三日目 荻原萩原 (1)
本来ならば3人の女の人と一緒に寝る予定だったので、一見するとこれは本来の予定に近い展開かのようにも思えるかも知れないが、しかし本当にそうとしか思わないくらいには、わたしは鈍感ではない。
鈍感ではないのだ、危機に対して。
「へえ、中々広いじゃないの」
「……ッス」
微妙すぎる返事をしながら、わたしは嫌な予感に焦っていた。
「真鈴さんとかいないんですかね……」
「え?さっき全く同じ質問をしてなかった?」
「あっすいません」
焦りすぎて、会話も不自然になってしまう。
「篠守ちゃんは普段、寝る前とかに何をして過ごすわけ?」
「スマホをいじるだけですけれど……」
「断言するけれど、それはどちらかと言えば退屈な過ごし方なのよ。他にも、かなり気持ちの良い過ごし方があるっていうのに」
「そっ、それについては後で聞きますけれども、それより夕食は何が出るんでしょうねーいやあ楽しみだなー」
「…………そうね」
いや、思い返せば、ここでわたしは先延ばしにするべきではなかったのかも知れない。
彼女が言う『寝る前の過ごし方』とやらについて、ここで詳しく聞けば良かった。
そうすれば、もっと早く逃げ出せたのかも知れないのだから。
時間になると、わたし達二人は食堂に向かった。食堂と言うか、メインダイニングである。
夕食は日替わりだということだったが、その晩は魚と葉物野菜のソテーとか、ポタージュとか、質素と言っても上質な料理が出てきたため、そこは喜んでご厚情に預かった。
「ん、前に行った所より美味しい」
と、荻原さんも好反応だったので、品質は間違いない。わたしの肥えていない舌が、それでも鋭敏に感じ取ったあの美味は、錯覚ではなかったということだろう。
そして、このホテルで快い思いをしたのは、それが最後だった。
「じゃあ、私は先に部屋に戻ってるから」
「はーい」
と、先に食べ終わって席を立った荻原さんを何気なく適当に見送って、わたしはそのまま食べ続けた。
この『大獣害』に見舞われた社会情勢で、ビュッフェ形式をとる飲食サービスは少ない。今じゃ大抵のホテルでは定食形式の食事提供が行なわれていて、食事内容は決まっているが、食事の量は希望に応じて調節してもらえるというシステムである。
そこでわたしは間違えて多めの食事を頼んでしまったため、食べ切れない訳ではないのだが、普通の量を頼んだ荻原さんよりは食べるのに時間がかかってしまった。
時間をかけている間に危機感が抜けてきていることも、自覚せずに。
そして、食べ終えてから遅れて部屋に戻ったところで、その危機はわたしを待ち構えていた。
「あ、篠守ちゃん。そこのお水取って」
「………」
部屋に戻ると、下着姿の荻原さんが浴室から出てきた。
黒である……じゃなくて、なぜ下着姿なんだ。
部屋風呂でシャワーを浴びたんだろうけれど、なんで下着姿のまま出てきたんだよ。服を着てから出てこいよ。
このホテルは部屋の中でも靴を履き続けることを前提とした施設だから、荻原さんもスリッパくらいは履いているけれども……
「バスローブはどこだったか……ねえ、お水を取ってよ」
「は、はい」
わたしは言われるがまま、すぐそこにあったお高い硬水の入ったボトルを手に取り、荻原さんに手渡すために歩み寄る。
対して荻原さんは、それを目で確認しようともせず、バスローブを探している……
かのような、振りをしている。
「どうぞ」
「ああ水ね、ありがと……ねえ篠守ちゃん、この一番下の引き出しの中を探してくれない?」
「え?自分で探せば…」
「私じゃ身長が高いから難しいのよ。ほらここ、ちょっと手を入れてみなさいな?篠守ちゃんなら多分いけるから」
「これなら別に、荻原さんでも多分…」
「良いから入れなさい」
「はい」
わたしは半強制的に、部屋の隅にあった箪笥の一番下の引き出しに、上体をのめり込ませられながら、検分させられることになった。
わたしより高身長の、けれども引き出しの中を探りにくくなる程ではない筈の、下着姿の荻原さんに、纏わり付かれながら。
「もっと身体をしっかり入れて探さなきゃ駄目よ。ほら、ちゃんと腰を落として」
「いや、もう普通に一番奥まで手が届い…うわっ!?」
「駄目よそんなへっぴり腰じゃ。ほら、しっかり身を低くして」
「ちょっ!ちょっと待って待って待って!」
どさくさに紛れて、わたしの腰の周りやお尻を触ったり、わたしのお腹の辺りに腕を巻き付けるようにしつつ、素肌を当ててのしかかってきたりする荻原さんに、堪らずわたしは脱出した。
「何よ、引き出しの中に何か居たの?」
「そうじゃなくて!荻原さん、身体が…!」
