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【第79話前編:12人の美女の残りが来た】

【Scene 1:規律の初陣、最初の契約】


「皆さん、おはようございます。社長の佐藤です。今日からリパルテンツァの歩みに加わっていただき、感謝する。ここにいるのは、単なる作業員ではなく、我々と同じ品質を共有する大切な仲間です」


 納屋の広い床に整列した六名の女性たちへ、佐藤は短く、だが重みのある言葉を投げた。 裕子が選んだ精鋭たちは、緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。

 智子が事務机から立ち上がり、六枚の書類を丁寧な動作で差し出した。


「雇用契約書と機密保持誓約書です。内容をよく確認して、署名をお願いします。皆さんの技術と口の堅さが、このリパルテンツァの価値を守る砦になります」

 六名は静かにペンを走らせた。 その様子を、腕を組んだ健治と三人の部下が見守っている。 サインが終わるのを待って、佐藤は壁際に積まれた完成品を指差した。


「集配を頼んであるんで、午後に取りに来ます。だから梱包までですね。健治、一時間だけ指導してやってくれ。その後、二日前に仕上げた初期ロット五十枚を箱に詰める」

 健治が頷き、部下たちと共に加工エリアへと移動した。

「いいか。カット、R取り、それに研磨。この辺の荒仕事は俺たち職人の領分だ。あなたたちには、その後の『命を吹き込む工程』を完璧にこなしてもらう」


 健治の部下たちが、鮮やかな手つきでカット済みの木材をレーザー機とV字加工機へ投入していく。 高出力のレーザーが木肌を焼き、緻密なV字の溝が刻まれていく。 香ばしい木の匂いが立ち込める中、職人たちの「研磨」が完了した板が次々と検品台へ運ばれた。


 一時間。極限まで圧縮された密度の高い講習。 彼女たちは、職人が命を削って仕上げた板を「製品」へと変えるための、繊細な梱包手順を指先に叩き込んでいった。


『マスター。六名の集中力は期待値を上回っていますわ。これより梱包ラインを本格稼働させます。一点の曇りも許しませんわよ』


 ヴェルの指示を受け、女性たちが動き出した。 二日間の乾燥を経て完全に無臭となった板を一枚ずつ手に取る。 指の腹で表面を滑らせ、僅かな毛羽立ちも逃さない徹底した検品。 合格した板は、まず衝撃から守るための緩衝材で丁寧に包み込まれた。


 それをマットホワイトの外装袋へ収め、業務用真空パウチ機にセットする。 空気が抜かれ、袋が木肌の輪郭をくっきりと浮き上がらせていく。 その密着した質感は、もはや単なる道具ではなく、一つの芸術品のようだった。


『各個体に割り当てられたQRシールを貼りなさい。位置のズレは一ミリ以内よ。その後、もう一度緩衝材で二重に包んで、外装段ボールへ封入。これがリパルテンツァの規律ですわ』


 ヴェルの冷徹な指示に従い、一寸の狂いもない多重梱包が続く。 箱の一つ一つが、世界へ放たれる確かな質量を持っての質量を持って積み上がっていく。

 佐藤は、高く積み上げられた五十枚の箱を確認し、短く頷いた。


「発送準備、完了だ。皆さん、初仕事を完璧にこなしてくれた。感謝する」

 佐藤の言葉を受け、裕子が全員へ向けて明るい声をかけた。 「さあ、皆さん。第一段階は終了です。次はもう一つの現場、集会所へ向かいます。あちらでは、この爪とぎを心待ちにしている猫たちが待っていますよ」


『皆様、本当にお疲れ様でした。佐藤様の思いを、皆様の温かな手作業で形にしてくださって、私も誇らしく思います。次は穏やかな毬づくりの時間です。移動しましょうか』


 フレイヤの慈愛に満ちた声が、緊張の解けた六名の背中を優しく押した。 彼女たちは裕子に続き、それぞれの車両で集会所へと向かった。

 静かになった納屋で、佐藤は午後の集配を待つ段ボールの山を見つめ、次の工程へと意識を切り替えた。



【Scene 2:30粒の聖域、常識の蹂躙】


 事務所から車を走らせて7分。昨日完成したばかりの25坪苗プラントは、外の喧騒を遮断した鉄骨と高機能フィルムの要塞のように静まり返っていた。


 床からは1000ミリの高さまで、分厚い断熱材を仕込んだコンクリートの基礎壁が立ち上がっている。 そのすぐ上、床から1400ミリという奇妙な低さの壁面に沿って、拾い集めて修理された6畳用の家庭用エアコンがずらりと並び、今はまだ電源の落ちた状態で沈黙を守っていた。


