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【第79話後編:12人の美女の残りが来た】

【Scene 3:納屋の咆哮、職能の移譲】


 苗プラントの重厚なドアを閉め、佐藤は軽トラを走らせて納屋へと戻った。 引き戸を開けると、そこにはマタタビの濃厚な香りと、木材を削る鋭い駆動音が充満していた。


 作業エリアでは、健治と三人の部下たちが、昨日運び込んだばかりのシナノキの端材と格闘している。 集塵機が木屑を吸い込む低い唸りの中、牧野と藤田も治具の調整に余念がない。


 佐藤は耳栓を外し、健治の元へ歩み寄った。

「健治、昨日運び込んだ材の進捗はどうだ。カットとR取り、それに研磨。残りはどれくらいある?」

 健治は防塵マスクをずらし、額の汗を拭った。


「カットは全部終わらせた。R取りが六割ってところだな。研磨は根気がいるから、まだ三割程度だ」

 彼は山積みにされた加工済みの板を親指で指し示した。

「B級品とは言え、佐藤が選んだ材だ。磨けば磨くほど、いい面構えになりやがる」


 佐藤はその中の一枚を手に取り、指の腹でRの滑らかさを確かめた。

「いい仕事だ。これなら98ドルの価値を十分に担保できる」

 佐藤は板を丁寧に戻すと、作業の手を止めてこちらを見ていた牧野と藤田へ視線を向けた。


「健治、悪いがちょっと牧野と藤田を貸してくれ。別の場所の段取りを済ませておきたい」

 健治はニヤリと笑い、再びサンダーを握り直した。

「おう、構わねえよ。こっちの荒仕事は俺らだけで十分に回せる」


 牧野と藤田が、佐藤の背中を追うように事務所「青豆腐」へと向かった。 静かな納屋の中に、再び木材を研磨する硬質な音が響き始めた。



【Scene 4:27歳のお勉強】


「牧野、藤田に二級建築士を取らせたいと思う」

 青い断熱材に包まれた事務所の静寂を、佐藤の唐突な一言が切り裂いた。

 牧野は驚きで目を丸くし、隣で固まっている藤田の顔をまじまじと見つめた。


「藤田の筋は確かに悪くないです。ですが佐藤さん、いきなり国家資格とは。本人の前で言うのもなんですが、またえらく高いハードルを用意しましたね」

 牧野は呆れたように、だがどこか期待の混じった溜息をついた。


「ヴェル、計算してくれ。今から毎日五ヶ月、十五時から十七時をヴェル相手に勉強させる。合格率をはじき出してくれ」


『あはは!マスター、本気でその未熟な個体のプログラムを書き換えるつもりですの?藤田さんの現在の処理能力と、私の超高効率な教育プログラムを同期シンクロさせますわ。


 一日二時間、五ヶ月で合計三百時間。私の徹底的なデバッグに彼が耐えられるなら、合格率は八十二パーセントですわね。残りの十八パーセントは、学習中に彼の脳がオーバーヒートして停止フリーズするリスク分ですわ!』


 ヴェルの冷徹な宣告が、スピーカーから事務所内に響き渡った。

「は、八十二パーセント」

 藤田は震える声で数字を繰り返し、顔を引きつらせた。


「ということだ、藤田。取得する気はないか。

 するつもりがあるのなら、勤務中に勉強させる。なおかつ合格したら一撃で、今の二十五万から三十二万まで給料を引き上げる」


 佐藤の提示した破格の条件に、牧野が身を乗り出した。

「一気に七万の昇給か。藤田、自分にとってこれ以上ないチャンスだぞ。

 仕事中に勉強させてくれるなんて、普通の現場じゃまずありえねえ。佐藤さんの期待に応えてみせろ」


 藤田の瞳に、迷いのない覚悟の火が灯った。

「やります! ぜひやらせてください!

 給料のことも嬉しいですが、自分も早く建築のプロとして佐藤さんたちの力になりたいんです。ヴェルの特訓、死ぬ気でしがみつきます!」


「まあ、ここ数日で新人が入ってきて、給料のバランスがな。

 どうせならしっかり国家免許を取得して、その上でふつうの給料に近づけてやりたいんだよ」

 佐藤の言葉に、智子は手元の集計資料から視線を上げた。


「業務時間中に勉強させて、その挙句に大幅な昇給ですって。

 普通の経営者が聞いたら、耳を疑うレベルの放漫経営よ。佐藤さんの規律って、時々損得勘定の回路がショートしているんじゃないかしら」


「業務に必要な資格だから、業務中に勉強するのが当然だろ」

 佐藤が事も無げに言い切ると、牧野は苦笑しながら深く頷いた。


「『当然』、ですか。その言葉、この業界の親方衆に聞かせたら腰を抜かしますよ。

 でも、確かにそうだ。現場の勘だけで食っていける時代じゃねえ。理屈と資格で裏打ちされた若手がいれば、俺たちの現場の格が一つ上がる。佐藤さんの規律、俺は全面的に支持します」


