【第73話後編:土の目覚め、鋼の意志】
【Scene 4:山の斜面、咆哮するおっさんたち】
納屋から数キロ離れた山の斜面では、佐藤の指示を受けた健治と三人の部下たちが、湿った土を蹴立てていた。
「おい、ヴェル! 次はどっちだ。右の藪か、それともこの先の倒木か」
健治がスマホを掲げ、息を切らせながら叫ぶ。
『あはは! 健治さん、方位3時。その不自然に蔓が絡まってるやつがターゲットよ! そこに最高級の「素材」が眠ってるわ。今のあんたの動き、ちょっと鈍いわね、ぷぷぷ!』
「へっ、言ってろ。野郎ども、聞いたか! 3時の方向だ、出遅れるなよ!」
健治の号令に、部下たちが「うおぉ!」と咆哮を上げる。いい年をしたおっさんたちが、泥にまみれ、枝に頬を掠めながら、子供のように競い合ってマタタビの木を回収していく。
「見てくださいよ健治さん、こいつは太い。いい「原資」になりますよ」
一人が自慢げに、腕ほどもあるマタタビの幹を掲げる。別の者は、絡みついた鉈を振るい、手際よく枝を整えては軽トラの荷台へと放り込んでいく。
「佐藤の野郎、こんな場所よく見つけやがったな。現場が空いて腐ってたが、土の匂い嗅いでる方がよっぽどマシだわ」
健治は、腕いっぱいに抱えたマタタビの枝を荷台に積み込み、額の汗を拭った。
『健治さん、あんまり夢中になりすぎて崖から落ちないでね! 納屋の方ではもう機材の据え付けが終わったみたいよ。あんたたちが帰ってくるのを、みんなが首を長くして待ってるわ!』
「わーってるよ。おい、今のポイントをさらったら次へ移動だ! 軽トラ出すぞ!」
山の静寂を切り裂く、男たちの笑い声とエンジンの回転音。佐藤が用意した「山という名の遊び場」の中で、彼らはかつての泥遊びのような純粋な熱量を爆発させていた。軽トラの荷台には、琥珀色の精製液の源となるマタタビが、次々と積み上がっていく。
【Scene 5:育苗要塞、60インチの設計思想】
事務所の壁面に据え付けられた60インチのメインモニターが、ヴェルの操作で鮮やかに起動した。そこには異様な外観のビニールハウスと、内部の配管が血管のように這う精緻な3D図面が映し出されている。
「北脇さん、森田。これを見てくれ。米山さんの2ha分、300枚のパレットを仕上げるための25坪苗プラント案だ」
北脇が椅子から立ち上がり、画面の細部を凝視する。その熟練の目が、図面に書き込まれた異常なデバイス群を捉えた。
「佐藤さん、これ、ただのハウスじゃないですな。灯油ボイラーに太陽熱温水器、それに中古の6畳用エアコン室内機をバラして組むのか」
「ええ。熱源は太陽熱とボイラーのハイブリッド。床下には16トンの蓄熱コンクリートを打ち、架橋ポリ管300メートルを這わせて温水を循環させる。外壁は200mmの空気層を持つ魔法瓶構造だ」
佐藤の淡々とした説明に、森田が画面を見上げたまま固まっている。
「森田。お前、普通の米作の苗育成は見たことあるか」
「はい、実家の手伝いで。でも、ビニールハウスの中にエアコンが4台も並んで、AI制御盤が4つも付いてるなんてのは、見たことないっす」
「今回作るのは『おぼろづき』だ。米山さんの50年の勘を、このシステムが物理現象として再現する。土壌水分センサーで苗の『喉の渇き』をリアルタイムで拾い、湿度、窒素濃度、温度を24時間監視する。灌水システムにはナノバブルを注入し、根に直接酸素を送り込む。大型有圧換気扇と魔改造サーキュレーターで最適な気流を作ることで、徒長を防ぎ、鋼のような苗を作る」
北脇が図面の一角を指差し、感嘆の声を漏らした。
「室内機を熱交換器として流用し、PLCでバルブを叩く。さらにナノバブルと酸素供給まで自動化するとは。佐藤さん、これなら外気温に左右されず、苗の成長を極限までコントロールできる。北脇、この制御盤の組み上げ、腕が鳴りますよ」
佐藤はモニターの隅に、真空エジェクタ付きの電磁弁マニホールドの画像を追加で表示させた。
「北脇さん。これもシステムに組み込みたい。スクラップ場の山から、こいつの生きている個体を探し出すのが今回の任務だ」
「電磁弁マニホールドですか。なるほど、灌水やナノバブルの供給ラインを、これで集中制御しようってわけですな。負圧を使った吸排気制御まで精密にやるなら、こいつが一番だ」
「その通りだ。洗濯機の給水弁はバルクの制御に使うが、苗ごとの微細な環境調整にはこの精密さが必要になる。森田、こういうメカは見たことあるか」
「いえ、まるっきり初めてです。これがビニールハウスの中で動くなんて、想像もつかないっす」
佐藤はモニターを消し、机の上の鍵を手に取った。
