↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
清く正しい断罪を   作者: みき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/13

第12話 口を閉ざした村人たち

 翌朝、役所へ向かう途中で、診療所の前に人が集まっているのが見えた。しばらく患者を迎えていなかった扉が開き、白いかばんを持った男性が中へ入っていく。町から呼んだお医者様が、予定どおり到着したらしい。


「これで、村の方々も少し安心できますね」


 隣を歩いていたノア様が言った。私はうなずいたものの、手帳を持つ指に少し力が入った。昨日、ハナさんたちの話を聞いてわかったのは、薬の騒ぎが起きた十三日よりも前から、体調を崩した人がいたということだ。それでも、薬が原因なのか、ユイさんが何をしたのかは、まだわからない。


「お医者様には、薬を調べていただきたいです。それから私には、先に確かめたいことがあるんです」


「昨日、手帳に書いていた質問ですね。最初に毒の話をしたのは誰か、という」


「はい。皆さんがいつから『毒が入っている』と思うようになったのか、気になりまして」


 ノア様は少し考え、「では、役所の記録から調べましょう」と答えた。頼もしいお返事だったけれど、私が感心したのは、そのあとである。


「ただし、その前に朝食を食べたか確認させてください。昨日は調べ物に夢中で、お昼の時間を忘れかけていたでしょう」


「……覚えていらしたんですね」


「もちろん。エマ嬢が倒れたら、私の仕事が増えてしまいますから」


 真面目な顔で言われたので、つい笑ってしまった。朝食はちゃんと済ませたと答えると、ノア様は安心したように歩き出した。


 役所では、トムさんが古い書類の束を用意して待っていてくれた。村の人が病気や事故を知らせに来たときの記録で、届け出があった順に並べてあるそうだ。


「十三日の記録を見せていただけますか。特に、薬に毒が入っているという話が、どこから始まったのかを知りたいんです」


「少々お待ちを。あの日は相談が多くて、普段より紙を使ったんですよ」


 トムさんが一枚ずつめくる。最初に出てきたのは、畑仕事の男性がめまいを訴えたという知らせだった。次は、薬を飲んで気分が悪くなった人がいるという相談。その二つには、まだ毒という言葉は使われていない。


 三枚目を開いたところで、トムさんの手が止まった。


「ありました。これです」


 そこには『診療所の薬に、何者かが毒を混ぜたおそれがある』と書かれていた。届け出た人の名前は、マーク先生だった。


「先生が、最初に?」


「ええ。十三日の昼前です。薬を飲んで具合が悪くなる人が続いたので、誰かが薬に何かを入れたのかもしれない、と相談に来られました」


「ユイさんが罪を認めたのは、いつでしたか?」


「同じ日の夕方です。先生から知らせがあったあと、診療所で騒ぎが起きましてね。ユイが『自分がやった』と言い出したんです」


 私は二枚の記録を並べてみた。昼前の紙には、ユイさんの名前はない。夕方の紙には、彼女が自分の罪だと認めたことが書かれている。ただ、どちらの紙にも、毒が実際に見つかったとは書かれていなかった。


「先生は、どうして毒だと思われたのでしょう?」


「そこまでは聞いていませんでした。薬を扱う人がそうおっしゃったので、私も何か理由があるのだろうと……」


 トムさんは気まずそうに頭を下げた。


「すみません。こちらでも、もっと詳しく聞いておくべきでしたね」


「いいえ。今から確かめていきましょう。お忙しい中で記録を残してくださったから、こうして順番がわかったんです」


 私はそう答えて、書類の日付と内容を手帳に写した。マーク先生が嘘をついたと決まったわけではない。実際に毒を疑うだけの理由があったのかもしれない。けれど、ユイさんが何かをしたと話し始めるより前に、先生が毒の可能性を口にしていたことは大切だった。


 そこへ、役所の職員が入ってきた。町のお医者様が、薬を預かる手続きを確認したいそうだ。


 私たちは担当の職員と一緒に診療所へ向かった。診察室では、黒髪の男性が患者さんの話を聞いていた。アベル先生という方で、今日は朝から具合の悪い人たちを診てくださるらしい。


「あなたが調査をしているエマさんですね。お話は聞いています」


「初めまして。こちらに預けてある薬の包みも、見ていただけると助かります」


「もちろんです。ただ、先に一つ言っておきますね。具合が悪くなった人が何人もいるからといって、すぐに毒だと決めることはできません」


 アベル先生は、はっきりとそう言った。症状が似ていても、原因まで同じとは限らない。薬の中身を調べることと、患者さんを診ることの両方が必要なのだという。


「それに、今の段階で危険な薬をまた使わせるわけにもいきません。私が持ってきた薬で対応できる方には、しばらくそちらを使っていただきます」


「ありがとうございます。村の皆さんも心配していましたから」


「ええ。病気のときに、頼れる場所がなくなるのはつらいでしょう。今日はまず、診察を進めます」


 担当の職員が、カズさんの家から預かった包みと、昨日新たに届けられた包みの数を確認した。薬棚の中身と比べる作業は、患者さんの診察が落ち着いてから行うことになった。私もその場で中身を見ようとはせず、先生にお願いして診療所を出た。


