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【第70話後編:外堀】

【Scene 4:筋を通す】


JA海帆本部の正面玄関。示し合わせた時間に、数台の車が駐車場へ入ってきた。

佐藤が運転する軽トラが停車し、続いて、別の車から水利組合の理事長、スクラップ場の中村会長、ハローワークの統括官、そして地元銀行の支店長が、それぞれ無言で合流した。


「行きましょうか」

佐藤の短い言葉を合図に、一団は歩き出した。事務局長に案内された最上階の特別応接室。ソファに座り、待ち構えていたのはJAの経済事業を統括する常務だった。


「これはまた、随分と賑やかな顔ぶれだな。で、君がこの一団を連れてきた本人か。何の真似だ」

常務の視線が佐藤を射抜く。佐藤は落ち着いた動作で一礼し、常務の正面に座った。


「急に来て申し訳ない。佐藤です。今回、22軒の農家から合意を得ました。彼らの作る米の乾燥、選別、フレコン詰め、および出荷までの保管を、JAさんの施設に委託したい。まずは、1kgあたり15円でお願いできないでしょうか」


常務の眉が跳ね上がった。 「15円だ? 馬鹿を言うな。乾燥機の電気代や人件費を考えたら、そんな端金で施設を動かせるわけがない。うちの規定では、最低でも25円はもらわんと話にならんぞ」

常務が25円を突きつける。佐藤は表情を変えずに応じた。


「分かりました。では、30円でいかがでしょうか」

「30円?」 常務が目を見開く。佐藤は淡々と続けた。

「ええ。1kgあたり30円。これならJAさんにとっても、文句なしの受託利益になるはずです。事務手続きの手間や、現場の調整コストを含めても十分でしょう」


「ほう。随分と気前がいいな。だが、それだけの数字を出すからには、何か条件があるんだろう」

「条件は一つだけです。栽培に使用する肥料については、こちらで指定し、全量持ち込ませていただきます。配送もこちらの責任で行い、JAさんの手を煩わせることはありません。この30円は、資材販売を辞退していただくための対価だと思ってください」


常務は、提示された30円と、背後にいる重鎮たちの視線を交互に見た。

「ふん。分かった。その条件で手を打とう。肥料の銘柄まで口出しはせん。ただし、玄米までの仕上げはうちの基準に従ってもらうぞ」

「もちろんです。プロの仕事として信頼しております。ありがとうございます」


佐藤が頭を下げた瞬間、同行者たちが動いた。

銀行の支店長が、眼鏡を拭きながら常務を見据えた。


「常務。今、佐藤さんが提示した30円。これは当行としても、今回の事業の適正なコストとして帳簿に付けます。後から不明瞭な追加請求が発生するようなことがあれば、当行の融資判断にも関わる不透明な取引と見なさざるを得ませんが、よろしいですね? あと農家の方がお困りだと佐藤さんからご紹介いただければ、お手伝いをさせていただくことも可能です」


続いて、ハローワークの統括官が告げた。

「常務。今回の22軒の農家は、地域の雇用維持の観点でも注視しています。もし現場の感情的な不手際で彼らの意欲が削がれるようなことがあれば、我々としても、JAさんへの各種助成金の適用について、厳格な調査を行わねばならなくなります」


最後に中村会長が、常務のデスクに分厚い手を置いた。

「俺のスクラップ場の裏に変なゴミが捨てられたら、俺は容赦なくプレス機にかける。お前のところの集荷場に変な邪魔者が現れても同じだ。現場の安全は、俺が保証してやるよ。な?」


常務は沈黙した。佐藤は立ち上がり、事務局長に向き直った。

「契約書は、後ほど届けさせます。失礼いたします」

佐藤は応接室の扉を開け、廊下に出た。



【Scene 5:インフラの承認】


市役所の三階、道路維持課のカウンター。智子は敷地図面を広げ、担当職員と向き合っていた。

「ここ、納屋から公道へ出る出口ですが。半年後から10トンクラスの大型が入り始めます。現状の路盤では強度が持ちませんよね」


職員が手元の管内図を確認し、頷いた。

「半年後ですか。ええ、今のままだと路肩が砕けます。大型を通すなら、出口部分の補強と切り下げ工事が必要です。全額自己負担になりますが」


「ええ。ですから、市が年度後半に行う予定の、この路線の定期補修。そのタイミングに合わせてこちらの工事を組み込めないかと思いまして。道路を剥がすタイミングが重なれば、施工業者もまとめやすいですし、行政側の事務手続きも一度で済みますよね」


