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清く正しい断罪を   作者: みき


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3/11

第3話 金貨三百枚の行方

 裁判官は私から封筒を受け取ると、中の書類を一枚ずつ机に並べた。レオン殿下は落ち着かない様子で、その手元を見つめていた。


「エマ嬢。こちらは王立銀行の送金記録ですね」


「はい。孤児院への寄付金が、いつ、どこへ送られたのかを確認したものです」


「お前が盗んだ金の記録を、自分から持ってくるとはな」


 私は言い返さず、裁判官が書類を読み終えるのを待った。


「金貨三百枚。送金先は……オルド商会、王都宝石店?」


 裁判官の声に、会場がざわついた。


 オルド商会は、王都で高価な宝石を扱う店だ。孤児院の冬支度とは関係がない。


「何かの間違いだ!」


 レオン殿下が叫んだ。


「孤児院への寄付金が、どうして宝石店へ送られる! その記録こそ偽物ではないのか!」


「殿下のおっしゃるとおり、書類が本物かどうかは大切です。ですから、銀行の方にも来ていただきました」


 入ってきたのは、王立銀行で送金記録を管理している役人だった。昨日の夜、父を通じて王宮に確認をお願いしていた相手だ。


「この記録は、当行に保管されている原本と一致しております。今朝、国王陛下の許可を受けて確認いたしました」


 役人は銀行の印が押された控えを渡した。


「それでは、この金は本当に宝石店へ送られたのですね」


「はい。送り先の変更も、記録に残っております」


 裁判官が次の紙を手に取る。


「変更を認めたのは……レオン王太子殿下」


 ざわめきが広がった。


「なっ……!」


 殿下の顔から血の気が引いた。


「殿下は、王立孤児院への援助を任されていらっしゃいましたね。私はそのお手伝いとして、寄付金を送るための申請書を書きました。昨日お見せになったのは、その書類です」


「けれど、実際に送る相手を変えたのは、私ではありません。殿下の承認で、孤児院から宝石店へ変更されていたのです」


「ま、待て。私がそんなことを命じたという証拠はあるのか!」


「変更の書類には、殿下の署名と王太子の印があります。銀行の方にも確かめていただきました」


「そんなものは誰かが勝手に……!」


「では、殿下はこの変更をなさっていないのですね?」


 殿下は何かを言おうとして、口を閉じた。


「裁判官様。もう一人、お話を聞いていただけますか」


 今度は宝石店の店主オルドが入ってきた。


「先月、レオン殿下から宝石の首飾りをご注文いただきました。代金は金貨三百枚で、王立銀行から振り込まれております」


「首飾り……?」


 裁判官が聞き返す。


「はい。大きな青い宝石を使った品でございます。お届け先は王宮で、受け取りの記録も残っております」


 私はそっとミア様に目を向けた。


 彼女の首元には、昨日の祝賀会でも身につけていた青い宝石の首飾りがあった。


「ミア様。その首飾りは、殿下から贈られたものですか?」


「え……ええ。そうだけれど……」


「店主の方に確かめていただいてもよろしいでしょうか」


 ミア様は殿下を見上げたが、返事はなかった。震える手で首飾りを外し、係の人に渡す。


 オルドは宝石の裏側を確認し、持参した控えと見比べた。


「間違いございません。当店でお売りした品です。裏に刻んだ番号も、記録と一致しております」


「そんな……」


 ミア様は青ざめ、椅子の背に手をついた。


「私、このお金が孤児院のものだなんて、知りませんでした……!」


「その点について、あなたが知っていたという証拠はまだありません」


 私がそう伝えると、ミア様は驚いたように顔を上げた。


「ただ、階段の件でお話しになったことまで、なかったことにはできません。それぞれ、きちんと確かめていただきましょう」


 腹が立たないわけではない。けれど、確かめずに責めてしまったら、昨日の殿下と同じだ。


 裁判官は書類を重ね、レオン殿下を見た。


「殿下。送金先を変更したことはお認めになりますか」


「……私が、命じた」


 その声は驚くほど小さかった。


「だが、横領するつもりではなかった! あとで自分の金を入れて、戻すつもりだったんだ!」


 殿下は一気に言葉を続けた。


「ミアがあの首飾りを気に入っていて……ちょうど手元にまとまった金がなかっただけだ。少し借りただけで、子供たちから奪おうとしたわけではない!」


「殿下」


 私はゆっくり口を開いた。


「そのお金を借りることは、誰かに相談なさったのですか?」


「……いや」


「孤児院の院長先生には?」


「していない」


「いつ返すかは、お決めになっていたのですか?」


 殿下は答えなかった。


 私は膝の上で手を握った。


「殿下。孤児院では、冬になると暖炉の火を絶やさないようにしています。建物が古くて、夜はとても冷えるからです。あのお金が届けば、壊れた暖炉を直して、新しい毛布も買えるはずでした」