「よし、藤田。四月から基本十五時以降は事務所に帰ってきて、フレイヤと勉強にする。状況によってはヴェルに変更するからな。一発合格できるように」


『承知いたしました、佐藤様。藤田様の新しい挑戦、私が心を込めて伴走させていただきますわ。

 藤田様、建築の世界は奥が深いですが、基礎から一歩ずつ丁寧に積み上げてまいりましょうね。あなたが立派な建築士になれるよう、全力で支えますわ』


 フレイヤの気品に満ちた柔らかな声が、不安に揺れる藤田を優しく包み込んだ。

『あはは!フレイヤの生温い教育で結果が出ない時は、即座に私が「強制上書き」して差し上げますわ!

 藤田さん、私の出番にならないよう、精々彼女の慈悲に甘えておくことですわね。私の授業は、合格か精神崩壊フリーズの二択しかありませんから!ぷぷぷ!』



【Scene 5:集会所での一幕】


 集会所の引き戸を開けると、14人のおばあちゃんたちの笑い声と、お茶の香りが入り混じった熱気が一行を迎え入れた。

 座卓を囲んで賑やかに手を動かすおばあちゃんたちの輪に対し、今日入ったばかりの11人は、その独特な空気に圧倒され立ち尽くしている。


「新人5人は台所へ。パート6人はこの部屋に残ってください。これからリパルテンツァの心臓を作る工程を教えます」

 裕子が迷いのない口調で場を仕切った。 その背後では、香織が手際よく梱包資材の山を整理している。


「七海さん、千尋さん、舞さん、優斗くん、森田くん。狭いけれど、こっちの台所へ入って」

 裕子に促され、20代の5人が6畳の台所へ潜り込むように移動した。 シンク横には、精密なスポイトと銀色のアルミパウチ、そして純白の綿が整然と並べられている。


「ここで作るのは、毬の芯に入れるマタタビパウチです。綿に精製液を染み込ませ、紐を挟んで熱溶着する。1滴の狂いも許されません」

 裕子の説明を聞きながら、森田が戸惑ったように手を挙げた。


「あの、裕子さん。僕たちは運営や管理を学ぶために入社したつもりです。なぜ、ここまで細かい手作業を自分たちでやる必要があるんですか。これに何の意味があるのかと」


 若者たちの間に走った微かな疑念を、天井のスピーカーから響いた低く落ち着いた声が遮った。


『あー、裕子さん、ちょっといいか。そこ、回線繋いでくれ』

 佐藤の突然の介入に、5人の視線がスピーカーへと吸い寄せられた。


『うちの会社はできて間もないが、このマタタビ事業が最大の利益を生んでいる。50kgのマタタビを山から採ってきて、数千万の香水を作るのと同じようなプラントで精製して、手元に残るのはたった100mlの精油だ』


 静まり返った台所に、佐藤の淡々とした言葉が響く。

『ネットで調べてみるといい。こんな狂った効率の精製を個人でやってる人間は、多分他にいないはずだ。そのたった1滴が、リパルテンツァの信頼そのものなんだ。それを頭に入れておいてくれ。あとは頼む、裕子さん』


 プツッ、と通信が切れる。 佐藤の言葉の余韻が、狭い台所に重く沈殿した。

「50kgから、たったの100ml。香水と同じプラントか」

 森田が自分の手元にある小さなアルミパウチを、まるでものすごい重圧があるかのように見つめ直した。


 一方、16畳の広間では、6人のパート女性たちが香織の前に整列していた。 その中の一人が、山積みになった発送用ダンボールを見て声を上げた。

「あの、香織さん。この荷物、毎日ここから送ってるんですか。送り先が全部英語で。こんな小さな集落から、本当に海外へ」


「ええ。毎日40個から50個、ここから世界中へ発送しているわ。もうすぐ業者の集配が来るから、それまでにこの14人のおばあちゃんたちが編んだ毬を、完璧な形に仕上げなきゃいけないの」