 だが、高機能フィルムが透過した太陽光を、分厚い断熱材がしっかりと閉じ込めている。 外の冷気が嘘のように、室内はすでに春の陽だまりのような微かな温もりを蓄えていた。


 天井に張り巡らされた銀色の配管と、精密なセンサーの群れ。 佐藤はその中心に立ち、静寂の中に満ちる確かな熱のポテンシャルを見渡した。


『マスター。完成とは言いましたが、それはあくまで箱の話ですわ。光合成の効率を私の演算通りに引き上げるなら、1.2mの専用LEDライトが24組足りませんわ』

 ヴェルの冷徹な声が、静かな空間に響く。 佐藤は手元の端末に表示された見積もりを確認し、眉をひそめた。


「50万円か。なかなか高いな。ヴェル、これを入れるとどういう効果がある。何パーセント上げられるんだ」

『天候に依存しない絶対的な光量の担保ですわ。日照不足による苗の徒長を防ぎ、根の活力を現行比で24パーセント向上させます。この50万の投資で、秋の140トンの品質が確定するロジックよ』


「なるほど、安いもんだ。特急で手配しろ。追加でいくらかかる」

『特急手配のオプションでプラス5万円、総額55万円の決済になります。これで2日後に到着しますわ』


「構わん、決済しろ。北脇さん、2日後にライトが24組届く。土曜だが、午後に取り付け手伝ってもらえないだろうか?」

「ええ、構いませんよ」


 北脇が手を止めて頷いた。 そこへ、背後の重厚なドアが開いた。依頼を受けていた米山が、どこか落ち着かない足取りでプラントの中へ足を踏み入れた。


 その手には、指定された「おぼろづき」の種籾が30粒だけ入った小さな袋が握られている。 米山はポカンと口を開け、分厚いコンクリートの立ち上がりと、自分の目の高さに並ぶ無数のエアコンを見回した。 農業用のビニールハウスとは似ても似つかない、要塞のような異様な光景と、機械が動いていないのにどこか暖かい室温に完全に気圧されている。


「佐藤さん、種は持ってきたぞ。だが、なんだここは。電源も入ってないのに妙に暖かいし、こんな中途半端な高さに家庭用のちっぽけなエアコンがズラリと並んでる。本当にここで苗を育てるって言うのか」


「ああ。温かい空気は上に逃げる。苗が育つ下層の空間だけを効率よく温めるための、1400ミリという配置だ。ここで秋の140トンを決定づける」

 佐藤は米山から種籾を受け取ると、静かに宣言した。


「今日からここで試験稼働を始める。その30粒で、まずはそれを証明しようと思ってな」

「証明するったって、たった30粒だぞ。これじゃあマット1枚分にもなりゃせん」


「1枚でいい。育苗マットを1枚用意してくれ。それにこの30粒を落とす」

 佐藤の言葉に、牧野が手際よく1枚のマットを架台にセットした。 300枚並ぶはずの棚の端に、ぽつんと置かれた1枚の器。


『マスター。マットの中央部分のくぼみを使用しなさいな。端の方は気流の乱れが生じますわ』

 ヴェルの指示通り、佐藤はマットの中央付近にあるくぼみへ、1粒ずつ正確に種籾を落としていく。 30粒を全て収め終えると、米山が横から口を出した。


「そうか。だが佐藤さん、発芽機はどうする。まずはあそこで積算温度100度をかけねえとならん。32度で3日間、蒸し風呂にして一気に芽を出させるのが、俺たち農家の常識ってもんだ」


「発芽機はいらない。はじめは暗い場所が必要なんだろう。なら、ここでいい」

「無茶を言っちゃいかん。ここは広すぎる。ちっぽけなエアコンの寄せ集めで、温度も湿度も管理しきれんぞ」


『あはは! 米山さん、私の管理能力をその程度の経験則と一緒にしないでくださる?』

 ヴェルの不敵な声が響いた直後、佐藤が短く命じた。

「ヴェル。試験稼働、開始だ」


『了解しました。全システム、起動します』

 モーターの重い駆動音が鳴り響いた。 ヴェルの自動制御により、天井と側面を覆う厚手の遮光フィルムが音もなくスライドする。


 光を遮断された25坪の空間は、一瞬にして完全な闇に包まれた。 その直後、静まり返っていた空間で、無数の機械が一斉に産声を上げた。

 ゴオォォォッ!