「私の身体が何よ?良い身体だって?」
「違いますよ!た、確かに良い身体ではあるんですけども!」
「ありがとう」
「いや、あのですね、わたしの身体を触ってきたことについてですね…」
「あらごめんなさい、良い身体だと思ってね。脱いだら凄いんじゃないの?」
「え……////いや、別にそんなんじゃ……////」
「本気で照れないでよ……ちょっと?そんなに赤くなるようなこと?いやいや、ちょっとあんたどうしたのよ?やけに顔を隠すじゃない?そんな情けない反応をされても困るわね、もっと私をよく見なさいよ」
「なんで見る必要なんかあるんですか」
「いや、これは言葉の綾だったわ。つまり、見る必要は無いけれど、見ないようにする必要も無いでしょ?女同士なんだし。そんな露骨に視線を逸らされても変な感じだから、やめなさいって」
「…………」
言っていることは尤もらしいが、しかし何か決定的に引っかかるものを覚えつつ、まあでも言っていることは尤もらしいので、わたしは恐る恐る、見てみる。
荻原さんの身体つきを、軽く観察する。
適度に鍛えられ、引き締まった筋肉……
以上。
「観察しろとは言ってないし、観察した割には感想が短い!」
駄目出しをされた。
駄目出しをしつつ、当たり前のように箪笥の二番目の段を開けてバスローブを取り出し、それを着る荻原さん。
バスローブの位置、把握してたんかい。
……待て!忘れそうになったけれど、わたしにボディタッチをしてきた件についての追及がまだ済んでないじゃん!
「……話は替わるけれどね。これに関しては恥ずかしがらなくても良いのだけれど、篠守ちゃんってもしかして、そういう趣味ある?」
と、荻原さんはいきなり、自然な流れを装って、平然とそんな質問を投げかけてきた。
『そういう趣味』が何のことなのか、わたしにはすぐにわかった。
「いやいやいや!そんなそんな!わたしにそんな趣味があるだなんて、いやいやまさかそんな!わっわたしはただ、綺麗な肉体が好きなだけで!」
「その焦りようはどういうことよ……って言うか、『綺麗な肉体が好き』って、だったらそういう趣味があるじゃないの」
「ちっ違いますよ!違うでしょそれは!ボディビルディング全否定ですか!?彫像とかそういう美術作品全否定ですか!?」
「でも、あんたが見てるのは女の子の肢体だけでしょ」
「そ、そうですけども!」
待ってくれ、違うんだ。
確かにわたしは、本当は違うんだけど、でも日頃の寮内での梨乃ちゃんとの相部屋生活を思い出してみると、傍から見ればそうだと誤解されるような部分が無いでもない。
でも本当は違うんだよ。もうね、よく誤解されちゃうんだけど、いやあ紛らわしくて悪いんだけれどね、勘違いしてしまうのも無理は無いんだけれどね、でも違うんだよ。
違うったら違う。
「私は別に否定してないし、そう恥ずかしがることではないと思っているけれど。人間誰しも、男女を問わず、綺麗な肉体を見るのは心地良いことなんだから」
「そ、それは…!」
それはめっちゃわかるが、でもここでそれを認めたら話の流れがやばくなるという直感は、もう確信に変わりそうだ。
「ま、それくらい別に何でも良いじゃないの。そういう自分の趣味嗜好も、認めてあげたら良いじゃないのよ。人生、自分を肯定せずにいて幸福になれるものじゃないんだし、それが自分なのであれば、それを受け入れたら良いでしょ?」
「そうかも知れませんが…!」
「大体、多様性の尊重が叫ばれるこの時代に、そんなことを言っていては駄目ね。他の人の少数特性を容認する前に、まず自分の少数特性を容認しなきゃ駄目よ。そうやって自分を認めようとしない人間は、その自分の要素を持つ他の人のことも認めようとしなくなってしまうんだから。それは多様性を尊重していないってことでしょ」
「それはね?まあそれは確かにね?そうかもですけどぉ」
「って言うか篠守ちゃんはもう17で、もう少しで18になるんでしょう?なのにまだ経験は無いんでしょう?そういう自分のリビドーと合理的に向き合わず、ただ抑え込むばかりだからそういうことになるのよ。私はよくやってるけど、しっかり発散しなきゃ」
「それはあの……ん?」
ん?
今、何か変なことを言わなかったか?
「あ、あの、荻原さん、今」
「あーもうまどろっこしい……仕方ないわね」
わたしの動揺を気にも留めず……いや。
わたしの動揺を無視して。
荻原さんはそんなことを言いつつ、妖しげな笑みを浮かべて、ずいっと身を寄せてきた。
そしてわたしに、唐突で出し抜けで、けれども予想通りの、ある提案をした。
「篠守ちゃん。今から私とえっちなことをしなさい」