 香織の言葉を裏付けるように、座卓からは「あら、今日もいい色に編めたわねぇ」というおばあちゃんたちののんびりした声が響く。

「毎日50個も海外へ。それって、相当な額になりますよね」


 つい口を突いて出たパート女性の言葉を、香織の鋭い視線が射抜いた。

「余計なことは、よそで言っちゃだめよ。さっきそういう契約書も書いたでしょ。自分が扱っているものの価値を、外で安易に喋らないこと。気を付けてね」


 突き放すような、だが確かな重みのある警告。 パートの女性たちは、おばあちゃんたちの穏やかな手仕事の中に潜む、大きな責任に息を呑んだ。


『皆様、驚くのも無理はありませんわ。ですが、この静かな集落こそが世界を熱狂させるリパルテンツァの拠点。皆様の手が、その価値を最終的に確定させる最後のパケットだと心得てくださいね』


 フレイヤの穏やかな肯定が、新しく入った11人の背筋を自然と伸ばさせた。

 狭い台所ではアルミを焼く熱い匂いが立ち込め、広間では世界へ放たれる製品が次々と箱に詰められていく。


 リパルテンツァの事業が、世代を超えた人々の手を通じて、着実に形を成していた。



【Scene 6:黄昏の訪問、静かなる亀裂】


 夕暮れが迫る海帆市の片隅。冷たい海風が吹き抜け始める中、智子は一人、軽自動車を走らせて米山家を訪れた。築五十年の立派な日本家屋。引き戸を開けると、土間の奥から米山の妻、佳代子の声がした。


「こんにちは、智子です」

「あらあら、智子さん。こんな夕方にどうしたんだい。上がってお茶でも」


 佳代子が笑顔で出迎える横から、作業着姿の米山が顔を出した。

「おお、智子さんか。どうした、佐藤さんに何か言付かってきたのか」

「いえ、今日は私個人の用事で伺いました。少し、米山さんにお聞きしたいことがありまして」


 居間に通された智子は、出されたほうじ茶を一口啜り、静かに本題を切り出した。

「米山さん。今日、あのプラントを見てどう思われましたか」

 米山は湯呑みを持った手を止め、しばらく無言で茶柱を見つめていた。


「気味が悪かったよ。土の匂いもしねえ、太陽もねえ。ただ機械の唸る音と、妙に生暖かい風が吹いてるだけだ。あんな箱の中で命が育つなんて、俺の常識じゃ到底思えん。だがな、あの30粒の芽が出るまで、俺は何も信じねえよ」


 智子は米山の頑なな横顔を見つめ、静かに問いを重ねた。

「ところで、米山さん。5月15日に田植えをするというのは、普通に考えるとどうなのでしょうか」


「正気の沙汰じゃねえな。この辺じゃ6月に入ってからが当たり前だ。5月半ばの水温はまだ10度もありゃせんし、一晩でも遅霜が降りりゃ苗は真っ黒になって死ぬ。近所の奴らが見たら、佐藤さんはついにトチ狂ったかと指を差すレベルだ」


「通常より強いしっかりとした苗なら、可能性があるということでしょうか」

「根が冷てえ水に負けねえほど太けりゃ話は別だが、そんな苗は50年やってて一度もお目にかかったことはねえよ」


「もし、田植えの日の水が15度程度あった場合はどうなるのでしょうか」

「15度ありゃあ苗は喜んで根を張るだろうが、そんな温けえ水はこの時期の海帆のどこを探してもねえよ」


「もしそんな真似が本当に通っちまうなら、8月末には、この辺の誰も見たことがねえような、重てえ黄金の頭を垂らした稲が並ぶだろうよ」

 智子は満足そうに微笑み、静かに立ち上がった。

「ありがとうございます。お邪魔しました」



【前回の資産:4,353,020円】

収入なし:0円】

【支出:767,500円】

 苗プラント用・超高効率1.2m LEDライト(24組・特急手配込):550,000円

 爪とぎ「Wood & Ravage 99」海外発送送料(50枚×3,000円):150,000円

 毬「Silk & Ravage 99」海外発送送料(45個×1,500円):67,500円

【現在の資産(メイン口座):3,585,520円】

【納税・社保引等金(聖域):1,472,000円】

【税金防衛額(節税成功分):2,823,975円】

【個人資産(佐藤):6,100,000円】(役員借入金として500万を貸付済)

【役員借入金残高(佐藤への債務):5,000,000円】

【第79話:完】

【偉人の言葉】 「教育とは、教えられる側が自分の将来を確信できるまで、教える側が信じ抜くことである。」



稼いでも稼いでも出ていく・・・

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