「……」


「殿下にとっては、あとで返せば済むお金だったのかもしれません。でも、子供たちはその『あとで』を、ずっと待っていたのです」


 広間は静まり返った。


「私は、殿下がどなたを好きになろうと、それを罪だとは思いません。ですが、子供たちのためのお金を勝手に使い、さらに私が盗んだとおっしゃったことは、別のお話です」


「エマ……」


「私は、その責任を殿下の代わりに引き受けることはできません」


 言い終えると、肩の力が少し抜けた。十年間、楽しかったことも、優しくしていただいたこともあった。それでも、今の殿下のしたことを見過ごすわけにはいかない。


「……もうよい」


 それまで黙っていた国王陛下が、低い声でおっしゃった。


 陛下は立ち上がり、レオン殿下を見た。怒鳴り声ではなかったけれど、その言葉は広間の隅までよく聞こえた。


「お前には、王太子として孤児院の援助を任せていた。国の金を預かる者が、その金を私的な買い物に使い、発覚すれば他人の罪にする。どうしてそんなことができた」


「父上、私は……!」


「言い訳は、もう聞いた」


 陛下は裁判官へ向き直った。


「寄付金の件は、必要な調査を続け、法に従って裁いてほしい。私の息子だからという理由で、軽く扱うことは許さない」


「承知いたしました」


「また、レオンの王太子としての地位は、本日をもって解く。今後の王位継承については、改めて決める」


「そんな……父上!」


 殿下の声が広間に響いた。


 昨日まで、私が一生支えるはずだった人。もう、私にできることはない。


 陛下は次に、私へ目を向けた。


「エマ嬢。お前にも、つらい思いをさせたな」


「いいえ、陛下。裁判を開いていただき、ありがとうございました」


「婚約については、改めて両家の考えを聞こう」


「でしたら、一つだけお願いがございます」


 私は立ち上がり、深く頭を下げた。


「レオン殿下との婚約は、正式に解消していただきたく存じます」


「エマ!」


 殿下が顔を上げる。


「待ってくれ。婚約破棄は取り消す! 私が悪かった。もう一度、やり直そう。お前なら、私を支えてくれるだろう?」


 十年間、殿下の隣にいる未来を当たり前だと思ってきた。そこから離れるには勇気がいる。それでも、答えは決まっていた。


「申し訳ありません。私は、殿下のそばには戻れません」


「どうしてだ!」


「私が何を言っても、殿下は最後まで聞いてくださいませんでした。もう一度やり直すには、失った信頼が大きすぎます」


 殿下は口を開きかけ、何も言わずにうつむいた。


 隣にいた父が立ち上がる。


「ローラン家も、婚約解消を望みます。娘が罪人に仕立てられようとした以上、以前のようなお約束を続けることはできません」


 国王陛下は重くうなずいた。


「わかった。両家の婚約は、この場で解消する。王家からローラン家へは、正式に謝罪する」


 私は深く礼をした。胸にかかっていた重いものが、ようやく下りた気がした。


 その後、裁判官から、二つの告発について説明があった。階段の件では、私がミア様を突き落としたと認められる証拠はない。寄付金についても、私が金を受け取った事実はなく、横領したという告発は認められないという。


 ミア様による嘘の証言と、レオン殿下による寄付金の流用については、引き続き調査が行われることになった。リリーが弟の治療費を理由に脅されていた件も、別に調べられるそうだ。


「孤児院に必要な金貨三百枚は、王家が責任を持って、すぐに届けよう」


 最後に陛下がそう約束してくださったとき、私は思わず顔を上げた。


「……ありがとうございます」


 今度のお礼は、心からのものだった。


 子供たちは、もうお金の行方を心配しなくていい。暖炉が直れば、あの小さな食堂も、少しは暖かくなるだろう。


 裁判が終わり、広間の扉が開かれた。人々が席を立つ中、私は父と並んで廊下へ出た。


「よく頑張ったな、エマ」


「お父様にも、ずいぶんご心配をおかけしました」


「親というのは、子供のことを心配するのが仕事みたいなものだ。気にしなくていい」


 父はそう言って、少し笑った。


「これからどうするつもりだ?」


「まだ、わかりません。でも……できれば、もう少し自分で選んでみたいです」


「そうか。なら、好きなだけ考えるといい」


「それと、リリーの弟さんのことも、相談してよろしいですか?」


「ああ。まずは医者に診てもらおう。あの子にも、そう伝えてやりなさい」


 父の返事にほっとした。


 窓の外には青空が広がっていた。昨日は重く感じたドレスも、今日は不思議と気にならない。


 王太子妃になる道がなくなったのは、やっぱり少し寂しい。けれど、何もかも失ったわけではない。


 孤児院の仕事を手伝ってもいいし、行ったことのない町を訪ねてもいい。


 そんなことを考えていると、廊下の先から声が聞こえた。


「失礼。エマ・ローラン嬢でいらっしゃいますか?」


 顔を上げると、見知らぬ青年が立っていた。王宮の人とは少し違う衣装を身につけ、穏やかな表情でこちらを見ている。


「はい。私がエマですけれど……」


 青年は丁寧に頭を下げた。


「今日の裁判を拝見していました。少し、お話をうかがってもよろしいでしょうか」


 私は父と顔を見合わせた。


 昨日までなら、王太子の婚約者としてどう振る舞うべきか、先に考えていただろう。でも、今は違う。


「ええ。どのようなお話でしょう?」


 そう答えると、青年はほっとしたように笑った。


 青年が何を話そうとしているのか、見当もつかなかった。ただ、ようやく自分で選べるようになったのだから、まずは聞いてみようと思った。

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