【第83話後編:配電盤・給湯・工事の始まり】
【Scene 6:一点突破の結実】
智子は、助手席に積み上げた膨大な書類の束を一度だけ見やり、指定確認検査機関の入るビルへと車を走らせた。
この3週間、彼女が積み上げてきたのは、単なる書類の作成ではない。 市役所の各課、保健所、消防署、そして近隣住民。 一つひとつの壁に対し、持ち前の笑顔と緻密な論理で「外堀」を埋めてきた、一点突破の軌跡だった。
「おはようございます。リパルテンツァの智子です。建築確認申請の件、本申請に伺いました」
受付のカウンターに置かれたのは、修正一つない完璧な図面と、関係各課の「同意」がすべて揃った申請書類だ。 対応した担当者は、その厚みと整理されたインデックスを見て、思わず驚きの声を上げた。
「これは、事前相談の指摘がすべて完璧に反映されていますね。智子さん、通常ならここまでの調整には2ヶ月はかかりますよ」
「この町の農家さんたちとの約束ですから。1日の遅れも出したくないんです」
智子は静かに、しかし断固とした口調で告げた。 彼女の背後には、今の農業を変えるという巨大なビジョンがある。 それを絵に描いた餅にしないために、彼女はこの3週間、誰よりも現場と役所を往復し続けてきた。
担当者は、書類の一枚一枚を丁寧にめくり、最後に受領印を手に取った。 静かな室内に、重みのある印影が書類に刻まれる音が響く。
「受理いたしました。これだけの事前準備があれば、審査もスムーズに進むはずです。適合証明の発行まで、しばらくお待ちください」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
智子は深く一礼し、受付を後にした。 ビルの外に出ると、3月の乾いた風が頬をなでた。 ようやく、計画が「紙の上」から「物理的な現実」へと動き出すための最大の関門を突破したのだ。
確保された5000万円という資金。 そして、今受理されたこの書類。 リパルテンツァという組織の両輪が、今まさに力強く噛み合い始めた。
智子はスマートフォンの画面を開き、短いメッセージを送った。
『建築確認申請、受理されました。これより550坪の土地におけるA棟および事務所の着工準備に入ります』
彼女の視線の先には、広大な土地に建つはずの、新しい農業の拠点がはっきりと見えていた。 一点突破のスケジュールは、彼女の執念によって、ついに完遂されたのである。
【Scene 7:鉄の墓場の王と、通い合う呼吸】
夕闇がスクラップ場を包み込み、油と鉄の匂いが一段と濃くなる頃、佐藤は3トンのトラックをヤードの奥へと滑り込ませた。 泥を跳ね上げ、唸りを上げるエンジンの音に合わせるように、奥のガレージからガハハという豪快な笑い声が響く。
中村会長が、大型の油圧ショベルの影から姿を現した。 首には煤けたタオルを巻き、その手は重機をいじり倒した証である黒い油にまみれている。
「カカッ! 佐藤、この時間に来るってことは、例の『ゴミ』を漁りに来たんだな」
佐藤はトラックの荷台を操作し、積み込みの準備を整えながら、2個上の先輩に真っ直ぐな視線を向けた。
「ああ。本格的に動く前に、まずは18台ほど運ばせてもらう。手元でバラして、ニコイチの算段をつけたいんだ。会長、いいのを避けておいてくれて助かったよ」
「いいぜ、好きなだけ持っていけ! 50万も先に叩き込まれてんだ、細かい数なんていちいち数えてられるか。ここにあるボイラーは全部、お前さんのもんだ」
中村は積み上げられた石油給湯器の山を、自慢のコレクションを見せるかのように無造作に指差した。 年度末の交換ラッシュで運び込まれたそれらは、一般人にはゴミに見えても、この二人の目には熱源という名の「資産」に見えていた。
佐藤は手際よく、18台のボイラーを荷台へ固定していく。 1台ごとにガッチャを締め上げる重厚な音が、静かなヤードに響き渡った。 作業を終え、佐藤は中村に向き直る。
「会長、悪いがもう一つ頼みがある。明日の朝、うちの若い女の子が一人で1トンタンクを運びに来る」
「あん? 女の子が一人で50基か。そりゃまた、無茶なことをさせるな」
中村が意外そうに目を丸くする。佐藤は微かに口角を上げ、確信を込めて続けた。
「だから、そっちのフォークを貸してやってほしい。何でも運転できる子だ。機械の扱いは心配ないから、面倒を見てやってくれ」
「カカッ! お前がそこまで言うなら、相当な腕なんだろうな。分かった、キーを刺したままにしておいてやるよ。面白い子を寄こしやがって」
中村は豪快に笑い、佐藤の肩を厚い手で叩いた。 そこには、佐藤が選んだ人間なら間違いないという、現場特有の深い信頼があった。
「助かる。明日、よろしく頼む」