職員は年度計画の資料をめくり、顔を上げた。

「確かにその時期に補修の計画があります。該当箇所も含まれています。そこに合わせて個別の切り下げ申請を出してもらえるなら、こちらとしても二度手間にならず助かります」


智子は二階の下水道課へ移動した。

「納屋の周辺を舗装するため、雨水の浸透能が落ちます。そのままでは大雨の際に敷地から泥水が公道へ溢れ出すので、敷地内に排水桝を新設し、市の雨水幹線へ直接接続させたいのですが。これも、半年後の道路補修に合わせて施工したいと考えています」


下水道課の担当者は、図面を見ながら計算機を叩いた。

「半年後なら、管路の清掃点検の時期と重なります。接続自体は可能ですが、舗装を剥がす費用が道路課の工事と相殺できるなら、負担額も少しは抑えられるかもしれません」


「助かります。では、道路課との合同施工を前提に、接続許可の事前協議書を作成します。半年後、このインフラを完成させるスケジュールで確定させてよろしいですね」

担当者は頷いた。


「ええ。早めに動いてもらえれば、こちらとしても調整がつきやすいです。受理します」

智子はロビーへ降りると、佐藤に短いメッセージを送った。 『道路と下水の接続、市側の定期補修に合わせてねじ込んだ。無駄な工事費も削れる。』



【Scene 6:納屋の事務所】


佐藤と牧野が戻り、智子の待つスチールデスクを囲んだ。

「お疲れ。役所の方はどうだった」

椅子に座ると、智子はPCの手を止めずに短く答えた。


「道路と下水、市側の定期補修に合わせてねじ込んだわ。こちらの負担も最小限で済むように、工期を一本化させた」

「助かる。牧野、お前はどうだ。今日、JAに行って何を見た」


佐藤の問いに、牧野はパイプ椅子から身を乗り出した。

「すごかったです。あんなシーン、10万払っても生じゃ見られませんよ。特に支店長が眼鏡を拭きながら『不透明な取引と見なさざるを得ない』って言ったあの瞬間。常務の顔、完全に固まってました」


智子がふっと口角を上げ、画面を閉じた。

「聴いてたわよ、スピーカー越しに。銀行にあんな言い方されたら、もう終わりね。あの台詞のあと、部屋の温度が二度くらい下がった気がしたわ」


「智子さん、聴いてたんですね。でも本当に一番効いてたのは、中村会長ですよ。あの机を叩くような重い手の音。あれだけで、下手に現場で嫌がらせしたらタダじゃ済まないって、部屋中の空気が一瞬で凍りついたんですから」


「ええ、あの沈黙。統括官が助成金の話を被せた時の、事務局長が唾を飲み込む音まで拾ってたわよ」

牧野は興奮を抑えきれない様子で続けた。

「佐藤さんが提示した『30円』が、まるであの包囲網を完成させるための最後の一刺しに見えました。常務、あの条件を飲まされたって顔じゃなくて、飲まざるを得ないところに追い詰められたって顔でしたよ」


佐藤は無言で、窓の外に広がる、まだ冷え切った田んぼを見た。

「常務が黙ったのは、損得じゃない。あのメンバーに睨まれたまま、この街でJAを動かすリスクを計算したからだ。だが、智子の言う通り、本当の勝負はこれからだ。上層部を黙らせても、現場の農家がこの『怪しい肥料』を信じてくれなきゃ、一俵も米は集まらない」



【第70話:収支報告】

【前回の資産:10,098,020円】

収入なし:0円】

【支出:465,000円】

まり海外配送料(310個分):465,000円

【現在の資産(メイン口座):10,633,020円】

【納税・社保引当金(聖域):1,472,000円】

【税金防衛額(節税成功分):2,823,975円】

【個人資産(佐藤):11,100,000円】

【牧野氏の債権残高:14,811,800円】

【第70話:完】

【偉人の言葉】 「人を動かすには、その人の考えをよく理解し、その人の心に訴えかけることが大切だ。」


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