「でだ。今回は予算を抑えたい。新品を買うのはセンサー類とボイラーくらいでいい。今から俺ら3人で中村スクラップ場へ行こうと思うのだが」
「スクラップ場ですか。なるほど、あそこの山から使えそうな部品を掘り出すわけですね。佐藤さんの目利きがあれば、宝の山だ」
北脇が不敵に笑う。佐藤は呆然とする森田の肩を軽く叩いた。
「森田、本当は大型の農業機械を乗り回したいんだろうが、それだけじゃ農業はただの食い物にされちまう。初日からドタバタで申し訳ないが、いろいろ見ることができる幸運だと思ってくれ、くくっ。では行こうか」
「はい! よろしくお願いします!」
佐藤は事務所のドアを開け、中村商会から借りてきた2tトラックを指差した。
「搬送車はある。北脇さん、森田、行くぞ。要塞のパーツを安く揃えるには、自分たちの足で動くのが一番だ」
三人の足音が納屋のコンクリートに力強く響き、屋外へと歩みを進めた。
【Scene 6:鉄の墓場、宝の山】
巨大な鉄屑の山がそびえるヤードに、中村商会から借りた2tトラックが砂埃を巻き上げながら滑り込む。
「おう、佐藤。早いお帰りだな。中江のところは片付いたか」
プレハブ事務所の軒先で、中村会長が煙草を指に挟んだまま声を張り上げた。佐藤が借りてきたトラックの荷台に、中江材木店から奪取したB級端材が整然と積まれているのを見て、中村はニヤリと笑う。
「ええ、先輩。おかげさまで。今度はここの山を、少し漁らせてもらいたいんですが。エアコンの室内機4台と、電磁弁のマニホールドをいくつか毟り取りたい」
「エアコンか。あそこの『死体の山』にあるぞ。基板は死んでるが、フィンは生きてるはずだ。電磁弁はあっちの精密機械の解体殻の中だな。好きにしろ。ただし、毟った後はちゃんと片付けておけよ」
「助かります。北脇さん、森田、行こう」
佐藤は短く頷くと、二人に重い工具箱を手渡した。
「北脇さんは電磁弁と制御ユニットの特定を。俺は室内機からエバポレーターを抜き出す。森田は俺たちの後ろについて、外したネジや細かい部品を一個も漏らさず回収に回ってくれ。汚れは気にするな」
「了解っす! 泥だらけになって探します!」
三人は、解体されたエアコンのフィンが無数に露出している「アルミの山」の前に立った。佐藤が作業用LED投光器の鋭い光を山に当てると、空中に舞う埃が白く浮かび上がる。佐藤が足を止めたのは、複雑な配線が剥き出しになった制御盤の残骸の前だった。
「北脇さん、これです。SMCのユニット。生きている」
「ほう、あれですか。マニホールドごと無傷。生きてますね、あれは」
北脇が身を乗り出し、山を掻き分ける。埃に塗れた銀色の精密部品が姿を現した。
「新品なら26万。納期は3週間。それが今、ここで俺たちの『救出』を待っている」
「くっ、26万がゴミ扱いですか。北脇、一気に外します!」
北脇が巨大なインパクトレンチを構え、トリガーを引いた。 ガガガガッ! 錆びたボルトを弾き飛ばした瞬間、激しい火花が飛び、北脇の顔に油と埃が混じった飛沫が散る。
「北脇さん、大丈夫ですか!」
「気にするな森田! 佐藤さん、これ、内部のオイルが生きてます。シールさえ替えれば新品同然だ!」
「いい目利きです。森田、そっちのボルトとワッシャーを拾ってくれ。次の山へ移動する」
三人は休むことなくヤードをさまよい、要塞のパーツを次々と「救出」していった。洗濯機の山からは給水弁を10個剥ぎ取り、銭湯の解体品からはステンレス煙突を、さらに奥の廃材置き場からは単管パイプ一式と、ガラスの無事な太陽熱温水器、そして灯油ボイラーまでを、2tトラックの荷台へと力任せに積み込んでいく。
「佐藤、あらかた積み終わったぞ。これ、新品で揃えたら100万近くいくんじゃねえか?」
中村が、過積載寸前まで重なった「宝の山」を見て、呆れたように笑う。
「ええ、先輩。ありがとうございます。ただ、架橋ポリ管300mと、電気配線の線材、それに制御基板とセンサー類だけは新品で買わせてもらいます。ここにある『目に見えない劣化』が、システムの致命傷になるのは避けたいんでね」
「くくっ、相変わらず合理的だな。いいよ、その汚れ物全部で2万だ。端材の分も合わせて、後で智子に振込させろ」
佐藤は首を振り、真っ直ぐに中村を見据えた。
「いえいえ中村先輩、車賃も合わせて15万入れときますね。2万なんかじゃ、またここへ来れないですよ」
中村は一瞬呆気にとられたように口を開けたが、すぐに豪快に笑い飛ばした。
「ははっ! 相変わらず可愛げのねえ野郎だ。いいか佐藤、お前みたいな化け物はな、もっと人を頼ることを覚えろってんだ。だがまあ、それがお前の『規律』ってやつなら受け取っておいてやるよ。その代わり、そのゴミを最高の機械に化けさせろ。いいな。あと、トラック返却は明日でいいぞ、往復したら時間かかるだろ」