佐藤は短く礼を言い、18台のボイラーを積んだトラックの運転席に飛び乗った。 バックミラー越しに見える巨大なスクラップ場。 そこは、リパルテンツァの「智」と「力」が融合し、新しい価値を生み出すための、最初の供給源だった。
【Scene 8:有志の光と規律の署名】
拠点の納屋「青豆腐」に、終業の空気が流れ始めた頃だった。 スタッフたちが片付けを終え、各自が荷物をまとめようとしたその時、一台の大型配送車が砂利を鳴らして入ってきた。
「リパルテンツァ様、お届けものです! 精密機器の箱が24個、かなり重いので荷下ろし手伝ってもらえますか!」
配送員がバックドアを開けると、そこにはメーカーのロゴが入った長細い段ボールが隙間なく積まれていた。 佐藤は納屋の入り口に立ち、積み上げられていく荷物を確認した。
「ご苦労。智子、北脇さん。荷物は届いたが、もう終業だ。今日はそのまま帰りなさい」
佐藤はそう言い残すと、自ら二箱を抱え上げ、歩き出した。 だが、智子と北脇は動こうとしない。
「佐藤さん、これ24個もあるんですよ。一人でやるつもりですか?」
北脇が声をかけるが、佐藤は足を止めずに答える。
「これは残業じゃない。俺が勝手にやる仕事だ」
すると、智子が慣れた手つきでタブレットを掲げ、空中に向かって指示を出した。
「ヴェル、例の『アレ』を出して。勤務時間外の有志参加用フォーム」
『了解しました。自己責任による技術研鑽および自主訓練への参加同意書、ならびに機密保持誓約書を端末へ展開します』
ヴェルの冷徹な声が響き、画面に電子署名の枠が表示された。
「これにサインすれば、これは業務じゃなくて私たちの『自発的な学習』になります。そうでしょ?」
智子が迷わず指を走らせて署名し、北脇もそれに続く。 そこへ、今日一日北脇と共に仕事をしていた大橋が、不思議そうな顔で歩み寄ってきた。
「北脇さん、何ですか、その怪しい書類は?」
「これ? 最新LEDの設置学習への参加パスポートですよ。佐藤さんの技術を間近で盗めるチャンスです」
北脇の説明を聞いた大橋の目が、パッと輝いた。
「学習ですか。それなら私もサービス残――いえ、将来の農業エンジニアリングを学ぶために参加します!」
大橋が奪うようにしてタブレットにサインを書き込む。 その熱気に引き寄せられたのか、事務所から帰ろうとしていた他のメンバーも次々と集まってきた。
牧野、米田、藤田、森田、稲葉優斗、木村七海、そして上原舞。 リパルテンツァの面々が、佐藤を取り囲むように立ちふさがる。
「ちょっと、皆さん。私たちをのけ者にするつもりですか?」
木村七海が冗談めかして言うと、他の面々も口々に賛同した。
「苗プラントの心臓部ですからね。仕組みを知らないと明日からの管理に支障が出ます」
「稲葉くんも、制御システムの勉強になるだろ?」
次々とタブレットに署名が刻まれていく。 その光景を、フレイヤが慈愛に満ちた声で見守っていた。
「佐藤様。皆さんの志は、規律さえも味方につけてしまったようです。共に歩みたいというその想い、無下にはできませんね」
佐藤は呆れたように息を吐き、24本のLEDを見つめた。 本当は、今育てている30粒の苗を照らすために、たった2本だけ一人でつけるつもりだったのだ。
「いいか、今はまだ30粒の実験中だ。全部つける必要なんてないんだぞ」
「いいじゃないですか。24本全部灯ったプラントがどれだけ明るいか、今のうちに見ておきましょうよ」
「ヴェル、どこか焼き肉屋予約入れておいてくれ。11名だ」
『マスター。規律違反の免罪符としての福利厚生ですね。海帆市内で深夜まで営業している、最も肉質の論理値が高い店舗を押さえます』
【第83話:収支報告】
【前回の資産:1,395,020円】
【収入:4,920,000円】
「SILK & RAVAGE 99」着金(410個分):4,920,000円
【支出:217,500円】
爪とぎ「Wood & Ravage 99」海外発送送料(50枚×3,000円):150,000円
毬「Silk & Ravage 99」海外発送送料(45個×1,500円):67,500円
【現在の資産(メイン口座):6,097,520円】
【納税・社保引当金(聖域):1,472,000円】
【税金防衛額(節税成功分):2,823,975円】
【個人資産(佐藤):6,100,000円】
【役員借入金残高(佐藤への債務):5,000,000円】
【第83話:完】
【偉人の言葉】 「情熱とは、現状のデータを書き換え、不可能な数値を可能にするための最強のパッチである。」
いや、ブラックっぽくて嫌なんだけどねぇ。。。。
新しいものはやりたいっていう人は一部いるとは。。。