 広場へ戻る途中、ハナさんに会った。買い物かごを抱え、診療所の方を何度も振り返っている。


「ハナさん、おはようございます。お体の具合はいかがですか?」


「もう大丈夫ですよ。今日は娘のために、温かいものでも作ろうと思って。それより、新しいお医者様が来たんですってね」


「はい。今日は村の方を診てくださっています。診療所にあった薬とは別に、町から薬も持ってきてくださったそうです」


 そう伝えると、ハナさんは目に見えてほっとした。


「それなら、よかった……。あの子がまた熱を出したらどうしようって、ずっと心配だったんです」


 私は少し迷ってから、昨日までの話とは別に、聞いてみたいことがあると切り出した。


「ハナさん。マーク先生から、薬について何か言われたことはありませんか? たとえば、薬が合わないかもしれないと相談したときなどに」


 ハナさんは、かごの持ち手を握り直した。


「……どうして、そんなことを?」


「十三日より前から具合が悪かった人がいるのに、皆さんが薬を疑い始めたのは、そのあとだったように思うんです。何か理由があったのか、知りたくて」


 ハナさんは広場を見回した。人の多い場所では話しにくそうだったので、私は役所の空いている部屋を使えるか尋ねた。もちろん、話したくなければ無理に聞かないことも伝えた。


 少し考えたあと、ハナさんは「そこでなら」とうなずいた。


 部屋に入って扉を閉めると、ハナさんはしばらく黙っていた。私は急がせず、職員にお茶をお願いした。


「私ね、薬を飲んで具合が悪くなったあと、先生に一度聞いたんです。本当に飲み続けても大丈夫なんでしょうかって」


「そのとき、先生は何と?」


「『確かなこともわからないのに騒げば、町からの援助が止まるかもしれない』って。薬が届かなくなれば、困るのは村のみんなだとも言われました」


 ハナさんは、自分の言葉を確かめるようにゆっくり話した。


「先生は心配して言ったのかもしれません。でも私、怖くなっちゃって。うちの娘は小さい頃からよく熱を出すんです。診療所がなくなったら、どうすればいいのかと思って……」


「だから、薬のことをあまり話さなくなったのですね」


「ええ。ほかの人にも、余計なことを言わない方がいいと話してしまいました。ユイを助けてほしいって言いに来たのに、肝心なことを黙っていたなんて、おかしいですよね」


 私は首を横に振った。


「お子さんのことが心配だったんですね。でも、今日話してくださったことは大切です。ありがとうございました」


「先生が悪い人だって、決めつけないでくださいね。夜中に娘の熱が上がったとき、助けてもらったこともあるんです」


「はい。それも忘れません。これまで助けてもらったことと、今回何があったのかは、分けて確かめます」


 ハナさんはようやく顔を上げた。お茶を一口飲むと、少しだけ肩の力が抜けたようだった。


 話し終えたあと、私は同席した職員と内容を確認した。ハナさんが聞いた言葉と、そこから感じた不安は、どちらも記録に残す。ただし、マーク先生が本当に援助を止められる立場なのか、実際にそうするつもりだったのかは、まだわからない。そこは別に調べる必要がある。


 昼前、ノア様が役所へ戻ってきた。町から追加の医師を呼べるか、役所の人たちと相談してくださっていたらしい。


「急なことですから、すべての患者さんを一度には診られません。でも、薬が必要な人を放っておかないよう、町との連絡を続けてもらえることになりました」


「それはよかったです。ノア様、ありがとうございます」


「いえ、エマ嬢が最初に、診療所を止めたあとのことも考えなければとおっしゃっていたでしょう。そのとおりだと思いまして」


 私は思わず笑った。ノア様は、私がどんな人に会い、何を調べているかをよく見てくださっている。けれど、決して私の代わりに答えを決めたりはしない。その距離の取り方が、ありがたかった。


「それに、エマ嬢。お昼は食べましょう。これからもう一仕事ありますよ」


「またお食事の心配ですか?」


「こちらは証拠があります。昨日も、食べる時間を忘れかけていましたから」


 私は反論できず、二人でパンを分けて食べた。ベンさんの店のパンは今日も温かく、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 午後になって、役所に一人の女性が訪ねてきた。診療所の掃除を手伝っていたサエさんという人で、私たちが話を聞いていると知り、ずいぶん迷った末に来てくれたそうだ。


