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どん底TS転生した俺は聖女の称号を望まない~龍殺しのルシアと呼ばれて出世する?そんな面倒は勘弁してくれ~  作者: RCAS
竜哭峠編

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79/80

七十九話:望まぬ英雄の名

 翌朝。

 体はまだ痛むがアルヴィンから会議の詳細を聞けば、司令は後方への報告を優先するという。

 ただし、命令が返って来るのを待っているだけではない。偵察隊を山へ向かわせて風龍の死体と峠の状態を確認し、峠の見張りも増やしている。飛竜が戻る気配がなければ少数の兵を東側へ戻し、その結果を見て前進拠点を再開するか決めるらしい。


 実に堅実な判断だと思う。風龍を倒した翌日から、はい元通りです、なんて話になる方がおかしいからな。

 それに命令次第ではいつでも撤収できる規模に留めているのも判断としては間違ってはいないはずだ。

 この峠に来た時と違うのは、それが聖人戦力抜きで行われるということ。俺やリネット、そしてアルヴィンに対して命令が下るということはない。


「シスター・ルシアは休んでいてください」


 体は痛むがずっと寝入っているわけにもいかない。そう思って部屋から出ようとすると騎士に止められ、用意された部屋へ戻されてしまった。

 大切にされるのはいいが、ここまで過保護ってのもな……でも、十代前半の女の子がアークドラゴンを仕留めて臥せっていたとなれば、気を使われるのも当然か?

 好き勝手なイメージを持たれているようだが、体が痛むのは確かだ。ここは素直に部屋で休んでおこう。


 リネットも似たようなもので、治癒などの業務は全て免除されて休養を取ることを命じられている。

 満足に体を動かせない俺よりマシだが、聖法力を消耗しているのは確か。今は休ませるのが先決だろう。


「お前も寝ていればいいじゃないか。疲労はたまっているだろ?」

「あの子の傷を確認してから休むわ」

「……子龍のことか? そこまで気を使う必要があるか疑問だな」

「餌をあげるにも兵士たちでは警戒するでしょ? 心を許されている私が対応するしかないじゃない」


 そう言ってリネットは部屋を出ていった。

 まあ、あの子龍は後方に送るって話だから、リネットの言うことも一理あるか。

 

