八話:三人のねぐら
上役に案内された先は、さっきまでいたガキ溜めとは比べものにならない部屋だった。
板壁で仕切っただけの狭い一室で、寝台が二つ、机が一つ、水桶が一つ。窓は小さく、隙間風も入る。だが、天幕みたいに風雨がそのまま吹き込んでくるわけじゃない。
広くはないが、天幕の雑魚寝とは天と地の差がある。少なくとも、寝ている間に誰かの足が腹を踏みつけてくるような環境ではない。
その部屋の真ん中に、アレンとシエラがいた。
二人とも、俺が戻った瞬間に顔を上げる。シエラは露骨にほっとした顔をして、アレンはその横でじっとこっちを見た。
「ルシア!」
シエラが駆け寄ってくるのを、受け止めてやる。
「話は終わったよ。どうだこの部屋は? 気に入ったか?」
「うん! 良い部屋だよ」
「そうか。これでゆっくり眠れるな」
頭を軽く撫でてやると、シエラが笑顔を浮かべた。
その様子を見届けてから、アレンが口を開く。
「それで、どうなったの?」
俺は息を吐いて、背後の上役を親指で示した。
「言ってしまえばこの人の配下って扱いだな。シエラは別として、俺とアレンに自由はない。それだけは覚えておいてくれ」
「そっか……分かった。こんな部屋が与えられるんだ。組織の仕事をするのは、当たり前だね」
聞き分けが良くて助かる。
というか、最初から分かっていたような感じだな。
「あと俺には魔術師を付けるって。力を見たいんだと」
「魔術師……」
「アレンも何かやらされるだろうな。天幕で飼われていた時とはまるで別物だってことを覚えておいてくれ」
「うん。覚悟をしていたことだもんね」
こんな部屋を一つ手に入れるだけで、命に関わることをやらされる。
ひどい状況だが、それでも飼われるだけの待遇と比べたらマシってのが、涙が出てきそうだぜ。
「今日の所はゆっくりと休め。必要になったら呼ぶ」
上役から声が掛かり、背後を振り向く。
硬い表情のような、それでもどこか柔らかさがあるような……そんな不思議な顔だった。
一瞬だけ笑顔のようなものが見えた気もする。それはマフィアの人間とは思えない穏やかな顔つきだ。
――見間違え? いや……こんな悪所にいるとしても、人間なにを抱えているか分からない。断定はしないでおこう。
「そうするよ。それであんたの名前を聞いていない。上役ってことしか知らないからね」
いくらか風に乗って天幕に流れ込んできた名前は知っているが、そのどれが上役の名前かは知らなかった。
「ハリスだ。今後は呼べ。俺もお前たちの名前を覚えよう。ルシアとアレン。お前たちはグレイクロウの構成員にしかなれないことを、忘れるなよ」
そう言ってハリスはドアを閉めて、どこかへ行った。
色々と手配があるということだから、そのためだろう。
残されたのは俺とアレンとシエラ、その三人だ。
おっかない上役がいなくなったことで、シエラは安心したように部屋を見回した。
壁、寝台、窓、水桶。それを一つずつ確かめるみたいに見て、それから恐る恐る聞く。
「……この部屋で、暮らせるの?」
小声で恐る恐る訊いてくるのに苦笑する。
話は聞いていただろうが、それでももう一度確認をしたいようだ。
薄い期待には喜ばない。確定してからじゃないと安心できない。
こんな子供であっても、そんな精神性になってしまうのはスラムの酷さを物語っているようだった。
「ああ。今日からここが、俺たちのねぐらさ」
そう答えると、シエラの顔がぱっと緩んだ。
泣くほどじゃない。けど、確かにほっとしたのが分かる顔だった。
アレンも一瞬だけ視線を落として、見るからに安堵するような仕草を見せてくる。
妹の前だから我慢していたんだろう。本当はアレンだって不安なはずだよな。
「大丈夫。これから大変かもしれないが、三人一緒なら乗り切っていけるさ」
そう言ってやれば、シエラがベッドにダイブするように飛び込んだ。
そして毛布に顔を埋めて、その柔らかさをかみしめているように見える。
思わず笑みが漏れる。シエラの子供らしい反応を見ることができた。何が正しいかはまだ分からないけど、今この瞬間だけは、正解を引いたと思ってもいいだろう。
穏やかな心で、シエラを見つめていると、アレンが俺を見つめていることに気が付いた。
「どうしたアレン? 何か聞きたいことがあるならなんでも言ってくれ。答えられる範囲で答えるよ」
こいつの力も大きかったよな。要領がいいだけじゃない。勇気も度胸も、そして覚悟だってある。
そこには信頼がある。俺はいざとなればアレンを頼ることに躊躇はない。子供ではあるけど、コイツはスラムを生き抜く同志であり、仲間であると今更ながらに思った。
だからなるべく真摯に受け答えをしてやろうと思ったんだけど……出てきた言葉は想像と違うものだった。
「ずっと前から疑問だった……何故僕たちにここまでしてくれるんだ?」
真っ直ぐな、そして真面目な声だった。
それは当然、責めるわけじゃない。けど、今まで聞きたくても聞けなかったことを聞くための声。ずっと喉に引っかかっていたものを、今ここで出すと決めた声だ。
「僕たちがルシアに頼ろうと思ったのは、天幕にいる子供の中でも目が死んでいなかったから。なんとしてでも生き抜こうとする光がその目に見えたからだ」
だろうな。他のガキ共と違って、俺は諦めが悪い。何としてでも生き残ろうって意思が確かにあった。
それに惹かれて助けを求めたってのは、理解できることだ。
「でも、それは僕らにとっては賭けだった。子供同士とはいえ食い物にされることだってある。実際に、誰々が裏切ったというような、そんな話も良く聞くしね」
スラムで人が人を助ける時には大抵裏があるもんな。
食い物一つが命より重く、イラついただけで平気で命を奪い、そうでなくともガキがガキを罠にはめて他に売り飛ばすことだってある。
縄張り意識がアホみたいに強くって、気まぐれで一貫性のない行動はしょっちゅうだ。理由のない優しさなんて、ここじゃむしろ不自然だ。
「その理由を……教えてくれないか? 僕たち兄妹に、そこまでしてくれる理由を……」
アレンの言葉遣いからして、不安があるんだろう。
頼れる少し年上の女であり、その優しさに生かされていると言ってもいい。
でも、その正体が何なのか分からないから、信用しきることがない。
毛布に顔を埋めていたシエラも、不安そうに俺を見つめていた。俺の口から何が飛び出してくるか、それが気がかりのようだった。
……こいつらには話しておかないとな。俺のことを。
まあ、正直に言っても嫌われることはないとは思う。
だから、俺たちの関係の良い区切りだとして、俺もこの兄妹と向き合う時が来たって事だ。