「ありがとうございます、トラックに少しご飯あげときますね」
「おう、腹いっぱい食わせてやってくれ。北脇さん、佐藤のアクセルにブレーキかけんのはアンタの役目だ。頼んだぞ」
「わかってますよ、中村さん。こいつは元からブレーキが付いてませんからな」
北脇が助手席で笑い、佐藤がアクセルを踏み込む。ディーゼルエンジンの重厚な音が、鉄屑の山に囲まれたヤードに響き渡った。
「佐藤さん、ご飯って軽油のことっすよね?」
「そうだ。借りた道具に最高の状態で飯を食わせて返す。それが次に繋げるための規律だ。森田、覚えておいてくれ」
バックミラーの中で、中村の事務所と鉄の山が遠ざかっていく。荷台に満載された「鉄」と「機械」は、海帆の街で「育苗要塞」という名の生命体へと組み上げられることになる。
【Scene 7:二つの拠点、合流する熱量】
中村商会の2tトラックは、まず購入したばかりの70坪のボロ納屋の前に停まった。屋根の一部が抜け落ちている。佐藤、北脇、森田の三人は、中村スクラップ場から毟り取ってきたエアコンのフィンや電磁弁、単管パイプ一式を、埃っぽいコンクリート床へ手際よく卸していった。
「森田、ここはまだ屋根が死んでいる。精密部品はブルーシートで二重に包んでおいてくれ。次にここを『育苗要塞』の建設現場にする。それまでの一時保管だ」
「了解っす。さっきまでゴミだったとは思えない輝きっすね、これ」
資材を卸し終え、佐藤たちは事務所のあるメイン納屋へと戻った。引き戸を開けた瞬間、マタタビの濃厚な香りと木屑の匂いが鼻腔を突く。健治たちが山から持ち込んだ素材が、既にプラントで精製され始めていた。
「佐藤、お帰り。山から持ってきたマタタビ、もう全部カットしてプラントに投入済みだ。健治たちがいい動きしたぜ」
牧野が、ルーターで木材を削りながら声を張り上げる。納屋の中では、健治と部下たちが山での高揚感をそのままに、マタタビの原木を次々と破砕・精製ラインへと送り込んでいた。一方、新入りの舞は、牧野の横でカットされた300x600のベース材を検品し、衣類消臭の棚へと整然と並べていく。
佐藤が事務所エリアへ足を踏入れた瞬間、ヴェルの声がスピーカーから響いた。
『お疲れ様、全員! 佐藤、見てなさい。健治たちが持ち込んだ「素材」と、牧野たちが削り出した「器」。北脇さんが繋いだ「神経」に、智子が前日に手配した「アルミの防壁」。これら全てが揃ったわ。明日の朝、最初の「Wood & Ravage 99」が産声を上げる準備は万端よ!』
智子はデスクで、民間検査機関から奪い取ってきた『仮受付』の副本をファイリングしながら、佐藤に軽く目配せをした。
「就業規則もヴェルの演算通りに提出完了。制服10人分も発注したわ。例の真空アルミ袋も、明日の午前中には届く手はずよ。削りたてを即座にパージ(封印)できるわね」
「完璧だ。助かる」
佐藤は短く応え、工場の奥へと視線を向けた。機械の駆動音と、マタタビの濃厚な香り。智子とのパッキングサイズの段取り(前日完了済み)通り、明日、全てのピースが合流する。
佐藤は作業着の汚れを軽く払いながら、作業区画に立つ若い二人に視線を向けた。
「最後に森田、舞さん、お疲れさまでした。申し訳ないけど、ちょっとドタバタした感じにGWまではなると思う」
油と泥で顔を汚した森田が、被っていた帽子を取って勢いよく頭を下げる。
「ドタバタなんて全然気にしてません!大型トラクターにふんぞり返るより、スクラップの山から本物の機械を探し出す方が何倍も痺れました。これからも全力で運び屋をやらせてください!」
その横で、木の粉をエプロンに付着させた舞が、作業用の軍手を外しながら明るい笑顔を見せた。
「私も大丈夫です。牧野さんの木材カットの速さに最初は圧倒されましたけど、無駄な動きが一切ないからすごく作業しやすいです。しっかりこのラインの速度にしがみつきます」
現場の圧力に潰されるどころか、自らその熱を吸収しようとする若者たちの姿があった。佐藤は二人の顔を交互に見比べ、短く頷いた。
「無理だけはするなよ。土日はやすみだからな、出勤するなよ。全員お疲れさまでした」
【第73話:収支報告】
【前回の資産:4,323,020円】
【収入:0円】
【支出:180,000円】
健治への作業代(山での素材回収等):100,000円
毬海外配送料(40個分):60,000円
山の採取権(入山料):20,000円
【現在の資産(メイン口座):4,143,020円】
【第73話:完】
評価欲しいです。お願い申し上げます。