「ハナさんが、ここなら話を聞いてもらえるって教えてくれました」


 サエさんはそう言って椅子に座った。三十代くらいの女性で、手の甲が赤く荒れている。膝の上に置いた手を、何度も握り直していた。


「急がなくて大丈夫です。今日はどんなお話を?」


「十三日のことです。診療所で騒ぎがあった日、私もあそこにいました」


 私は手帳を開き、同席していた職員と顔を見合わせた。ユイさんが何をしたのかについて、直接見た人から話を聞くのは初めてだった。


「そのとき、何があったのか教えていただけますか?」


「奥の部屋で、物が割れたような音がしたんです。私が廊下へ出たら、ユイが薬棚の前に立っていました。足元には割れたびんがあって、先生もそこにいました」


「ユイさんが、びんを割るところをご覧になったのですか?」


「いいえ。音を聞いてから行ったので、割ったところは見ていません。ただ、ユイの手が震えていたのは覚えています」


 サエさんはそこで口をつぐんだ。私は続きを待ったが、なかなか話し始めない。


「何か、心配なことがありますか?」


「私の母も、診療所に通っているんです。先生からは『余計な話が広まったら、薬が届かなくなる』と言われていて……。もし私が話したせいで、本当にそうなったらと思うと怖くて」


 ハナさんと似た話だった。けれど、同じ言葉を聞いたからといって、二人が同じ意味で受け取ったとは限らない。私はサエさんにも、聞いたことと自分で考えたことを分けて話してもらった。


「町からお医者様が来ています。薬が必要な方への支援についても、役所の方が相談を始めています。ただ、私には、これから絶対に何も困らないとは約束できません」


「……はい」


「それでも、今日お話しいただいたことは、勝手に村の皆さんへ広めたりしません。調査の記録として大切に扱います。お母様のことも含めて、心配なことは担当の方に伝えましょう」


 サエさんはしばらく私を見つめ、それからうなずいた。


「ユイは、先生に何度もお願いしていたんです。『もうあの薬を渡さないでください』って。先生は、何を言っているんだと怒っていました」


「それは、びんが割れたあとですか?」


「はい。でも、ユイは自分が悪いことをしたとは、まだ言っていませんでした。先生が『どうしてこんなことをした』と聞くと、泣きながら『お願いです』って繰り返して……」


 私は、役所の記録に残っていた時刻を思い出した。昼前にマーク先生が毒を疑う届けを出し、夕方になってユイさんが自分の罪だと認めた。その間に、この出来事があったのだろう。


「そのあと、ユイさんが何を言ったのか覚えていますか?」


「私、先生に帰りなさいと言われて、そこで出てしまったんです。だから、あの子が毒を入れたかどうかはわかりません。本当に、すみません」


「謝らなくて大丈夫です。見ていないことを見たと言わずに、話してくださったのですから」


 サエさんは目元をぬぐった。私は彼女に水を渡し、話した内容に間違いがないか、職員と一緒に確かめた。これだけでユイさんの疑いが晴れるわけではない。それでも、彼女が薬を使わせたくなかったことには、理由がありそうだった。


 部屋を出る前、サエさんがもう一度振り返った。


「あの、エマさん。最後に一つだけ、思い出したことがあるんです」


「何でしょう?」


「ユイが先生に頼んでいたとき、こうも言っていました。『棚の奥にある箱も、ちゃんと見てください』って」


 私は思わず顔を上げた。


「棚の奥の箱、ですか?」


「はい。あの子、そこを何度も指さしていたんです。でも私は、棚にどんな箱があるのかまでは知りません」


「わかりました。大事なお話を、ありがとうございます」


 サエさんが帰ったあと、私は手帳の新しいページを開いた。そこに、今日わかったことを順番に書いていく。


 十三日の昼前、マーク先生が薬への毒の混入を疑って届け出たこと。夕方には、ユイさんが自分の罪だと認めたこと。その間にユイさんは、薬を使わないよう先生に訴えていたこと。そして村の人たちは、薬の支援が止まるのが怖くて、知っていることを話せずにいたこと。


「エマ嬢。明日は、どこから確かめますか?」


 ノア様に尋ねられ、私は手帳の最後の行を指さした。


「まずは、診療所の薬棚を調べたいです。もちろん、アベル先生と担当の職員の方に立ち会っていただいて」


「例の、奥にある箱ですね」


「はい。そこに何があるかは、まだわかりません。でも、ユイさんはあの箱を調べてほしいと言っていたんです」


 窓の外では、診療所から帰る人たちが広場を歩いていた。朝よりも少しだけ、村の空気が明るくなったように感じる。町のお医者様が来たことが、皆さんの安心につながっているのだろう。


 話してくれた人たちが、あとで困ることのないようにしたい。そして、話せずにいる人にも、安心して声を上げられる場所が必要だと思った。


 私は今日の記録を閉じた。ユイさんが毒を入れたのかどうか、その答えはまだ出ていない。けれど今は、彼女が何度も指さしたという、薬棚の奥の箱が気になって仕方なかった。


 明日、そこに何があるのかを確かめよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。