復唱することで嘘を疑われにくくする。そんなテクニックを駆使する時の、頭の回転の早さがADF最速のわたしである。
「じゃあ掛手が何なのか説明してみろ」
「それはもちろん!えーと、何て言えば良いのかなー……手を合わせつつ、この、手をある程度そのぉ……柔らかい動きでこう……いや、言語化が難しいなぁー」
わたしはそんなことを言って時間を稼ぎつつ、梨乃ちゃんに目配せで助けを求める。
「…….日倭さん、もし私が正直に言った場合、私の扱いが変わる可能性はありますか?」
は?
「多少は確実に変わるぞ」
「ちょっ……」
「実は訓練している振りをして他の人の訓練を見ていました」
「ぎゃああああ!?この裏切り者!」
梨乃ちゃんが裏切った!
なんて奴だ、わたしを売るなんて!
くっ…!嘘を吐く判断の早さがわたしの持ち味ならば、正直に話して少しでも罰を軽くする判断の早さが紫野梨乃の持ち味だとでも言うのか…!?
「罰として……じゃあ篠守は、腕立て伏せを20回やれ!」
「に、20回…?」
日倭さんが示した回数の少なさに困惑しつつも、わたしはその場で始める。
どうしてこんなに少ないのだろう…?
日倭さん、こう見えて今は機嫌が良いのか…?
「紫野は……お前、真面目な奴だと思っていたのに、がっかりだぞ。お前みたいな期待外れな奴には、不安定な足場でバランスを取り続ける地獄のような訓練がお似合いだ。さあ今すぐ篠守の上に乗れ!」
「はあああああ!?」
「くっ…!まさか私がこんな不安定な足場の上でバランスを取り続けることになるなんて…!すみません篠守さんこれも上官の命令です悪く思わないでください!」
「足場言うな!待っ…ぐぅぁっ!?」
梨乃ちゃんが、腕立て伏せ中のわたしの背中に乗り上げた。
当然わたしは潰れて、うつ伏せに敷かれる。
「上げろ篠守!」
「無理すぎる…!」
「紫野、しっかり立て!」
「はい!」
「うがあああああっ!」
小柄な女子に過ぎない梨乃ちゃんはかなり軽いのだが、それでもこの時点でのわたしはまだ身体を鍛えている最中だったし、別に強い筋力を持ってはいなかったというのに、思い返せばこれは酷かった。
わたしの体重と梨乃ちゃんの体重を合わせれば、低めに見積もっても、90kgには達するだろうに……
「どうだ篠守!?正確に見積もると106kgになった体重でやる腕立て伏せは!?」
「正確に見積もらないでください!!!」
「上げろ!自分より軽い紫野に乗られているだけだろ!」
「大小関係を明言しないでください!!!」
「止まってるぞ動きが!まだあと7回残ってるぞ!」
確かにわたしの身体は壊れないけれど、そう言えば日倭さんは前に、『あんまり無理はするなよ』みたいなことを言っていた。
この人、この2週間程度の期間にどうして、こうまでわたしに対する扱いが変わったのだろう…?
わたし、なんかやっちゃいました?
「これじゃ訓練にならんな……じゃあ篠守はやり直しで、紫野は篠守の後ろに回って、篠守の両膝の裏側を掴んで、そのまま腕立て伏せをしろ。あと二人とも、腕立て中は常に背骨を固定しろ。もし背骨が撓んでたら、またやり直しだからな」
結局、妥協案としてそんな命令をされた。
そして、それに従って腕立てをするわたし達に、日倭さんは呆れたように言うのだった。
「そもそも、そんなじろじろ見て観察するまでもなく、この後の課業で巻藁の異能を詳しく説明されるんだぞ?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
という訳で、日倭さんの言った通り、その日行われた課業の中で巻藁さんの異能が解説された。
そりゃそうだ。味方の異能の内容も知らずに連係は取れないのだから、その情報の周知は徹底されることだろう。
解説を聞きながら、上腕三頭筋と肘関節の痛みを悔やむわたしだった。
既にわかったと思うが、巻藁さんの異能は、対象を灰に変えてしまうという連発系の異能だ。
そして、そこにはいくつかの条件がある。
自分の身体を対象にできないこと。
自分から5m以内の距離にいる対象にしか使えないこと。
連発速度は無制限だということ。
どれだけ発動しても、対象を元の姿の半分までしか灰にできないこと。
1回の発動につき、最大20cmまでしか灰にできないこと。
その辺りをまず説明された。
そして、わたしは対象の左半分だけを灰にするのかと思っていたのだが、実はそれは対象物の左右を定義しにくい時の話であって、左右が定義できるような貪食獣などに対して使う場合は、その貪食獣の右半身を灰にするらしい。
