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四日目 巻藁嫋木 (1)

 四日目……はあんまり何事も起こらず、ただ集まったみんなで穏便な遊びをしていただけだったので、割愛する。

 代わりにここらで、さっきから登場している巻藁嫋木(まきわらそよぎ)さんについて、改めて詳しい紹介をしておこう。


 巻藁嫋木さん。女性。年齢不詳。

 京都出身だが、両親は別の地域出身らしい。

 髪型は短髪の散切りで、時折(特に何も起こっていない時に限って)見せる、冷ややかな微笑が特徴だ。

 『大獣害』の直前にはたまたま愛知県の名古屋に滞在していたため、貪食獣が発生してからはすぐに長野県に避難して来れたそうだ。

 距離の問題があって、わたしがADFに入った時よりも2週間くらい遅れて入ってきたのだけれど、まずはその時のことから語ろうか。


「痛っ」

「おっと!」

 わたしが寮の自室から出ようとしてドアを開けたところ、部屋の左から来ていた彼女は、ドアで頭を打ったようだった。

 見ると、既にADFの黒と白の制服を着ている。

「すいません、つい急いでて!大丈夫ですか?」

「……あんた、ここでそれなりの期間過ごしとるん?」

「え?2週間くらいですけれど……」

「なるほど。いや構へんよ……勉強になったさかい。なんせここの人らは戦闘集団やろ、そりゃあ乱暴な動きがお上手な訳やわぁ」

「……」

 お?喧嘩か?

 初対面で出会った直後に皮肉を言われたとなれば、これは普通に喧嘩を売られていると解釈するぞ?

 買うぞ、わたしは。

「大丈夫なら良かったです!わたしも世間知らずなもので、ドアという物がどの地域にもある物だと思い込んでいました!いやぁ、部屋の外から外開きのドアの前に立つことの愚かさも知らない人がいるくらいにドアが少ない地域があるなんて、世界の広さに胸が躍るような気分ですよ!」

「活発な子やなぁ。身体も鍛えてはるみたいやし、精神的にも随分若い子やわぁ。こんな明るい子を前にしてしもうたら、常識も良識もよう説かんなぁ」

「関西の方(かた)ですかね?こことは文化の違いがあるかも知れないのに、あえて常識などという曖昧な言葉で片付けるなんて、すごく大胆ですね!なるほど、人は自分や周囲の考え方だけを見て常識というものの内容を判断してしまうというのは、こういうことですか!お蔭(かげ)様で、カルチャーやマナーよりもルールが重要視される昨今の風潮を理解できました!こちらこそ勉強になりました!」

「元気に喋ってるところ悪いんやけど、うちはここに来てまだ初日や、どこに何があるのかわからんねん。あんた、ちょっとここの案内をしてくれへん?それやったら学のある無しに関係ないさかいに、あんたでも詳しいやろ?」

「いやいや、そこはやっぱり、見かけた人に片っ端から話しかけて、あとは自分だけで行くことをお勧めしますよ。そうすれば自分のコミュニケーション能力を省みることもできますから、一石二鳥では?」

「あらまあどうも、参考になる助言をおおきに。見取り図探すわ」

 そんな一般的な楽しいガールズトークを途中で切り上げてしまうのは名残惜しかったが、あまり時間を費しすぎても仕方ないので、わたしは部屋から右側に歩き出した。


 巻藁さんも同様に、右側に歩き出した。


「…………」

「…………」

 ……いや、確かに左から来ていた彼女が右に行こうとするのは当たり前なのだが、なんでこういう時に限って、わたしと進行方向が被るかね!?

「…………」

「…………」

 わたしと彼女は、前後にも左右にもそれなりの距離を取りつつ歩こうとするが、どっちが抜かしてどっちが置き去りにされれば良いのかわからず、逆に歩調を合わせるような感じになってしまう。

 無言のまま、謎の状況は続く。

「おどれ、名前は何て言うん?」

「…っ!?」

 いや、続かない!?

 馬鹿な!?この気まずい空気を、こんなに早い段階で、あっさり破っただと!?なんて奴だ…!

「しの…あっいや、箕輪(みのわ)さんです」

「嘘が下手くそすぎるやろ。おどれのその感じで、自分の名前に『さん』付けをするキャラな訳があらへんやろが」

 本名を教えるのが何となく嫌で偽名を使ったわたしだったが、動揺してなおざりな内容になってしまった。

「もとい、篠守(しのもり)久凪(くなぎ)です」

「あらぁ、良い名前。勿体無いくらい素敵な名前やなぁ。うちは巻藁……巻藁嫋木いうもんや。同じ道を歩くからには、道案内してもらうで?」

「もう良いですよそれで。どっちが悪かろうと、確かに頭を打った被害者はあなたで、加害者はわたしですよーだ」

「あははは、面白い奴。ほんならあの……座学室って言うん?なんや、講堂みたいな場所があるんやろ?そこに案内しい」

「わたしも最初からそこに向かってますし、良いですよ」


 という感じで、わたしと巻藁さんとの初対面には、正直に言うとやや険悪な雰囲気(ふんいき)の掛け合いがあった。

 わたしとはまた少し違った趣向(しゅこう)の嫌味ったらしさがあるが、それとは別に気の強そうな女の人だという第一印象が、この時点では生じていた。

 あんな会話をした後で、いきなり二人称代名詞をフランクな言葉に切り替えて、恐らくは素で話しかけてくるくらいの、強靭なメンタルを持つ人なのだという、第一印象になった。


 しかし、この後わたしは思い知ることになる。

 『第一印象で9割決まる』なんていう言葉があるが、この『9割』は成分の話ではなく、確率の話となる場合もあるのだということを。

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