 アークドラゴンの討伐とリネットの救出。ついでに子龍の捕獲など、我ながら凄い功績をあげたもんである。

 主役である俺が動けないから宴を開いて祝うなんてこともなく、ただ粛々とやるべきことだけが進められていた。

 ただ、明らかに違う変化もある。


「龍殺し殿、具合はどうです?」


 部屋で寝入っていると、様子を見に来た兵がそんな呼び方をしてくるのだ。


「私のことですかそれ?」

「アークドラゴンを斬り伏せたのはシスター・ルシアであると聞いております」

「最後に斬ったのは確かに私です。しかし、接近するためには守護騎士のアルヴィンや護衛兵などの献身が必要でした」

「分かっています。それでも龍殺しには違いありません」


 兵は冗談か何かでそんなことを言っているわけではないようだ。本気で俺を称賛している。

 皆で成し遂げたという考えは変わらないが、俺の一撃で風龍が倒れたことも事実……褒められたくないわけじゃないし、ここで必死に否定するのも感じが悪いか。


「……そういうことでしたら受け取っておきます。称号持ちなんてこそばゆい限りですが」


 そう答えると、兵は満足したように敬礼して去っていった。

 龍殺しのルシア――ずいぶん大げさな名前だが、好きに言わせてやればいい。

 飛竜を撃ち落とし、風龍まで倒したんだから過分な称号ってわけでもないしな。この町の兵の士気を上げる程度には広まってくれるのも悪くはないか。




 後方との連絡がついたのは、それから二日後だった。

 偵察隊は風龍の死体を確認し、東側へ通じる道にも問題はない。ただし飛竜が戻る可能性は残っているため、前進拠点には監視を兼ねた少数の兵だけを送る。

 補給を本格的に再開するかは、そのあとで決めることになったようだ。


 結局、俺とリネットは後方へ戻される。聖法力の回復はともかく体力の消耗が激しい。これ以上の戦地支援を続けられる状態ではないと判断された。

 アルヴィンを伴い、宿場町へ戻って休養と教会側の聞き取りを受けろって命令だな。

 反対する理由はない。流石に今回は疲れた……こき使われる覚悟はしていたが、だとしても休みがほしい。


 問題となった子龍も、後方へ送られる。

 荷車へ頑丈な檻を固定し、周囲を兵が囲んでの護送となる。リネットがいれば子龍も大人しくなるということで、同じ荷車へ乗る。

 ということで俺は別の馬車だ。いままで使っていたボロ馬車より幾分かマシな馬車へ乗り込み、宿場町へ戻る。




 道中は拍子抜けするほど平穏だった。

 俺たちより先に報告を届ける早馬が何度も街道を駆け抜けていったが、聖人候補が戻るという先ぶれも必要だろう。

 その程度に軽く考えていたが、宿場町の門をくぐったところで考えが甘かったと知る。


「あの馬車に龍殺しのルシアが乗っているのか?」

「アークドラゴンを倒した聖人候補だってよ」

「あれが捕獲した子龍らしい……凄いな」

「新たな聖女様の誕生か」


 道端から聞こえてきた声に馬車の窓越しに顔を向けると、道を埋める人々の一人と目が合った。

 そいつは若干気まずそうに視線を逸らしたが、周囲に並ぶ人間たちはお構いなしに俺のことを見ている。

 教会の関係者だけじゃない。荷を運ぶ人足も、露店の店主も、通りを歩く町の人間まで龍殺しの名を知っていた。


 ――なんだこりゃ。龍殺しはあの町だけの称号だろう? というか聖女ってなんだよ……。


 士気が上がれば御の字と思っていたけど、それどころじゃない。これじゃあ英雄扱いじゃないか!

 馬車が教会の敷地内に入り、扉が開かれ外に出る。

 ここには教会関係者しかいないはずだが……向けられる視線は明らかに以前とは違っていた。


「すっかり有名人ね、聖女様」

「やめてくれ……他人事だと思って楽しんでいるだろ」

「少しだけね」


 少し遅れて外に出たリネットが俺に並び、笑っている。

 称賛される嬉しさより、背負わされる面倒を先に考える俺には笑いごとではない。

 下手したらさらにこき使われる流れだろこれ……。


 そんなことを考えながら教会の中へ入ると、外の雰囲気とは裏腹に人数は少ない。

 教会の司祭と、修道士たち、それに――アレンとシエラだ。

 俺の姿を認めると、シエラが駆け寄ってきた。


「ルシア!」


 シエラが抱き着いてくるのを受け止めてやる。

 いらぬ期待を背負わされる懸念はある。――でも、ここに戻って来れた意味は確かにある。


「ただいま。見ての通りだ。仕事を終わらせて戻ってきたぞ」

「うん。おかえりなさい」


 ようやく安心したのか、シエラが俺から体を放した。

 そして一歩後ろに下がるのだが、少しばかり名残惜しいのは俺も感傷的になっているからだろうか?


「アークドラゴンを倒したと皆が話しているよ。まるで英雄譚の主人公だね」


 アレンもゆっくりと近づき、俺の前に立つ。


「俺一人でやったわけじゃない。協力してもらって最後に一発斬っただけだ」

「それでも、すごいことをしたんだと思う。町中ではルシアの話で持ち切りだよ」

「知ってる。門からここまでで嫌というほど聞いた」


 アレンは小さく笑ったが、その視線はすぐ俺の身体へ戻った。

 武術をやっているから分かるのか、俺が本調子でないことを見抜いたらしい。


「……疲れているよね。でも、休憩してからってわけにはいかないかも」

「どういう意味だ?」


 アレンが顔を向ける先――見覚えのある人影が立っていることに、今気づいた。


「お帰りなさい、ルシア。そしてリネット」

「ご無沙汰しておりますベアトリス聖導師」


 リネットはなんでもないようにお辞儀をするが、俺はそれに追従できない。


「……ベアトリス聖導師? 前線にいたんじゃ?」

「一時的に任地を離れました。あなたが成し遂げたことを、教会として無視できなくなったからです」


 言葉の内容とは裏腹に、ベアトリスはいつもと変わらない落ち着いた声で話を続ける。


「あなたを聖人候補として推薦したのは私です。推薦者として詳しい報告を受け、教会へ説明する責任があります。ですから早馬を乗り継ぎ、こちらへ戻りました」

「……ご苦労なこった」

「誰のためだと思っているのですか? すでにあなたはただの聖人候補ではないのですよ」


 静かな声で返され、俺は口を閉じた。

 つまり俺は、極めて政治的な存在になってしまったということか?




 教会での聞き取りは夕方まで続いた。

 風龍が輸送隊を襲った時の動き、リネットを連れ去ったと思われる理由と子龍について。

 そして俺とアルヴィンがどのように風龍を倒したのか。俺たちは同じ出来事を、それぞれが見た位置から順番に説明していく。


 ベアトリスは余計な感想を挟まず、必要なところだけを聞き返した。

 龍殺しという呼び名についてもこの場では何も言わない。俺の聖法術がアークドラゴンを殺せると確認した時だけ、ほんの少し沈黙が長くなる。

 話が終わり、アルヴィンとリネットと一緒に退室しようとすると、ベアトリスから声をかけられる。


「ルシア。公の報告とは別に、あなたと二人で話しておきたいことがあります」


 その表情は普段と変わらない。

 けれど、報告書へ記録するための話なら、わざわざ二人になる必要はない。

 ベアトリスが聞こうとしているのは聖人候補としての俺ではなく、ルシアという皮を被った、その内側についてだろう。


「だったら懺悔室がいい。俺も好きに話したいことがある」


 ベアトリスは少しだけ目を細め、それから頷く。

 俺とベアトリスは部屋を出ると、別々の廊下へ進む。そして――俺は懺悔室の扉へ手をかけた。

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