貪食獣が巻藁さんと向かい合っていれば、確かに灰になるのは向かって左側だし……でも、貪食獣の背後から発動すれば、向かって右側が灰になるということか。
あとは、『1回の発動につき、最大20cmまでしか灰にできない』という表現の意味についても話しておこう。
例えば、わかりやすく人体で考えるとして……まず、右半身と左半身を分割する平面Aを思い浮かべてみて欲しい。
ではその平面Aと平行で、身体の一番右にある部分(右手とかかな?)に外側から接している平面Bを、思い浮かべてみて欲しい。
そして、平面Bを平面Aに向かって20cm移動させると、それがこの異能で一回目に灰にされるかされないかの境界線…否、境界面となるのだ。
二回目の発動では、更に平面Aに向かってもう20cm移動した平面Bが、灰になるか否かの境界になる。その繰り返しで、右半身が完全に消失するまでひたすら連発できるという訳だ。
だから、もしも相手が十字架に磔にされたようなポーズをとっていたら、相手を斃しきるまでにかかる時間は、少し長くなる訳だ。
ただし、平面Aと平面Bとの距離が元から20cm未満である場合には、その距離だけしか灰に変えることができないという訳である。
「あの……今更なんですけれど、巻藁さんは名古屋からここまで来る間に、貪食獣に遭遇したらどうしてたんですか?」
「なんや、もうわかっとるくせに。そないな奴ら、灰に変えといたわ。右半身だけな」
課業後に聞いてみれば、やはりこの戦闘力のおかげで、あんなに沢山の貪食獣が跋扈していた街中を、名古屋からここまで徒歩で来ることができたという訳らしかった。
しかしこの異能は射程距離が5mしか無い。かなりの接近戦を強いられる。
それでも貪食獣との戦いを凌いでここまで来れたのならば、貪食獣の攻撃を躱すような場面もあったのだろうと考えることになる。
加えて、そもそも最初にわたしが巻藁さんにドアをぶつけてしまったのも、足音がほぼ無かったからである。
そんな忍び足の癖が付いていることも考慮すると、やはりこの巻藁嫋木さんという人は、訓練中に上げていた情けない弱音からは想像できないくらいに、只者ではない。
従って、彼女が実戦に投入される前の段階から、既にその底知れない強さは窺い知れていたのだった。
……いや、実はあの時、巻藁さんがドアで頭を打ったのは、わたしもわたしで足音を消していたからなのだけれど。
悪いね、つい癖で隠密しちゃうんだ。
さておき、実際にこの後の数々の任務でも、わたしとは異なる班や小隊で、巻藁さんが攻めの主体となる陣形を構えて貪食獣を殲滅していたことは少なくないと聞く。
攻撃力や破壊力のレベルで言うなら馬垣くんや梨乃ちゃんのそれにも匹敵するこの異能は、直後に《アシュリー》と命名された。
皆がふざけて当て字を使っている中で、まともな漢字だけの名前ならともかく、珍しいことにまともな片仮名だけの名前の異能である。
この相当な戦闘力と、意外にも、案外、割とそれなりに常識人っぽいこともあって、巻藁さんへの周囲からの評価は、『何だかんだ言っても頼もしい人』という内容に落ち着いたのだった。
わたしも、そう思っているし。
それが、巻藁嫋木という人物なのである。
さて、この辺りで回想を終えよう。
「じゃあ次はあたしと嫋木とで対戦か……よし倒すぞ」
「えろう元気やなあ。この格闘ゲームの頂点を決したいんやったら、うちを一二の三で倒してみい」
「だははは!良いのかよそんなキャラ使って!」
「わからんの?胸を貸したる言うてんねん」
「じゃあ、あたしの胸はお前にやるよ」
「誰が胸を交換したる言うたんや」
少しだけ特別休暇四日目の話に戻すけれども、この日はついに巻藁さんの家に訪問して、家に元からあったり国栖穴さんが持参したりしたテレビゲームで、みんなで遊ぶことになった。
今は、まさにその国栖穴さんと巻藁さんとの対戦中だ。
「おうおうどないしたんおどれ?そないに隅っこで縮こまって……あっ!?なあっ!?」
「何か言ったか?縮こまってるって何だよ?これが縮こまってるってことなのかよ?なあおいどういうことだよ嫋木ぃ?ん?ん?」
「待て!なんやそれ!なんっ…ちょっと!?操作できない!なんで操作できんのや!それやめろ!いやぁ!ハメてくんのやめろって!待て待て待て!話せばわかる!謝る!謝る!ぎゃああああああ!!!」
……やっぱり、頼りないかも知れない。
この人、ほんとに何なんだろう。