 無数の6畳用エアコンが一斉に最高出力で風を吐き出し始める。

  カチッ。プシュン。カチッ。プシュン。

 壁面に設置された電磁弁が規則的に開閉し、配管の圧力を抜く鋭い音が響く。 クックックッ。


 特殊な循環ポンプがナノバブルを水へと送り込む、正確で不気味な駆動音が重なる。 ジジッ、ジジッと温度と湿度センサーのリレーが細かく稼働し、天井のノズルからはシュワワワと微細な霧が激しく噴射された。


 プラント内の湿度が急上昇し、肌にまとわりつくような熱気が一気に増していく。 ただの静かな箱が、突如として巨大な生命維持装置へと変貌を遂げた瞬間だった。

「ヴェル。あとは水さえ撒いておけばいいんだな」


 暗闇と圧倒的な制御音の中で佐藤が問いかけると、即座にヴェルの修正が入る。

『マスター、知識不足も甚だしいですわね。必要なのは水だけではありません。酸素、そして32度ではなく28度から始める緻密な温度勾配です。土の中の因果を侮らないで』


「待て、なんで32度じゃないんだ。農家のセオリーじゃ、そこまで一気に温度を上げて目を覚まさせるんだぞ」

 米山が暗闇の中でたまらず声を上げた。 ヴェルの声が、機械の駆動音を切り裂いて響く。


『32度の蒸し風呂で急激に叩き起こせば、確かに芽はすぐに出ますわ。ですが、それでは上に伸びるばかりで足腰の弱い、ひょろ長い肥満児のような苗になります』

『28度からじわじわと温めることで、上に芽を出す前に、まず土の中で根を限界まで張らせるのです。それが過酷な外気に耐える、鋼の土台になりますわ』


 佐藤の不足した知識と、米山の経験則を、ヴェルの演算が次々と論理で塗り替えていく。 その説得力に息を呑みつつも、米山は最大の懸念を口にした。

「理屈は分かった。だが待て! こんなに湿度を上げっぱなしにして、もし芽が出たとしても、一発でいもち病にやられちまうぞ! 育苗で一番怖いのは湿気から来るカビの病気だ!」


『だからこその、このエアコンの配置ですわ』

『1400ミリの高さから緻密に計算された気流を絶え間なく循環させ、下層の空気の淀みを完全に排除します。いもち病の菌糸が定着する隙など、この空間には存在しませんわ』


 米山の経験則から来る恐怖さえも、ヴェルの演算が完全に叩き潰していく。 暗黒のプラントの中で、風切り音とバルブの破裂音、そしてポンプの駆動音が交じり合い、熱帯のような空間が完成していく。


『米山さん。このプラントで育つ苗は、外の過酷な環境に耐えうる鋼の根を持ちますわ。私の計画では、あなたの田んぼの田植えは5月15日です』

「5月15日だと! 海帆の5月を甘く見ちゃいかん。まだ霜も降りるし、水だって氷みたいに冷てえんだ。そんな時期に植えりゃ、苗は一晩で全滅しちまうぞ」


 米山が暗闇と狂騒的な機械音に包まれながら、必死に叫ぶ。

「米山さん。だからこその、この30粒だ。これはあくまでお試しに過ぎない。本番の苗作りは4月15日から一斉に始める」

 佐藤が機械音に負けない声で、力強く告げた。


『本番までの約四週間。私の完璧な育成スケジュールから見れば数日ほど日数が足りませんが、それでも証明には十分ですわ』

 ヴェルの声が、絶え間なく鳴り続ける制御音のオーケストラを切り裂いて響く。


『従来のひ弱な苗とは次元が違う、圧倒的にマッチョな鋼の根をお見せします。その常識を、この30粒が蹂躙して差し上げますわ』


『まずはこの30粒の結果を見て、私の論理を疑いなさいな』

 ヴェルの冷徹な宣告が、暗黒の室に重く沈んだ。 佐藤は、目に見えない30粒の命が、ヴェルの規律によって覚醒を始める予感を感じていた。


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